葛城山の戦い その6
*人物紹介、用語説明は後書きを参照
*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています
「っしゃあ! まずは火弘槌だ! 落とーせーーーーッ!」
銘々バラバラに空を飛び回る――否、杉の木の間に蜘蛛の巣のように張り巡らされた金属の紐の上を走り回る絡繰りは、火乃兎の掛け声を合図に、頭胸部から腹部を切り離した。
それは地上から20mほどの高さでパカリと割れると、中に詰まっていた粘着性の黒い液体を地面に撒き散らす。
さながら黒い雨に濡れたかのように、大和兵の着物に黒いしみが浮かんだ。
「よっしゃよっしゃ! 次、火産。換装急げ!」
愉快そうに笑う火乃兎の声に、絡繰りはそれぞれ別の杉の木に移動し、前の四本足でしっかりと気を掴むと、後ろの四本足で括り付けてあった火産を頭胸部に自分でつけ始める。
「ふぅん? たしか加具土命というのはこの国の火を司る神だよね。てっきりまた爆発炎上するのかと思ったけど」
「がはは! 私が進行する神は荒脛巾ただ一柱だけどな。ちなみに神の加具土命と違い、火弘槌は漢字で書くとこうだ」
「火を弘げる槌、ね。なるほど、つまりあの黒い粘液は――――……」
「がはは! 察しがいいじゃねえか。オラオラ、換装が済んだら一気に攻め立てろ。回せ回せ、足を回せ!」
その声に換装を済ませた絡繰りから順番に再び糸の上に飛び出していき、今度は地面に目掛けて火産を切り離す。
すると地面に落ちた火産が轟音を立てて爆発し、火焔地獄と化した地表を見た火乃兎は愉快そうに笑った。
「がはははははは! どうだ見たか倭人ども! これが土蜘蛛の誇る新しい戦の形よ! テメエらは何もできずに地べたに這いつくばったまま燃え尽きろい!」
「おお、凄いね。声に反応して動き回るなんて……でもそれじゃ他の人の声にも? さすがにそんな欠陥残すはずはないか。なら声を覚えさせているのか、それとも別の手段で命令を伝えているのかな」
「うはは、なかなかいい考え方するじゃねえか。さてはお前さんも物作りをしてるクチか?」
「まあね。実に面白いよ、仕組みを詳しく聞き出す気はないけど、似たようなものを作るくらいいいよね?」
「おう。技術を目で盗むのは当然よ、やれるもんならやってみやがれってな。……で? どうしたお前ら、倭人どもに仏心でも湧いたのか?」
興味深そうな視線を送り続ける菡芝仙に、歓声を上げる土蜘蛛の人間たちとは打って変わり、氷沙瑪を含む羅刹たちは青い顔でその光景を眺めていた。
「いや、親方よ……コイツのコンセプトはぁ聞ぃちょったが……まさかここまでとは……う、頭が」
「ああ……家が……家族が……」
「あああああああ……!!」
「???? さっぱり意味が分からん。私は羅刹の敵討ちをしてやったようなもんだろ」
首をかしげる火乃兎だったが、そこに横からぺちんと尻を蹴られた。
「アホか火乃兎テメエ!! ここにいる羅刹は、全員以前の様に戦うことも出来ねえからって土蜘蛛に合流した傷痍軍人だろ!? だったら、こういう自動で動き回る絡繰りなんぞ見たらこうなるって分かるだろ。だから田村麻呂の嫁の人形ども相手にすんのがどんだけの地獄だったか知らねえヤツはよお!!」
「ああ?」
羅刹たちにとっては地獄のような戦場を経験していない火乃兎には分からないことだが、ここの羅刹たちは大なり小なり鈴鹿御前の操る自動人形に対してPTSDを抱えている。
そもそも繊細な調整が必要な絡繰りだけあって、指や腕のない羅刹たちは関りがなかった発明品だけに、どういうものかの説明は受けていたものの、ここまで自由自在にぬるぬる動くものだとは認識していなかったことが原因だ。
周りから氷沙瑪の言葉に「そうだ、そうだ」と賛同の声が飛ぶことに、火乃兎は気まずそうに頭を掻いていたが、不意に何かに気づいたかのように氷沙瑪の顔を覗き込んだ。
「……そういえば、何で倭人のお前がそんなこと言ってんだ? つーか、土蜘蛛の連中は私の事親方って呼ぶのに、どこで私の名前を……いや? なんかお前の話し方と態度……どっかで……!」
そこまで自問自答をしたところで、火乃兎は大きく目を見開く。
そして頭からつま先まで、何度も視線を行き来させたかと思ったら、次の瞬間腹を抱えて笑い始めた。
「うっしゃっしゃっしゃっしゃっしゃ!! おま……お前、氷沙瑪か!? ぶぷッ! 輪廻転生は分からるけど、え? 何したの? どんだけの業を積み上げたら、倭人なんぞに転生させられるのー!? うひゃひゃひゃ、腹痛ええええええええ!!!!」
「死ねッ!」
煽りにブチ切れた氷沙瑪は、蹴った右足を戻して再び火乃兎の尻を目掛けて全力で蹴りを繰り出す。
刹那の後に足が尻に届くというまさにその時、氷沙瑪は自分の体に起きた異変に気付いたが、もはや手遅れでそのまま火乃兎の尻を蹴り飛ばし――火乃兎の体が木の上から吹っ飛んだ。
「あ、戻った」
「戻った、じぇねえや! 痛って、いきなり痛って!!」
「悪いな。どうやら陸奥に行ってた主様が富姫さま宛の用事を済ませたみてえだ」
隣の木に叩きつけられそうになった火乃兎は、枝を掴んで体を半回転させその枝の上に立つと、そこを蹴って氷沙瑪たちのいる枝へと戻って来る。
「ま、いいや。まだ笑い足らねえけど、また会えて何よりだ」
「おうよ」
軽く拳をぶつけあい、再会を喜び合う二柱。そこに隻腕の羅刹も口を挟む。
「待て、氷沙瑪っちゅうことはワレ、吉弥侯部んとこの娘じゃったんか!?」
「悪いな頼光たちとはうまくやってっけど、まだ素性をばらす段階じゃなくてな。そういう意味じゃ今は丁度いいな。おっさんは刃俱呂のとこで部隊長やってたヤツだろ? 猪苗代で姿見なかったからてっきり死んだものかと思ったぜ」
「はッ! この通りピンピンしとるわ」
「しかし頼光、ね。頭領も口にしてた名前だな。なんか評価してるようだが、そいつも陸奥の誰ぞの生まれ変わりか?」
「いや。だが、陸奥の生まれではあるぜ。当時の陸奥国司の娘で、幼いころに富姫さまと親交もある」
「はぁ~」
「まあそうだね。生まれ変わり云々の話になると、金霊は孫弟子の生まれ変わりなんじゃないかと疑っているね。そんな前世の話、覚えがない者にしたら迷惑以外の何でもないけど」
羅刹たちが過去の話に花を咲かせる中、突如入り込んできた別人の声。その声の主を指さしながら、氷沙瑪は言葉が出てこずに口をパクパクさせた。
「正体を知っちゃいけない奴がいたっス!?」
「ウソじゃろ? ここまで引き上げてくれた恩人の存在を忘れとったんか」
「ま、昔から余計なこと言っては母禮様にケツ蹴られてたからな」
「母禮?」
「聞かれちゃいけない言葉が次々と!?」
「GASYAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
下が炎で包まれた時点で、終わった気分になっていた土蜘蛛たちの耳に届いて来たのは甲高い不快な声。
再び緊張感が辺りを包んだところで、轟音と共に氷沙瑪たちの入る杉の木が大きく揺れた。
【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)
*【雄谷(吉弥侯部)氷沙瑪】――前世は羅刹の転生者。生前も死後も母禮に仕える忠義者。道満の播磨守就任を機に京に移った。
【菡芝仙】――截教究道派の仙人。朱雀の盟友。
*【油澄ま師】――羅刹の女。本名・火乃兎。氷沙瑪と仲が良かったが、陸軍にも水軍にも居場所が作れず土蜘蛛に弟子入りした。
【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)
*【火弘槌】――中に可燃性の物質を搭載した兵器。火産と併用すると広範囲を延焼させる。焼夷弾のようなもの。
*【火産】――火乃兎作の爆弾。先端に強い衝撃を与えると爆発する。20mの高さがあれば、落とすだけで爆発する。
*【荒脛巾】――蝦夷の間で信仰される神様。
*【倭人】――大和朝廷から続く、大体畿内に住む日ノ本の支配者層。蝦夷など各地域に土着してた人々から侵略者に近い意味合いで使われる。
*【羅刹】――鬼と同義。陸奥に住む鬼をそう呼んでいるだけ。
*【輪廻転生】――人が何度も生死を繰り返し、新しい生命に生まれ変わること。




