【源頼光】会談
*人物紹介、用語説明は後書きを参照
*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています
大和軍の説得から戻ってしばらく。西の空がすっかり夕焼けに染まる中、砦の中にある一室に8つの影が集まってる。
まずは西から登って来た保昌殿と、弟くんにその側近の3名、土蜘蛛からは職人さんと隻腕の鬼、それに加えて氷沙瑪と菡芝仙と私。
道満さまの代理として来てる氷沙瑪はともかく、菡芝仙がここにいる理由は分からない。
「……だいぶ日が暮れて来ましたが、兄上はまだいらっしゃらないのでしょうか? 確かに後から来るとおっしゃっていたのですよね?」
「うん。罠の位置に目印も付けて来たし、すぐ来ると思ってたんだけど」
「………………巧妙に設置したはずだけど、そんなにすぐ分かる?」
「え、うん」
私の返事に納得いかなそうな職人さんは、腕を組んで呻った。
「そういえば、それなりに長い付き合いなのにずっと職人さん呼びよね? この山に住むのは職人さんばかりなら、いい機会だし名前を教えてもらっても?」
「………………ない。好きに呼んで」
「頭領は代々『土蜘蛛』を名乗るもの。土蜘蛛とはすなわち、ワシら全体を指すこともあれば、頭領個人を指すこともある」
「なるほど、それなら改めてよろしくね土蜘蛛」
「………………ん。で、何の集まり?」
何の集まり? そう言われたら何で集まってるのやら。いつも戦いが終わったら皆でご飯でも食べながら歓談でもってとこだけど。
戦後処理とか無縁で来た私が首をひねってると、弟くんが手を挙げた。
「我らは勅命を受けた身。1度全員京まで連行して行きたい」
土蜘蛛はそう言った弟くんをジト~とした目でしばらく見つめた後、私の方に目を移した。
「………………同じ考え?」
「いやいや。大変だし、連れて行く必要ある? としか思わない。てか、いつも行商に来てるのは土蜘蛛だけだけど、色んな職人さんが住んでるなら、商人の行き来を盛んに出来たらいいなー、くらい」
「そうだね。いいことを言った」
なるほど。職人から何かしらの刺激が欲しいからこそ、この場に来てたのね。たしかに菡芝仙はずっと土蜘蛛の作る呪道具に興味持ってたし、物より作者に会いに来たわけか。
「私もマドモアゼル方と同じ意見だ。出来れば罠の解除を願いたいだけだな。ここらは穢物も少なく、罠さえなければ安全に商人も行き来できよう」
「そういえば全然見ませんでしたね」
「そりゃそっス。穢物はその名の通り、人間の負の感情だのなんだのに汚染された獣っスもん。自分で作ったものでなら自爆すら楽しむ陽の者どもに穢れなんてあるかいって」
「馬鹿にしとんのか、わっぱ」
「……むしろ京に穢れが集まっているのが、治めるものの責任だと言っているように聞こえますが」
「言ってるっスよ? 頼光と違って弟の方は大内裏に入ったことあるんすよね? あそこの空気に触れてなお、真っ当な政治が行われてると思ったなら相当っスよ?」
「――――ッ!」
反論しようにも言葉が出ないのか、噛み締めた唇から赤い筋を流しながら弟くんが氷沙瑪を睨みつける。
そんな張り詰めた空気を弾き飛ばすように、保昌殿が手を打った。
「とにかくだ。こちらの総大将は大和守。彼が来ない限り、何の決定も出来んよ。今は争ったところで意味がないじゃないか」
「……そうですね、保昌様のおっしゃる通り。ただ全員を連れて行かないにしても、そちらの頭領に京に来ていただくことは絶対だと思います」
「………………しょっちゅう行ってる」
「だよねー」
そら土蜘蛛は市に入り浸ってんだから今更よねー。言われるまでもなく京に足を運ぶつもりでいる様子だったけど、それに異を唱えるよう形で鬼が言葉を挟んだ。
「いんや、今までのように行商ならともかく、敗軍の将として連行するというなら承服しかけるのう。朝廷のヤツらは信用できん。昔、我らの王も討伐軍大将の言葉を信じて京に向かい、2度と戻らんかったわ。むしろ頭領の技術を盗まんと、拷問でも何でやりおるだろうて」
「いやいやいや。普通に取引で手に入れられるのに、そんなことするわけないでしょ……」
「はははは! 甘いっスね頼光。それをやるのが倭朝廷だ。歴史がそれを証明している」
さっきは何とか耐えたみたいだけど、さすがに看過できなかったのか、弟くんが憤然と立ち上がった。
「朝廷がそんなことをするはずがない! いや、例えしようとする者があっても、主上がそれを許す者か! あまりにも不敬な物言い、撤回しろ!!」
「だーかーらー、現実を見ろって。主上がしっかりしてないから、右大臣派だ左大臣派だに分かれて好き勝手やってるんじゃねっスか。仏に見放された末法の世を作ってるのは誰だって話っすわ」
「……あなたは確か播磨守の側近だったな。その言い分だと左大臣派閥筆頭の蘆屋道満もまた、悪政の一端を担っていると言っているようなものだぞ」
「? 何でそんな言ってやったぜ顔してんのか分かんねえっスけど、ウチの主様なんて好き勝手やってる人間の代表格じゃねっスか。朝廷すっとばして異国と貿易して稼いでる人ぞ」
「HAHAHAHAHA! 耳が痛いな! 流れ矢が刺さるぞマドモアゼル氷沙瑪!」
「保昌殿は別にいいんじゃねっスか? この前も異国から持ち帰ったものを京に運んで特別な市を開いたらしいじゃねっスか。ウチの主様もっスけど、自分の懐だけ温まりゃいいって態度取らずに、領民も潤えば穢れなんぞたまねっスわ」
弟くんがいよいよ顔全体を真っ赤にしてプルプル震えだしたところで、鬼が再び言葉を挟む。
「まあ、そういう倭人の政治に関しちゃそっちでやってくれや。ともかく、昔に我らが王・阿弖流為と母禮が、田村麻呂に騙されて殺されたのは事実なんじゃ。それを知っとる以上、おいそれと頭領を京にやることは出来ん」
「阿弖流為に母禮? もしかしてあなた、鬼じゃなくて羅刹?」
「おう、そうじゃ。ここにいるのは朝廷の支配とか面倒くさいと思うとる人間と、戦に敗れて落ち延びてきた羅刹どもよ」
「へー……まさかこんなところでかつての陸奥を知ってる生き字引に出会えるなんて。とにかく頼信も大和守が来るまでは何も決まらないって意見には賛成なんでしょ? ここらでお開きにしない?」
「そうだね。いいこと言った。色々話を聞かせて欲しいからね」
「………………これ、誰?」
「菡芝仙っていう呪道具に近いものを作ってる仙人様。ずっと会いたがってたのよ」
ずい、と身を寄せられたことで後ずさった土蜘蛛が、助けを求めるような視線で見て来る。結構話が合いそうだけど、火車へぐいぐい行ってた姿を見てるし、大人しい性格の土蜘蛛にとっては苦手な相手なのかもしれない。
「まあ鬱陶しいかもしれないけど、話をしてみたら? どうしても嫌なら止めるけど」
「………………そういうのじゃなく、行くとこあるから。不貞寝してる奴のご機嫌取り」
「親方か。どうしようもない奴じゃのぉ。とにかく今日は遅いし泊まっていけ。明日になれば頭領も手が空くじゃろうから、今日は他の奴とでも喋っとれや」
「ふむ。仕方ないね」
「あら、意外に素直」
なんだかんだ土蜘蛛以外の職人にも興味があるのか、職人たちが集まる中央の大きな屋敷に向かって歩き出した菡芝仙を見送ると、隻腕の羅刹は私たちが使えるようにと小ぎれいな小屋をあてがってくれた。
交渉なり談笑なり、それぞれが思い思いの時間を過ごす中、夜は更けていった。
大内裏
【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)
【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。
*【雄谷(吉弥侯部)氷沙瑪】――前世は羅刹の転生者。生前も死後も母禮に仕える忠義者。道満の播磨守就任を機に京に移った。
【菡芝仙】――截教究道派の仙人。朱雀の盟友。
【土蜘蛛】――とんでもない技術力を持つ職人。キャスケット+オーバーオールという服装。
【藤原保昌】――藤原道長配下。摂津守。異国かぶれの異名を持つ。
【源頼信】――源満仲の次男。頼光とは異母姉弟。河内守。
【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)
*【呪道具】――一品物である宝貝を再現しようとして作られた歴史を持つ。宝貝は仙道士にしか扱えないが、一般人でも扱えるように魔力を込めた呪符を差し込み動かすことを想定している。呪いの道具ではなく、呪い=魔法の道具。
*【穢物】――穢を浴びて変質した生物。俗に言うところのモンスター。
【大内裏】――平安京にて天皇陛下のおわします場所。行政施設や祭事を行う殿舎がある。
【末法の世】――末法。仏の教えが行き届かない世界。
*【倭人】――大和朝廷から続く、大体畿内に住む日ノ本の支配者層。蝦夷など各地域に土着してた人々から侵略者に近い意味合いで使われる。




