【源頼光】船岡山の戦い その2
*人物紹介、用語説明は後書きを参照
*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています
「――――ッ!?」
逃げられないようにと、晴明さんと私で挟み撃ちの形に取れるよう考えた動き。
ついでに壁に叩きつけられた衝撃で動きも封じれるかと思ったのに、壁に激突するはずの男はまるで水に沈むかのように波紋を残して壁の中に消えていく。
「地行術か! そうか、地面に潜りながら我々の後を付けてきたのだな」
洞窟の中に晴明さんの驚く声が響くと、それに応えるように男の笑い声が聞こえて来た。
「ははははは! なるほど、あの時よりも体術を磨いたわけですか。だが化血神刀を用いなかったのは愚かですね。それさえ使っていれば死んでいるところでしたよ余化!」
「だから違うっちゅうねん」
コイツの中じゃ私が余化さんって人と同一人物っていうのは動かない事実みたいね。これはアレかしら。知識を更新できないとかいうアレ。
でも体術が以前と違うっていうあたり、余化さんとの違いは認識できてる。1度知識として根付いちゃったのは変えられず、違いを体験できるものは改められるって事かしらね。
「まったく……朱雀さんといい、昔の知り合いに姿を重ねて、あれこれ言ってこられると困るのよね」
厄介なことに地面に潜られてからというもの気配が感じられない。
ひとりごちながら壁から距離を取ると、橋姫さまと丑御前、貴人さんを挟んで晴明さんと背中を合わせて周囲を警戒する。
「仙人様や道士といった方々は、俗世から離れた仙境にて辛い修行を積みます。玄武様――聞仲様のように俗世を離れずにいた方じゃないと、どうしても人の考え方とずれるので話が噛み合わないことも増えるのですよね」
「困ったものだ――わ!」
橋姫さまと丑御前を抱きかかえる隙をつかれて、躱し切れなかった槍が私の足に傷をつける。
先端を私の血に染めた槍だけじゃなく、地面から他にも槍が生えたかと思うと、水面から顔を出すように、まず間違いなく化けウナギを体に宿した生気のない人間が浮かび上がって来た。
「馬鹿な!? 地行術は元来自分自身にしか適用されないもののはず! 並の術師ではない!」
「あわわわわわわわ……!!」
「晴明さん! さっきの奴は私に似てるっていう余化さんとやらと因縁がある様子。ここは私が引き受けますから橋姫さまと丑御前を頼みます!」
「それは…………。分かりました、ここはお任せします……ッ!」
「頼光ちゃん、無理はしないのよ」
涙目になった貴人さんにガシッと抱きつかれて動きづらそうな晴明さんのために、どこに続いてるか分からないけど一方の敵を一蹴すると、丑御前を抱いた橋姫さまがひと声かけて部屋に入っていくのを見届ける。
「羅城門の様子を見た時はどうやって運び込んだのかと思ったけど、これなら納得だわ」
晴明さんたちが入った部屋に続く道を背に、血吸を構える。
その面前にはざっと数えて20って所かしら? さっきの奴は機を窺ってるのか姿が見えない。
さて……どう戦ったものかしらね。
「GYAAAAAAAAA!!」
「お!?」
虎熊の洗練された槍術を見て来た私から見ても、それに遜色ない鋭い突きを繰り出され思わず声が漏れた。
一切のブレもなく真っすぐに伸びた槍を交わして反撃しようにも、すでに槍は元の位置に戻され隙が無い。
これは……羅城門の城楼にも武器があったのかもしれないけど、武器を持ってるのと持ってないのじゃ厄介さが相当違うわね。それよりもなによりも……。
「虎熊の鬼の膂力ありきの槍術はどうあがいても真似できなかったけど……これ、私にも真似できそうじゃない……?」
って! いけないいけない。思わず色々な動きを見てみたくなるのを必死に抑える。なんでこんな怪物の槍さばきがうまいのか気になるところだけど、今はさっさと倒し切る必要がある。
晴明さんたちを別室に逃がしたとはいえ、壁を軽く超えるような奴ら。放っておいたら私を無視してそっちに向かうかもしれない。
槍さばきをもっと見たいという想いに後ろ髪を引かれつつも、槍を封じるように懐に飛び込む。
速さだと完全に私に分があるし、それ自体は難しくないんだけど……そこからが厄介ね。
蹴り飛ばしたところで壁にぶつかる前に沈んでくわ、腕や足に血吸を突き刺したところで問題なく動き回るわで意味がない。頭を切り落とすのが一番速いのは分かるけど、それは体が拒絶する。
「それなら――――これはどう!」
血吸を一閃して足を斬り飛ばしてみると、相手を死に至らしめる行為と思わなかったせいか、いつもの吐き気は起きなかった。
「なんか……親父との覇成死合みたいね」
あの時は立会人の綱と満頼が『相手が死んだ』と思うくらいの攻撃を入れればいいって感じだったけど、私の頭がそう感じちゃったら吐くみたいな?
何をしたところで親父が死ぬわけがないと、頭が理解してたからこそ無茶苦茶が出来たけどさあ……逆にあの時点で私がこんな欠点持ってると分かってれば、もう少し色々対処できたのに。それもこれも全部親父のせいだわ。
……まあ同じ日に道満さま殺しちゃったと思った時に不調は分かってたのに、向き合ってこなかったの私だけどさ……それでもやっぱり親父のせいだわ。
それでも少しずつ自分の体のご機嫌取りが上手くなって気がする。両腕を切り落とすか足を切り落とすかで、戦力を削いでいけば問題ない。
「これでようやく半分って所かしら。こんな術離れて使えるようなもんじゃないでしょ? そろそろ姿見せないと、全部やっつけちゃうわよ!」
なんだかんだ壁に天井に足場が多いだけに、狭い場所は闘いやすい。所せましと駆け回り、さっきの会議場に続く細い通路の角で止まった私は、辺りに響かせるように叫んだ。
晴明さんの見立てじゃ、この地面に沈んだり逆に浮かんできたりの制御は術師がやってるはず。気配こそ感じられないけど、近くにいると思って話しかけるも、残った遺体たちが身構えただけで反応なし。
「仕方ない、まずは邪魔な連中を――――」
前の残党を蹴散らそうと足に力を入れたまさにその時。ドゴオオオオオオオン! と大きな音と同時に横の壁が丸い形でくりぬかれ、通路よりもやや小さい大岩が私と残党の間に転がった。
「は!? 何これ……もしかして壁の中から力を加えて削り出したの!?」
たぶん壁の中から力を加えて部分的に崩した……ってことなんだろうけど、地行術という名前からして地面の中を移動するだけかと思いきや、意外に汎用性高いわね!?
大岩の両脇の隙間には両方から槍が伸びて隙間を塞ぐけど、そもそも上下左右どこをとっても通り抜けるだけの隙間はない。
もう少しで飛び出していたところを踏ん張ることで生じたわずかな隙をついて、その大岩がすさまじい勢いで押し出された!
「こんの……ッ! 味な真似を!」
幸いここは曲がり角。横に飛んで避けることはできるけど、そうしたら通路が塞がれちゃう。それはつまり晴明さんたちと完全に分断されるってことだし、絶対に避けたい。
「塞がれた後に壊すのも、今壊すのも同じなら――――今壊す方が良しッ!!」
両脇に槍が見えた以上、この大岩の後ろから敵が近づいて来てるはず! うまくいけばこの岩を壊した破片でさら数を減らせるし、避ける必要なし!
短い助走の後跳び上がり、緋緋色金の足裏をぶつけるように、真っすぐ足を突き出した。
仮に威力が足りなくても爆発を加えれば十分壊せるはず! そう思って放った足が大岩に触れると、中から伸びた手に足首を掴まれた!
「!?」
考えがついていかないで驚いてると、手に続きさっきの男の顔が岩から浮かんできた。大岩だって地面や壁と同じもの、こういう術の使い方だって出来るのは、考えれば分かるじゃん!!
「お誘いに応じて出てきて差し上げましたよ。このまま岩に引きずり込むのも一考の余地がありますが、壁に当たった衝撃で岩が割れて、出てきてしまうかもしれません――――なので」
なんかヤバい!!!! 私の足首を掴む術師の手が光っ鷹と思うと、何やら文字なのか文様なのかが足に浮かぶ。
「こういうのはどうでしょう?」
男が大岩の中に再び沈んだかと思うと、それに合わせて私の右足も膝まで岩の中に引きずり込まれる!
「!!!? 抜けない――――」
いや、足が抜けないよりも考えるべきは後ろの壁!
とっさに両手を頭の後ろに回してかばった次の瞬間、洞窟の中にグチャッっという嫌な音が響いた。
【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)
【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。
【橋姫】――摂津源氏。橋の守り神。元は橋建設のため人柱になった女性。
【丑御前】――大江山に住む鬼。頼光を姐御と慕う。
【安倍晴明】――藤原道長配下の陰陽師。狐耳1尾の少女の姿。
【貴人】――12天将の1柱。天1位。千年狐狸精。殷では蘇妲己を名乗った安倍晴明の母。ポンコツ疑惑あり。
【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)
【地行術】――土の中を自由に移動する術。
*【化血神刀】――朱雀の宝貝。余化の遺品。
*【仙道】――仙人・道士。霊山に入り道術の修行を行う人間。弟子を取るほど術を修めた道士が仙人と呼ばれる。
*【羅城門】――平安京の南門。実際はフランスの凱旋門みたいに門だけが置かれてる感じだったが、この世界では穢物対策で城壁で囲まれているため、ちゃんと門としての機能がある。
*【血吸】――頼光の愛刀。3明の剣の1振り顕明連。
*【覇成死合】――源氏間で行われる最も神聖な格闘イベント。
*【緋緋色金】――西洋のオリハルコンと似た性質を持つ緋色の希少金属。硬い・軽い・熱に強いと武器や防具に最高の素材だが、それ故に加工が難しい。