【源頼光】金時山 その10
*人物紹介、用語説明は後書きを参照
*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています
「さて、源頼光。仮の話として聞いて欲しいんだけれど、いずれこの鬼がキミに仕える渡辺綱、碓井貞光、卜部季武と並んで頼光四天王と呼ばれる存在になるとしよう。その時名前がないと非常に困るわけだけれど、キミにその名前を付けてくれと頼んだらなんて付ける? それで納得させることができたなら、そこの鬼を連れて行ってくれて構わないよ」
相変わらず所々何言ってるか分からない占い師さんは、急に叫んだと思ったら真剣な顔で私に尋ねて来た。主は他にいるっていうのにそんなこと勝手に決めていいのかしら? にしても四天王とかめちゃくちゃかっこいいわね……。
まあ、基本的に鬼は名前を付けられると喜ぶし、羅刹もそうだっていうならそれに応えるのはやぶさかじゃないわ。
「ぐるああああああああああああああ!!」
火車の治療を受けてすっかり元気になった羅刹は、私と目が合うと獣のような声を上げて襲い掛かろうとしてきた。
うーん、まだ負けが認められないのね。この負けん気の強さが、もう150年も経とうっていうのに先の大戦の敗北に魂を縛り付けてるのかと思うと、胸が苦しくなってくるわ。
私に向かって腕を伸ばして来た羅刹を迎え撃とうと構えると、まるで蜘蛛の糸に絡め取られた蝶みたいに、何もないところで動きを封じられてもがき始めた。
「やれやれだ。申し訳ないけど今大事な話をしているところなんだよねえ。……さてこの通り邪魔はさせないから、じっくり考えて答えてくれたまえ。なんて付けるんだい?」
今は後頭部にへばりついて大人しくしてるミドモコにあたふたしてた姿は何だったのか、真面目な顔の占い師さんの力に思わず体が歓喜で震える。
あの怪力の羅刹をただ拳を軽く握っただけで完全に封じ込めてる占い師さん。これも道術の類かしら? 術を得意とするのは道満さまと呪いの専門家の橋姫様くらいだし、占い師さんにも仲間になって欲しい思いがふつふつと湧いてくるわ。
ただ周りの警戒感が尋常じゃないくらい上がってるのには気づいてるのかな? 綱なんかいつもの嘘くさい笑顔のまま、いつでも跳びかかれるように占い師さんから見えない位置で刀を抜いてる。
「そうねえ……金時山にちなんだ名前がいいかなー? 金の字は使うとして……」
あんまりピリピリするのも嫌だし、とにかく占い師さんと仲良しって空気を出すためにも真剣に名前を考える。独り言をこぼしながら様子を窺うと、ここまでは気に入ってるのか満足そうに頷いてる占い師さん。
ならここは鬼的な要素も加えて………………。
「決めた。『金熊童子』なんていうのはどうかしら? 結構いい感じじゃない?」
「それは大江山四天王じゃないか。自分で討伐した相手の名前を付けるのとかサイコパスかな?」
「え?」
「え?」
いやいや、確かに大江山の鬼の名前を参考にしたのは認めるわよ? でも大江山四天王の名前? 播磨の1件で名前を付けられた鬼は大勢いるけど、それでも虎熊たちと同格に見られかねないと畏れて〇熊童子みたいな名前をつけられそうになったら、みんな丁重に辞退してたけどなあ。
それ以前に討伐……? 私が困惑する姿に不安になったのか、逆に占い師さんが何かを確かめるかのように恐る恐る聞いて来た。
「えーと? キミは私が見た未来の通り、大江山の鬼たちの討伐を終えたんじゃないのかい? 首領の酒呑童子に副首領の茨木童子、それに虎熊童子、星熊童子、金熊童子、熊童子の四天王を討ったんだろう? ……いや、待てよ。大江山討伐には頼光も四天王を揃えて向かったはず……時系列的におかしい……?」
また自分の世界に入ってブツブツ言いだした占い師さん。ふむ、でもそっか。
あの時職人さんが知ってたように、すでに茨木ちゃんは巷で噂になってたけど、酒呑がその名前を名乗ったのは私たちと行動を共にするようになった時のこと。それでも名前を知ってるってことはちゃんと未来を見てた証拠なのね。ほんと本物のすごい人だわこの人。
ただそうなると、私が妖怪退治をしなかったことで占い師さんが見てくれた未来からは外れてきてるってことね。占い師さんには悪いけど、こればっかりはあの時『なんちゃら山のなんちゃら童子』ってぼかしてくれたのが良かったわ。はっきり名前を指定されてたら意地でも討伐をしてたかもしれない。
「あー……確かにあの後、妖怪退治全力でやったらーってなったのよ? なったんだけど……実際色々な出会いを重ねるうちに普通の人よりも妖怪って呼ばれてるみんなの方が気が合うっていうかなんていうか……とにかく会う妖怪、会う妖怪、どんどん仲良くするようになって」
「ええーーーーーーーーーーーー!?」
「いやいや、そもそも各地で妖怪退治してるやつが、その鬼一緒に連れてっていいかとか聞くわけないじゃん」
普段以上に思うとこがあるのか、驚く占い師さんに綱が悪態をつく。それに対して腹を立てるでもなく占い師さんは「それはそうだねえ……」と呟いた。
うーむ、空気が重い。こんなんじゃ占い師さんを納得させることなんてできるのかしら?
「いっそ金時でいい気がしてきた。金時山の金時。あ、せめて字くらい変えよっか、『公』の『時』で『きんとき』ってのはどう?」
「……あははー、『頼光』って名前を決めてたけど、女だったからって『頼光』って読みだけ変えた満仲みたいなことするねー」
「Yes、嫌ってても親子、デス」
「は!? ちょっと待って今の無し! 真面目に考えるから親父に似てるとかほんと止め――――!」
「――いや、公時、大いに結構じゃあないか。それで姓も付けて欲しいと言ったらどうするかな?」
嘘でしょ? 全力で無かったことにしたいのに、もう公時以外認めないと言わんばかりの圧を感じるんだけど? っていうか姓? 姓なんて先祖代々受け継ぐか、生まれた場所を名乗るもんじゃないの?
「それは……どこかに養子に入れる……? あ、でも見た目が角生えてるしなー。どうしよ、綱の弟ってことでいい?」
「あははー、どう見ても年上ー。さすがに源氏に入れるのはどうかなー……いや、嵯峨の爺様なら、そこらへん関係なく入れるかもしれないけどさー」
「人の家系に入れるのは難しいかもしれやせん。むしろどこの家にも迷惑をかけぬよう、それこそ適当につけてしまう方が無難ではありやせんかね?」
んー……そうなるといっそ季武が言ってた羅刹の名家の姓を使っちゃうとか? 確か邑良志部とか吉弥侯部だったかしら。それはそれでひっそりと続いてたりしたら迷惑かもしれないしやっぱり適当に……。それならいっそ――――うん、そうね。そうしよう。
「決めた、『坂田』よ。坂田公時。この名前でどうかしら?」
私がそう言うと綱たちは「まあいいんじゃない?」と可もなく不可もなくって反応をする中、占い師さんだけは満足そうに頷きながら、パチパチと手を叩いた。
「素晴らしい! まさに期待通り、これはまさしく天命というもの。ぜひ公時も連れて行ってキミの夢への旅路の手伝いをさせてやってくれたまえ」
「……ほんとにいいの? この声の人が主人なんでしょ?」
鳴りやむ気配がない悲しみの叫び声を聞きながらもう1度確認する。
「なあに、そいつには後で宥めるついでに説明しておくとも。間違いなくこれは天命。天の差配は地上に生きりすべての生物の意思よりも優先される」
まあ……分からないでもない、かな? 占い師さんがパチンと指を鳴らすと、動きを封じられてた公時が拘束を解かれてたたらを踏んだ。これも道術なのかさっきまでの凶暴性が鳴りを潜めてすっかり大人しくなってる。
「ついでだ。そこの沼に住み着いてる河童どもも連れて行くかい? 正直臭くてかなわないんだよねえ」
「もう少し拠点が広かったら連れてくんだけど、今は養える場所がないのよねえ……」
「熊も! 熊の事も解放して欲しいクマ! もう限界なんだクマ!!」
ここぞとばかりに主張する熊を一瞥すると、占い師さんはふうとため息を吐いた。
「ま、1度リセットするかねえ。今のアイツだと説得ミスったら皆殺しにしかねないから大変だよ。とりあえず適当に送るから、その後の事は各々で話し合って決めてくれたまえ」
そう言ってパチンと指を鳴らした音が聞こえたと思ったら、私たちは波の押し寄せる見知らぬ砂浜に立ってた。
【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)
【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。
【渡辺綱】――摂津源氏。平安4強の1人。源氏の狂犬の異名を持つ。
【火車】――摂津源氏。ブリターニャ出身の精霊術師。生者を救い、死者を燃やすことを使命とする。本名キャス=パリューグ。
【碓井貞光】――摂津源氏。源頼光の配下。平安4強の1人。
【大陰】――12天将の1柱。後2位。女媧の配下。混沌のことをパイセンと呼ぶ。獣の姿が本来の姿で頼光に緑のモコモコでミドモコと呼ばれている。
【阿弖流為】――羅刹の王。母禮とともに大和朝廷に反旗を翻した大逆罪人。
【混沌】――4凶の1柱。人々の繁栄を目指すのが仕事。様々な術が使えるが、不幸な事故により未来をシミュレートする術は使えなくなった。現代知識が豊富。
【アラクシュミ】――4凶の1柱。ヒンドゥーの神。現在地点より昔のパラレルワールドの自分と融合することで、過去に飛ぶことが可能。幸福の神だが人類の滅亡に何度も立ち会っているため、不幸の神と自虐気味。混沌同様に現代知識が豊富。ゲームが大好きで創作活動を保護するため人類救済に動いている。殷と周の戦争では陸圧道人の名で周に加担した。
【スクルド】――4凶の1柱。北欧神話に出てくる3姉妹神の末っ子。未来を司る。
【坂田公時】――頼光が命名。阿弖流為。
【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)
*【羅刹】――鬼と同義。陸奥に住む鬼をそう呼んでいるだけ。