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平安幻想譚~源頼光伝異聞~  作者: さいたま人
2章 摂津争乱
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【雄谷氷沙瑪】蝦夷

*人物紹介、用語説明は後書きを参照

*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています

 頼光たちが大江山に向かって出発した後、日が落ちるのを待ってあたいは主様と2人で海へと乗り出した。日高見ひたかみと違い5人ほどしか乗れないかわりに、馬の全速と変わらぬ速度を持ち、船首に衝角のついた急襲用呪動船・江合えあいを飛ばす。


 淡路を越えて1時間弱、姫路の南にある家島に船を着ける。夜に乗じてる上、明かりもない小舟。対岸の姫路からはあたいらが島に入ったことは気づかれてはいないだろう。


『貴様には摂津の警備強化を命じたはずだが』


「今はまだやることねっすし。ならちょっとばかしこっちに顔出してもいっすよね? コロ助に会うのも久しぶりっすし」


 播磨源氏とか名乗った連中は、摂津源氏が主様から切り捨てられるか誇りにかけて播磨に侵攻するのを期待して今回の件を仕掛けてきた。


 綱に聞いたことにゃ、源氏の主流とはあくまで武の極地へ至る道を追求する者たちのこと。力とはあくまで武力のことで、そのセンスが無いやつは源氏から放逐されるがそれでも親族や同族。生きていけるように権力を与えるように働きかける。


 その頂点こそ天皇であるってことっすが、放逐された一族からまた武の才能に溢れた奴が生まれた場合、再び主流に戻ることも許されてるらしい。


 ――要約すると、摂津や播磨といった国の名前のついた連中は武の才能に欠けていて、憐れみから国司に任命されたりと権力に頼った【傍流】。清和や嵯峨といった歴代天皇の兄弟の中から武の才能に溢れるからこそ武の極地追求に戻った連中が【主流】。


 播磨は完全にここを見誤ったらしいっすねー……。権力に庇護された摂津源氏をはめて、落ちぶれさせてやろうっていう陰湿な計略なんだろう感じっすけど、あいつらはバリッバリの武闘派集団。今の頼光たちだけでも播磨に攻め込んだら十中八九勝つだろうと思うんすけど大江山まで取り込んだらまあ……結果は火を見るように明らかっす。マジで播磨から見たら騙された感じだろうけど、そこで終わったら主様がつまらないってことで――――……。


「コロ助はまだ来てねえようっすね。ほんじゃ先にやることやっとくっすか。主様、布と筆っす」


『用意がいいものだな』


 呆れた様子で神と筆を受け取ると、主様の呪力を込められた筆がかすかな光を灯す。


『臨む兵よ――――』


 まずは横に1本、続いて縦に1本線をいれる。


『闘う者よ――――』


 次いで初めに書いた横線の下に1本、縦線の右に1本。


『皆、陣をならべて前を行け!!』


 臨・兵・闘・者・皆・陣・列・前・行、それぞれの言葉に力を込め横、縦、横……と格子状に線を重ねる。最後の横線が引かれると風もない空に500枚の布束が宙に舞い上がり、海面に広がった。


 すると青白い鬼火とともに漆黒の海に腕が生え、布で顔を覆った屈強な体の亡霊たちが海上に立ち上がる。筆を入れたのは1番上の布だけにも関わらず全ての男が同じ濃さの模様の布をつけているが、実体があるのはその布だけ。体は透きとおり、背後の景色が体越しに見える。


 さすがは主様っす。その術の冴えに惚れ惚れすると同時に、顔が見えずともその体つきで誰だかわかる戦友たちとの再会に胸が熱くなる。


「見事なものね氷沙瑪ひさめ。錨をブンブン振り回すだけだったあなたがここまでの術を使いこなすようになるなんて、伯母様もさぞお喜びになっていらっしゃるでしょう」


 なんとも場違いな可愛らしい声、およそ20年ぶりに聞くその声の方を見ると背中まで伸びたウェーブの掛かった瑠璃色の髪に、その名にちなんだ亀の形のベレー帽を被った少女が立つ。瞳は髪と同様青く澄み渡り、前衛的なデザインを得意とするローマンのデザイナーに作らせた戦う者をイメージさせる服にその身を包んだ、羅刹われらの王・阿弖流為あてるいの忘れ形見、亀姫様。


「姫様、お久しぶりっす。まさかこんなところまで足をお運びになるなんて……あたいは感激っす」


 片膝を尽きこうべを垂れつつ、懐かしい姫様の成長をこの目で見ようと目線を上げる。……成長? 羅刹と人の間に生まれたからか、身長は今のあたいよりも15cmは低い140cmに届くかそこら。とはいえそこは主様や奥方様の家系、胸の大きさがえぐいことになってるっす。いやーなんていうかとてつもなくマニアックな方向に成長してるっすけど、それでもあたいは嬉しっす。


 そんな思いもよそに、姫様は汚物でも見るかのようにあたいを一瞥し激しく舌打ちする。


「なんじゃ倭人やまとびとの小娘。どこから紛れたのか知らんがのお、今お主が見ているものは忘れたほうがいいぞえ? 誰かに話そうものなら喰っちまうでな」


 姫様の後ろからずいと身を乗り出したのは緑の髪をした比丘尼びくにの様な姿をした女。まあ、そう見えるのは上半身だけで、裾から覗く下半身は蛇のそれ。真紅に光る瞳も瞳孔が細く蛇を思わせるそいつは、猪苗代湖のヌシたる蛇神にして姫様の乳母でもある舌長姥。名前の通り先が2手に分かれた舌を1m以上伸ばしてあたいの顔を舐める。


 そのババアの太い蛇腹から右に左に顔を出すのが、顔だけで1m50cm以上あるババアの使い走り朱の盤。朱色の顔に皿のように大きな黄色く光る目、刃のごとく研ぎ磨かれた鋭い歯をガチガチ鳴らすことで飛ぶ火花が、鬼火に照らされた青白い空間に明るい光を添える。


「ふん。姫様に礼を尽くす辺り見込みはあるが、倭人風情がその御姿を目にするのもおこがましい。この場に用があるならば、日が昇ってから改めて出直すとおおおおおお!?」


 さっきから人のこと散々倭人と見下す態度はさすがに腹立つよなあ? そりゃ姫様とその側近には間違っても手が出せないけどよ、てめえは別だろうが? しゃしゃり出てきた昔馴染みの胸ぐらを掴みあげ、脳天から砂浜へ突き刺す。ちょうど主様を頼光が湿田に田植えした時の形に似てるけど、その時との違いは頭までしか埋まってないことと、生きてる人間には割と致命的ってこと。


 馴染の羅刹は必死にバタついた後、砂から顔を抜き取り青筋立てながらあたいに向かって凄んでくる。


「なあるほど、ただの雑魚じゃねえな倭人のガキ。でもよ、喧嘩売る相手見誤るととんでもねえ大怪我するってこと、その身を持って思い知らせてやんよ」


「お? ナマ言うようになったじゃねえか刃倶呂はぐろ。テメエこそこの氷沙瑪ねえさんと本気でり合って五体満足で済むと思うなよオラァ!!」


「は!? 氷沙瑪!? 氷沙瑪姉ならあっちに――――――ぶべらっ!!」


 主様の方に視線を移したその無防備な横っ面に右拳を叩き込むと、海面を何度か跳ねた後50mほど先に沈む。うん、まあ結構前から気づいてたけどこれはあれっすわ。


「ちゃんと説明しとけって言ったよなコロ助」


「言ったよ。言ったけど氷沙瑪が死んで自分の体を師匠に渡した後、100年以上の年月を経て人間の体に転生してるって誰が信じる?」


 砂浜に1つだけ不自然に生えてる1m50cmほどのふきの葉の下から返事が届く。身長は1mにも満たない、渡島特有のルワンペという衣装とマタンプシというハチマキを身に着けた小柄な男。蕗の葉に紛れるような緑の髪で目も緑色。昔と違い、目はツリ目になっており好戦的な印象を受ける。あたいたち母禮衆もれしゅうの中で唯一生き延びてしまったと考えれば、色々後悔とかしてきたんだろうと想像がつく。


「聞き捨てならないことを言ったわね? こっちの倭人が氷沙瑪となると、そちらが……?」


 コロ助が蕗の葉を動かすと葉についた鈴がシャンと音を鳴らす。ブツブツとなにか呪文を唱えると、昔のあたいの体から抜け出した主様の魂が誰にでも見えるように徐々に色づいていく。


「あぁ……伯母さ――――――」


「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!! ーやっさ!! ーやっさ!! ーやっさ!! 母禮ちゃんのためならエンヤコラアアアアアアアアアアアアアア!!!」」」」」


 文でのやり取りは続いてたものの、久しぶりに顔を合わせた姪と伯母。その感動の再会は500の亡霊の怒号のような叫びと熱狂の中に沈む。さすがにこの声は対岸の姫路まで届いてるだろうし、隠密行動も何もあったもんじゃないっすけど……ま、この際どうでもいっすね。


「うおおおお!! ーやっさ!! ーやっさ!! 母禮ちゃんのためならエンヤコラアアア!」


「ちゃん付けを止めろといつも言っている!」


 頼光の手前出しづらくなった掛け声を久しぶりに上げると、これまた久しぶりの主様――盤具公いわぐのきみ・母禮本人からの尻キック。


 蝦夷ふるさとから遠く離れた家島にて、あたいたちは播磨やまとびと相手の戦のためおよそ150年ぶりに集結した。


 ……ま、あたいは転生して20年くらいしか経ってねえんで、他の連中に比べりゃ大した時間過ごしてねんすけどね。

【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)

【母禮】――芦屋道満の中の人。阿弖流為とともに大和朝廷に反旗を翻した大逆罪人。

*【雄谷氷沙瑪】――前世は羅刹の転生者。生前も死後も母禮に仕える忠義者。

【阿弖流為】――羅刹の王。母禮とともに大和朝廷に反旗を翻した大逆罪人。

【亀姫】――阿弖流為の次女。

【舌長姥】――亀姫の乳母にして側近。猪苗代湖のヌシとして崇められる蛇神。

【朱の盤】――舌長姥の配下。

【コロポックル】――母禮の弟子のネクロマンサー。コロだのコロ助だの呼ばれる。

*【刃倶呂】――羅刹の男。氷沙瑪とは昔馴染み。


【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)

*【日高見】――ガレオン船に近い形状の呪動船。大量の積荷を積めるのに加え、8門の呪砲を搭載する。

*【江合】――スピード特化の呪動船。モーターボートに近い。波に弱く外海に出るのは自殺行為。

*【ローマン神聖国】――イベリア半島~黒海沿岸にまたがるヨーロッパの大国。

*【倭人】――大和朝廷から続く、大体畿内に住む日ノ本の支配者層。蝦夷など各地域に土着してた人々から侵略者に近い意味合いで使われる。

【比丘尼】――尼僧。

【渡島】――現在の北海道。

*【母禮衆】――母禮を大将、氷沙瑪を副将とする500人からなる人間によって構成された水軍。1mの深さがあれば羅刹に勝てるほど水練達者で、呪動船も数多保有しておりわりと洒落にならない強さを誇る。

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