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平安幻想譚~源頼光伝異聞~  作者: さいたま人
3章 集結、頼光四天王
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幕間 過去・母禮と氷沙瑪の最期 その2

*人物紹介、用語説明は後書きを参照

*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています

氷沙瑪ひさめ……? 貴様―――何者だ」


 どこから現れたのか、突然姿を現した少女に母禮が問いただす。己を救いに来た忠臣が殺されたにもかかわらず極めて冷静な声をかけたのは、鈴鹿御前率いる人形部隊に勝るとも劣らないプレッシャーに気圧されたからに他ならない。


 わずか1mに届くか否かの小さな青紫色の身体。やや露出の多い赤と黒を基調とする唐国風の装束は、ひと目見るだけで上質の物と分かるくらい質が良く、それだけ見れば唐国の上流階級に見えなくもない。


 だが、背丈よりもはるかに長い赤紫色の髪を床板に垂らし、羊のように曲がりくねった青い角が尖った両耳の上から生やし、長い前髪の間から覗く金色の瞳の中にある開ききった真っ赤な瞳孔はまるでピントが合っていない。


 そして、ギザギザに尖った上下の歯の間からよだれと30㎝はある紫色の舌を垂らし、涎の落ちた床板からはジュッと音を立てて煙が上がった。


「闘争ぉ~~~~~? きひひひひひひひゃひゃあひゃひゃひゃ! 闘争闘争闘争闘争闘争闘争闘争闘争闘争闘争闘争闘争闘争闘争。混ぜて混ぜてぜてぜてぜてぜてボクも混ぜて~あひゃひゃひゃひゃひゃ!!」


「――――――ッ!」


 尻から伸びた背丈の数倍はある長い尾をヒュンと振るうと先端についていた氷沙瑪の血が床を紅く染め、目の前の少女は上がったテンションを抑えきれないのか、両手で自分の頭をボリボリと掻きむしる。


 一体どれほどの力を込めているのか、鋭く伸びた爪が顔の肉を、頭蓋骨を、脳髄までを削ぎ落しては床に巻き散らした。目の前ので繰り広げられる凄惨な光景に戦慣れした母禮もれでさえ吐き気を必死にこらえる。


 どう考えても命を落としているだろう行動を続ける様に目を離せずにいると、確かに自分の顔面を何度も何度もぐちゃぐちゃに掻きまわしているのに、指を走らせた次の瞬間には元通り傷1つない綺麗な顔に戻っている。


 すっかり思考が止まっていた母禮だったが、天井の梁が音を立てて少し離れたところに落ちたことで正気を取り戻し、気づけば辺りが真っ赤な炎で包まれていることに気が付いた。


「ぐ――削ぎ落した奴の体から火が上がったのか? せっかく氷沙瑪が命を賭して救いに来たのを、無駄にするわけにはいかん。冷静になれ、命を繋ぐにはどうすればいい」


「あははあぁははぁはああ! ずるいずるいずるいなあああああ!!! ボォクはあああああ戦うことぉぉおおお止められてるのにいいいいい、なぁんで戦ってたのおおおおお!! ずるいずるいずるいいいいぃぃぃいいいのぉおおおおお!! 混ぜて混ぜて混ぁあああああああぜてええええええ!!」


「……そうかそうか、貴様は戦いたいのだな。ならばこの屋敷を出て好きに暴れるがいい。この街には殺していい相手など腐るほどいる」


「ぜてぜてぜてぜてえええぇぇ混ぁぁあああぁぜてぇぇぇえええええ!! 闘争ぉぉぉぉ戦争ぉぉおおぉぉ! したいのしたいのおおおおぉぉぉあひゃひゃひゃひゃひゃふふへひひひひゃひゃひゃはああ!!」


「ちぃ、話にならん! 生きて倭人やまとびとどもにひと泡吹かせてやりたいが、どうにもならんか」


 戦争をしたいという化け物の望み通りみやこで暴れまわるよう提案しても、自分の要望を垂れ流し続けるだけで全く話が通じない。


 そうこうしているうちにも、化け物が撒き散らす火種に屋敷を覆う火は勢いを増し続け、屋敷の外からはその火を消さんと集まってきた人の声が聞こえてくる。その絶望的な状況に、さしもの母禮も珍しく弱音を吐いた。


 バシイィィィーーーーーーーン!!


 急に耳元で大きな音が響く。驚いた母禮が、それが目も留まらぬ速さで自分の横っ面を叩こうと迫った化け物の尾を、黒い肌をした長身の女が弾いた音だと理解すると、突然現れた女は化け物に曲刀タルワールを突きつける。


「あひゃあ? 誰だ~~~かは分からないけどおぉおおお! ボクの相手かあなぁああぁあ? あひゃひゃひゃひゃ!!! いいなああぁ! ボクの尾をぉぉおお防ぐとかさぁああ、楽しませてくれるよねぇぇええええ?」


「我はアラクシュミ。一体この自己紹介が何億、いや何兆回目であろうか。数千年を共に過ごし、つい数分前まで共にあった貴様の味方ぞ」


「はぁ~~~……それだけ繰り返してきたってことだもの。今この時、急にやらなくなったらそれこそ驚きだっての。どうせ話なんて通じないんだから、いつも通り力づくで連れて帰るわよ」


『難訓。難訓』


 アラクシュミと名乗った女の後ろからさらに2人、その内の燃え盛る炎の中にあっても真っ黒な人型をした何かが両手をかざすと、檮杌が荒縄で締め付けられるようにその身を拘束された。


「あひゃはははははあぁああぁあぁきひひひひひひ!」


 その拘束を狂ったように笑いながら自分の肉体を引きちぎって抜けて来る檮杌を、再生したその瞬間に再び拘束、再び体をちぎっては拘束と繰り返す混沌の影。なんとか食い止められているのを確認したアラクシュミが母禮の方に視線を向けた。


「さて、邪魔したな。この者は連れて帰るが故、安心して欲しい。檮杌! そんなに暴れたいのなら相手は我と混沌が用意してやる。さきほどどこぞで大将をしていたと立て札に書いてあった鬼のむくろを拾ったばかり、それをメンテナンスするから少し待て」


「!? 待て――――――!!」


「礼なら別にいいわ。でもそうね、どうしてもと言うならオーディン様に感謝し、その偉大さを崇め奉りなさい」


 母禮が問いかけようとするのを無視してそのものたちは、現れた時と同じように音もなく目の前から姿を消した。


「くそッ! ……まあいい、今は先にやるべきことがある。ぐッ……重い……が、まだ生きているのか?」


 喉を貫かれた氷沙瑪をそのままにしておけず肩に抱くと、ぽっかりと穴の開いた喉からひゅーひゅーと弱弱しい息が漏れる。どうみてももう長くないが、それでもそのまま放っておくことはできない。


 すでに屋敷の外には倭人が溢れている。術の使えぬ自分では突破できないのであれば、こんな場所で燃え尽きさせるよりも、阿弖流為同様晒し首になろうと、他の蝦夷が死体を奪還し陸奥の地に返してくれると信じゆっくりと歩を進めた。そこに奥の廊下からドカドカと複数の具足の音が近づいてくる。


「母禮殿か―――!? これは一体何があったというのだ!?」


「次から次へと…………。結局最期は貴様か田村麻呂」


 燃え盛る部屋の中、すでに絶命した裸の男が10数名。その光景に呆然とする坂上田村麻呂を母禮は下唇を深く噛み締めながら睨みつけた。

【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)

【母禮】――芦屋道満の中の人。阿弖流為とともに大和朝廷に反旗を翻した大逆罪人。

*【雄谷(吉弥侯部)氷沙瑪】――前世は羅刹の転生者。生前も死後も母禮に仕える忠義者。道満の播磨守就任を機に京に移った。

【檮杌】――4凶の1柱。女媧に生み出された武神。体内を1000度を超える血液代わりの物が流れており、常に脳が高温に曝されている。そのため脳がまともに機能しておらず狂気に満ちている。継戦能力向上のため、異常なまでの自己再生能力持ち。

【混沌】――4凶の1柱。人々の繁栄を目指すのが仕事。様々な術が使えるが、不幸な事故により未来をシミュレートする術は使えなくなった。現代知識が豊富。

【アラクシュミ】――4凶の1柱。ヒンドゥーの神。現在地点より昔のパラレルワールドの自分と融合することで、過去に飛ぶことが可能。幸福の神だが人類の滅亡に何度も立ち会っているため、不幸の神と自虐気味。混沌同様に現代知識が豊富。ゲームが大好きで創作活動を保護するため人類救済に動いている。殷と周の戦争では陸圧道人の名で周に加担した。

【スクルド】――4凶の1柱。北欧神話に出てくる3姉妹神の末っ子。未来を司る。

【阿弖流為】――羅刹の王。母禮とともに大和朝廷に反旗を翻した大逆罪人。

【坂上田村麻呂】――日ノ本の大英雄。蝦夷を平定した。

【鈴鹿御前】――坂上田村麻呂の妻。第6天魔王・波旬の娘。


【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)

*【唐国からくに】――現在の中国にあたる国。

*【倭人やまとびと】――大和朝廷から続く、大体畿内に住む日ノ本の支配者層。蝦夷など各地域に土着してた人々から侵略者に近い意味合いで使われる。

【難訓】――教えてもどうにもならない奴の意。何を言っても話が通じない檮杌に女媧がつけた渾名。

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