【源頼光】道満と公時 その1
*人物紹介、用語説明は後書きを参照
*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています
「なんだなんだ雁首揃えて。まさか陸奥行きを断られたからって、拠点でダラダラしてたんじゃねえだろうなあ? 基本自由に動いていいっていっても、主様から命じられたことはちゃんとやれよー?」
おっと、道満さまたちも丁度帰って来たのね。私たちより先に出発したのに、私たちの方が先に帰って来てるの見たらそう思われるのも無理ないけど――――今回はちゃんと行ってきた証拠はある! むしろ凄くいいとこに帰って来てくれたわ!
「すいません道満さま! あと氷沙瑪。これからちょっと出かけなきゃいけないんですけど、この新しく仲間になった公時を連れて行くのがなかなか難しくて! 置いていこうにも動物的な性質なもんで、橋姫様だけにお任せするのもどうかと思ってたんです! こっちの用事が済むまで預かってもらえませんか!?」
「……頼光。そうやって上司にお願いって、軽んじとるいうか、またケツ蹴られるで?」
「全く持って同感だ。お前さあ、見てみろよ道満の表情を――――って、どういう……」
うっかり道満さまに跳びかからない様、火車を両手でしっかり抱きながら全力でお願いすると、茨木ちゃんと酒呑からダメ出しされた。いや、酒呑の方は尻切れトンボなのはどうしたんだろ……といっても、たしかに上の立場の人に頼むのもお門違いかー……。
前言撤回しようとすると、すでに両肩を道満さまと氷沙瑪に挟み込むように鷲掴みにされてるし、これはまた怒られるなー……。
「良くやった頼光ッ! 使える奴だとは思っていたが、まさかここまでやるとは思っていなかった。本当に良くやったぞ!!」
「グッジョブ、グッジョブ! さすがは頼光! あたいは信じてたよ!!」
あれ……? 予想外の反応ね。ここまで褒められるとは……私凄いことやらかしてしまったのでは?
「いやーそんな凄いことしてないですって! たまたまですよ、たまたまー。あはははは!」
何がそんなに2人の琴線に触れたのか分からないけど、こんな称賛の大波、全力で乗るしかないでしょうよ!
他の皆にしてもよっぽど興奮する道満さまが珍しいのか黙ってる中を、火車だけが道満さまの後ろに回り込んで親指と人差し指に力を入れてるのが見えた。
これでパチンと指を鳴らせば死体だけ識別して燃やすことができるのよね――――……。
「ぎゃわあああああああああああ!?」
やばいやばいやばいやばい!! 浮かれまくった結果、腕の抑えがすっかり緩んでましたとも!
次の瞬間、部屋の中に響く指を鳴らす音。ハイ終わり。道満さまお気に入りの鬼の体が消し炭です。有頂天になってた私にも責任はありますが、原因は道満さまにあると思います。
また霊魂状態になった道満さまから背中越しに、「死ね」とか「呪う」とか言われるんだろうなー……そう覚悟してたけど、一向にその気配がない……?
現実逃避を終えて道満さまの方を見ると、鬼の体はそのままに隣にいる火車だけが、公時を初めて見た時の何を思ってるのか分からない表情で呆然としてる。
「……あれ? そういえば道満さま、表情変わってます? 今までの死体を使ってるはずなのにまるで生きてるみたいな?」
「あははー、頼光からしたら気づきにくいだろうけど、普通に声も出してるんだよなー」
おー? 道満さまの本当の姿は霊魂の時見てるけど、髪は短いけど乳がやたら大きいお姉さんで、明らかにこの鬼ではないのよね……? それって体は生き返ってるのに、霊が憑りついてるってこと?
つまり火車が言ってた生きてるけど死んでるとか、死んでるけど生きてるってこと? 公時の状態と違うのか同じなのか、確かにわけ分かんないわね……。
そんな私たちの疑問に答える気はないようで、道満さまは公時に話を戻す。
「公時……というのかコイツは? 本人がそう名乗ったのか?」
「いえ、実は金時山に行ったとき以前京で会った占い師さんに偶然会いましてー。なんか納得させる名前を付けることが出来たら連れて行っていいってことなので私が付けました。坂田公時です」
「金時山だから公時か。随分安直なのは置いといて、坂田って姓はどっから出て来たんだよ」
「いやさ、占い師さんから名前だけじゃなくてちゃんと姓も付けろって言われてね? 闘った時にこれは氷沙瑪も名前に出したことある羅刹ってヤツだと思ったのよ。なら羅刹の名門って噂の邑良志部とか吉弥侯部とか付けとけばいいかなとは思ったんだけどさ?」
「頼光、羅刹についてよく知らないんじゃなかったか? 良く名門の姓なんて出て来たな」
感心半分、疑い半分って顔で聞いて来た氷沙瑪。出発前の様子からしてなんか相性悪そうな季武から聞いたと言ったらめんどくさくなりそうね。
「情報筋から聞いたのよ。でもさ、高名な姓を使うとなると、後々迷惑かけたりするかもじゃない? だからまあ、羅刹ってことは陸奥の関係ってことで、陸奥といえば坂上田村麻呂将軍だから『坂上』と『田村』を縮めて坂田――――……」
「一線超えたな貴様」
「!!? それじゃほんと急いでるんで、公時のことお願いしますね!!」
ついさっきまで上機嫌で褒めまくりだったはずの道満さまの口から、恐ろしく冷たい声が絞り出されたのと同時に、文字通り凍り付いた室内。
ここにいたらマズいと本能で感じ取った私は、肩を掴んでた腕を振り払うと戸板を蹴破って拠点を飛び出してた。
【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)
【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。
【渡辺綱】――摂津源氏。平安4強の1人。源氏の狂犬の異名を持つ。
【茨木童子】――摂津源氏。大商人を目指す少女。商才に芯が通っている。本名月子。
【火車】――摂津源氏。ブリターニャ出身の精霊術師。生者を救い、死者を燃やすことを使命とする。本名キャス=パリューグ。
【卜部季武】――摂津源氏。夜行性の弓使い。
【坂田公時】――頼光が命名。阿弖流為。
【橋姫】――摂津源氏。橋の守り神。元は橋建設のため人柱になった女性。
【酒呑童子】――大江山首領。人の体と鬼の体が同居する半人半鬼。相手の表情から考えていることを読める。
【虎熊童子】――虎柄のコートを羽織った槍使い。
【芦屋道満】――播磨の遙任国司。左大臣・藤原顕光に仕える陰陽師。
*【雄谷(吉弥侯部)氷沙瑪】――前世は羅刹の転生者。生前も死後も母禮に仕える忠義者。道満の播磨守就任を機に京に移った。
【坂上田村麻呂】――日ノ本の大英雄。蝦夷を平定した。
【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)
*【羅刹】――鬼と同義。陸奥に住む鬼をそう呼んでいるだけ。