【源頼光】金時山 その7
*人物紹介、用語説明は後書きを参照
*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています
「――――ッ! また!!」
これで何度目か、鬼の振るった斧とぶつかった血吸が真っ二つに折れた。
ふざけた硬さの親父を斬りつけるとか、虎熊が意図的にへし折ろうとしたとかなら分かるけど、なんで鉄よりも硬い金属で出来るのに鉄とぶつかってこっちだけ折れるのやら! これはもう職人さんに緋緋色金で刀を作ってもらうしか? いや、鍛冶ができるかは知らないけどさ!!
とはいえ折れたなら折れたで直せばいい。血を垂らせばすぐに直せるってのが血吸のいいところ、すぐに折れた刀身を回収する最適の道筋を闘気で描く。
道に飛び込むと、目の端に鬼もまた刀身に向かって全速で動くのが見えた。く……まずいわね、完全に読まれてた――――………………って、何で?
「うばああああぁぁぁぁぁッ!!!!」
「道の絡繰りに気づかれたって事かしらね!! でも、それならそうでこっちにも心構えが!」
すでに賽は投げられてるし行くっきゃない! 通り道に斧が繰り出されることを前提に考えないと。今から体の向きを変えることは無理。ならば、残った血吸の頭に使った緋緋色金をぶつける!!
「って…………あれ?」
結構ギリギリの攻防を覚悟してたのに、ものすごーくあっさりと刀身を回収できちゃって拍子抜け……ん? なんか刀身に黒い砂みたいなものがびっしりとついてるわね。
「これを振りかけるためだったの? ま、いいわ。すぐに直して――」
全身の傷から血を集めて重ね合わせた折れた部分を握ると、いつもみたいにすぐに直って――……。いや、直らない!?
「アッララララララーイ!!!!」
「――ッ!!」
驚いて動きを止めちゃった1瞬、その隙をついて鬼が繰り出したのは真っすぐに伸ばした前蹴り。仕留めるよりも当てることを1番に考えた攻撃だわ!!
とっさに避けることもできなかったけど、何とか体をひねって右肩で受け止める! 芯を外したってのにとんでもない衝撃が全身に流れて激痛が走った。
「……肩が痺れてッ! しばらく使い物にならなそうね」
「チィッ!!」
ま、ぶっちゃけ血吸は折れたし、素手で殴ったところで決定打にはならないから、これでも問題ないんだけど気になることができた。悪いけどここは仕切り直しとさせてもらうわ。
痺れと疑問が取れるのを待つべく、しばらくの間は逃げの1手に出たのが分かったみたいね、大きな舌打ちをしたのが見えたけど、残念。足の速さなら私の方がずっと上なのよね!
体力配分にも気を配りながら観察すると、腰の毛皮の上に巻いた紐に小袋が2つついてるのが見える。そのうちの1つは破れてて、そこから黒い砂が零れ落ちてる、と。
「刀身を追った時の気合は、私への攻撃じゃなくてその砂をかけるためだったわけね。と、言うことはそうすれば血吸は再生しない……つまりそもそも折ったところですぐに直せるってことを知ってたってこと」
季武は血吸が何の鉱石で出来てるか知らなかったけど、この鬼は知ってるのね。と、なるとどこで採れるのかも知ってるのかしら? 職人さんも緋緋色金ほどじゃないにしろ欲しがってたから、勝ったら情報を教えてもらおうかしらね!
さて、ぼちぼち痺れも取れて来たし攻撃に……。ん? 向きを変えた……? まさか――!
「私に追いつけないからって綱たちを狙うつもり!? なるほどね、追いつけないならこっちが追いかけるように仕向けるって――――」
「ぎゃああああ! 何だクマー! こっち来んなクマーーーー!」
てっきり綱たちの方に向かうと思いきや向かっていった先は熊。綱と貞光は勝手に自分の身を守るだろうけど、火車が狙われたら大変って感じだったのに……別に助けに行く義理はないよね?
正直何をしたいのか分からないけど、追い返そうと必死に繰り出された前脚を軽く跳ねのけると、首に腕をかけて反転するようにその背中にまたがった。
「おぉぉぉぉ、ア!! アッララララララーイ!!」
「あ……あ……く、クッママママママーア!!」
「は?」
目の前に振り下ろされた熊の爪。慌てて体をひねり躱したのはいいけど、かすった胸に3本の赤い筋が出来る。そこにかぶせてきた追撃の斧を冷静にかわしたと思ったら、すでに体を翻した熊の牙が迫る。
「ちょっと……! こんな動き出来るなら、さっき山を駆け下りて来た時とか、相撲を取るのを怖がってたのってなんだったの――」
……はて。これに似たことを最近聞いた気がするような? 確かこの旅の直前、仮に陸奥と戦争が起こった時参考にと、酒呑たちを待ちながら季武に田村将軍の蝦夷征伐の話を聞いて――……。
昔、綱から朝廷が残してる戦の記録なんかは信じるな。都合の良いことは大げさに、悪いことは控えめに残すもんだって言われたから、それじゃ坂上家に伝わる蝦夷との戦ってどんなもんだったのかって話になったのよね。
そこに出て来たのが人と共に戦った、こっちでいうとこの鬼の存在。操る馬に妖力を授けては地力をはるかに超えた速さと力強さを持って戦場を駆け抜け、人馬一体の武芸で田村将軍の軍を恐怖のどん底に突き落としたって。
「羅刹――――ッ!」
名前だけは氷沙瑪から聞いた気がするようなないような。私が陸奥で暮らしてた時には名前にすら上がらなかった種族――。
季武の話じゃ鬼と違って名前どころか、やれ邑良志部だ吉弥侯部だと名門も残るような、名字を持つらしいけど……それならそれで名前を聞いた時に答えてくれただろうに、つまりは羅刹の中でも下っ端ってこと? それでこの強さ? これより強いのが軍隊作ってたって勝った田村将軍すごすぎない? こんなのたった1柱でも突撃してきたら普通の軍なんて大混乱しそうなんだけど。
『貴様はそうだな……金時山とやらにでも行っておけ。もしかしたら兵を隠していて背後から攻め立てるつもりかもしれんぞ?』
……そういえば道満さまに言われたような。あれ? 私を陸奥に近づけないための方便だと思ってたけど、もしかして道満さまの予想当たってた?
最悪な予想が当たって陸奥と東国で戦争になった時、この羅刹が潜伏してた別動隊で後背を突かれたら東国は防ぎようがない気がする。まあ、それ以前に羅刹が徒党を組んでたら正面からぶつかられても突破されそうだけど。
ともあれ、そうなったらもう退くに退けない泥沼になるわ。朝廷はやっきになって陸奥を滅ぼそうと動く可能性が出て来る!
まだ陸奥と戦争になると決まったわけじゃないし、私は最悪の未来を防ぐためにできることをする!
仮に猪苗代湖で何かあったとしても、そっちは道満さまや天后さんたちがうまいことやってくれることを信じて、私はこの羅刹を倒して捕虜、いっそ摂津源氏に入るよう説得しちゃえば後方の憂いはなくなるってもの。
「アッララララララーイ!!」
山を震わす咆哮を正面に受けて、私は不退転の決意を新たに羅刹に向き合った。
【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)
【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。
【渡辺綱】――摂津源氏。平安4強の1人。源氏の狂犬の異名を持つ。
【火車】――摂津源氏。ブリターニャ出身の精霊術師。生者を救い、死者を燃やすことを使命とする。本名キャス=パリューグ。
【碓井貞光】――摂津源氏。源頼光の配下。平安4強の1人。
【大陰】――12天将の1柱。後2位。女媧の配下。混沌のことをパイセンと呼ぶ。獣の姿が本来の姿で頼光に緑のモコモコでミドモコと呼ばれている。
【金時山の鬼】――死んでるけど生きてるらしい。
【虎熊童子】――虎柄のコートを羽織った槍使い。
【丑御前】――大江山に住む鬼。頼光を姐御と慕う。
【天后】――12天将の1柱。後1位。天狐。狐耳1尾の麗人。貴人と違い大物感が漂う。
【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)
*【血吸】――頼光の愛刀。3明の剣の1振り顕明連。
*【緋緋色金】――西洋のオリハルコンと似た性質を持つ緋色の希少金属。硬い・軽い・熱に強いと武器や防具に最高の素材だが、それ故に加工が難しい。
【蝦夷】――陸奥や出羽にあたる地域に土着してた先住民。
*【羅刹】――鬼と同義。陸奥に住む鬼をそう呼んでいるだけ。
【坂東】――関東地方。