【源頼光】解剖 その2
*人物紹介、用語説明は後書きを参照
*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています
「Then、ちゃっちゃとばらしてく、デス」
そんな物騒なことを言ったかと思うと、火車は遺体の皮膚に小刀の先を当てる。
「え!? 遺体を調べるって……いやいやいやいや、それはさすがに……」
「散々ネコ娘ト死体燃ヤシテ回ッタノニ、今更何言ッテンダヨ?」
んー? それこれとは話違わない? 面倒見る人がいないで野ざらしになってる遺体に未練が残らないように現世から旅立ってもらうのと、これからちゃんと弔おうとしてる遺体をバラバラにするのは全然違うと思うんだけど、そう思ってるの私だけ?
そんなことはお構いなしに、火車はさっさと皮を割いて綺麗に開いてく。正直見てて辛いんだけど、周りを見渡してみると、酒呑と保昌殿は顔をしかめてるから多分似たような気持になってると思う。
「……普段はさっさと燃やせってわりには、こういうことにも手馴れてるのは、お前らしいつーかなんつーか」
「初めてじゃニャいからニャ。マヤーの医術が発展してるのは、こうやって病気やらの自然死した死体を割いて死因を追求することで知識を深めて来たからニャ。いわば生きている人間を全力で生かすための術ニャ」
「あははー、穢れだのなんだの言って触ろうともしないことより、よっぽど賢いよねー」
「現世は生きてる人間のためにあり、か」
理屈は分からないでもないけど、死んだ後も体を刻まれるってのはなんかねえ? せめて亡くなる前に許可なりを……。
1人モヤモヤしてると火車が「むぅ……」とうなり声をあげた。
「んだあ? なんか分かったのか?」
「Look、骨に肉と青い紐がついてるの分かる、デス?」
「肉はこの遺体ので、青い紐は化けウナギの体よね?」
大江山で熊童子と茨木ちゃんが獣を捌くのを見てた時みたいに、骨に肉がくっついてる。こうやってみると人間も獣も生き物はこういうものなのかって思うけど、それにしても青い紐は異質な感じがする。
「Yes、そしてこの肉、固まってる、分かる、デス?」
「んー?」
「普通に柔らかくねえか?」
正直触るのに抵抗があるとこを、脇から虎熊の腕が伸びて肉をぷにぷにと触り感想を言った。
その感想に火車はジトッとした目で虎熊を見る。すると、手に持った小刀の先を猫精霊さんの点けた火で炙ったかと思うと、それで自分の腕を遺体と同じように薄く切って開いた。
「痛い痛い痛い痛い!? ちょっと火車! あんた何やってんの!?」
「Look closer、生きてる人間、体動かすと、肉も伸び縮みする、デス。血が体流れる、肉柔らかくする。心臓止まる、血止まる、肉硬くなる、デス」
「へー、確かに。硬くなって伸び縮みしないと肘とか膝が曲がらなくなるんだねー。でもこっちの化け物の方はまだ余裕があるような?」
火車が自分の腕でやって見せたように、綱が遺体の腕を折り曲げようとしても固まった肉が邪魔になってうまく動かない。確かに遺体を棺桶に入れる時も無理やり体勢変えて押し込んだりするけど、そういう理屈があるのね。
ふむふむと頷いてると、火車が開いた自分の腕の傷を治しながら言葉を続ける。
「But、この硬くなること、ずっと続かない。時間で解ける、デス」
「んー?」
「数時間で固まり始めて2日で解ける、マヤーでの教え、デス。でも、経験上、気温で時間変わる。多分今の気温だと、倍くらい」
「……あ~。なーんかヤバげな話になって来てたりするー?」
なんか難しい話になって来てるのは分かるんだけど、正直話について行けなくなってきてる。というよりもはや火車と綱の間でしか話が通じてないような?
「オイコラ。死体が硬くなる話をしてるのは分かっけど、何がヤバいのかさっぱり分かんねえぞ。分かるように言えや」
よく言ってくれたわね虎熊。正直なツッコミに便乗して酒呑と私がうんうん頷いてると、綱は頭の中で話をまとめてるのか、腕を組んで天を仰いだ後小さく頷いた。
「まず火車の言うことから分かるに、茨木の親父は死んで4日経ってない。まだ固まってることを考えたらそれは分かるでしょー? ここまでは大丈夫ー?」
「うん……2日の倍だから…………そうね、うん」
「そんでさ、こっちの化け物の体は肉の代わりに体を動かせるのね? 伸び縮みも普通にするし。それってさ、さっき保昌が死んで時間が経ったから動きがぎこちなくなったって言ってたけど、あべこべだと思わない? 今は肉が固まってるから自由に動かせないけど、その硬直が解けたら――――」
「Yes、Limiter解除、デス。背中見る、デス。この刺し傷、これが致命傷。生きた人間を外から食い破ったか、誰が別人が殺して、体にコレいれたか、デス」
「そうそう。んでー、茨木の家に大量に同じようなのがあったと考えれば、多分後者だと思うんだよねー」
それって意図的に人を殺して回って、化けウナギを死体に入れて回ってる奴がいるってこと!? 晴明さんが生水を飲まないようにってお触れだしても、何の意味もないじゃない!
「なるほど、ヤベーってことは伝わった。播磨のときもこの化け物に力で、相当力が増したって話だよな?」
「ま、俺様の敵じゃねえがな。ただ大江山の連中でも苦戦しそうな感じはしたぜ」
緊迫感が増していく中、保昌殿が立ち上がると大声で人を呼んだ。
「誰かいるか! すぐに各地に走り、小屋などに死体がないか確認するのだ! もし見つけたならすぐに燃やせ! 以前道満殿から船と共に頂いた謄本と重ね合わせて不明者がいないか調べろ、この芦屋もだ」
保昌殿の声に集まった武士や役人は、下知を受けるとすぐに部屋から出て行った。それを見てた綱がへらへら笑ってるのが引っかかったのか保昌殿が咎める。
「どうしたムッシュ綱。私の対応におかしなところがあったかな?」
「あははー、別に誰が殺されたのか調べるのはいいと思うよー? ただまあ、あんな摂津と山城の国境に集めてたとなると狙いはどっちかなって。ただ摂津狙うなら、ボクだったら保昌が異国に船を出したとこ狙うけどねー」
「それって……狙いは山城国――京ってこと!? いやでも、わざわざこんな遠くに仕込んだ遺体置く!? 京狙うなら京に置いとけばよくない!?」
「あははー、色々一杯になってるんじゃないのー? 遠くから京にせまる化け物の情報とか陽動にもなるし、各国との境に置いとく意味はあるんじゃない?」
化けウナギを仕込んだ相手が、どれくらい化けウナギを操れるのかは分からない。だけど、遺体の硬直が解けたらすぐに何かしようとしてるなら、あまりにも時間がないわ。
「…………ごめん、酒呑、虎熊。丑御前の捜索なんだけど、この件が片付いてからでいい? 急いで引き返すわよ」
「ま、仕方ねえわな。逆に鬼が恩を売れる機会ともいえそうだが……」
「こんな変装しなくて良くなるってか? まあ、丑御前なら大丈夫だろ」
「ありがとう。そういうことなので保昌殿、私たちは京に戻りますけど、こちらの方も警戒してください。ついでに丑御前のことも探していただけると……。ついでに茨木ちゃんのことも少し休ませてあげてください」
「HAHAHA、分かりました。マドモアゼルもお気をつけて」
保昌殿に別れを告げると、その足で休憩中の茨木ちゃんに一声かけてお父さんの埋葬の話などを済ませ、すぐに京への道を引き返した。
【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)
【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。
【茨木童子】――摂津源氏。大商人を目指す少女。商才に芯が通っている。本名月子。
【火車】――摂津源氏。ブリターニャ出身の精霊術師。生者を救い、死者を燃やすことを使命とする。本名キャス=パリューグ。
【猫精霊】――火車に従う3柱の精霊たち。青白い炎に包まれた手押し車を押し死体を回収して回る。
【橋姫】――摂津源氏。橋の守り神。元は橋建設のため人柱になった女性。
【酒呑童子】――大江山首領。人の体と鬼の体が同居する半人半鬼。相手の表情から考えていることを読める。
【虎熊童子】――虎柄のコートを羽織った槍使い。
【芦屋道満】――播磨の遙任国司。左大臣・藤原顕光に仕える陰陽師。
【藤原保昌】――藤原道長配下。摂津守。異国かぶれの異名を持つ。
【和泉式部】――藤原保昌の妻。とある茶会で頼光に救われて以来、頼光に近づくために全力のガチ勢。
【源経房】――源高明の五男。元播磨権守。
【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)