【源頼光】道満と公時 その2
*人物紹介、用語説明は後書きを参照
*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています
「お、来た来た。ここよー」
「来た来た、じゃねえよ。なんとか飲み込んでたようだが、道満のヤツ相当怒ってたぞ。にしても今まで全く表情が変わらねえから何考えてんのか読めなかったが、存外分かりやすいヤツだったな」
大枝山の麓で待ってると、さっき決めた通り橋姫様と公時を除いた全員が下りて来た。初めてあった時と同じように坊様の姿をする酒呑に合わせて、茨木ちゃんを小脇に抱えて来た虎熊も坊様の格好で鬼の姿をごまかしてる。比丘尼の姿じゃなく男物だけど。
「んじゃさっさと探して回るか。にしてもさっきのやり取りは何だったんだ? 羅刹とか坂上田村麻呂ってヤツ」
「坂上田村麻呂将軍ちゅうのは陸奥の蝦夷を平定した日ノ本の英雄やな。羅刹っちゅうんは……まさかやけど、蝦夷の関係者ちゃうやろな?」
「くくく……京よりはるか東、数多のまつろわぬ勇者たちの頂点に立ちし鬼神の如き存在也」
「そうね。陸奥に住んでた鬼、ってことらしいわ」
歩きながらさっきの道満さまたちとのやり取りを話題にすると、酒呑たちから可哀そうなものを見るような呆れた顔をされた。
「オ前サア……勝ッタ日ノ本ノ英雄ッテコトハ、負ケタ蝦夷ッテノカラシタラ仇ダロ……。ソンナノニアヤカッタ姓ヲ名乗ラセルトカ、正気カ?」
「まあ喧嘩売ってるわな。表情見ればそんな気ねえのは分かるけど、普通はどんだけ悪意あんだと疑うわな」
「とんでもございやせん。羅刹と田村将軍とのわだかまりを解いて上げたいという、頼光様のお優しさでしょうや。それを変に勘繰る方がどうかしてやすぜ」
「あははー、その擁護はさすがに無理じゃない? てか完全に適当につけたもんだと思ってたから、そんな意味があったとか思わないよねー」
ええ……なんか皆すごく否定的だわ……。でも占い師さんは気に入ってたみたいだし、納得してもらえなかったら連れて来ることもできなかったし。
「でも、田村将軍って平定した後は、地位やなんやすべてをほっぽりだして陸奥に尽力したって人気あるのよ? そりゃ1部からは嫌われてたけど、私が陸奥に住んでた時の周りの人たちは悪く言う人いなかったもん。道満さまや氷沙瑪は過剰すぎるっていうか」
「そりゃ実際戦ったからなんじゃねえの?」
「え?」
道満さまたちが陸奥に深い関係があるのは知ってるけど、過去までは知らない。虎熊はそれを知ってるの?
私がガン見してのに気づいた虎熊は腕を振りながら答える。
「いやあの道満ってヤツの事は知らねえぞ? 知らねえけどそうじゃねえのって話」
「でも、田村将軍の陸奥平定って150年近く前の話よ?」
「羅刹ってのは鬼なんだろ? 150歳なんてひよっこだぞ……ああ、道満ってのは死体に憑りついてる人間なんだっけか? それでも霊魂なら何時生きてたのかなんて分かんねえだろ」
……確かに。そう言われると、お気に入りのあの体も羅刹かもしれないし、一緒に田村将軍と戦った戦友の体って可能性もなくはないのかな。
「熊童子に聞かねえと確実とは言えねえけど、そもそも俺様が知らねえ時点で、道満の使ってるあの鬼は畿内のヤツじゃねえからな? てか京より西に住む鬼の数は全部ひっくるめて大江山の半分もいねえくらい、鬼って数少ねえからな」
「あははー、まあさっきのは完全に知り合いに会った反応だからねー。それはそうと、道満たちって季武の事情知ってるんだっけー?」
「……知らないと思う。でも確かに見た目に対しての当たりがやたら強かったような……あれも田村将軍の姿と重なったからとか……? いや、あれは氷沙瑪か。氷沙瑪は私とあまり歳変わらないはずだから、さすがに関係ないわね」
虎熊のひょんなひと言から出るわ出るわ道満さまへの疑念の数々が。私からしたらよく怒る上司ってだけで、拠点を貸してもらったり恩の方がずっと大きい。というより、別に蝦夷だったら確かに田村将軍のを褒めたら嫌な顔するよねーってなるから、少し気をつけない取ってくらいなのよね。
でも綱とか酒呑からしたら怪しい奴は警戒しない取って感じが、体から溢れてるわ……。これはこうやってあーだこーだ言うのはなおさら良くないわね。
「それじゃ、この話はもう終わり。そもそも全身を布で覆って体を隠した無口な人間を捕まえて、今更あいつは怪しいって言うのも変な話でしょ」
「あははー! それはそう!」
「言い方……」
茨木ちゃんが呆れるくらい強引に話を打ち切ると、丑御前の話に切り替えようとする。
「とにかく道満さまに言いたいこと聞きたいことがあるなら直接話すってことで。丑御前のことだけど、大江山の方で隠れてそうな場所は探してくれてるのよね?」
「ああ、熊童子を中心に探してる。見つかったら鳥に文を括り付けて知らせてくるはずだ」
「熊童子なら信用できるわね。それなら私たちが探す場所は――――……」
「うーん、正直言って自分の気の向くままどこへでも行きそうなヤツだけど……完膚なきまで叩きのめされてへこんでるんなら頼れる相手の近くに行きたいと思うんじゃないかなー? それこそ頼光の近くにさー」
「オレも同感だ。こっちに来てると思ったわけだしな」
「あははー、可能性としてはもう1つ。頼光と初めて会った摂津の芦屋かな。京に来たことがないことを考えたら芦屋の方が本命かなー。以前芦屋に乗り込んできたときの道を重点的に探すでいいんじゃない?」
皆が頷きながら聞いてるとこを見ると、綱の言ってることに納得って感じかしら。私も異論はない。
「それじゃ貞光と季武の2人は京を、他全員でまずは芦屋に向かいましょうか。保昌殿ってもう日ノ本に帰って来てるのかしら?」
「帰っとるで。ウチが大江山での事件を知った日に、異国から仕入れたもんの1部をおすそ分けってな感じで京で市を開いとった。今、京にいるのか芦屋にいるのかは知らんけど」
「そう、それじゃ――――……」
「おいおいどうした? マジで風邪引いたのか?」
「大丈夫大丈夫。今のはそういうのじゃないから」
保昌殿が芦屋にいるかもしれないならひとっ走り先行して、協力を願おうと思ったんだけど、奥さんの顔が浮かんだ途端思わず全身がぶるっと震えちゃっただけ。
チラッと綱に目を向けると、言いたいことを察したのか綱が大きめな声で笑った。
「あははー! それじゃボクが保昌に事情を説明しとくよ。芦屋の城壁の中に入り込んでないかくらいは探してもらっとくねー」
「助かるわ。お願いね」
綱を見送り、貞光たちと別れた私たちは、摂津への街道を歩き始めた。
【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)
【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。
【渡辺綱】――摂津源氏。平安4強の1人。源氏の狂犬の異名を持つ。
【茨木童子】――摂津源氏。大商人を目指す少女。商才に芯が通っている。本名月子。
【火車】――摂津源氏。ブリターニャ出身の精霊術師。生者を救い、死者を燃やすことを使命とする。本名キャス=パリューグ。
【卜部季武】――摂津源氏。夜行性の弓使い。
【坂田公時】――頼光が命名。阿弖流為。
【橋姫】――摂津源氏。橋の守り神。元は橋建設のため人柱になった女性。
【酒呑童子】――大江山首領。人の体と鬼の体が同居する半人半鬼。相手の表情から考えていることを読める。
【虎熊童子】――虎柄のコートを羽織った槍使い。
【芦屋道満】――播磨の遙任国司。左大臣・藤原顕光に仕える陰陽師。
*【雄谷(吉弥侯部)氷沙瑪】――前世は羅刹の転生者。生前も死後も母禮に仕える忠義者。道満の播磨守就任を機に京に移った。
【坂上田村麻呂】――日ノ本の大英雄。蝦夷を平定した。
【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)
【比丘尼】――尼僧。
【蝦夷】――陸奥や出羽にあたる地域に土着してた先住民。
*【羅刹】――鬼と同義。陸奥に住む鬼をそう呼んでいるだけ。