表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
172/175

【源頼光】船岡山の戦い その5

*人物紹介、用語説明は後書きを参照

*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています

「大丈夫か、姐御ッ!!」


「丑……御前? あなた、大丈夫……?」


「オレなんかより今は姐御だろ!!」


 どうやら大蚯蚓おおみみずに押し潰されそうになったなった時、横から私の事を助けてくれたらしい。金熊童子にボコボコにされて、すっかり戦うのが怖くなったと思ったのに、何があったのか立ち直ってくれたみたい――――。


 いや、私に覆いかぶさるように支える腕が小刻みに震えてる……。今こうして助けに来てくれたのも相当な覚悟があったのね。でも、どうして……?


『邪魔が入ったか。煩わしいッ!!』


「1人じゃねえけどなあ! あっしもいるぜ!」


 再び鎌首を上げた大蚯蚓に向かって、少し離れた場所から大声で叫ぶ大裳たいもの姿。さっき火車に治してもらったはずなのに、全身清潔な布でグルグル巻きになってるのは何があったのよ……。あっちはあっちで弦の切れた六合りくごう琵琶ほんたいを回収してる。


 そんな大裳を一瞥すると、大蚯蚓は再びこっちに顔を向けた。


「あ、コラ! 無視すんじゃねえよ不細工! 今この場で1番厄介なのが誰か分かってねえってのかい? ああ、そういや裏でこそこそ陰謀をたくらむことしかできねえ、自称全知神とかいう大馬鹿野郎の使徒だったかあ?」


『……何と言った?』


 こっちにむいた殺意を引き受けようとしたのか、信じる神様を馬鹿にするという禁じ手に、余化わたしに執着する大蚯蚓も黙っていられず大裳に顔を向ける。


「お? 頭だけじゃなくて耳も悪いみてえだな! ま、そんなどこに耳があんのかも分からねえ体じゃ仕方なかったか。悪い悪い!」


『まずはお前から潰す!!』


 いくら広い部屋とはいえ、大蚯蚓の大きさはまさに規格外。部屋の隅から隅まで持ち上げた体を倒すだけで届く。そんな大蚯蚓の押し潰しを、意外にも大裳はヒラヒラ躱して見せた。


「よし、姐御。今の内だぞ」


「……でも大裳が」


「もー! アイツにならしばらく任せて大丈夫だぞ! 今は誰よりも姐御が危ないって分かれよ!」


 何があったのか、随分大裳の事を信頼してるみたい。確かに痛みする感じなくなってるし、他人の心配をしてる場合じゃないわ。


 丑御前の肩を借りて部屋の出口に向かうと、少し開いた扉の奥から橋姫さまと貴人さんが手招きしてた。


「あらあら大変。すぐに手当てをしないといけないわ~」


「うぇ~……血がいっぱいで痛そう……。で、でも! この仙丹を飲めば、少しは楽になれるはずだわ!」


「仙丹……?」


「そうよ! 仙境に生える薬草で作った仙人の秘薬よ! 薬草の入手と保存の難しさで常備する数には限りがあるけど、12天将も大怪我した時によく使う薬なんだから!」


 そういう貴人さんは小さい丸薬を私の口に近づけて来た。


「うぷ……!」


 これは……相当な匂いね……。私より先に私の横の丑御前が、我慢できずにえずいてるくらいに。


 本当なら遠慮したいとこだけど、これを飲めば怪我が治るって言うなら我慢を……!?


「まっず!? てゆうかそれより、痛たたたたたッ!」


「痛みを感じるということは生きてる証拠よ!」


 それは分かるけど何コレ!? 良薬は口に苦しとはいうけど、痛みを引き起こすのって大丈夫なの!?


「体が生きようとしてるのね~。さあ、傷の手当てをしましょう~」


 無理やり現世に引き戻された感覚を全身で味わってる状態なんだろうけど、足は変な方に曲がったままだし、いまいち治った気がしないんですけど!? これじゃ大蚯蚓を引き受けてくれてる大裳の加勢に入るのも難しい。


「……そうだ、もう1粒飲めばもう少し動けるようになります? 貴重なのは分かりますけど、今は非常事態ですし」


「馬鹿なこと言わないで。あの世に片足突っ込んだ者を引き戻す秘薬よ? もう1度飲むにしろ、今飲んだ秘薬の成分が体から全部抜けた後じゃないと逆に死ぬわ」


「おおう……」


 仙人様の秘薬でもこれくらい――――いや、さっきの状態と比べたら大分マシになったし、十分凄いのよ? それ以上に火車のすごさを感じるというか、今更ながらあの娘とんでもないわね。


 とにかく今は大人しく手当てしてもらうしか――――ってアレ?


「そういえば晴明さんはどうされたんですか?」


 当たりを確認しても、今、船岡山ここにいる者は全員集まってると思いきや、晴明さんの姿が見えない。責任感の強い方だし、お任せした丑御前たちをほっぽっておくとは思えないんだけど。


「ああ、晴明なら万が一に備えて、最強の援軍を連れて来ると席を外してるわ。羅城門にも式神を飛ばしてるはずよ」


 なるほど。騰虵とうしゃさんか朱雀さんを呼びに行ったのか。ん? その2柱は羅城門にいるはずよね? 今の言い回しだと別々の行動に聞こえるけど……。


 ――――まさか、親父まんじゅうか!? いや確かに、地下で繋がってる一条戻り橋は、ウチの目の前だし賢明な判断かもしれないけど!! 


「ああ、ダメよ頼光ちゃん。まだ手当の途中なんだから」


「ありがとうございます橋姫さま。でも大裳だって長くはもたないでしょうし、援護してあげないと。いや、出来ることなら丘引を倒しちゃわないと」


 親父の介入なんて絶対嫌……ではあるんだけど、呼びに行っちゃったものは仕方ない。


 この体であんな化け物倒すのは厳しいし、それならせめて親父の到着まで時間を稼ぐしかない。てか、羅城門組が先に帰ってくることを願って全力で今できることしよう。


 決意を胸にまた会議場に戻ろうとする私の前に、真剣な顔の丑御前が立ちはだかった。


「なあ姐御。姐御の目標って確か、神様になることだろ?」


「え。嘘でしょ、畏れ多すぎ。怖」


「え、何のこと?」


 そりゃ貴人さんもドン引きするって。この娘ったらいきなり何を言い出すのやら……ああ!


「神様、じゃなくて陸奥守ね。陸奥っていう国の偉い人よ」


 誤解を解くために訂正すると、理解したのかしてないのか丑御前が続ける。


「その目標だって、生きててこそだろ? こんなとこで死んじまったら何にもならないぞ。姐御はその……怖くないのか?」


 なるほど、丑御前なりに引き留めようとしてくれてるのね。確かに痛みはあるし、体も変な風に曲がってるけど、それでも攻撃を引き付けることくらいならできるからと言いたいところだけど、何か聞きたいことは別な気がする。


 今この場だけの話じゃなくて、そもそも私の人生通じての戦う理由っていうのかな? 丑御前が再びちゃんと立ち上がるために必要な話。


 ……といってもなんて声をかけていいかなんてわからないわね。なら、ありのままの気持ちで答えるしかない。


「そうね……簡単に言うと意地、かな。ただ陸奥国の1番になるだけなら、綱とか氷沙瑪ひさめそそのかして来たみたいに、さっさと陸奥に行って力づくってのが早いんだろうけどさ……でも、それじゃ富ちゃんとの約束を――――私が陸奥守になって戻ってきたら、一緒に陸奥をいい国にしようって約束を破っちゃうから。うん、それはやっぱりかっこ悪いでしょ」


「かっこ……」


 あれ、意外な反応。紛れもない本音だし、普段かっけーかっけー言ってる丑御前には刺さるかなって期待してたんだけどなー。


「そうそう。逃げる時は逃げるし、割と死にかけるし、いつも勝ち続けてるわけじゃないけどさ。富ちゃんを迎えに行ったときに、恥ずかしくて目も合わせられないような成り上り方だけはしたくないってだけ。今も動けるくらいになったのに、押し付けるのはダサいって」


 後はまあ、丘引こいつだけは逃がすわけにはいかないってことよね。火車然り、信仰が違う相手でも仲良くできる相手はいる。でも播磨権守に何かしたのも、死者をもてあそんだりしたのも、この丘引だって言うなら残念だけど仲良く出来る要素がない。


「それとあの大蚯蚓、まるで水に飛び込むように地面を潜るのよ。ここで逃がしたら陸奥も平和でいられないかもしれないし、結界の張ってあるこの部屋に押し込めておかないと」


 全員が戻るには時間がかかるけど、騰虵さんや朱雀さんや虎熊が先行して戻ってくるなら、稼ぐ時間は数分でいい。覚悟を決めて扉の先に進もうとする私の背中から声がかかる。


「それならこうして扉を閉めてしまえばいいじゃない。扉も含めての結界だからそうそう破られないわ」


「晴明さんに怒られますよ?」


 なかなかに畜生な考え方だけど、それじゃ中で頑張ってる大裳が助からない。晴明さんって大裳以外は『様』づけで呼んでるし、多分同じ方向を向いてる同志って言えるの大裳しかいないのよね。


 ……まぁ確かに作戦的としてはありっちゃありなのよね。うまいこと大裳と合流してここまで戻って来れたらの話だけど。


「あ、姐御! オレも行く! オレ……大裳に言われて、かっけーって何なのか悩んでて……。まだそれが何のか見つかってねえけど、それでも……それでもオレが、かっけー姿見せてえのってきっと姐御だから、こんなとこで死んでほしくないぞ」


「ありがと。こんな足だし、きっとまともに動けない。丑御前になら喜んで命を預けられるから、かっけー姿見せてちょうだい」


 大裳……丑御前に何言ったのよ……。いつの間に船岡山に戻ったのかも知らないけど、それでもこうして戦いの場に自分の足で進もうとするくらい、気持ちを持ち直してくれたのはほんとに嬉しい。


「頑張って」


「はい」


 橋姫さまから応援の言葉を頂き、会議室へ戻る扉を開けた。

【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)

【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。

【橋姫】――摂津源氏。橋の守り神。元は橋建設のため人柱になった女性。

【丑御前】――大江山に住む鬼。頼光を姐御と慕う。

【安倍晴明】――藤原道長配下の陰陽師。狐耳1尾の少女の姿。

【貴人】――12天将の1柱。天1位。千年狐狸精。殷では蘇妲己を名乗った安倍晴明の母。ポンコツ疑惑あり。

【余化】――余元(青竜)の弟子。殷の武将で、汜水関の総兵。

【丘引】――饕餮を崇める者。殷の武将で、青竜関の総兵。

【六合】――12天将の1柱。前3位。玉石琵琶精。2股の尾を持つネコ娘の幻体を操る琵琶の精霊。


【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)

*【仙丹】――仙人の秘薬。戦闘不能者を瀕死の状態で復活させる蘇生アイテム。激マズ。

*【仙境】――仙人の修行場。

*【船岡山】――平安京の北に位置する標高112mほどの低山。地下に大空洞があり12天将と呼ばれる式神たちが拠点としている。安倍晴明の屋敷にほど近い一条戻橋と地下通路でつながっている。

*【羅城門】――平安京の南門。実際はフランスの凱旋門みたいに門だけが置かれてる感じだったが、この世界では穢物対策で城壁で囲まれているため、ちゃんと門としての機能がある。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ