表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
174/175

【丑御前】船岡山の戦い その7

*人物紹介、用語説明は後書きを参照

*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています

「はぁ……終わりましたか。しかし大裳たいも、なぜこれほど早く? 正直もっと時間がかかるものと思っておりました」


「それに関しちゃすまねえんだが、延平門の方を見に行ってねえんだ。延興門の城楼に入った時、そこには死体が30ばかり転がっててよ。まぁそん時は数だけ覚えといて西の方にって思った時、目の前でそいつらが床に沈んでいきやがったのよ。そんで嫌な予感がして戻って来たんだ」


 お互い床に座りながら話し合う狩衣と犬男。少しの間休んだ後、狩衣が部屋の端にある棚から布を出して犬男の怪我した箇所に巻いていく。


「何を謝る必要がありましょうか。大裳、あなたの判断は正しかった」


 主人に褒められた犬男は「へへへ」と笑う。治療が終わると狩衣は立ち上がって部屋の戸口へと向かった。


「あなたが見た数が正しいなら、残りは20。とにかく今回の下手人を逃がすわけにはいかないので、私はするべきことをしますが、あなたはここで他の方々を守りつつ休んでください」


「おいおい、あっしはまだ動けるっての! それよりあんだけ術やら結界やら使って疲れてんだろ!? ましてや京からの連戦だ。ご主人こそ休んでくれよ」


「そうですね。今の私が戦いに参加したとて、足手まといになるでしょうね。私にできることは残る道力で羅城門に式神を飛ばし、ここの状況を知らせることと、あとは最大の戦力を頼光殿の下へ送ることです」


 そう言い残して狩衣は部屋から出て、部屋にはオレと犬男、狐耳、デカ胸が残された。待てを食らった犬男は忌々し気にオレのことをにらんできた。


「テメェ、鬼だろ? しかもここにいるってこたぁ、()()源頼光絡みの。化け物ぞろいの摂津源氏のヤツをあっしが守る必要あんのかね。こんなダセぇヤツもいるってのが逆に驚きつーか、安心したっつーか」


 想像よりかは強かったものの、あんな人間たち相手にボロボロにされたヤツにコケにされて頭の中が一気に熱くなる。


「な、なんだよ! お前だってこんなヤツらにやられて、傷だらけでダサいじゃないか! あ、あんな弱っちいヤツらオレだったら無傷で圧勝だったぞ……! あの狩衣がいなかったらきっと負けてたくせに!」


「? 戦ってもいねえヤツが良く言うぜ。テメェの目にどう映ろうが、ご主人を守っての傷はあっしにとっちゃ誉れでい。ご主人と一緒に戦うときのあっしの役割は攻撃を受ける盾だっての」


「…………そんなの全然かっこ良くないぞ。これくらいの敵、1人でやっつけられないヤツが、他人のことダセぇとか言う資格あるもんか」


 口惜しくてなんとか振り絞った言葉がこんなんで余計に気持ちが沈む……。弱い奴に勝てないヤツよりも戦わないヤツの方がカッコ悪いなんて分かり切ったことなのに、それでも犬男の戦いぶりをくさすことしかできないでいると、犬男が無言でじぃっとオレの目を見て来る。


「テメェよぉ、もしかして強ぇヤツがかっけーとか、そう思いこもうとしてるか?」


「あ、当ッたり前だろ! てか思い込むってなんだよ! オレは心から強ぇヤツこそかっけーと思ってるぞ!!」


 姐御に虎熊童子、オレがかっけーと思ってるヤツは皆強ぇ。かっけーの基準が強さにあるなんて、こんなのもー当然じゃんか!


 大声で答えたオレに対して犬男は呆れた様子で肩をすくめた。


「じゃあ何で今、そんなにぶるってるんでい?」


「は? 何で……?」


「あっしの本来の役割は密偵だからよ。色々観察してみりゃ、最近は怠けてる様子が見られるにしろ体は鍛えてあるし、両手のタコがカッチカチになるくれえ得物を振ってきたんだろ? んで顔の怪我を見りゃ随分新しい。誰かにボコボコにされてぶるっちまったんじゃねえのかい?」


「あらあら~……そんな呼吸じゃダメ。はい、大きく吸って~」


 犬男の言葉に、片目の大女が浮かびあがり、あっしの意識もお構いなしに体中が震えだす。そんなオレを宥めるように胸デカが背中をさする中、犬男が続ける。


「だからよ、強ぇヤツがかっけーと本当に思ってるなら、そうはならねえだろって。テメェの言い分ならテメェをボコした相手こそかっけーと思ってねぇと筋が通らねえじゃねえか。ぶるってる時点でかっけーより怖いが先に立ってるのどう思ってんだって話よ」


「でも……誰よりもかっけーのは……、いや。オレ自身が日ノ本一かっけー存在に……」


 あれ? 実際姐御に負けた時は、普通にかっけーと思ったし……それじゃなんで……?


12天将(ウチ)の天空を見てみねい、騰虵とうしゃの姐さんの強さに心底ほれ込んでるアイツの場合、半殺しなら生霊として、全殺しなら純然たる霊魂として、鼻血を流しつつ「お姉さまー」とほざきながら、騰虵の姐さんの後ろに憑りつくぞ」


「コーンコンコンコン……殷では私をお姉さまと慕っていたのに!」


「うるせえな、慕われてぇなら慕われるような行動をしろってんだ。……ま、どうせあれだろ。実際強さこそかっけーと抜かしてたところに、どうあがいても越えられ相手に出会っちまって心が折れたんだろ。いい機会じゃねえか、テメェにとってのかっけーとやらを改めて考えやがれ」


 改めて……そりゃやっぱり強さ……。いや、本当にそうか? 


 良く考えたら、今となってはオレだけの技じゃないけど『道を作る動き』だって、大江山の皆には無駄な動きって馬鹿にされた。それなのにそれを突き詰めたのは、デブが地面に着地した時の土煙がかっけーからで、戦いに使うようになったのは後からだ。


 初めは見た目とか、言葉とか、そんなとこから始まった……? それじゃオレにとってかっけーとは?


 あれこれ考えてると、犬男は全身布で覆われながらも捻ったり伸ばしたり、動きを確認してる。そしてひとしきり確認し終えると、さっき狩衣が出て行った戸口に向かった。


「おいおい、どこに行くんだよ。さっき主人に今日は休めって言われてたじゃんか」


「あっしは鼻が利くんでね。ご主人のヤツ、戦力を送るだけとか言っておきながら、その後は間違いなく源頼光のとこ向かうつもりだぜ。ならあっしが行かねえわけにゃいかねぇだろうよ」


「……そうね、晴明は責任感が強いから」


「さっきご主人は残り20って言ってたが、あっしが戻った時、部屋の外にはすでに10は足を斬られて転がってたぜ。あの源頼光が相手となりゃ残りを割く余裕なんかねえだろうから、ここはもう安全なはずだぜ。で、テメェはどうすんでい?」


「お、オレ?」


 何かもう頭ん中がごちゃごちゃになってんだけど、それでも勇気が出てこない。


 胸の奥にある肝をがっちりと握り、好き勝手に動かしやがる大江山で出会ったあの化け物の影に怯えるオレ。だけど犬男はそれ以上にオレの肝を潰すような言葉をつづけた。


「鼻が利くって言っただろ? 部屋の中だけじゃなく、外からも血の匂いがプンプンしやがる。見ての通りこいつらに血は流れてねぇし、これがご主人の言う下手人ってヤツのもんなら源頼光が戻って来ねえ道理がねえ」


「まあ! それじゃもしかして頼光ちゃんが大怪我を!? 心配だわ、どこにいるのか分かるかしら? わたくしにも出来ることがあれば、お手伝いに行きたいわ」


「ウソでしょ? 晴明に任せましょ。私たちが行っても邪魔になるだけよ、うん、きっとそう」


 オレを後ろから抱いてた腕の力が弱まり、体の震えが激しくなるのを、胸を強くたたいて無理やり抑える。オレにとってのかっけーってのはまだぼんやりしてる。それでも誰に1番かっけーと思って欲しいのかだけは分かってる!


 胸デカと一緒に部屋を出ようとする犬男に向かって、オレはハッキリと言葉に出した。


「オレも行く。こんなとこで震えてらんないぞ」


 ついて来いと言わんばかりに手で合図する犬男――いや、たしか大裳とか言ってたか。そいつに続いて戸口に向かう。そんなオレの後ろからも1人残されるのが嫌だったのか狐耳の足音も続いた。

【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)

【丑御前】――大江山に住む鬼。頼光を姐御と慕う。

【橋姫】――摂津源氏。橋の守り神。元は橋建設のため人柱になった女性。

【安倍晴明】――藤原道長配下の陰陽師。狐耳1尾の少女の姿。

【貴人】――12天将の1柱。天1位。千年狐狸精。殷では蘇妲己を名乗った安倍晴明の母。ポンコツ疑惑あり。

【大裳】――12天将の1柱。後4位。安倍晴明直属。陰ながら京の治安維持を務める。


【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)

【狩衣】――平安時代以降の公家の普段着。

*【延平門】――京の城壁の西にある、作中にのみ存在する架空の門。史実の平安京は南の羅城門のところにだけちょこっとあるだけで、城壁に覆われていない。

*【延興門】――京の城壁の東にある、作中にのみ存在する架空の門。六条大路で延平門と繋がっている。

*【羅城門】――平安京の南門。実際はフランスの凱旋門みたいに門だけが置かれてる感じだったが、この世界では穢物対策で城壁で囲まれているため、ちゃんと門としての機能がある。

*【神力】――生物が持つ超常を起こすための力。魔力・道力・気力・妖力と所属勢力によって呼び方は異なるが、全部同じもの。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ