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平安幻想譚~源頼光伝異聞~  作者: さいたま人
3章 集結、頼光四天王
144/175

【混沌】金時山 その9

*人物紹介、用語説明は後書きを参照

*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています

――何ということだ!


 土俵を作ってここから出ない様にあれだけ言い聞かせていたのに、まさか小屋を揺らすような衝撃を受けるなんて誰が思っただろうか!


 おとが聞こえてきていたら、もしかしたら防げたのかもしれないけれど、小屋の外で繰り広げられる男祭り対策に、防音と防臭の結界を張った途端これだよ。


 あまりにも取り返しのつかない事態だけど、河童の首を並べれば機嫌を直してくれるだろうか? あの鬼はともかく、どうやってここで鬼と熊が相撲を取ってるということを聞いたのか、わざわざ九州からやってきて総がかりで結界を突破して来た相撲キチどもの命で済むなら安いものだ。


「キミたち! 相撲は土俵の中でとるようにとあれほど――――……ってひどい匂いだねえ。全く、いい加減そのドブのようなにおいを何とか――――……」


 戸を開けた途端感じる異臭に辟易しながら周りを見渡すと、河童どもの姿は見当たらず、前のめりに倒れてピクリとも動かない鬼と、何か大蛇の霊を侍らせた赤毛の武士。それに守られるように座り込む、なんとも場違いなチャイナドレスの女が目に入った。


 ……えぇと。アラクシュミに聞いたところによると、この鬼は阿弖流為アテルイという蝦夷の叛乱の首謀者で、清水寺の境内に死体を晒されていたのをもったいないからと連れて来たと。私から見ても強い奴なんだけど……まさかこいつらに負けたっていうのかい?


 男の方は目立った怪我もなく、着物の様子を見ても闘った様子はなし……か?


 その代わり座り込む女は全身傷だらけ、と言ってもどれもかすり傷で致命傷は皆無。握ってる刀はぽっきりと折れており使い物にならない。えーと……もしかして素手でソロ撃破ということかな……? 怖ッ!


「え? え? ええ? 何だいキミは。どうやってこの山に張った結界を突破して……いや、何かこのシチュエーションもキミの顔にも覚えが……」


「やっぱり? 私もあなたにはどこかであった気がするのよねー」


 場違いも何も……観測者から得た仮想未来の知識ではチャイナドレスは確か女真族の服装だったはずなんだけど……そういえば殷と西岐との戦争の記憶でも多くの人間が着ていたねえ。


 この世界では珍しいものでないと飲み込むにしても、殷の時代の記憶でもそれ以降でも、こんな気楽に話すような中国人の知り合いはいないはずだ。いや、話しているのは日本語だし、服装ではなくシチュエーションで思い出す方向で――――……結界……突破される……女……?


「おや、頼光さまのお知り合いですかい?」


 かばうように間に立つ男の口から洩れた名前――! そうだ、観測者の記憶は関係がない、私自身がこの世界に来て初めて……というより唯一出会った人間じゃないか!!


「!! そう、源頼光! ちょっと待ちたまえ、私の分身たる観測者の作った結界だけでなく、私の結界さえも越えて来たというのかい!? 本当にキミという奴は何なんだ!? どうしてこうも私の前に現れる!!」


 いやいやいや、さすがに恐怖でしかないんだけどねえ!? 思わず早口でまくし立ててしまったことで、頼光の方も私の事を思い出したのか、納得の顔でポンと手を打った。


「京の東市の端で会った占い師さん! えーと、髪の毛黒かったよね? 半年ですっかり白くなってるから気づかなかったわ」


 確かに。観測者との融合で脳みそがパーンとなりそうになったことですっかり白くなってしまったねえ。それはそうと、キミへの恐怖で今度は抜けて落ちないか心配さ。


 そんな私の気も知らず、目の前の頼光はゆっくりと立ち上がり、ニカッと笑うと右手を差し出して来た。おいおいおい、やっぱりこの娘おかしいねえ? 握手の文化とかないはずだろう?


 とはいえここで握手を拒否しようものなら、何をされるか分かったもんじゃない。怖がってる様子を見せないように、出来る限り自然な形で差し出された右手を握る。


「また会えてうれしいわ。あの後あなたの言葉通り妖怪退治って話になったからこそ、本当に良い方向に進めてるのよ」


「あ~~~~~……それは良かったねえ……」


 この言い分だとあの後大江山に登って、無事酒呑童子率いる鬼の1党を蹴散らしたということかい……。


 殷にも千年狐狸精や九頭雉鶏精きゅうとうちけいせい、玉石琵琶精など大量の神獣や妖怪が力を貸していたから分かるけど、仙道ならともかく普通の武士如きが勝てる相手じゃないんだけどねえ……。


 コイツの事はアラクシュミと情報を共有したけれど、源頼光みなもとのらいこうで間違いないだろうということ。なぜか源氏で女武者と言えば源頼光しかいないということだったのだけれど、私の記憶では源~~というような女武者はいないはず。アイツの場合ゲームの知識に偏っているから、性転換してるゲームでもやったのかと思ってたけど、女性が正解だったとは驚きだ。


「ここで会えたのも何かの縁。ぜひあの時うやむやになったお礼の話をさせてもらいたいんだけど」


「あ~~~~~……そういうのはねえ……ちょっとねえ。強いて言うなら早く帰ってもらえるとありがた――……」


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! この世界が私から生きる意欲を奪おうと言うなら!! 私はこの命を持って世界を滅ぼす悪となる!! もはやこのような世界存在する価値もなし! 残り1000年程度の命なら、今この場で消し去ってしまおう!!!!」


 おっとそうだった。まさかの再会にすっかり動転していたけれど、今はそれどころではないねえ。しかしこれは追い出す口実としては丁度いい。


 アラクシュミの慟哭を聞いて再び頼光をかばう位置に立った男ごしに頼光を見ながら言う。


「……せっかくの申し出だが、この通りツレがラスボスみたいなことを言い出していてねえ。構ってあげられる時間がないから帰って欲しいんだ」


「え、あ~~~……もしかして私が小屋をガンガン揺らしたりしたのが原因かな? それなら私が会って直接謝るか、暴れるようなら倒そっか?」


 おおう……鎌倉武士が頭おかしいというイメージはあるけれど、平安武士も同じなのかねえ? とはいえ、まだ若く伸びしろも十分な人間。来る最終戦争に備えるため、今は少しでも生き延びて腕を磨いてもらわないと、スクルドの奴に文句を言われてしまいそうだよ。


 もちろん普段のアラクシュミなら、1ヶ月瓢箪に封じ込めて再生で終わりなんだけど、今のアイツは何をしでかすか分からない。


「いいから帰ってくれたまえ。ここに何しに来たのかは知らないが、好奇心はネコをも殺すと言うだろう? あまり余計なことに首を突っ込むものではないよ」


「ん~……前回のお礼に手伝いをと思ったんだすけど。それじゃ帰るけど……あ、その前に1つだけ聞かせてもらっていい? 陸奥の蝦夷と連携して東国を襲おうとか考えてないわよね?」


「は?」


 いやいや。いくら蝦夷の首領の死体かっさらって復活させて中ボスに仕立てようとしてるからって飛躍し過ぎだろう!? というよりこいつも河童と一緒で相撲を取ってる鬼がいると嗅ぎつけて来たっていうのかい? しかも阿弖流為と知ってて来てるということは、勅命とかそんな感じかな? 想像以上にこの世界の人間は優秀みたいだねえ。


 まさかと思うけど殷に対して西岐が起こしたクーデターも、アラクシュミたちが唆したと知ってるわけではないよねえ? そうだとしたら、いっそ暴走状態のアラクシュミをけしかけて、消し去ってしまった方が良いような気がするんだが?


 とはいえ、蝦夷とつるんでの反乱というのは言いがかりだ。身に覚えがないことに怪訝な視線を向けると、頼光は胸に手を当ててほっと安心のため息を吐いた。


「良かった~……ほんとに反乱とかそういう話だったらどうしようかと思ってたのよね。陸奥と戦争なんて絶対嫌だから安心したわ」


「ああ。そういえば陸奥守になりたいんだったねえ」


 これで一安心して去ってくれるかと思いきや、少し申し訳なさそうに頼光が続ける。


「ごめん、もう1つ。将来の陸奥守として、この羅刹には私たちと共に陸奥がいい国になってくのを見せたいんだけど、連れてったらダメ?」


「それはムリだねえ。コイツの飼い主は私じゃないし、そもそも半殺しにしておいて、よくもまあそんなこと言えるもんだと若干引いているよ」


「あははー! 正論ー!」


「どうする、デス? さっき貞光治した。残り1回、コイツ? 頼光? どっち、デス?」


羅刹そっちで。でもそっか、山姥とは育てるとかそういうのじゃなくて、主従ってこと? なら直接お願いしたいから会わせてもらうことは?」


 おっと仲間がいたのかい。しかし自分がこうしたいってことは折れない奴だねえ。自分が連れて行きたいからって、相手の主君に直接会って引き抜かせろとか言うのかい。心底図々しいと思うけど、それともこの時代の筋の通し方というのだろうか?


「熱意は分かったよ。ただお聞きの通り今は話せる状況じゃなくてねえ。どうしてもというなら日を改めてくれると――――」


「キュー♪」


 なおも響くアラクシュミの声を理由に断ろうとしていると、急に間の抜けた声と共に後頭部が重くなる。何かは分からないけど、引きはがそうにも肩に背中に走り回り捕まえることができない。


「何だい何だい!? 一体何が這っているというんだ!」


「あらら、私から見たら楽しそうでうらやましいけど、占い師さんが困ってるからダメよミドモコー」


「あははー、とはいえ城壁を爪で引き裂くようなやつだからねー。早いとこ引き剥さないと首をスパーからのゴトンだよー。いやー頼光の望む通り、その鬼を引き渡してくれればすぐにでも捕まえるんだけど」


「脅迫かい!?」


 何という悪辣な奴らだろうか! 阿弖流為を渡さなければ殺すとか、こんな簡単に人を脅せるとか頭がイカれてんじゃなかろうか?


 いや、でも大丈夫さ。私の術ならその程度の攻撃弾くことはたやすい。大丈夫、落ち着け、そうすればこんなの脅威にもならない…………いやムリだって!! だってそうだろ!? つい半年前まで女媧の神界でぬくぬくしていた文官だよ? 首に刃を突き立てられて落ち着いていられるわけがないじゃないか。


 アラクシュミは頼れない、ならばスクルドだ。アイツが騒ぎに気付いて助けに来てくれれば、ここで大声出せばすぐにでも――――って外からの音や臭いを遮断する結界を張ったままだねえ! ほんと碌な結界もんじゃないねえ!!


「まあ仕方ないわね。とりあえず日を改めてまた来ましょ。今日のところは陸奥と東国の戦争につながるものじゃないって分かっただけで十分だわ」


「分かりやした。しかし金時山まで来て、この程度の収穫とは些かくたびれ損ですな」


「あははー! それって貞光の調査不足のせいじゃないのー?」


「やめなさい綱。私は皆でのんびり旅ができて、先の大戦を経験してそうな羅刹と戦えただけで、十分充実してたわよ」


 おや? 今微妙に気になる単語が出たような? アラクシュミとのすり合わせで聞いた単語だ。


「え~と? 渡辺綱、碓井貞光、源頼光。えーと、そっちのネコローブはもしかして……卜部季武だったかな? そういう名前じゃないかい?」


I'm upset(ムカつきマスね)。アレと一緒にされる、心外、デス」


 指を差しながら確認すると、頼光以外は何で名を知ってるのかといぶかしんでる様子。とはいえ気にしてる場合じゃないねえ。ネコローブは違うにしろ、卜部季武という人物は仲間内にいるようだ。


「それでここは金時山……。足柄山という名前に覚えはないかな?」


「自分の住んでる山の名前も知らないんですかい? 足柄坂はここより少し北に行ったところでありやすよ」


 私に対して疑念を増している貞光を無視しつつ瀕死の阿弖流為を見ると、ネコローブがやったのか傷が無くなりのっそりと立ち上がった。よく見れば手にはまさかりを持っているし、普段は熊と相撲を取っていて……。


「歴史イベントじゃないか! 必須かい!? 必須な奴かいコレ!?」


 なおも後頭部にのしかかる脅威も忘れ、私は思わず叫んでいた。

【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)

【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。

【渡辺綱】――摂津源氏。平安4強の1人。源氏の狂犬の異名を持つ。

【火車】――摂津源氏。ブリターニャ出身の精霊術師ドルイダス。生者を救い、死者を燃やすことを使命とする。本名キャス=パリューグ。

【碓井貞光】――摂津源氏。源頼光の配下。平安4強の1人。

【大陰】――12天将の1柱。後2位。女媧の配下。混沌のことをパイセンと呼ぶ。獣の姿が本来の姿で頼光に緑のモコモコでミドモコと呼ばれている。

【阿弖流為】――羅刹の王。母禮とともに大和朝廷に反旗を翻した大逆罪人。

【混沌】――4凶の1柱。人々の繁栄を目指すのが仕事。様々な術が使えるが、不幸な事故により未来をシミュレートする術は使えなくなった。現代知識が豊富。

【アラクシュミ】――4凶の1柱。ヒンドゥーの神。現在地点より昔のパラレルワールドの自分と融合することで、過去に飛ぶことが可能。幸福の神だが人類の滅亡に何度も立ち会っているため、不幸の神と自虐気味。混沌同様に現代知識が豊富。ゲームが大好きで創作活動を保護するため人類救済に動いている。殷と周の戦争では陸圧道人の名で周に加担した。

【スクルド】――4凶の1柱。北欧神話に出てくる3姉妹神の末っ子。未来を司る。

【女媧】――中国のおいて人間を生み出した最高神。


【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)

*【観測者】――仮想未来のデータ収集を行う混沌の分身体。

*【千年狐狸精】――名君(紂王)の誕生を祝うため女媧より派遣された神獣。殷での蘇妲己。12天将の貴人のこと。

*【九頭雉鶏精】――千年狐狸精と共に派遣された神獣。殷での胡喜媚。

*【玉石琵琶精】――千年狐狸精と共に派遣された物の怪。殷での王貴人。12天将の六合のこと。

*【仙道】――仙人・道士。霊山に入り道術の修行を行う人間。弟子を取るほど術を修めた道士が仙人と呼ばれる。

【蝦夷】――陸奥や出羽にあたる地域に土着してた先住民。

【東国】――関東方面。


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