【源頼光】船岡山の戦い その4
*人物紹介、用語説明は後書きを参照
*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています
はは――――
はははは――――
あははははははははははッ!!!
最高にアゲアゲの琵琶の音色を背に、繡鸞刀を持って切り込む私に向かって繰り出された槍を身を低くして躱したついでに、影にに繍鸞刀を突き立てる。
一瞬身動きが出来なくなったところからさらに一歩。ギリギリの間合いまで詰めて、影から引き抜いた刀で一閃すると、槍を持つ遺体の腕の手首から先が宙に舞った。
広い会議室を明るく照らすために四方八方に焚かれた松明のおかげで、影には困らないこの戦場は、新たな武器を持つ私にとってハッピーでご機嫌な狩場と化してる!
「あっはははははー! 行くよ行くよ、ガンガン行くよーッ!」
なんかつま先が体の後ろを向いてるせいで、速さは落ちてるけどそこはご愛嬌。姿を隠せない相手になら別に不都合はなし!
後ろに陣取る丘引をいきなり狙ってもいいけどー? 別に取り巻きを倒す倒さないで特に負担が変わるわけでもなし。それなら曲に合わせて踊る相手が大勢いた方が良いよね!
「――って、あらら。そうこう言ってるうちに残る取り巻きもあと一体か。六合、終幕も近いしもっと激しいのお願い」
こんなに早く終わっちゃうのも少し寂しい。中央の机に向かって歩み寄って来てたのに、出口に向かって離れてってる丘引の影に影繡鸞刀を投げつけて拘束すると、床に転がった槍を体の前にある踵で蹴り上げ両手で握る。
さ、ちょっと違った演目と行きましょうか。そんなお誘いに応えてくれたのか、人を相手にしてたら味わうことのできない速度で繰り出される突きの嵐。
でも、残念。虎熊を相手にしてきた私から見たら、速さも重さも何にも足りない! でもひとつこれだけは褒めてあげたい。
「あっははははは! やっぱり真似するのは簡単よね!」
はい、見てから相殺余裕です。繰り出される槍より、わずかに速い突きを繰り出しその全てに槍先を合わせると、無機質な金属音と飛び散る火花が、琵琶の演奏に花を添える。
大江山で使った時は私に合わないと思ったけど、これくらいの精度で使えると気分いいわね! 相手の槍にはない要素で、虎熊御用達の回転を加えながら相手の槍を下から弾くと、がら空きになった相手の両ひざを突くとそこはご遺体。枯れ枝のようにパキンと音を立てて膝から下が吹っ飛んだ。
「YES! さて、あとはあなただけ。名残惜しいけど終わらせましょう」
「おのれ……! どこまでも鼻につくヤツだ!!」
悪態をつきはするものの、すでに死に体な丘引目掛けて助走から繰り出した渾身の突き。これから事情聴取があるけど、さんざんやられた恨みの込めた一閃はあえて急所を外したところに突き刺さり――――柄が、ぐいッとしなって間から折れた。
「うっわ硬ッた!? あんたはウチの親父か!」
ただの坊主頭の優男って感じだった丘引が白い光を放ちながら、モリモリと体の中から膨れ上がっていく様から、ゴリゴリに筋肉の鎧を着こんだ親父にダブるわー。
……って、あれ? なんか親父どころかますます膨れ上がって……?
『この姿は私の恥。醜い姿をさらすことになった屈辱、お前の命を引き換えに晴らすとしよう!!!!』
バチンッ! と大きな音を立てて、影に刺さってた影繡鸞刀が粉々に砕けると、丘引は異形の姿に変わっていく。
「何コレ何コレ!! ヒル? いや、蚯蚓の方が近い? どっちにしろキモッ!! あはははは!! なるほどね。化けウナギの親玉って感じがするわ!」
体の大部分は地面に横たわらせながら鎌首を上げる大蚯蚓。天井も床も動き回るには広すぎる部屋にさえ、収まりきらないくらいの巨体。その頭はは額に赤い宝石がついており、大きな口だけで目は無いように見える。
口の大きさだけで京の城壁くらいありそうで、口の奥にまで私の身長くらいありそうな歯が何百何千も生えそろってて、青竜の時みたいに体に飲み込まれたらこりゃ噛み砕かれるわね。
体は岩のようにゴツゴツした外皮に覆われてるんだけど、その外皮の間には例の化けウナギが這ってるのか数えきれない青いひも状のものが、生きてる証拠にドクドクと脈うってるのが見える。
「あはははは!! まだまだ踊りの時間は終わらないわね!」
手に持ってた槍も影繡鸞刀も折れた今、頼れるのはいつもの履物! あらぬ方向に曲がってる足で出来る最大の助走をつけて、外皮目掛けて繰り出した蹴りはそこを破壊することなく、今度は私の足の膝から下が明後日の方を向いた。
「ちょっとちょっと! 何その身体、硬すぎるんじゃ――――っとぉッ!!」
私の事を呑み込まんと、天井近くまで持ち上げてた頭を私めがけて突き下ろして来たのを緊急回避!
その頭の動きに合わせて浮かび上がった胴体がのたうつだけで、部屋全体を覆うような衝撃が伝わって来る。
「ニャーーーーーー!!」
そんな暴れっぷりに巻き込まれたのか、遠くから六合の悲鳴が聞こえたのと同時に琵琶の音が止んだ。
「へいへーーーーい! 何急に演奏止めてるのー? ノリが悪――――――痛ッッッッッッ!!!!」
演奏が止んだ後の一歩目。壊れた足が地面に付いた痛みで、私の感覚は現実に引き戻される。
……はは。まぁ、覚悟はしてたけど……痛ッ………………………………。
目が覚めるどころか、気を失うのを必死に耐えるしかない痛みが走る。立ってることさえできなくなった私の肌からは床の冷たさが伝わってくる。今身体に伝わってるヌメッとした不快な感覚が、血なのか脂汗なのかすら分からない。
『手間をかけさせてくれたな余化。お前は全知神にとって邪魔過ぎる。今度こそ冥界へと堕ちて迷ってくるな』
「冗談……まだ陸奥守にすらなってないっての……」
陸奥守になって、富ちゃんを迎えに行って、一緒に皆が笑って暮らせる国を作る。
私の物語はまだ始まってすらいないのに死んでたまるか。
再び天井近くから牙をむき出しに降って来る大蚯蚓を躱そうと這いずるけど、避けようという想いとは裏腹に全く前に進まない。
その時横から起きた風に呑まれて浮きあがると、体を包み込むような温かいものに抱かれ、私の体は床を転がった。
【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)
【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。
【橋姫】――摂津源氏。橋の守り神。元は橋建設のため人柱になった女性。
【丑御前】――大江山に住む鬼。頼光を姐御と慕う。
【安倍晴明】――藤原道長配下の陰陽師。狐耳1尾の少女の姿。
【貴人】――12天将の1柱。天1位。千年狐狸精。殷では蘇妲己を名乗った安倍晴明の母。ポンコツ疑惑あり。
【余化】――余元(青竜)の弟子。殷の武将で、汜水関の総兵。
【丘引】――饕餮を崇める者。殷の武将で、青竜関の総兵。
【六合】――12天将の1柱。前3位。玉石琵琶精。2股の尾を持つネコ娘の幻体を操る琵琶の精霊。
【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)
*【影繍鸞刀】――王貴人(玉石琵琶精)が西岐軍と戦った時に繍鸞刀を使ったとアラクシュミが複製した封神演義に書かれていたのを、混沌(観測者)がノリと勢いでオリジナルの宝貝として仕上げたもの。影に突き刺すとその持ち主の動きを封じられる。