【源頼光】放火
*人物紹介、用語説明は後書きを参照
*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています
「はぁ~~……ぬくぬく……これからの季節、手放せなくなりそう」
「おうコラ、くれてやったわけじゃねえから、ちゃんと返せよ? あとズルズル引きずんな」
金熊童子とやらとの闘いでボロボロになったのを直した毛皮を、さすがに坊主に毛皮は合わないだろうということで着せてもらってるけど、これはいいわ。
こういう毛皮の着物って需要ありそうだけど、町を歩いててもあんまり見ることないのよね。
「これ直したのって茨木ちゃん? 欲しがる人いそうだけど、商売にしようとか思わないの?」
「いや直したんはおか――橋姫さんや。穢物がうろつくなか城壁から出て狩りするんにも人手必要やし、傷つけないよう採取するんも大変やしで色々めんどいねん。取った後も脂抜いたり、鞣したりで加工も大変やし、虎熊の毛皮並の品質なると並のお貴族様でも手えだせへん値段なるで」
「そかー」
日ノ本だとあんまり出回らないなら、異国から運んでくるしかないのかな。虎熊のコレも唐国から持ってきたらしいし、欲しい時は保昌殿に頼むしかなさそうね。
「ニャニャ! 駄弁ってるとこ悪いけど、向こうから穢物ニャ! 対処頼むニャ!」
文字通り猫の手も借りたい状況ってことで、久しぶりに召喚された猫精霊さんの声に反応して虎熊が前に出ると、林から飛び出して来た1mを超える狼の穢物めがけて錫杖を突き出した。
「ぬ――――」
左目のあったところから頭の半分を粉々に吹き飛ばされたにもかかわらず、何ともないと言わんばかりに大口を開けて襲い掛かる狼の攻撃を体を回転させて避ける虎熊。
返す刀で振り下ろした錫杖を受け、背骨から頭にかけた全身の骨を砕かれ今度こそ狼が絶命する。
「あー……大きめの毛皮が手に入るかと思ったのに……いや、それ以前に結構矢が撃ち込まれてるわね。にしても金時山から戻るときも感じたんだけど、京周辺の穢物強くなってない?」
「Good grief、死体燃やしてもコレ。困ったもの、デス」
最大の穢れとも言うべき死の穢れを纏った死体を処置して回ったのにこれだもんね。火車が呆れるのも無理ないわ。それにしても、蓮台野で大法要やった後は一旦すごく数が減ったのに、何でこうなってるのかしらね。
「すまぬがこちらに穢物が――――」
「ああ、大丈夫よこっちで仕留めたから。倒した証が必要なら持ってっていいわよ、お仕事ご苦労様」
穢物の様子から見て戦闘中なのは分かってたけど、自由武士っぽい男が林から現れた。
……なんだろ、やたらジロジロ見て来るわね。他の皆の事も1瞬見たけどすぐまたジロジロ見て来るし、結局詫びと礼をして帰っていったけど感じ悪いわねー。
「ヨシ、狙イ通リ頼光ガ1番目ヲ引イテルナ!」
「図体の大きい坊主2人に猫耳外套に猫3匹。見るからに怪しいんのに、視線持ってくのはさすがやな」
「そういう意図で着せられてたんかい。いや、いいけどね」
「普段の旗袍でも十分目立つがな」
「にしてもよお首領。なんで俺様まで一緒にコソコソしなきゃなんねえんだ。京から大分離れたしもういいだろうがよ」
なかなかに不満気な虎熊だけど、言いたいことはごもっともよね。何度も通ってる道で、もうすぐ茨木ちゃんの家に着くし、もう摂津国に入ってるなら変装する必要はないかな。
摂津国や播磨国みたいに鬼は怖いものじゃないと思わせる機会があればいいんだけど、今はまだ京周辺じゃ鬼が大手を振って歩けないのよね。
すると何かを思い出したかのように茨木ちゃんが虎熊に声をかけた。
「そういえばこの辺の鬼とは大体知り合いなんやろ? なら、油澄ま師に額当作ってもろたらええんちゃうの?」
「油澄ま師? なんだそりゃ」
「あー名前ちゃうくて職業やったな。葛城山に暮らしとるっちゅう、頼光と同じくらいの背丈で黒髪に所々赤い毛が混ざった鬼知らん? こう……角の生えた意匠の額当つけとるんやけど、その意匠の下に本物の角隠しとる鬼とこの前京で会うたんよ」
「知らねえな。しかし本物の角を偽物だと思わせるってのは賢いな」
「……それだけで誤魔化せるのは、なんかずりいよなあ?」
「ズット一緒ダゼ、相棒!!」
服の中で外道丸がバンバン酒呑の背中を叩いてるみたいだけど、初めて会った時と違って酒呑もまんざらでもなさそうな顔してる。思えば酒呑ともこの辺りで初めて会ったのよね、なんか懐かしいわ。
「それにしても茨木ちゃんに、大江山以外に住む鬼の知り合いがいるなんて意外だったわ」
「会うたのはつい最近やけどな。なんや燃える水ってやつをいじくって、さらに燃えやすくするようにする職人さんらしいわ」
「へー。燃える水とか聞くと火車が欲しがるんじゃない?」
「Of course、当たり前のように持ってる、デス」
「まあ……せやろなって言葉しか出てけえへん。でもやっぱり真っ黒やな、これを透明に澄ますとよりすごい効果になるらしいで」
「Amazing。それはぜひ、見てみたいもの、デス」
どこから取り出したのやら、猫精霊さんたちがそれぞれ頭の上に掲げた壺の中身を見て言った茨木ちゃんの1言にがっつりくいついた火車。そんなやり取りをしてると見覚えのある丁字路に建つ小屋――茨木ちゃんの家が見えて来た。
すると火車と猫精霊さんたちの耳がピクリと動いたかと思うと、壺を持ったままピューッと家に向かって走り出した。
「そういえば茨木ちゃんのお父さんってどうなったんだっけ?」
「戻ってるんちゃうかな。氷沙瑪が足怪我して酒呑とウチで芦屋行ったやろ? そん時罰として労役させられとったけど、ええ加減それも終わって――――って何してんねんッッッッ!!!?」
茨木ちゃんの家に何か用事があるのかとは思ったけど、火車たちは家に燃える水を浴びせたかと思うと、おもむろに火を点けた。
【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)
【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。
【茨木童子】――摂津源氏。大商人を目指す少女。商才に芯が通っている。本名月子。
【火車】――摂津源氏。ブリターニャ出身の精霊術師。生者を救い、死者を燃やすことを使命とする。本名キャス=パリューグ。
【猫精霊】――火車に従う3柱の精霊たち。青白い炎に包まれた手押し車を押し死体を回収して回る。
【橋姫】――摂津源氏。橋の守り神。元は橋建設のため人柱になった女性。
【酒呑童子】――大江山首領。人の体と鬼の体が同居する半人半鬼。相手の表情から考えていることを読める。
【虎熊童子】――虎柄のコートを羽織った槍使い。
【芦屋道満】――播磨の遙任国司。左大臣・藤原顕光に仕える陰陽師。
*【雄谷(吉弥侯部)氷沙瑪】――前世は羅刹の転生者。生前も死後も母禮に仕える忠義者。道満の播磨守就任を機に京に移った。
*【油澄ま師】――羅刹の女。本名・火乃兎。氷沙瑪と仲が良かったが、陸軍にも水軍にも居場所が作れず土蜘蛛に弟子入りした。
【金熊童子】――大江山の客人。強欲のドラゴン。
【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)
*【穢物】――穢を浴びて変質した生物。俗に言うところのモンスター。
*【唐国】――現在の中国にあたる国。
【蓮台野】――墓地のこと。
【旗袍】――チャイナドレス。本来は満州人の衣装で、中国に入るのは清の時代以降。
【葛城山】――大和国と河内国の間にある山。土蜘蛛の拠点。
【燃える水】――原油。