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平安幻想譚~源頼光伝異聞~  作者: さいたま人
3章 集結、頼光四天王
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幕間 市場の出来事 その2

*人物紹介、用語説明は後書きを参照

*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています

「職人さんやんか。珍しい組み合わせちゅうことはこのひとのことも知って――――って、そうや! どこかで聞いたことある思とったけどその声、例の通信機をぶち壊しよった!」


「うひ、なんでそんなこと知って……そうか、あん時商売持ちかけて来たってのが……いやあアレはなあ。なんつうか違うんだよ。不幸な事故って奴で……」


 つい最近の失態を急に掘り起こされた鬼がしどろもどろに言い訳を始めるが、そんなことはどうでもいいとばかりに職人さんが鬼に尋ねる。


「………………そんなことより、用は済んだの?」


「お、おう。1樽でも手に入りゃ御の字だと思ってたのにこの通りよ。空の状態でも100㎏あるこいつを、馬鹿弟子が10樽も預けて来たって聞いた時はその辺に捨てられるものと覚悟してたからな」


「………………へえ、嬉しい誤算だね」


 積み上がった樽をしげしげと眺める職人さんと、自慢げに腕を組む鬼の姿を見て茨木童子もその中身に興味を持った。


「てっきり酒かなんかかと思とったけど、急に銭の匂いがしてきたな。さっきの駄賃代わりに見せてもらうことできる?」


「お! いいぜいいぜ。中身を知ってどっぷりと私の世界に浸かってくれよ」


 そう言うと鬼は積み上げたうちの1樽を地面に降ろして蓋を開ける。すると何とも言えない匂いが外に漏れて、周りの人間たちは眉をひそめて距離を取っていった。


「何やこれドブやん……」


「何がドブか。こいつは燃える水だ。このままでも使えねえことはないけど、この真っ黒な水をうまいこと加熱してやればあら不思議、透明な極上の油に早変わりってな。油に直接火種を入れるまでもなく、近づけるだけで爆発する極上の油にな! そして私はその専門家、日ノ本唯一の『油澄ま師』だ! 爆発はいいぞ! 芸術だ! しかも単純に魅せるだけじゃなく、この絡繰りを見てくれ。ここからその油を吸い上げてここで爆発を起こすとこの装置が衝撃で動いてだな、それがこの棒を伝ってこいつを連動させて―――――」


「お、おう?」


「………………簡単に言うと、呪符じゃなく油で動く呪道具を作れる」


 自分の専門分野について尋ねられて饒舌じょうぜつになっていたところに口を出され、気を悪くした油澄ま師だったが、内容について来れてない茨木童子を見て深いため息を吐いた。


「――まあそういうことだ。ちなみに今作ってんのは馬に変わる絡繰りだ。足で部品を押すだけでたくさんの絡繰りが連動して動作する。総重量100㎏以上の代物だが、それすら動かせるのが爆発のすごさよ。そしてそれを使うことでどんな馬鹿でも爆発の魅力に引き込まれ、同志が増えていくのさ、がはは!」


「…………物は見いひんと分からんけど、とにかく職人さんと違うて動力を生みだす技術を独占しとるちゅうことだけは分かった。商売として理想やんけ」


「………………無用な恨みや妬みを買う」


「頭領は商売っ気が無さすぎだけどな! つーて外海に耐える商船の技術独占してた前の上司は悲惨な目にあったらしいから分からなくもないけど、がはは!」


「なに笑てんねん。嫌な上司やったんか?」


「いんや、良い上司だったぞ。前の職場は船か馬に乗れなきゃゴミくず扱いだったのに、酔っちまってどっちも乗れない私のために、今の職場の当時の頭領に口きいてくれたしな。もっとも良い上司過ぎて同僚どもが崇拝して騒ぐノリにはついてけなかったけどな、がはは」


「………………乗り物酔いのひどい奴が乗り物を作るのはこれ如何に」


「がはははは! 馬っ鹿だな頭領! そんな私が乗れるなら万人に動かせるってことじゃねえか! ともかくだ、嬢ちゃんも気になるなら1度乗ってみてくれや。歓迎するぜ」


「ええの!? なら――――」


 油澄ま師の誘いに茨木童子が身を乗り出したその時、1羽の鷹が上空から降りてその肩に止まった。足には布が縛られており、それを解いて中を見る。


「うおっとー? 何だコイツ、随分と人懐こいヤツだな」


「そらそうや、ウチが仕込んだからな――……あかん。急用が入ってもうたわ……また今度乗せてもらうってことでええ?」


 心底残念そうに尋ねる茨木童子に、油澄ま師はがははと大きく笑った後、ずいと顔を寄せた。


「そりゃもういつでもいいぞ。と・は・い・え、私たちが住む葛城山は招かれざる者が踏み入れたら生きては帰れない怖ーいとこだぞー? 私と一緒に行かなきゃとんでもない目に遭っちまうかもなー?」


 本気半分、冗談半分と言って様子で、子供をからかうように油澄ま師が言う。実際、この山は何度も朝廷の軍が派遣されて来たがその全てを跳ね返した要害。日を改めて訪ねるとなると、気に入った少女が危険な目に遭いかねないという優しさから来たものだった。


 怖がって行かないと言うか、鳥を使って連絡が取れるならそうするか、何かしらの反応があると思っていたが、茨木童子はすん……と表情を消しただけで反応を返さない。


 年端も行かない少女を傷つけてしまったのかと、慌てて油澄ま師の方から1つの提案をする。


「ああ、ごめんな嬢ちゃん。私は嬢ちゃんのこと気に入ったから、本当いつ来てくれてもいいんだけどさ、本当に危ないから……そうだ、来るときは京に行商に来る頭領に口きいてくれりゃ――」


「こっちこそごめんな、そういうことやないねん。危険や言われたらなおさら、摂津源氏うちの大将がウッキウキの表情でアポなし訪問かます絵が浮かんだだけやねん。……この近辺の妖怪の情報を調べたけど、葛城山ってことは土蜘蛛やろ?」


「………………戦争でもする? 初めてあった時に妖怪退治すると宣言してた」


「マジか、倭人やまとびとどもはともかく嬢ちゃんとは戦いたくねえぞ」


「今は妖怪退治なんて言うてへんよ。乗り込んで喧嘩して、仲良くなってってのを繰り返す人やねん頼光って奴は。そもそもウチかて巷じゃ茨木童子なんて呼ばれとるし、頼光は本人も妖怪扱いされとるし、京周辺の悪そうな妖怪ヤツは大体友達ってくらいやし。ほな、急ぐんでまた。……頼光が迷惑かけるかもしれへんけど、そん時はよろしく頼みます」


「ふはッ! なんじゃそりゃ。まあそういうことならいつでも来いよ、歓迎するぜ嬢ちゃん」


 手を振って茨木童子を見送った油澄ま師は、その姿が見えなくなると職人さん――当代の土蜘蛛を肘で小突いた。


「おいおいおい! 何だよ頭領、京がこんなにおもろいことになってるってんなら教えてくれよ! 茨木童子の主人、でいいのかな。頼光ってのも知り合いなのか? どんなヤツだ?」


「………………しっかりした変わり者?」


「どっちだよ。しっかりしてんのか変わってんのか、分っかんねえな」


「………………初めて会った時から陸奥守になりたいとブレずに足掻いてる。陸奥をいい国にしたいとか」


「がはは! そりゃ変わり者だ。国司なんざ懐を肥やすためになるもんだろうに。しかも陸奥ときたか、俄然興味が湧いて来た」


「………………お前の生まれが陸奥だっけ?」


「応よ。同胞らせつが今どうなってんのか知らねえが、一筋縄じゃ行かねえ場所だ。変にいじくろうとすりゃ反乱のひとつも起こりそうな国を変えてえってんなら、先に私たちが試してやろうじゃねえかってな、がはは」


「………………戦いたくないってのはなんだったのさ」


「強いヤツらなら大歓迎だろ? ただの討伐軍じゃ発明品の的にはなっても、本当の意味での実用性は図れやしねえ。身内での試験だけじゃ不十分、火産ほむすび火弘槌かぐつちの試験に付き合ってもらおうじゃないか。頭領だって動作確認こそ済んでるが、せっかく改良した先々代の九一七式を強いヤツに試してみたくねえの? 技術の発展ってのは、やっぱ戦いの中で起こるものよ」


「………………それはまあ、そう」


「がはは! そうと決まりゃ、油の抽出を急ぐかね。楽しみにしてろよ嬢ちゃん、山に来たときは最高の爆発で迎えてやるぜー!」


 大江山から届いた虎熊童子負傷と丑御前失踪の知らせに慌てて市場を後にした茨木童子。その知らぬところで大江山の鬼と並んで京周辺の2大勢力と目される土蜘蛛が、頼光たち摂津源氏を仮想的として静かにやる気に火を点けたのだった。

【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)

【茨木童子】――摂津源氏。大商人を目指す少女。商才に芯が通っている。本名月子。

【土蜘蛛】――技術者集団『土蜘蛛』の名を冠する現頭領。得意分野は呪道具作成。職人さん。

【油澄ま師】――羅刹の女。本名・火乃兎。蝦夷から離れ当時の土蜘蛛に弟子入りした。金属加工・石油関連製品の分野においては『土蜘蛛』の中でも最高の職人。


【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)

【葛城山】――大和国と河内国の間にある山。土蜘蛛の拠点。

*【倭人やまとびと】――大和朝廷から続く、大体畿内に住む日ノ本の支配者層。蝦夷など各地域に土着してた人々から侵略者に近い意味合いで使われる。

*【火産】――油澄ま師の発明品。爆発するらしい。

*【火弘槌】――油澄ま師の発明品。

*【九一七式】――先々代土蜘蛛の発明品。当代土蜘蛛により改良されているらしい。

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