【源頼光】饕餮対策 その1
*人物紹介、用語説明は後書きを参照
*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています
屋敷のすぐ脇を流れる堀川。京を囲む城壁の向こうから水を引き込むための川で、その城壁の下の水路は格子で覆われて外からの侵入を塞ぐ形になってる。
その城壁のすぐそば、川を跨ぐように架けられた一条戻橋の脇の階段を下りて格子を外して外に向かう途中に、ただでさえ目立たない場所にさらに人目をはばかる形で地下通路への階段があった。
「暗いので足元にご注意ください。これほどの大人数、この松明だけでは照らし切れません。前を歩く肩の背中を見ながら歩幅を狭めてお進みになる様に」
先頭を歩く晴明さんが振り返りながら注意を促してくる。確かにウチの地下と違って明かりが付けられてないから、光源は晴明さんが持つ松明のみ。奥から絶え間なく吹き続ける風への対策か、火の周りを透明な板で覆ってる。
「橋姫さまは大丈夫ですか? 暗いのが苦手なら晴明さんのすぐ後ろについた方が明るいですけど」
「あらあら、心配してくれるのね~。でも私は大丈夫よ~宇治橋にいたころは昼も夜もなく橋を見守っていたのですもの~」
「そういうことらしいので、ウチらは全員暗闇でも見えてるから大丈夫ですよ」
「……さすがは新進気鋭の摂津源氏。噂通り精鋭ぞろいですね」
摂津で保昌殿と別れて京まで走る間にすっかり日が沈み、京の捜索を頼んでた貞光たちも拠点に戻ってた。
私たちにあったことと貞光たちの捜索結果を互いに教え合うと、丑御前は見つからなかったものの京の中にあるいくつかの空き家に遺体が積み上げられてたのを見つけたらしい。
貞光からしたら以前から町に転がってた遺体を見えない場所にまとめてたくらいの認識だったらしいけど、火車と遺体を回収して回った後でも行き倒れた人は放置されてたし、わざわざ空き家に入れてるのは怪しい。
これは絶対化けウナギに憑りつかれてると思った私たちだけど、京から離れた宇治橋と違ってさすがに街中で暴れるのはまずいと思って晴明さんにも1声かけておこうと、晴明さんの屋敷を訪ねた結果が今の状況。船岡山に住む12天将を招集するべく、直通の地下道を歩いた。
「着きました、どうぞ中へ」
何の装飾もない無骨な金属の扉についた丸い輪っかを両手でつかみ、後ろに体重をかけて晴明さんが扉を開く。
「厳重でありやすね。しかしここまで1本道で別の出口にもつながっていないとなると、この風はどこから吹き入れているんでありやすか」
「有事の際少しでも早く京へ駆けられるよう術で風を起こしているのですよ。地下には毒がたまりやすいのでそれを掃う意味もあります。それでは皆を起こしてきますのでそちらの広間でお待ちください」
言葉に従って戸をくぐると、そこに広がってたのは清和源氏主催の覇成死合に使う場所より少し広い部屋。広さ的にはそうなんだけど、天井が京の城壁よりもずっと高いからそれより広く感じるわ。遠くに見える天井からは下に向かって鍾乳石が伸びてるのを見るに、天然の空間ね。
そんな空間の真ん中に4つの長机が4角く並べられて、それぞれ3つずつ椅子が置かれてる。
「ふぁ~~~……何よ晴明ったら、せっかく気持ちよく眠ってたのに……」
富ちゃんのお屋敷から少し離れたところにも似た雰囲気の洞窟があったな~と懐かしく思ってるところに、柔らかそうな布の塊を持った1.2.3……9本の狐の尻尾と耳を生やした女性が、眠そうに目をこすりながら入って来た。
こんな時間に訪問したせいでたたき起こされたのね。着物がだらしなくはだけてる。その姿に本当に申し訳ないと思うけど、それよりも何よりも――。
「耳と尻尾モフモフさせろこらーーーー! モフモフモフモフモフモフッ!!!!」
「くくくくく……!! 我、遂に姫君に対して勲を捧げる機を得たり! 滅びを告げるべきは心を苛む魔蟲か、姫君を侮りし9尾の狐か!!」
「うおおおおお! Burn them all! Burn them all! やっぱりこんなとこでのんびりしてる、違う、デス! 戻って死体焼く、デス!!」
「にょわあああ!? なになになに!? 何よこの蛮族たちは! 晴明ッ! 晴明ーーーーッ!!」
モフモフモフモフモフモフ……あの尻尾を抱いてみたい……ハスハスしてみたい……なんか京が大変だった気がするけど、今あの尻尾に飛びつく以上に大事なことがあるかしら? いや、ない!
ガッ! という石が削れる音が響くと、その代わりに部屋中に鳴り響いてた琵琶の音が止んだ。
「ニャー! 動けねえニャ! タマちゃん演奏で盛り上げられねえニャー!」
「あははー、影繍鸞刀この前の忘れ物ねー。返しとくよー」
「再びのご迷惑申し訳ありません。六合様には無闇に演奏するなと常々お願いしてるのですが」
――――はッ!? 私は何を!?
我に返るとモフモフの人に続いて知ってる顔、知らない顔が次々と部屋に入って来た。晴明さんを除いたその数8。
天后さん大陰さんと青竜がいないのは分かるから、もう1人はまだあったことがない人ね。相手の顔を確認してると、私の横に綱が寄って来た。
「あははー、頼光さー、同じ相手の同じ戦法に引っかかるのは、武人としてさすがにどうかと思うよー?」
「それは――――いや、うん。弁明の余地がないわね」
「六合の琵琶の音はそういうものですから、仕方ないと思いますよ」
12天将の中にも火車みたいに治療ができる人がいるのか、いや、確か猫耳の方じゃなくて琵琶の方が本体なんだっけ。そうなると修理屋さん? どっちにしろすっかり元通りになってるわね。
何が凄いって、琵琶の付喪神だからかな? 1度自分の事を壊した綱に対してとくにわだかまりみたいのは感じないで、ただただ演奏したいって気持ちが前面に出てることね。
そんなこんなで部屋に入って来た12天将たちは部屋に並べられた椅子についてく。空いてる椅子があるにもかかわらず、わざわざ遠くの椅子まで移動してる辺り普段から自分の席が決まってるのかな。
夜の訪問なだけに皆、顔に疲れとか不満とか見て取れるんだけど、そういうのをおくびにも出さないのは能天気な六合の他には玄武さんと、初めて会う対照的な印象の赤い服の2人。
1人はもう圧倒的。身長は私と変わらないのに腕の太さは私の倍。てゆーか角と尻尾が生えてる。うん、どう見てもドラゴンね。死体なみにドラゴン嫌いな火車がいつ跳びかかるのか不安だけど、なぜか全く反応しないのが逆に不安になるわね……? とにかく天后さんとはまったく別の存在感。間違いなくこの中で1番強いわ。
もう1人は唐国風の装束に身を包んだ、とにかく印象が自然過ぎて目立たない少女。赤い髪と三つ編みにした髪が火車とよく似てるけど、すごく派手な格好なのになんていうか、自然に溶け込んでるっていうのかな? 私がこの格好したらまた妙な服装しやがってって文句言われそうなのになんでだろ?
全員が所定の位置についたのか、晴明さんが口を開いた。
「皆様、このような時間にお集まりいただき恐縮です。ですが、こちらの摂津源氏の方々から饕餮がらみと思しき情報をいただきましたので、4凶ではありませんが我々でも対処すべきと判断し、こうしてお時間を頂きました」
その理由を聞いて初めてこっちに興味を示したのか、目立たない方の赤い服がこっちに目を向けた。
「ほお、摂津源氏といえば以前に元と琵琶精が散々迷惑をかけた相手じゃな。12天将の面汚しというべき者らじゃが、その実力は確かなもの。それを退けたとは天晴――――……」
ッ!? 何今の悪寒は!? 少女の方の赤い服と目と目が合った瞬間、和泉式部さんと向き合うときのような、何とも言えない不安が背中を走ったんですけど!?
実際目を丸くする少女の目がキラキラと輝きだして、満面の笑みに――――!?
「………………重ね重ねの謝罪になるが、頼光殿。我が師が本当に申し訳ない」
なんか気が付けばすっぽりと赤服の娘の腕に抱かれてるし、玄武さんは謝ってるし……。
――――! そうか! え、でもどう見ても少女なんだけど……この娘が玄武さんの師匠で、孫弟子が私に似てるとかで何するか分からないっていう。そんでもって虎熊が闘いたいって言ってた、あの最強の仙人!?
「……えー、それでは初めて会う方もおられることですし、時間はかけられませんが、まずは軽く紹介をいたしましょうか」
すでに面倒くさく思ってるのか、私と抱きかかえて来る仙人――確か金霊聖母さん? を飛び越えて後ろの皆に視線を移し、晴明さんが話を始めた。
【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)
【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。
【渡辺綱】――摂津源氏。平安4強の1人。源氏の狂犬の異名を持つ。
【火車】――摂津源氏。ブリターニャ出身の精霊術師。生者を救い、死者を燃やすことを使命とする。本名キャス=パリューグ。
【碓井貞光】――摂津源氏。源頼光の配下。平安4強の1人。
【卜部季武】――摂津源氏。夜行性の弓使い。
【橋姫】――摂津源氏。橋の守り神。元は橋建設のため人柱になった女性。
【安倍晴明】――藤原道長配下の陰陽師。狐耳1尾の少女の姿。
【貴人】――12天将の1柱。天1位。千年狐狸精。殷では蘇妲己を名乗った安倍晴明の母。ポンコツ疑惑あり。
【騰虵】――12天将の1柱。前1位。角が生えたマッチョウーマン。
【朱雀】――12天将の1柱。前2位。金霊聖母。余元・聞仲の師匠。截教のNo.2にしての求道派と呼ばれる派閥の長。
【六合】――12天将の1柱。前3位。玉石琵琶精。2股の尾を持つネコ娘の幻体を操る琵琶の精霊。
【勾陳】――12天将の1柱。前4位。
【青竜】――12天将の1柱。前5位。余元。金霊聖母の1番弟子で怠惰のドラゴン。
【天后】――12天将の1柱。後1位。天狐。狐耳1尾の麗人。貴人と違い大物感が漂う。
【大陰】――12天将の1柱。後2位。女媧の配下。混沌のことをパイセンと呼ぶ。
【玄武】――12天将の1柱。後3位。聞仲。金霊聖母の2番弟子で元・殷軍最高司令官。
【大裳】――12天将の1柱。後4位。安倍晴明直属。陰ながら京の治安維持を務める。
【白虎】――12天将の1柱。後5位。元・殷の道士。過去に陸圧道人に1度殺されている。
【天空】――12天将の1柱。後6位。鶏のアクセサリと深紅の羽衣がトレードマーク。騰虵大好き。
【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)
*【船岡山】――平安京の北に位置する標高112mほどの低山。地下に大空洞があり12天将と呼ばれる式神たちが拠点としている。安倍晴明の屋敷にほど近い一条戻橋と地下通路でつながっている。
*【覇成死合】――源氏間で行われる最も神聖な格闘イベント。
*【影繍鸞刀】――王貴人(玉石琵琶精)が西岐軍と戦った時に繍鸞刀を使ったとアラクシュミが複製した封神演義に書かれていたのを、混沌(観測者)がノリと勢いでオリジナルの宝貝として仕上げたもの。影に突き刺すとその持ち主の動きを封じられる。
*【ドラゴン】――『心を見透かす者』の名を冠する悪魔王(第6天魔王と同一存在)、またはその眷属(天狗と同一存在)を指す言葉。
*【唐国】――現在の中国にあたる国。