【源頼光】葛城山の戦い その3
*人物紹介、用語説明は後書きを参照
*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています
「ふうん、この高熱は確かにこれは瘧の症状だね。何でこんな季節に」
「むしろ寒い時期だからこそじゃないの? 誰からか分からないけど、皆に感染っちゃって大変なのよ」
ここにいる季武と橋姫さま以外はみんな同じ症状で倒れてると伝えると、甘美娘先生は訝し気に目を細めた。
「瘧は人と人の間じゃ感染しない。病の源を持った蚊に刺されることで発症するのよ。でも冬に蚊なんていないからこんな季節じゃ珍しいの」
「蚊……小屋の中にいっぱいいたけど……」
「まさか。ずっとこの山で暮らしているけど、そんな話聞いたことない。京から持ち込んできたんじゃなくて?」
病を運んできた蚊がどこから来たのか話しながらも、甘美娘先生は室内にあった箱を空けて中から何かを取り出した。冬とは思えないほど温かい部屋だけど、箱の中までは届いてないのか白い冷気が箱から流れ出る。
「姫君よ、砦に災禍を運びしは宝貝『蜈蜂袋』とのこと」
「宝貝……? そういえば菡芝仙の言葉ってことで、この部屋に案内されたけど……まさか菡芝仙がうっかりばら撒いたとかじゃないわよね?」
「否。災いの根源は大和より来たりし邪悪なるもののふ。金瞳の神仙は山に籠りしまつろわぬ者たちと共に連れ去られる道中。また、間もなく300の討手が砦に更なる災厄を運ばんとする也」
「あらあら大変!」
季武の言葉に驚いた橋姫さまは、慌てて部屋から飛び出してった。
そんなやり取りを聞きながら、なんか針の付いた透明な筒状の物をいじくる甘美娘先生が横から口を挟む。
「その人の言ってる言葉がよく理解できないんだけど、何か起ころうとしてる?」
「えーと、身内の恥に巻き込む形で申し訳ないんだけど、何か蚊をばらまいたのって大和の連中らしいの。そのどさくさで、うちらの仲間と土蜘蛛の皆さんが連れ去られて、300人の討手が向かってきてるって。病気も大和の仕業なら、確実に症状が出るまで待っての行動かしら」
「300人が襲ってくるの!? あんたたちが何人いるのか知らないけど、瘧を治したところで詰んでるんじゃない!?」
「さっき頼親に会ってきた時の様子なら、私ひとりでも問題ないと思うけど……季武もいるし、あとは虎熊あたりを治してもらえれば盤石よ」
「……まあ、親方みたいにぶっ飛んだ武人もいるけど……。倭人の間でそんなに変わるものなのかしらね」
不安を隠せてない様子で、箱から取り出した液体に針を刺す先生。するとどういう理屈なのか、筒の中に液体が移る。
「じゃ、腕だして」
「んん?」
なんだろうね。病気の治療という話なのに、何をしようとしてるのか分からない。
「えーと? 加持祈禱をするか、薬を塗るなり飲むなりするかと思ったんだけど……それは?」
「この器具の中に入ってるのが薬。これを血管っていう血の流れる道に直接ぶち込むのよ。そうすれば血の流れによって体中に薬が回るから早く効くわ」
「昨日の朝、火車から説明受けたやつ! え、何か初めて聞くやり方ですけど大丈夫なの?」
「当たり前でしょ。瘧なんて朝廷でも養老律令って言う決まり事で、薬を常備しとけって言われてる病気なのよ? 京の医療がどうなってるのか知らないけど、土蜘蛛はこっちで最善の治療を考え抜いてるのよ」
大丈夫かって聞いたのに帰って来たのは自分の治療技術への自信。言葉の端々からは他の方法にして欲しいとか絶対に言わせないという圧力を感じる。
「いやね? 専門家に任せるのが1番だし、自慢じゃないけど散々痛い目に遭ってきたからこれくらい……とは思うんだけど、なんか無性に怖いというかなんというか――――」
「はい、ちくっとするよ」
「まだ覚悟がッ!?」
有無を言わさずに突き刺された針が体の中に入ってて、そこから薬が体の中に流し込まれてるのがはっきり分かる。
痛みは大したことないんだけど、何とも言えない感覚にモヤモヤしてると、みるみるうちに体を支配してた怠さが抜けていく。
体はまだ火照ってるけど、それでもこんなにすぐ効果が出るなんて……怪我なら一瞬で治す火車に比べると地味にもどかしい気分だけど、これって間違いなく凄い技術なのでは?
「あ、ありがとうございます。……この薬って、まだあるの?」
「さっきも言ったけど感染爆発に備えて薬を常備するよう、朝廷でも警戒してるヤバい病気なのよ。山に住む人数分は用意してあるわよ」
「それなら、小屋で寝込んでる仲間たちの治療もお願い……って、この部屋と違って向こうは灯りがなかったか。ここまで運んでくるので治療してもらえる?」
「……病で苦しんでるのを見て見ぬふりはできないわ。連れて来なよ」
「よし季武。あんたも運ぶの手伝って」
「くくく……姫君の仰せのままに」
バン! と鼻に衝撃が伝わると、鼻からたらりと血が流れた。回転壁から出ようとしたところに、ちょうど反対側から誰かが入って来たみたいで、思いっきり鼻を打った。
「あらあらまあまあ。頼光ちゃん、大丈夫?」
「……大丈夫です。病気も治りましたし、他のみんなも連れてこないと……」
顔を抑えながら、耳から聞こえる橋姫さまの声に応える。すると、橋姫さまはうずくまる私の背中に手を置いて言葉を続けた。
「それは丁度良かったわ~。バラバラにいたら危ないと思って皆さんを大広間に集めて来たけど、この部屋に連れてきた方が良いかしら~?」
「本当ですか! 助かります」
真ん中で止まった回転壁の向こうには大裳(藁)の姿がある。どこに行ったのかなと思ったけど、ここに兵が迫ってるって聞いて皆を運んできてくれたのね。
「すいません橋姫さま。それなら病人たちの事は先生とふたりにお願いしますね。私は季武と砦の外の様子を見て来ます。先生もまずは症状がひどい子を優先で。急ぎのがいなくなったら、角が生えてるのから治してくれれば砦は安心だと思います」
「……分かったわよ。逃げたりしないでよね」
「この状況じゃ逃げるなんて選択肢ないです。仲間に危険が及ばないところでなら逃げるのもひとつの手段として考えますけどね。行くわよ季武」
「くくく……思えば姫君が宿命の旅路を進み始めてより、共に戦うは初めてなりや。我が武芸の冴えとくと照覧あれ」
やる気に満ちた季武を供だって、私は小屋を飛び出す。
まだ体調に違和感はあるけど戦うのには十分、とりあえず東側の門を目指して私たちは走った。
【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)
【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。
【卜部季武】――摂津源氏。夜行性の弓使い。
【橋姫】――摂津源氏。橋の守り神。元は橋建設のため人柱になった女性。
【甘美娘】――土蜘蛛のひとり。甘美絵の作者。その似顔絵を持ってるだけで病気にかからないと言われるほどの名医でもある。
【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)
【瘧】――マラリア。
【宝貝】――仙道が扱う不思議アイテム。
【蜈蜂袋】――その中に生物が棲むのに最高の環境を作る宝貝。封神演義では殷の武将・孔宣配下の高継能が使用した。
*【倭人】――大和朝廷から続く、大体畿内に住む日ノ本の支配者層。蝦夷など各地域に土着してた人々から侵略者に近い意味合いで使われる。
*【大裳(藁)】――橋姫が作ったヒグマサイズの大裳の形をした藁人形。移動に便利。




