葛城山の戦い その7
*人物紹介、用語説明は後書きを参照
*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています
突然足場に感じる浮遊感に、土蜘蛛たちは枝から落ちそうになった仲間たちを必死に支える。
不快な声のした方向に目をやると、そこには右手が胴体以上に膨れ上がった兵士の姿があった。
そしてその目の前。その太い腕で殴られたのだろう、自分たちの乗る杉の木の幹が根元からねじり切られている。
「んだぁ? 随分と見ねえうちに倭人もやるようになってるじゃねえか。今のアイツら変身すんのか」
「のんびり観察してる場合か! 引きずり降ろされっぞ!」
昨日頼光によって融かされたとはいえ、雪の多い山中で大いに水分を吸っていた木はこの火勢にあっても中々燃えて倒れるようなことはないが、力づくで殴り倒されたら別だ。
幸い他の木々との間に張り巡らされた鋼線のおかげで倒れることはなかったものの、今は宙吊りの木の上に15人ほどが乗っている状況。焦る氷沙瑪の言葉に火乃兎はガシガシと頭を掻いた。
「どうするんじゃ親方」
「んー、皮膚が裂けた下の青い……なんだありゃ、生き物か? 火に弱そうだからほっといても死ぬだろうが、これ以上暴れられるのは面倒だな。しゃあねえや。私が殿やるからお前たちは離脱しろ」
「離脱って言ったって、ボクみたいに飛べるわけじゃないよね。どうする気?」
菡芝仙が当然の疑問を口にすると、鋼線を伝って蜘蛛の絡繰りが8体、他の枝から移って来た。
「こいつなら1体につき2,3人運べるからな。他の木が無事な今なら余裕だ」
「逃げるにも使えるのは便利だな。新しい武器の方は役に立たなかったけど」
「がはは! 全部が全部うまく行っても退屈だろがい。試して、失敗して、改良してを繰り返すのが楽しいんじゃねえか!」
捕虜になっていた土蜘蛛たちを繋いでいた紐を切りながら火乃兎は豪快に笑う。そして絡繰りに分乗させると隻腕の羅刹に任せて枝から飛び降りた。
「GASYAAAAAAA!!」
着地した火乃兎目掛けて異形の姿となった大和兵が殺到するも、火乃兎は不敵に口角をあげる。
「っしゃオラああッ!!」
先に動いたのは大和兵たち。だが振りかぶったその太い腕が半分も伸びる前に、後から繰り出された火乃兎の拳が大和兵の顔を捉える。
決して大和兵の動きが緩慢なわけではない。むしろ常人では辿り着けない武の境地に達していると言っていい速度なのだが、いかんせん相手が速すぎた。
身長170㎝程度と亀姫のような人間との混ざりものでない、純粋な羅刹としては小さい方だがその分動作が速い。
ましてや全身に身に着けているのは頼光の靴と同じ、気を込めることで爆発する仕掛けを施した緋緋色金の装備。それを爆発に魅入られた爆発馬鹿が扱うとどうなるかは、弾け飛ぶ大和兵たちが体で示していた。
「4つ、5つ、6つ!!」
爆発の衝撃によってむりやり速度と軌道を変える攻撃に、為すすべなく大和兵はその数を減らす。その戦いぶりは歩兵戦なら羅刹最強という氷沙瑪の評価にふさわしい、鬼神の如きものだった。
「GASYAAAAAAA!!」
「!」
そんな中、煙で出来た死角から1人の大和兵が火乃兎目掛けて跳びかかる。
不意を突かれた火乃兎が声の方向に目を向けると、その視線を頭程度の大きさの鉄球が遮り、大和兵と共に視界から消えていく。
「がはは! 随分と可愛いもん振り回すじゃねえの。倭人に転生して錨は振り回せねえってか?」
「こんな山の中に持って来れるかボケ! あの仙人様に何か振り回せるもん持ってねえのか漁らせて、出てきたのはこれだけだったのよ。つーか助けてやったのになんて言い草だ」
戦闘能力が皆無の菡芝仙は、新しい宝貝作りのアイディアだけでなく、参考資料として様々な武器や道具を集めていた。収納力に優れた鞄あってこそできることだが、隅にひっそりしまわれていた流星鎚を振り回す氷沙瑪を小馬鹿にするように火乃兎が笑う。
「がはは! 恩着せがましいこと言うじゃねえ――――の!」
再び死角から迫った別の人間の顔を一瞥もせずに掴むと、手のひらを爆発させる。今まで以上に激しい爆風が過ぎると、掴んでいた顔は跡形もなく消し飛び、首から上が無くなった死体が前のめりに倒れる。
「誰が誰を助けたって?」
「くそ、装備が良くなってる分さらに強くなってやがるな。なんかムカつく」
「ムカついてるのはオレも同じだ。これだから妖どもは、朝廷の威光を理解できぬ愚か者どもの相手をせねばならぬこっちの身にもなれ」
炎の中から聞こえた声、その主である頼親と4名の側近は燃え盛る炎もどこ吹く風で、火乃兎と氷沙瑪の方に歩みを進める。
「見たところ大将だな? わざわざ前線に出て来るお前さんこそ愚か者に見えるがねえ?」
「ふ、絶対に勝てるという自負があるからこそ姿を見せている、そう考えられないことこそ愚かだろうに」
「はあ? いーやお前がバカだね。バカバカバーカ!!」
「どっちもどっちだろ……」
まるで子供のようなやり取りに呆れた氷沙瑪だったが、頼親が構えると火乃兎の気配が変わったことに気づく。その空気を感じ取り頼親を見るとなるほど、超一流の武人であることは明らかだ。
「……綱の言い分だと大したことねえヤツのはずだったが。曲りなりにも頼光の弟か」
「がはは! 雑魚ばかり相手させられて退屈してたところだ。行くぞ倭人ッ!!」
火乃兎が強く地面を蹴ると同時に、刀に手をかけていた頼親の腕が動く。
そして互いの動きが交錯し、山に鮮血が散った。
【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)
*【雄谷(吉弥侯部)氷沙瑪】――前世は羅刹の転生者。生前も死後も母禮に仕える忠義者。道満の播磨守就任を機に京に移った。
【菡芝仙】――截教究道派の仙人。朱雀の盟友。
*【油澄ま師】――羅刹の女。本名・火乃兎。氷沙瑪と仲が良かったが、陸軍にも水軍にも居場所が作れず土蜘蛛に弟子入りした。
【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)
*【倭人】――大和朝廷から続く、大体畿内に住む日ノ本の支配者層。蝦夷など各地域に土着してた人々から侵略者に近い意味合いで使われる。
*【緋緋色金】――西洋のオリハルコンと似た性質を持つ緋色の希少金属。硬い・軽い・熱に強いと武器や防具に最高の素材だが、それ故に加工が難しい。
*【羅刹】――鬼と同義。陸奥に住む鬼をそう呼んでいるだけ。




