【丑御前】船岡山の戦い その6
*人物紹介、用語説明は後書きを参照
*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています
布団を頭から被る中も、壁の向こうから戦闘音が続いてる。
所詮は禿げたオッサンと武装した人間がいくらかいただけ。どうあがいたところで姐御の相手じゃねえし安心なんだけど、その程度の相手が襲ってきてるだけで、こうして震え上がっちまってる体がほんとに理解できない。
「……かっこわりーよな、オレ」
「そうですね。事情は聞き及んでますが、それでも頼光殿に危機が迫ってるというのに、こうしてウジウジする様子を見せられるのは、見苦しいことこの上ない」
何だよ……お前に何が分かるってんだ。
初めて会った狩衣姿の金髪の姉ちゃんを、布団から顔を出して見上げると心配そうに部屋の戸を見つめてる。
……ああ、オレがこんなだからコイツはここにいなきゃいけないのか。援護なんて必要ないだろうけど、姐御のことが心配でたまらないって感じが伝わって来る。本当なら今すぐにでも姐御のところに向かいたいと思ってるんだろうさ。
「いい子いい子。わたくしたちも戦えないのですから、あなたが気に病むことはないのよ~。でも、頼光ちゃんのことが心配なのはわたくしも一緒だから、ここは大丈夫だから向かってあげて~」
「ダメえええええええ!! ここにいて晴明!! お母さんを置いていこうとか思わないでえええ!!」
やたら胸のデカい姉ちゃんに撫でられてる知らぬ間に涙があふれてたオレと、狩衣の姉ちゃんの足に縋りついてコンコン泣いてる狐の耳と尻尾を生やした姉ちゃん。その両方を見る目が全く同じ冷たさを持ってることに余計にオレの気持ちは沈んでく。……今のオレってこれと一緒の低みにいるんだな。
すると狩衣の姉ちゃんは何かに気づいたような反応をすると、狐耳の胸ぐらを掴んでオレたちの方に放り投げた。
「にょわー!? 晴明、何を――――」
抗議する狐耳だけど、さっきまで自分がいたところの地面から、3本の槍が伸びてるのを見て息を呑んだ。
「オン・シュリ・マリ・ママリ・マリ・シュリ・ソワカ!」
地面から伸びた槍に狩衣を引っ掻けられて裂かれながらも、金髪は両手を何か動かして何か唱える。
すると槍に続いて地面から現れた人間の体が炎に包まれ、こんがりと焼けた体からは黒い煙が上がった。
……たしかに、姐御の事を助けに行こうとか言うくらいには出来るヤツか。そんな風に感心したのに、金髪は激しく舌を打った。
「くッ……やはり、これでは倒せませんか!」
「あらあら、危ないわー」
全身を焼かれ真っ黒になった人間は、それでも膝を突くことすらせずに持っている槍をしごいて襲い掛かって来る。次から次へと地面から現れる様に背筋がぞっとする中、いつしか部屋の中の敵は10を数えるほどに膨れ上がった。
「……ッ! オン・マリシエイ・ソワカ!」
また別の言葉を唱えるとオレたちと敵の間に光の壁が現れ、繰り出された槍を弾き飛ばす。でも壁を作ったままにするには集中する必要があるみたいだ。
「手が足りません……! 何とかなりませんか!」
「ええ。わたくしがなんとかしてみます~」
明らかにオレを見て言ってたけど、オレの体の震えは止まらない。そんなオレを撫でてくれてた胸デカ姉ちゃんが、ひとつふんすと鼻息を吐いて立ち上がるも、狩衣はどうにもならなそうに首を横に振った。
「さて……どうしたものか。何か手を打たねば」
刻一刻と削れていく光の壁。そんな時、部屋の向こうから何かが破裂したような大きな音が聞こえると共に部屋が大きく揺れた。
「にょわああああ!! さっきから何なのよおおお!! 船岡山は絶対安全だと思ってたのに」
「頼光殿に何かあったのかもしれません。しかしこれでは――――」
「らっしゃおらああああああ!! 無事かご主人ッ!!」
「! 良く戻ってくれました大裳。援護をお願いします」
「合点承知の助! オラオラオラァ! テメェらの相手はこのあっしでぃ!」
大江山の宴会場と比べて半分のそのまた半分もない部屋の中。長い槍を持って密集してる人間どもがもたつく中、突如現れた犬男は後ろからその集団に飛びついて、光の壁に1番近いさっき体を焼かれたヤツの首に噛みついた。
「GAAASYAAAAAAAAAAA!!」
体を焼かれても何ともなかったそいつも、首を噛みちぎられると大声を……いや、中から引きずり出された細長い化け物が叫び声をあげた。アイツ、姐御と一緒に行った人間の町の親玉の目ん玉から出て来たヤツか。
「一ニ三四五六七八九十けりや、布瑠部由良由良止布瑠部……。神火清明、神水清明、神風清明、神心清明、祓戸の大神達、諸々の禍事、罪穢れあらむをば、祓い給え清め給えと、畏み畏みも白す」
乱入してきた犬男が躍り込んだことで、光の壁を壊そうと躍起になってた人間どもの攻撃が犬男に集中すると、狩衣が壁を解いてさっきまでと比べてはるかに長い言葉を繋ぐ。
それと同時に部屋全体を覆う白い光。思わず瞑った眼を再び開いた時、部屋から化け物に憑りつかれた人間の姿は消え失せ、攻撃を引き受けてボロボロになった犬男と全身から噴き出す汗に狩衣を濡らした女が地面に転がってた。
【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)
【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。
【橋姫】――摂津源氏。橋の守り神。元は橋建設のため人柱になった女性。
【丑御前】――大江山に住む鬼。頼光を姐御と慕う。
【安倍晴明】――藤原道長配下の陰陽師。狐耳1尾の少女の姿。
【貴人】――12天将の1柱。天1位。千年狐狸精。殷では蘇妲己を名乗った安倍晴明の母。ポンコツ疑惑あり。
【余化】――余元(青竜)の弟子。殷の武将で、汜水関の総兵。
【丘引】――饕餮を崇める者。殷の武将で、青竜関の総兵。
【六合】――12天将の1柱。前3位。玉石琵琶精。2股の尾を持つネコ娘の幻体を操る琵琶の精霊。
【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)
【狩衣】――平安時代以降の公家の普段着。
【オン・シュリ・マリ・ママリ・マリ・シュリ・ソワカ】――烏枢沙摩明王の真言。不浄なるものを焼き払い浄化する。
【オン・マリシエイ・ソワカ】――摩利支天の真言。あらゆる災厄から逃れられる。
*【船岡山】――平安京の北に位置する標高112mほどの低山。地下に大空洞があり12天将と呼ばれる式神たちが拠点としている。安倍晴明の屋敷にほど近い一条戻橋と地下通路でつながっている。