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【源頼光】船岡山の戦い その8

*人物紹介、用語説明は後書きを参照

*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています

「そう……そんなことがあったのね……丑御前を、立ち直らせてくれたこと……礼を言うわ」


「へッ……あっしはただ、鬼のくせにウジウジしんてんのが……ムカついただけでぇ」


 うっかり倒れそうになるのを丑御前に肩を貸してもらいながら礼を言うと、晴明さんに背負われた満身創痍の大裳たいもが減らず口を返してくる。


 私が大蚯蚓おおみみずと戦ってる間のことをのんびり話してると、弦の切れた六合りくごうを手にした晴明さんが呆れた様子でため息をついた。


「敵はいまだ健在、努々《ゆめゆめ》油断なきようお願いします」


「そう言われましてもねえ……」


 部屋の壁に叩きつけられ、転がった大蚯蚓が弱弱しく体を持ち上げるところに、ペタペタと裸足の足音が近づいていく。援軍到着は最速で5分はかかるものと思ってただけに、まさか1分程度でやって来るとは思わなかった。


『おのれ……おのれおのれおのれ! せめて、余化だけでも……!』


 ゆっくり迫る裸足の少女を飛び越えるように、数百の牙をむき出しにして襲い掛かろうとする大蚯蚓だけど、それも軽く跳び上がったドラゴンによる左足での上段回転蹴りで地面に叩きつけられた。だけど、そこは敵もさるもの、雑に跳び上がったドラゴンの死角から、相打ち覚悟の尻尾攻撃が迫る。


 そんな攻撃も、太い尻尾を逆方向に動かすことで体を無理やり逆方向に回転させ、迫る尻尾に今度は右足での上段回転蹴りを叩き込み地面に叩きつけた。


「あなたの相手は私。間違えないで?」


 したたかに体を打ち付けた大蚯蚓の脇に立つと、だるそうに左手で頭を掻きながら、青竜は右肩に担いだすいを降ろした。


「質問に答えて。晴明、あなたが余化殺したって言った。本当?」


 何か話しかけてるのか、側まで行きながら攻撃をする素振りを見せないでいる青竜から距離をとるように、地べたを高速で這いずる大蚯蚓。それを見た青竜はあからさまに肩をすくめた。


「肯定ととるね? 殺す」


「青竜様! その者には聞きたいことが山ほどあります! 生け捕りにしてください!」


 今まで背中を見せてた青竜が、大蚯蚓を追って向きを変えたことで唇が読めたのか、大声をあげる晴明さん。それに対する答として動いた唇は私にもはっきりとなんて言ったのか分かった。


「無理。殺す」


 そう言った青竜は尻尾で地面に降ろした錘の先、膨れたおもりの部分を弾き飛ばすとそれを定海珠に変えた。


 ……あ、なんかすごい嫌な予感。


「大丈夫です、宇治橋でのようなことにはなりません……朱雀様からも厳重注意が入ったので」


 海そのものというべき定海珠は、それこそ調節次第で海全体の重さにも出来る、錘として扱うには最高の一品。とはいえその調節が難しく、一定の重さを超えるとこの前の万仙渦ばんせんかが発動する諸刃の剣なわけで……。


 晴明さんは信頼してるようだけど、正直私はいまいち信用できないのよね……。だけど青竜は錘を両手で槍のように構え、定海珠は槍でいうとこの石突きの位置。何もない棒の先端を大蚯蚓に向けた。


宝貝ぱおぺえ・水龍偃月刀」


 キーンという甲高い音を部屋中に響き渡らせながら、何もなかったはずの棒の先端に水の刃が生えた。刃渡りは20㎝程度でそう長くはないけど、白く輝くそれは背筋を凍らせるような冷たい美しさを湛える。


「ご主人……あっしは青竜のこと術師と聞いてたんだが」


「私もです。ですがさっきの蹴り技を見れば、体術に精通してるのは明白。武にも覚えがあるのでしょうか」


「あー……以前宇治橋を再建中に玄武さんと話したの思い出しました。あの時――……」



 天后さんが大地を元通りにしながらも、人の手によって作られたと橋は元通りにならなかったため、宇治川では大急ぎで橋の再建が進んでた。


 そんな作業が一望できる土手の上で1人の男が紙を片手に作業を見守ってる。


 大勢の人足が木材を組み上げるのを監督するこの人が、例の青竜の弟弟子と聞いてたから手の空いたところを見計らって声をかけると、近づいた私に対していきなり頭を下げて来た。


「ああ、言いたいことは分かっています。本当に姉弟子が申し訳ないことを」


「いや、謝ってほしいんじゃなくて。怠惰のドラゴンだかなんだか知りませんけど、面倒だからか知りませんけど適当にこの辺り一帯を吹き飛ばそうとするとか……仙人様って尊敬すべき偉い人って印象だったんのに、ずっとあんなかんじだったんですか?」


 なんか人里離れた場所に籠ってるせいで、人の感覚とずれてるのかな? そうなると今後出会うこともある仙人様との付き合い方も考えとかないといけない。


 そんな緊張感が通じたのか、警戒を解くためか真っすぐ私の目を見据え、真摯も回答が返して来た。


「ドラゴンというのは分かりませんが、姉弟子はあの姿になる前も、師からはその怠惰っぷりを叱られておりました。もっとも私も他人ひとのことを言えませんがね」


 んー? 青竜はともかく、今もこうしてあれこれ的確な指示を飛ばす玄武さんが怠惰? 以前は王の代わりにまつりごとを担った、日ノ本での太政大臣だったとも聞いたんだけど?


 首をかしげてると玄武さんは「はは」と軽く笑った。


「究道派の怠惰は意味が違いますからね。我らが流派は俗世のしがらみの一切を捨て、ただ己の能力を磨くことに専心するのが教え。私のように殷に籍を置きながら修行をするなど、修行に身が入ってない怠け者ということです」


「あー……なるほど?」


 分からなくもないけど、その別の事が修行の動機になるなら持ってた方が身が入りそうなも気もする。


「姉弟子もまた俗世に『余家村』なる村を作り、そこに戦災孤児や口減らしに捨てられた者を集めておりました。私も政に携わっていた身。施策に優先順位がある以上どうしても後回しにしてしまっていた人々を少しでも救わんとする姿には、頭が下がる思いでした」


 ……なんだろ、急に親近感が。そういった人たちも含めて陸奥を良い国にしようっていうのが富ちゃんとの誓いだもの。


「でも、それじゃ何で今あんなことに? 時代が変わってもそういう人たちは溢れてるじゃないですか」


 素朴な疑問をぶつけると、玄武さんは今にも泣きだしそうな顔でぽつぽつ話し出す。


「その村は大戦の中で西岐軍により滅ぼされました。姉弟子が生きる術を仕込んでたその村の住人は、下手な役人や武官より優れていたもので、殷が積極的に任用したことに危機感を覚えたためです。汜水関の余化(しか)り、潼関の余化龍親子然り。村に住むのは皆従姉を慕い『余』の姓を名乗った者たち、その全てが討たれ気持ちが切れてしまったのでしょう」


「……それは」


「その悲劇の一端は間違いなく私にも責がある。自分が救った者たちに対して、情が深かったからこそ反動が大きく、魔のモノに魅入られたとしても私が姉弟子を見捨てることはありません」


 私に置き換えるなら富ちゃんや綱たち、大切な仲間全員を殺されて自分だけが生き残っちゃった感じかな……うん、想像つかないし、したくもない。


 何と言っていいのやら言葉が出せないでいると、そんな重苦しい空気を変えるためか玄武さんが笑う。


「ははは、まあ姉弟子をに関して頭に来てるでしょうが、正直あなたは運が良かったですよ。万仙渦に関しては危険ではありますが対策はありますので」


「どういうことですか?」


「姉弟子の体、細いでしょう? 角と尻尾を除けば依然と変わらない。剣を振り上げればそのまま後ろに倒れてしまうほど非力だったのです。もっとも水の術だけならば師すら上回るので、武を鍛える必要はなかったのですが……軽い木の棒を振る姿は何故か誰よりも様になっていた。剣も槍も武術全般に通じる才は持っていると断言できます」


 誇らしげにそこまで話すと玄武さんは1度息を入れ、今度は呆れた顔で続ける。


「今の肉体を得た状態ならば、武器の重さに翻弄されることもないでしょう。ただそれだけに、再び姉弟子がやる気になるか分からないというのは実に惜しい。とはいえやる気を出していたならば、あなたは間違いなく殺されていたでしょうから、それで良かったのですがね」



「――――と、まあそんなことらしいです。玄武さん、朱雀さん、青竜の師弟の力関係は、武なら玄武さん。術なら朱雀さんだけど水の術に限れば青竜が1番とのことらしいですけど、今の肉体で本気を出したら武の最強は青竜……だと思うって言ってましたよ」


「なるほど……」


 玄武さんとのやりとりを晴明さんたちに話すと納得した表情で青竜の方を見つめる。


「最強……という話は聞いておりましたが、具体的な話は聞いておりませんでした。今のだらけ切った姿の理由も。しかし――……」


「ええ、弟子の仇を目の前にして、完全にやる気を取り戻した……玄武さんたちも知らない、本気の本気の青竜がいるってことですね」


「……うっぷ。何か胸がざわざわするぞ」


 そういえば会ったことないけど金熊童子も別のドラゴンなんだっけ。それと重なるのか顔が真っ青になってる丑御前の肩をポンポン叩いて大丈夫だよと安心させる。


 そんな中、大蚯蚓が咆哮をあげ、再び己を奮い立たせると青竜に向かっていった。

【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)

【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。

【丑御前】――大江山に住む鬼。頼光を姐御と慕う。

【安倍晴明】――藤原道長配下の陰陽師。狐耳1尾の少女の姿。

【六合】――12天将の1柱。前3位。玉石琵琶精。2股の尾を持つネコ娘の幻体を操る琵琶の精霊。

【青竜】――12天将の1柱。前5位。余元。金霊聖母の1番弟子で怠惰のドラゴン。

【玄武】――12天将の1柱。後3位。聞仲。金霊聖母の2番弟子で元・殷軍最高司令官。

【大裳】――12天将の1柱。後4位。安倍晴明直属。陰ながら京の治安維持を務める。


【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)

【定海珠】――余元の宝貝。海に繋がっており、自在に海水を操れる。

*【外法・万仙渦】――師匠から禁忌とされている青竜の奥義。小さな珠に圧倒的な質量を持たせることでブラックホールを作り出す術。

*【水龍偃月刀】――錘の膨れた部分に水を入れ、空洞になっている柄を通して逆側に水圧カッターのごとく水の刃を作り出す宝貝。高速で水の分子を動かす中で高熱が発生し、20㎝ほどで蒸発するため刃の長さはそこまで。錘を定海珠に付け替えることで、半永久的に使えるが、付け替えないと数秒しか持たないという定海珠との併用を前提とする運用が求められる。

*【ドラゴン】――『心を見透かす者』の名を冠する悪魔王(第6天魔王と同一存在)、またはその眷属(天狗と同一存在)を指す言葉。

*【究道派】――金霊聖母を長とする截教の派閥。ストイックに修行のみを追求するが、殷の聞仲を迎え入れたりと、修行に全力で臨みたいという俗世の人間を迎え入れるくらい懐が深く、門戸も広い。

*【余家村】――余元が戦災孤児などが安心して暮らせるよう作った村。皆が余元を慕い、余の姓を名乗る。殷周革命の折り西岐軍によって滅ぼされた。

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