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平安幻想譚~源頼光伝異聞~  作者: さいたま人
3章 集結、頼光四天王
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幕間 市場の出来事 その1

*人物紹介、用語説明は後書きを参照

*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています

「うわー、いつにも増して仰山集まっとるなー。色々見たいねんけどいけるやろか」


 頼光たちを見送って数日。大枝山の拠点で酒呑たちの到着を待っていたところに、摂津守藤原保昌からの文が届いた。


 もともと左大臣の別荘であるものの、摂津源氏の拠点となってからは届く物は摂津源氏宛ての文や贈り物ばかり。


 頼光から手を付けないと送り主に悪いから好きにしていいと言われていた茨木童子が中を改めると、そこには異国との貿易を終え日ノ本に戻ってきたことと、異国の素晴らしさを普及するために京の市で盛大に展示・即売するのでぜひ来てほしいと書かれていた。


 すでに酒呑たちが東国行きに来ることはないだろうと京を訪れた茨木童子たちは、その人波に圧倒されていた。


「えーと……東市ではお貴族様が好みそうな贅沢品を、西市には保昌様がコレや思た変わったもん並べるて書いてあったけど、用途も分からんようなモノにこんな集まるなんて、みんな好っきやな~」


「あらあら……これは迷子になってしまったら大変ね~。さあ月子ちゃん、わたくしの手をしっかり握っててね~」


 貴族が好むような贅沢品にも興味はあれど、いきなり貴族たちに下賤なものが混ざっては不興を買いかねない。そう思って西市に先に来たものの、異国の物という響きだけで集まった人間のその熱狂ぶりに、茨木童子は銭の匂いを感じ取り不敵な笑いを浮かべた。


「よっしゃ、なら一般層がどういうもんに興味を持つんか調べ倒したろ。行くでー!」


「ああ、待って月子ちゃん――――あ~~~~れ~~~~~~」


「あ、ちょ――――」


 その圧倒的な人波にのまれ、繋いでいた手が緩むとあっというまにおっとり屋の橋姫は流されて消えて行った。


「…………ま、ええわ。どうせ延平門におれば帰るときに合流できるやろ。それよりも今はやることがある……ちょっと通してやー……ウチも異国のもん見たい……ねん」


 人込みを掻き分けようとするものの、周りの人間も我先にと殺到している状況。小さな体で四苦八苦する茨木童子だったが、いきなり首根っこを掴まれたかと思うと、誰かに肩車をされた。


「え? え?」


 急な出来事に下を見た茨木童子の目に入ったのは、赤と黒の入り混じった髪をつむじの辺りで雑にまとめた女性。おでこには2本の角の意匠を施した額当を付け、その束ねた髪の下に太めの布で縛り上げている。


 その額当が放つ光は茨木童子にも馴染みがあるもの。頼光が常々身に着けている緋緋色金ヒヒイロカネであり、その希少さと加工の難しさを知っている茨木童子の目には値打ちをつけることもできないくらいの1品であると映った……が、今はそれどころではない。


「がははははは! どうだいどうだいお嬢ちゃんよ。これでよく見えるだろ!」


「いやいやいや! 誰!? ほんま誰!? 知らん人にいきなり肩車されとるとか、めっちゃ怖いねんけど!? 誰かー、検非違使けびいしの人呼んでーーーーーッ!!」


「馬ッ鹿おめえ! 物騒なこと言ってんじゃねえよ! 私はただ嬢ちゃんが困ってたみてえだから、ちょいと手助けしてやっただけだっての」


 大声で検非違使を呼ばれているのにどこ吹く風の女。茨木童子の足を抱えてふらふらとゆすって見たりと余裕しゃくしゃくな様子に加え、ゆすられて気づいたが、額当だけではなく手甲に胸当てと全身が緋緋色金で包まれている姿に、もしかしたら頼光の関係者だったかと茨木童子は記憶を辿った。そういえばどことなく笑い声や話し方にも覚えがある。


「えーと……ごめんやけど、もしかしてどっかでお会いしたことあったりします? それで助けてくれとるとか……」


「あ? いやいやいや、初対面だろー。なんたって私は滅多なことじゃ山から下りねえからなあ! がはは」


検非違使けびいしの人呼んでーーーーーッ!!」


「おおう、悪いな嬢ちゃん困ってたから助けたつもりだったんだが……。詫びとして好きなもの買ってやるからあんまし叫ばんでくれや」


 宥めすかすような言い方に茨木童子が落ち着きを取り戻した。決して好きなものを買ってくれるという言葉につられたわけでなく。


「いや……ウチこそすんまへんでした。いきなり担がれたもんで驚いてもうて……あと好意からなんは分かったんで詫びも受け取れへんです」


 人込みの中降ろそうにも降ろせず、茨木童子が詫びも固辞したため2人の間に微妙な空気が流れた。そんな中何かを思いついた女が1つ提案をした。


「そうだ。それならひとつ頼まれてくれないか? ちいと探しもんがあるんだけど、この人込みだ。上からの方が見つけやすいだろ。見つけてくれたらその駄賃として好きなもの買ってやるぜ」


「……ギブアンドテイクっちゅうやつやな。そういう取引ならまあ」


「お、難しい言葉知ってんな。意味分かってて言ってるのか? がはははは!」


 いきなり人を担ぎ上げたりと粗暴な女という印象だったが、異国の言葉に通じてることに茨木童子が驚いていると、同意と受け取った女が目的のものについて説明を始めた。


「探して欲しいのは金属製の樽だ。高さは1m弱で直系60㎝くらいの円柱で、色は目立つように黄色に塗ってたはずだぜ」


 普段であれば知らない人間に肩車なんてされたらすぐにでも降ろしてもらうところだが、全く邪気のない笑顔に毒気を抜かれた茨木童子はキョロキョロと辺りを見渡した。


 貴金属や生地などは置いていないにしろ、見たこともない民芸品や鮮やかな色の果物に目を奪われそうになりながらも、まずは依頼を果たさんと金属の樽を探すと、市の端の方にそれらしいものが並べて置かれているのが目に付いた。


「あった! 10樽くらい向こうの方に並べて置いてあるわ。金属の樽なんて珍しいし、間違いないんちゃう?」


「10樽!? マジか、頼んだ分全部に詰め込んできてくれたのかよ。感謝感激雨嵐ってなあ! で、どっちだ、指差してくれ」


「あっちの――……わわわ!」


 方向を示そうと腕を伸ばしたときにバランスを崩し、慌てて額当の角の意匠を掴んだ茨木童子だったが、そこで大きな違和感を覚えた。


 あくまで頭に巻いてあるだけにもかかわらず、体重をかけても少しもずれない。それどころかまるで体と一体になってると感じたのは、その意匠の下に本物の角が隠れているのに気づいたからだ。


 そして茨木童子が秘密に気づいたことに、とうの本人――鬼も気づいた。


「がはははは! 余計な騒ぎを起こさんでくれよ嬢ちゃん。こーんな場所で正体ばらされたら、それこそぶち殺さなきゃいけなくなっちまうからな!」


「そないなことせんよ。てか、そうなると山って大江山の事なん? しばらく滞在したし、住んでる鬼全柱の顔は覚えとったつもりなんやけど」


「いや別の山だが。しかしまさかわたしらの知り合いがいるのかよ。びびりなのか度胸あんのか分っかんねえな! がはは!」


 その反応に面を食らったものの、すっかり機嫌を良くした鬼は茨木童子を担いだまま人を押しのけて目的の場所まで来ると、その場にいた保昌の関係者であろう武士に木片を渡した。


「ん? ああ、こいつの注文者か。ん? 1人か? どれほどの重さがあるかも分かってないようだが、そんな子供を肩に担いだままだと危ないぞ」


「問題ねえですよ。しっかしまさか渡した10樽全部仕入れてきてくれるとは思えなかったですわ。以前は1樽で250㎏はあるわ場所はとるわで、拝み倒してやっと1樽だったかんなあ」


「そこはまあ保昌様の能力のおかげやろなあ」


 上機嫌の鬼は茨木童子を地面に降ろすと、1度その場を離れて荷車を引きながら戻って来た。その女の言う通り10樽は想定していなかったようで、積めるのはせいぜい4樽くらいの小さな荷台しかない。


 その小さな荷台に、そこは鬼の力で1樽250㎏という鉄の樽を軽々と運び、下から4,4,2と3段に積み上げたのを呆れた様子で見てた茨木童子がつぶやいた。


「いやいや、無理やろ……。合計で2.5t。荷車が持たんて」


 実際、雨が降れば湿地と化す西市の柔らかな土はその重さに耐えきれず、車輪が数㎝めり込んでいる。


 それにもかかわらず余裕のドヤ顔で鬼は舌を鳴らして答えた。


「ちっちっち……。こいつぁ見た目こそぼろだけどよ、どっこい車軸だけは絶対に折れねえのよ。嬢ちゃんに説明して分かっかなー? いや、分っかんねえだろうな~」


「――――ああ。まさか思うけど、車軸も緋緋色金なん? それなら確かに折れんやろけど、盗まれたら発狂もんやんか」


「いや、分かるんかい!! あれか!? 日ノ本最硬の金属の名前上げとけば当たるだろの精神か!?」


「これ見よがしに全身ピカピカさせというて何言うてんねん……。てか加工が相当難しい聞いとるけど、その額当も角入れる穴開けとるわけやろ? 誰がやっとるん?」


「がはははは! 気に入ったぜ嬢ちゃん! 困ってるようだから助けただけのつもりが、良いものを見分けられる目を持ってる奴ぁ1柱の職人としちゃ大好きだぜ!」


「うわわわわ! 何すんねん!」


 茨木童子の腋下に手を入れ、高々と持ち上げながら上機嫌にくるくる回る鬼に足音が近づき、深いため息を吐いた。


「………………珍しい組み合わせ。てゆうか目立ちすぎ」


「おう頭領! もしかしてこの嬢ちゃん頭領の知り合いか? なら目利きが聞くのも当然か。がはは!」


 声をかけて来たのは茨木童子ともなじみの深い、いつも呪道具を売っている職人さんだった。

【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)

【茨木童子】――摂津源氏。大商人を目指す少女。商才に芯が通っている。本名月子。

【橋姫】――摂津源氏。橋の守り神。元は橋建設のため人柱になった女性。

【藤原保昌】――藤原道長配下。摂津守。異国かぶれの異名を持つ。

【職人さん】――とんでもない技術力を持つ。キャスケット+オーバーオールという服装。

【親方】――職人さんの仲間。爆発に人生をかけている。頼光の靴に爆発機能をつけた張本人。


【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)

*【延平門】――京の城壁の西にある、作中にのみ存在する架空の門。史実の平安京は南の羅城門のところにだけちょこっとあるだけで、城壁に覆われていない。

*【緋緋色金】――西洋のオリハルコンと似た性質を持つ緋色の希少金属。硬い・軽い・熱に強いと武器や防具に最高の素材だが、それ故に加工が難しい。

【検非違使】――平安京の治安維持に従事する役人。当時の警察みたいなもの。

*【呪道具】――一品物である宝貝を再現しようとして作られた歴史を持つ。宝貝は仙道士にしか扱えないが、一般人でも扱えるように魔力を込めた呪符を差し込み動かすことを想定している。のろいの道具ではなく、まじない=魔法の道具。


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