【源頼光】出陣
*人物紹介、用語説明は後書きを参照
*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています
土蜘蛛たちの住む葛城山、そこは西に河内国、東に大和国に挟まれた国境にある。今、その東側より大和国の軍勢が山を登っていた。
横に6人広がる隊列を組み、前を歩くのは徴兵された民で大和守・源頼親とその側近の武士たちは中団に位置している。先頭を歩いている者が仕掛けられた罠を踏み抜くと、すぐに2列目の者が先頭に移動し6列を維持した。
1度かかった罠には再びかかることがない。後ろに続く大軍が問題なく進めるように安全マージンを広くとった行軍だが、完全に人柱とされているにもかかわらず、虚ろな目をして無言で従う味方の姿に、目に光を灯した民兵たちは背筋を震わせた。
「うぷ……おえええええええ」
この山に仕掛けられた罠は、爆発するものばかりではない。つい先ほど、先頭の者が消えた場所に差し掛かり、大きく空いた穴を除いた男は、我慢できずにその場で吐いた。
穴の深さは5mほど。底には糞尿が塗りつけられているのか、先端の白く汚れた竹槍が敷き詰められ、それに全身を貫かれた男が、緩慢な動きでそれを抜こうと蠢いていた。
飢え、天災、穢物。常に死と隣り合わせの生活を送っている者でも、人と人とで真っ向から殺し合おうという非現実に恐怖を感じないわけがない。それに動じていないのは先頭近くにいる者たちと、中団にいる総大将とその側近ばかり。それ以外の者たちが軽いパニックを起こしかけている時、ふいに山全体を白い霧が包んだ。
「殿、お気をつけを。霧が深くなってまいりました」
「どういうことだ? 朝もやが消えたのを見て行動を始めたというのに、なぜ今更霧がかかる? 土蜘蛛どもの妖術か?」
「分かりかねまする。しかしこの視界では……せっかく罠を見つけたところで、それを回避できねば意味がありませぬ」
すでにそんなやり取りをする、そばにいるはずの側近の顔すら見えなくなっている。この状況に頼親は苦々しい顔で大きく舌を打った。
「ちぃッ! 止むを得ん。その場で待機し周囲を警戒せよ! これが土蜘蛛どもの妖術なら、奴ら必ず仕掛けて来るぞ!」
木を張り詰めざるを得ない長い長い時間。
この状況に困惑しているのは実は土蜘蛛も同じなのだが、そうと知らずに大和軍は足止めを余儀なくされた。
*
「おおぅ……真っ白」
「凄いな! なんかもー、大江山よりも天気がコロコロ変わるな!」
「姉上の宝貝とやらに反応して罠が起動したのでしょうか?」
「多分っスけど、雪が空中に溶け出したせいじゃねっスかね? 主様が言うには空中に留められる水には限界があるとかないとか……無限に溶け込めるならそれを氷にして使えるのにと、ぼやいてたことがあるっス」
「ともあれ、この霧が晴れぬ限りは行軍はできませんね……兄上がどうなってるか分かりませんが、待機を――――……」
「え? この霧だと前が見えないよーって人ー」
「……なんか大江山でも似たようなこと聞かれたな、あん時は暗闇やったけど」
手を挙げてるのは茨木ちゃんと保昌殿。言葉の割には手を挙げてない弟くんは、きっと質問の意味が分かってないんだろうな。
「橋姫さまは大丈夫ですか?」
「ええ~。ずっと川に架かる橋のたもとにいたのですもの。このような霧は日常茶飯事ですから~」
「それじゃ、茨木ちゃんのことお願いします。私が先頭を進んで罠を回避していくから、後に続いて下さい」
大裳(藁)に乗ってれば問題ないでしょとは思いつつ、改めてお願いすると橋姫さまはにっこり笑いながら頷いた。
「山で暮らしてる俺様たちでも、違和感感じねえのに本当に罠がある場所分かんのかー?」
「大丈夫大丈夫。むしろ、ここまで不自然なのに良く無視できるなって、逆に思うくらいだし」
「ん~?」
出発の準備が終わって集まってることだし、このままいざ出発というところで、菡芝仙が誰もいないところに向かって首を傾げた。
「どうしたの、菡芝仙?」
「いやね、霧が晴れるまで待機って話だったでしょ? 霧の中でも見える宝貝はあるけど、ひとつだけなだから、期待されても困るよ?」
「ああ、ならその宝貝はあなたが使って。私たちはこの状況でも見えるんで」
「え、人間も進化してるんだね」
「コイツらだけやねん。仙人様から見てもおかしいやんな?」
「マドモアゼル、霧の中を先行となると後続は罠の位置が分かりません。私は頼信と共に後から続くつもりですが、何かしら道筋を作って頂けませんか?」
菡芝仙が腰の衣嚢から取り出した何かを目に付けて、準備万端となったところで保昌殿から声がかかる。確かにごもっともね……片っ端から解除していってもいいけど、それじゃ時間がかかるし大和軍と比べて進行が遅くなるかもしれない。大軍になると色々めんどくさいわ……。
「頼光様。手前が地図を作る時、その形を取るため紐を結んだ杭で、地形をなぞりやす。同じ形で目印を付けるのはいかがでありやしょう?」
「なるほど。ムッシュ貞光、それは妙案だ。陣の構築に使うかと杭と紐なら私が準備してきている。マドモアゼル菡芝仙、あなたの腰の衣嚢はどれくらい入るのかな? 物を引き渡したいのだが」
「そうだね、小さな小屋ひとつ分といったところだよ。ただ、色々入ってるから空きは3分の1くらいだね」
「全員分作ってやー、そんなんなんぼあっても困らんやんけー」
「1度作ったものと同じもの作るって、時間の無駄な気がするんだよね」
相当マジな気持ちのこもった茨木ちゃんの野次を軽く受け流しつつ、保昌殿から菡芝仙に物資が渡される。これでようやく本当に準備が整ったわ。
「じゃ、聞いてた通りだから。あんたは後から保昌殿と一緒に来なさい」
「……姉上の事は父上との闘いの時から超人の類だと思っていましたけど、摂津源氏の皆さんは全員化け物ですか?」
「ふふーん、いいでしょ? 私が全力で走っても、一緒について来てくれる自慢の仲間たちよ。それじゃ保昌殿、弟くんをお願いしますね」
「ええ、マドモアゼルもお気をつけて」
見えてないだろう2人に軽く手を振ると、私たちは深い霧に覆われた葛城山に足を踏み入れた。
【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)
【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。
【渡辺綱】――摂津源氏。平安4強の1人。源氏の狂犬の異名を持つ。
【碓井貞光】――摂津源氏。源頼光の配下。平安4強の1人。
【卜部季武】――摂津源氏。夜行性の弓使い。
【火車】――摂津源氏。ブリターニャ出身の精霊術師。生者を救い、死者を燃やすことを使命とする。本名キャス=パリューグ。
【茨木童子】――摂津源氏。大商人を目指す少女。商才に芯が通っている。本名月子。
【酒呑童子】――大江山首領。人の体と鬼の体が同居する半人半鬼。相手の表情から考えていることを読める。
*【外道丸】――酒呑童子に取り憑き、半身を持っていった鬼。
【虎熊童子】――虎柄のコートを羽織った槍使い。
【丑御前】――大江山に住む鬼。頼光を姐御と慕う。
【橋姫】――摂津源氏。橋の守り神。元は橋建設のため人柱になった女性。
【菡芝仙】――截教究道派の仙人。朱雀の盟友。
【鴻鈞道人】――宝貝を配って戦争を激化させた戦犯。混沌の創り出した観測者のこと。周の武王には感謝されている。
【藤原保昌】――藤原道長配下。摂津守。異国かぶれの異名を持つ。
【源頼信】――源満仲の次男。頼光とは異母姉弟。河内守。
【源頼親】――藤原道長配下。大和守。道長からは殺人上手と重宝されている。
【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)
*【穢物】――穢を浴びて変質した生物。俗に言うところのモンスター。
【宝貝】――仙道が扱う不思議アイテム。甲乙丙丁にランク付けされる。
*【大裳(藁)】――橋姫が作ったヒグマサイズの大裳の形をした藁人形。移動に便利。
【衣嚢】――ポケット。




