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平安幻想譚~源頼光伝異聞~  作者: さいたま人
2章 摂津争乱
51/210

【雄谷氷沙瑪】下知

*人物紹介、用語説明は後書きを参照

*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています

2025/3/31 修正

 ・一部加筆・修正

 ・段落の設定

「どういうことだ氷沙瑪ひさめ姉、オレには何の話かさっぱり分からねえ。阿弖流為あてるい様をもう探さねえつもりなのかも、なんで富姫様の名前が出てくるのかも何もかもだ」


 まあ摂津での事情を知らない連中からしたらそらそうだ。


「信じられねえことにマヨヒガの結界を突破して、そこで暮らしてた富姫様と友だちになったっていうやつがいるんだよ。源頼光っていうんだけど、そいつが今この近辺の人と妖怪たち混成の武士団作ってて、それが昔の蝦夷えみしを思わせて懐かしくなるんだよな。問題があるとしたら人間のはずなのに、考え方も身体能力も妖怪つーか羅刹に近いってとこだけ」


「ありえませんわ! 源という姓を持つものは確か朝廷の血を引くものでしょう!? そのようなものが人を、特に悪意を持つ者を拒むマヨヒガの結界を突破するのも、お姉様と友となるのもあってはなりません!」


「あー……気持ちはわかるんすけど……コロ助、『ーやっさ』の掛け声って今も津軽で使われてるんすよね?」


「急に何? 残念ながらここにいる連中以外で使うのなんていないんじゃないかな? ……でも、少し前に短い間だけ使われることもあったかな。大体10~15年くらい前だった気がするけど、それ以降はまたそんな掛け声上げてたら取り締まられてる」


 今はもう使われてないんか。でも、期間的にはバッチリあってる。


「その掛け声が許されてた短い期間、陸奥守として赴任してたのがその頼光の親父らしいんだよ。なんでも暗い顔してる陸奥の民を盛り上げるため、伝統や文化を復活させようと頼光の母親が復活させたとかなんとか」


「ほう? それは確かに倭人ながら見込みがあるというもの」


「……私は初耳なのだが? 母娘おやこともどもろくなことをしない奴だ」


「初対面でもーれーやっさの掛け声で津軽(もん)だと気づかれたのが不思議で聞いてみたんすよ。大罪人を称える掛け声なのに今でも使われてるのかなって。とはいえ主様とてまだ見定め中って感じっすよね? 姫様たちもそういう可能性があるかもってことで、頭に入れといてもらえればいいんじゃねっすか?」


 そうは言っても姫様と刃倶呂はぐろは明らかに不満顔。コロ助は主様の絶対的イエスマンっすからすんなり受け入れて、ババアは愉快そうに笑ってる。朱の盤に関しちゃ何考えてんのか分かんね。


「とりあえず実際会ってみないことにはなんとも言えねっすよね。あたいは頼光のことマジで気に入ってんで両手を挙げて賛成するっすけど……あのネコ娘にだけはマジで気をつけでほしいっす。目の前で自分の体燃やされたらグロすぎて吐き散らかすっす」


「その点については私も気をつけるが、貴様自身が身を持って止めろ」


 主様は1度ブルッとみを震わすと真面目な顔で皆を見つめ直す。


「さて、亀にしても他のものにしても色々思うところはあるだろう。その鬱屈とした気持ちは、これより始める播磨への攻撃で少しは解消されよう」


 主様の言葉に皆の顔つきが変わる。本人は水軍を率いて陸戦にはほぼ参加していなかったとはいえ、朝廷との戦いで全体的な戦略を立て数々の戦果を上げてきた参謀。かつての戦に参加した者たちにとっては約150年ぶりの、姫様にとっては初めての下知を聞くため、場に緊張感が漂う。


「まず氷沙瑪、貴様は予定通り芦屋に戻り警備を強化。播磨から工作を仕掛けられそうならそれを防ぎ、播磨に向けて輸送物資などがあるならそれを検閲し奪え」


「ういっす、畏まり。母禮ちゃんのためならエンヤコラ」


 パーンと夜空に響く尻キック。


「舌長、あなたはどうせ満足に食事もできていないのだろう?」


「おお、おお、母禮よ。婆の体を心配してくれるのはそなただけじゃて。他の連中は年寄り扱いして、飯はさっき食べたじゃろ、飯はさっき食べたじゃろ言うてろくに食わせてくれん」


「………………実際は?」


「……猪苗代湖でここ数十年魚を見たことないよ」


「あんなでかい湖だってのに、食いすぎっすよこのババア」


 よよよ、と泣き真似をするこのババア、目の前に食い物があれば無限に食い続けられるという暴飲暴食の化身なのは相変わらずみたいっすね。食い続けなきゃ死ぬってわけじゃないから味方でやっていけてるっすけど、そうでなきゃ最悪の存在っすよね。味方であっても敵であっても。


「やはりか。しかし今は丁度良くいくら食べても許される国があるので食事に行ってきたらよい。姫路というそれなりに大きな街があるゆえ、そこに備蓄したる食料を食い尽くしたら念の為北の山に入り、山道を通して兵糧が運ばれるようならそれも食べて良い。ただし民家は襲わないこと。背に腹は代えられなくなった播磨守が民草から徴収すれば、民心は離れ介入の口実に出来る」


「良きかな、良きかな。では早速参ろうぞ、朱の盤も連れて行って良いかな?」


「ええ、加えてコロも一緒に連れて行って欲しい。貴様はここに記した者の魂が今なお彷徨っているなら確保しろ。亡霊衆もれしゅうの半数を預ける」


「御意のままに。必ずやご期待に沿った結果を示します」


 コロ助がシャンと鈴を鳴らすと、海上に佇んでた亡霊の半数がふきの葉の下に吸い込まれるように消える。ババアが海に入り、蛇の背中にコロ助と朱の盤を乗せて泳ぎ始めると、身を乗り出したババアの人間の姿の部分と背中の2人がまるで海上を滑るように消えていくのがなかなかにシュール。


「亀は私とともにここで待機だ。とくにやることはないが私が残りの亡霊衆を操り漁船と海運を潰すのを横で見ていると良い」


「わたくしの初陣と張り切ってきましたのでとても残念ですけど、それならば久方ぶりの伯母様との語らいを楽しむことにいたしましょうか」


 気持ちを切り替えて主様との時間を楽しむことに決めた姫様。あたいの知る限りの姫様なら癇癪を起こして駄々をこねるところだってのに、随分ご成長なさったものだと目頭が熱くなるっす……ん? ちょっと待った。語らいを楽しむ……あれ、これって。


 わりと深刻なことを言わなければならないのに気づき、背中にびっしょりと汗をかきながらおずおずと手を挙げる。


「えーと……ご歓談中申し訳ねっす。実は昔の体に主様が入ることで能力がリンクされるんで、今のあたいクソザコなんすよね。できれば主様にあたいの体に戻ってもらいたいなーって」


「あら不便なこと。確かに任務に支障をきたしてはいけませんし仕方ありませんわ。まるであなたと話してるようで複雑な気分になりますが、伯母様はどうぞそちらの肉体の方へ―――」


「あー……今、姫様が主様と普通に会話できてるのって、コロ助の術によるものでしてー……肉体に戻るとその術が切れるし、あたいの体の喉が潰れてるんでお話ができなくなっちゃったりなんかして――――」


 始めのうち主様が何も口を挟まなかったのを思い出したみたいっすね、そこまで話したところで姫様の大きな舌打ちで言葉が切られる。さっきの舌打ちは見ず知らずの人間相手って感じっすけど、今回のは完全にあたいに向けられてるわけで、マジきついっす。


「刃倶呂」


「はい、なんでしょうか姫様」


「わたくしの警護は不要ですわ。あなたは氷沙瑪の介護おもりに回りなさい」


「畏まりました。母禮様、姫様のことをよろしくお願いたします」


「いやいやいや、なんであたいがこいつの世話なんかに!? マジであたいの肉体に戻らねえ感じっすか!?」


「亀がそう望むのだから仕方あるまい。それに摂津の民は今更羅刹(おに)が1柱増えようと気にするものでもない。刃倶呂をうまく使って任務を遂行しろ」


 やっべ、そういえばこの人姪バカだったっすわ。常に力の差を見せつけてきた弟分におんぶに抱っこしろとはなんという羞恥プレイっすか?


「そんじゃ氷沙瑪姉。オレは摂津って国のことはよく分かんねえからよ、しっかり案内してくれよな」


 もうこうなったらどうしようもなし。あたいは渋々ながら江合えあいに乗り夜の海を芦屋に向かって進んだ。

【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)

【母禮】――芦屋道満の中の人。阿弖流為とともに大和朝廷に反旗を翻した大逆罪人。

*【雄谷氷沙瑪】――前世は羅刹の転生者。生前も死後も母禮に仕える忠義者。

【阿弖流為】――羅刹の王。母禮とともに大和朝廷に反旗を翻した大逆罪人。

【亀姫】――阿弖流為の次女。

【舌長姥】――亀姫の乳母にして側近。猪苗代湖のヌシとして崇められる蛇神。

【朱の盤】――舌長姥の配下。

【コロポックル】――母禮の弟子のネクロマンサー。コロだのコロ助だの呼ばれる。

*【刃倶呂】――羅刹の男。氷沙瑪とは昔馴染み。

【富姫】――阿弖流為の長女。頼光の親友。


【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)

*【羅刹】――鬼と同義。蝦夷に住む鬼をそう呼んでいるだけ。

*【マヨヒガ】――富姫のために造られた常春の異空間。

*【倭人】――大和朝廷から続く、大体畿内に住む日ノ本の支配者層。蝦夷など各地域に土着してた人々から侵略者に近い意味合いで使われる。

*【亡霊衆】――母禮を大将、氷沙瑪を副将とする500人からなる亡霊によって構成された水軍。1mの深さがあれば羅刹に勝てるほど水練達者で、呪動船も数多保有しておりわりと洒落にならない強さを誇る。

*【江合】――スピード特化の呪動船。モーターボートに近い。波に弱く外海に出るのは自殺行為。


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