【源頼光】葛城山の戦い その1
*人物紹介、用語説明は後書きを参照
*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています
土蜘蛛たちの好意によって貸し出された小屋の中。中央の大きな屋敷で親睦のために一緒に食事をした後、夜も更けてきたところで私たちはそこで眠りについた。
まだ日が昇ってない時間。小屋の中に小さく響く苦しそうなうめき声で私は目を覚ました。
「……んん? 茨木ちゃん? どうしたの、苦しい……って、アレ?」
声の主が茨木ちゃんだと分かって様子を見に行こうと足に力を入れたけど、なんか力が入らないでそのまま尻もちをついた。
おでこに手を当てると明らかに熱い。
「あれ……風邪ひいたかな…………?」
体を起こして全体を見渡すと、茨木ちゃんだけじゃない。火車も丑御前も、真っ赤な顔で顔じゅうから汗を噴き出してる。
ふたつ貸してもらった小屋の中、こっちは女性だけで使ってるんだけど見渡す限りだと、橋姫さまだけがぐっすりで他は全滅かな? てか話し足りないと屋敷に残った氷沙瑪と菡芝仙のふたりの姿がない。
「なんだ……頼光……。んん? 体だりいな、何だこりゃ……」
「虎熊でも風邪って引くのね……冬に窓開けっぱなしなのがまずかったか」
閉め忘れたのか全開になってる窓を見て、思わずため息が漏れた。まさか、こんな小さなことで全員が風邪引くとか、綱たちに呆れられるわ。
ぱしん――と耳障りな音が耳のすぐ近くを通ったことで顔を叩くと、その音で目を覚ました橋姫さまが分かりやすくオロオロと慌てだす。
「あら? あらあらあら。大変」
「すいません、橋姫さま。土蜘蛛……いや、保昌殿の方が頼れるかな。薬を持ってないか聞いて来てもらっていいですか? 私の場合、半日も寝てれば治ると思うんですけど、茨木ちゃんたちが苦しそうなので」
「! そうね。すぐに行ってくるわね」
壁に背中を預けつつそうお願いすると、慌てた様子で橋姫さまが外へと飛び出していった。
やっぱり神様は風邪を引かないのか、1柱でも元気な人がいてくれて助かったわ。正直体がだるすぎて動く気にならないもの。こうして耳のすぐそばを通る不快な羽音に手を動かすだけでも疲れるわ。
「さっきから、ぴしゃぴしゃぴしゃぴしゃ五月蠅せえな。熱でおかしくなったか?」
「いやいや。なんかやたら蚊が多くて不快なのよ。アンタの周りにはいないの?」
「はあ? こんな季節に蚊だぁ? そんなの――……いるな。この山はこんな感じなのか?」
苦しそうに呻る他のみんなを起こさないよう、出来るだけ静かに虎熊と蚊退治に勤しんでると、しばらくして慌てた様子で橋姫さまが戻って来た。
「頼光ちゃん大変よ。となりの小屋の殿方たちも、頼光ちゃんの弟ちゃんたちも、みんな熱を出して苦しんでいるわ。それで土蜘蛛さんたちに手伝ってもらおうとしたら、お屋敷には誰もいなくて」
「え」
「……まさか、土蜘蛛の連中に嵌められたか?」
嵌められた?
「虎熊、それってどういう意味」
「何かしら、病を引き起こす道具でもあったんじゃねえかってことだ。流行らせるだけ流行らせて、自分らは砦を放棄して家に戻ったってな」
「そんなこと――――いや、待って。それなら氷沙瑪か菡芝仙を探せば。橋姫さま、すいませんが肩を貸していただけますか?」
立ち上がったのはいいけど、ふらついて倒れそうになるのを橋姫さまが慌てて支えてくれる。
くそー……こんなことなら、かさばるからって万里起雲煙を返すんじゃなかった。あれなら杖として使えたのに。
この場は虎熊に任せて、橋姫さまと私は屋敷へと向かった。
*
――同時刻
まだ日の上がらぬ葛城山の東を進む集団があった。
手首で両手硬くを縛られた土蜘蛛たちが10人~15人ずつ数珠つなぎにされて歩かされ、それを固めるように大和の兵が進む。
「うぅ、寒いよー冷たいよー。もう少し優しくしてくれないかな」
「……あんた本当に仙人なんスか? 仙術でパーッと皆を解放したりとかできないんスかね」
「何度も言うけど、私は戦闘力皆無なんだよね」
「はあ~つっかえ」
「おいお前たち、仲間割れしとる場合じゃねえぞ」
屋敷にいきなり大和兵数十名が乗り込んできたのが1時間ほど前の事。戦えない者がいる場所に押し込まれ、人質を取られてはろくに抵抗も出来ず、氷沙瑪たちを含む屋敷にいた者たちはみな京へと連行されていた。
丁度近い場所にいたことで、氷沙瑪と菡芝仙と隻腕の羅刹の順で縄で繋がれている。
3人が騒がしくしているにもかかわらず、特に咎めようともしない大和兵たちの目は薄く濁り、どこを見ているのか分からない。その姿に氷沙瑪は背筋が冷たくなるのを感じた。
「てか頼光たちは何してたんスかね。あんなに大騒ぎだったのに、誰ひとり起きてこないとか爆睡にもほどがあるっス」
「事情があるかもしれないでしょ。そういうことを言っちゃだめだよ」
「痛って!? 何スかいきなり! 後ろ取られてるの納得いかな――――って何スか?」
抗議のために振り返った氷沙瑪が見たのは、開かれた菡芝仙の右手に潰れる蚊の姿。これを潰すために頭を叩いたのだと理解した氷沙瑪だったが、季節外れの存在に少し混乱する。
「襲撃の時、兵のひとりが大きな袋を持っていたんだよね。気づいた?」
「確かに持っとったな。それがどうしたと言うんじゃ?」
「あれはね蜈蜂袋っていう宝貝なんだよね。西岐軍とやり合う聞仲に、金霊が授けた内のひとつだよ。なんでこんなとこにあるのかは知らないけど」
「蜈蜂袋?」
「名前の通り、蜂を入れて襲わせるのに使われてたけど、アレって袋の中に虫が生きるのに最適な環境を作る宝貝なんだよね。その中に蚊を入れてたんだよ」
「なんでそんなもんを。蜂の方が脅威じゃろうて。ただの嫌がらせかのう」
「とんでもない。確かに短い目で見るなら蜂の方が脅威だろうけど、蚊に病を運ばせれば長い目で見ればより大勢を殺せるんだよね」
「瘧っスか!? いやでもあんたの言う通り、すぐには発症しないっスよね。日高見の処女航海中に南方の地域に渡航した時にもらって、海に出てから発症って感じだったっス」
「そうだね。多分だけど……蜈蜂袋の中で蟲毒でもしたんじゃないかな。恐らくだけど、毒性を高めて発症の速度を上げたんだと思うよ」
「蟲毒……頼光たちは大丈夫なんスか。入れ替わる様に200人くらい兵士が上がってったっスよ。いつもの頼光たちなら何ともないだろうけど」
「んー……結局は病だからね。呪いと違って薬さえあれば何とかなるんじゃないかな」
いやな想像をして口数が減るふたりだったが、その後ろを歩く羅刹がキョロキョロと辺りを見渡しながら話に入って来る。
「薬ならある。奪われている様子も、それに詳しい奴が捕まっている様子もないからの。うまいこと出会えればなんとか……」
「マジっスか? あそこにいた連中、一網打尽だったっスけど」
「仕事の邪魔をされるのを、とりわけ嫌がるヤツでな。厠のある廊下があったじゃろ? あすこの突き当りの壁の奥にある隠し扉の先に、砦に籠った時のために仕事場を作っておったのじゃ」
「へー、全然気づかなかったね。厠のある廊下の突き当りか」
うんうんと頷く菡芝仙、その様子を見た羅刹は牽制するかのように口を挟む。
「周りの連中と違い、確かにアンタらはワシらをどうこうしようとするつもりはないんじゃろう。じゃからアンタらの仲間を救いたいという気持ちは分かるが、ここにいるワシらの仲間の方が大事じゃ。もしここを抜け出すつもりなら、こいつらに危害が加えられるかもしれんし、ワシは止めるぞ」
「………………そりゃそうっス。大切な仲間を優先するのは当然スよね」
氷沙瑪からしても母禮たち陸奥の仲間と、頼光たちを天秤にかければ同じ結論になる。それでも頼光たちに好意を寄せている氷沙瑪からすれば胸が締め付けられる思いだ。
だが、そんな氷沙瑪とは違い、菡芝仙はケロッとした表情で羅刹に向かって答える。
「だよね。でも大丈夫だよ。戦闘力は皆無だけど、その分周りが良く見えるんだよね」
その言葉の意味を理解できずに氷沙瑪と羅刹が首をかしげると、頭上の枝が音もなく揺れ、わずかながら残していた葉を数枚落とした。
【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)
【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。
【茨木童子】――摂津源氏。大商人を目指す少女。商才に芯が通っている。本名月子。
【火車】――摂津源氏。ブリターニャ出身の精霊術師。生者を救い、死者を燃やすことを使命とする。本名キャス=パリューグ。
【橋姫】――摂津源氏。橋の守り神。元は橋建設のため人柱になった女性。
【虎熊童子】――虎柄のコートを羽織った槍使い。
*【雄谷(吉弥侯部)氷沙瑪】――前世は羅刹の転生者。生前も死後も母禮に仕える忠義者。道満の播磨守就任を機に京に移った。
【菡芝仙】――截教究道派の仙人。朱雀の盟友。
【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)
【万里起雲煙】――杖の形をした宝貝。杖先から高熱を発する。
【蜈蜂袋】――その中に生物が棲むのに最高の環境を作る宝貝。封神演義では殷の武将・孔宣配下の高継能が使用した。
【宝貝】――仙道が扱う不思議アイテム。
【蠱毒】――壺の中にいろいろな種類の毒を持った虫を放り込んで共食いさせて、最強の毒を持った虫を作り出し、その虫を使い行う呪術。
【瘧】――マラリア。
*【日高見】――ガレオン船に近い形状の呪動船。大量の積荷を積めるのに加え、8門の呪砲を搭載する。最上と比べて2.5倍くらいのサイズ。




