【源頼光】金時山 その2
*人物紹介、用語説明は後書きを参照
*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています
熊に案内をしてもらいながら山を登ってると、いよいよもって匂いがきつくなってきた。
「頼光、これでも鼻につめときなー」
「これは……ってこれも結構匂うわね……。それでもこっちの青臭い匂いの方がマシか」
「あははー、臭いものには臭いものさ。隠れ里にいた時重宝したもんだよ」
地面に生えてた草を指ですり潰して渡され、それを鼻につめてなおも登るとついに目的の場所に着いたみたい。
「ハーーーーハハハハハッ!! アッララララララーイ!!!!」
「グワッパパパパー! こんままぶん投げてやるたい!!」
「「「ヤレ! ヤレ! 河太郎!! オレタチノ横綱!!」」」
たどり着いたのは草を丁寧に引いて土がむき出しになった広場。脇には丸太を規則正しく組んだ小屋みたいのがあって、奥の方には濁った小さな沼も見える。
低木の後ろから頭を出して様子を窺うと、大勢の男たちが晩秋の寒さを吹き飛ばすかのように熱気に満ちた裸祭りに興じてた。
「「うわー……」」
その狂宴に綱とミドモコが露骨に関わりたくないって声を上げる中、震える手で熊が私の肩を叩いてくる。
「アイツらがクマが相撲を取らされてる相手クマ。何をトチ狂ってるのか、代わる代わる睡眠をとっては、繁みらに相撲を取り続けるヤベエ奴らクマ……」
「それじゃ今、中央で大きい2柱がやってるのが相撲ってわけね。確かに鍛錬になりそう」
闘ってるのは2柱の屈強な男。周りを緑色の体のところどころに苔が生えた、てっぺんを剃ったおかっぱ頭、まるで鳥の嘴みたいに口が尖った子供が数10柱囲んでるから上半身しか見えない。
……なんのこだわりか皆服を着ないで背中に甲羅を背負ってるのは変わってるわね。
大きい内の1柱は周りの子供をそのまま縦にも横にも倍くらい大きくした感じで、1番大きなもう1柱は青い髪を振り乱して肌は土気色。ん? よく見たらオデコをぶつけあってる手前側に小さいけど角が生えてるってことは鬼かしらね。
さて、大体の様子は分かったけど……これからどうしよ? 結界が張られてるから気になったとはいえ、ここに来たのは陸奥に行くのを止める口実に使われただけな気がするし、これといった目的はないのよね……。
熊はヤバい連中っていうけど、ただ相撲を取ってるだけなら別に害はないし放っといても大丈夫そう。いっそのこと、ここはこれでお終いにして陸奥に向かうのもありかも? 実際中の様子は見たし、道満さまの命令も果たしたってことで。
そんなことを考えてると火車がふらふらと広場へと歩いて行った。
「ちょ! 待って火車! いきなりどうしたのよ!!?」
すぐに追いかけて肩を掴んで振り向かせる。
……え? 何これ。目を真ん丸に見開いて焦点があってない感じで、なんか後ろに星空が見える気がする。いきなり悟りの境地にでも達したのかっていう雰囲気を纏ってる。
「ソコニイルノハ誰ダ」
「女ダ、神聖ナ場所ニ女ガ入ッテキタゾ」
「うわ、待って待って。驚かせたのは謝るから!」
私たちに気づいた子供が騒ぎだして、小屋の脇に積んであった薪をこぞって投げつけて来る。正直この程度なんてことないけど、慌てて後に続いた貞光が私を両手で抱えて低木の後ろまで下がった。
「頼光様、どうぞこちらへ。綱は火車殿を頼む」
「そんな丁寧に両手で抱える必要ある……? って、そもそもこれ火車に向かって投げられてるじゃん。頼光は女として見られてないみたいだし、貞光が火車を運んでやれって」
「よし分かった。相撲しよう、今すぐしよう」
綱の指摘通り、明らかに火車に向かってしか投げられてないわこれ。摂津源氏の長として非戦闘員の火車への攻撃許すまじだわ。うん、別に普段から女とか意識してないし? ムカつくとかないし?
「頼光様は主君としても武人としても素晴らしいお方でありやす。あんな連中の言動なぞ気にする必要ありやせんぜ」
「あははー! 女性として、ってのが入ってないのウケるよねー!」
何か言おうとする貞光の腕から降りてゆっくり前に進む。いつの間にか大男たちも闘いを止めてこっちの様子を見てる。水を差しちゃったのは悪いけど、大騒ぎしだしたのは向こうのクソガキどもだし謝るつもりはないわ。
大きな禿げ頭――確か河太郎とか呼ばれてたかな? そいつが手を挙げるとクソガキどもから火車への投擲が止み、騒がしかった広場に静寂が訪れる。
「わいさなにもんじゃ! ここに何しに来た!」
「私は摂津源氏の長・源頼光。別に理由があって来たわけじゃないけど、強いて言うならそこの熊が怖がる相手を見に来たとか?」
「なるほど、つまりは相撲ば取りに来よったとか! 良か!!」
「ええ。…………………………ええ?」
「あははー、こりゃ確かにヤバいわ。話通じないヤツー」
「そこん熊ば泣かせた奴のことを知りたかばい? なら相撲ば取るがいっちゃん早か。おいのこと知るにはそれしかなかたい」
「それは確かに。お互いのこと知るには闘うのが1番早いってのは真理よね」
「こっちもヤベえ奴だったクマ……。発想が蛮族だクマ」
後ろからもなんか失礼なことを言われた気がするけど無視すると、河太郎が愉快そうに大声で笑った。
「良か良か! じゃっどん女子に相撲ば取らすは神さんに失礼たい。じゃけん……3対3の勝ち抜きで勝負でどうじゃ」
ふむ。神様を出されたら従うしかないわね。
「じゃあ綱、貞光、熊で順番決めてもらって――」
「クマも数に入ってるクマか!?」
「え……だって仕方ないでしょ。向こうがそういう風に言ってるんだし」
そんなやり取りを見てた河太郎は馬鹿にしたような響きを乗せて腹を抱えて笑い、それに続くようにクソガキたちも笑い出す。
「グワッパパパパ!! 何じゃ何じゃ、どこぞの長とか抜かしながら全部手下に押し付けるとは、ほんなこつ情けなか男たい!!」
「あ”?」
「……あははー、正直意外だね。胸はない、足だしてる、筋肉質。男に間違われても仕方ないし、気にしてないもんだと思ってけど」
「いや、自分で女を捨てる分にはいいけど、他人にこれだけ言われると傷つくし複雑な気分になるの!」
まあいいわ。向こうが闘っていいっていうなら、むしろありがたいし。
「ではどうしやす? 勝ち抜きということなら頼光様が先鋒であの無礼者どもを叩き潰しやすかい?」
「うーん、いつもなら2つ返事でそうするんだけど……」
相手を見ると先鋒に適当に選んだクソガキ。次いで河太郎。最後に鬼という布陣。他の連中が馬鹿にした感じで大笑いする中、鬼の笑顔だけは丑御前が良く見せる、強敵と認めた相手にのみ見せる戦闘狂の笑い方で私のことを馬鹿にしてるように見えない。
そして私の直感も、鬼が群を抜いて1番強いと言ってる。
「最後に出て来る鬼と万全の状態で闘いたいから、残りはあなたたちに任せるわ。私のむしゃくしゃを代わりにぶつけてやってくれる? てか相撲の規則とか分からないし、まずは様子見させて」
「任されやした。手前が2柱抜いちまってもいいが、綱、お前はどうしやす?」
「あははー、何もしないのもアレだし、先鋒はボクがやるよ。1人1倒といこうじゃないか」
綱を残して後ろに下がると、今なお火車が現世の真理に至ったみたいな顔で立ってる……。うーん、何があったのか分からないけど、このままにしとくわけにいかないわよね……?
目の前で手をひらひらさせても、体を軽くゆすっても全く反応ないしどうしたものか……大きな音を出して驚かせるとか?
火車の目の前で山に響くような音の柏手を打つと、ようやく正気に戻ったようで辺りをきょろきょろと見渡した。
「ほう……猫騙しか。なるほど、ただの雑魚とは違うようじゃ。こりゃ笑うて悪かったの」
「……はい?」
なんか急に褒めだすとかもう訳が分からない過ぎる。見かけからして人間じゃないんだろうけど、文化が違い過ぎて、何に引っかかってるのか分からないのよねー。火車の服装からネコさんって言ってるのは分かるけど、気付けしたのを騙したとかどういう発想よ。
なんか無性にくたびれた……。ちょっとへこたれそうになってると、正気に戻った火車から正気を疑う言葉をかけられた。
「Do you have a moment? 頼光、あの鬼、燃やしていい、デス?」
「え? ええ、と? あの鬼、生きてるよね……? どうしたの急に」
生きてる相手は全力で生かす、死んでる相手は全力で燃やす。それこそが火車の信念なのに。
道満さまと違って表情も変わるし、言葉も喋ってるしで死体に入り込んで動かしてるように見えない。そんなどう見ても生きてる相手を燃やしたいっていうのも、そもそも燃やす許可を求めて来るのも火車らしくないわ。
「あの鬼、生きてる? 死んでる? 死んでるけど生きてる? 生きてるけど死んでる? Panic、デス」
「え、何。どういうこと?」
急に禅問答を始めた火車にこっちまでわけが分からなくなってると、綱とクソガキの闘いが始まろうとしてた。
【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)
【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。
【渡辺綱】――摂津源氏。平安4強の1人。源氏の狂犬の異名を持つ。
【火車】――摂津源氏。ブリターニャ出身の精霊術師。生者を救い、死者を燃やすことを使命とする。本名キャス=パリューグ。
【碓井貞光】――摂津源氏。源頼光の配下。平安4強の1人。
【大陰】――12天将の1柱。後2位。女媧の配下。混沌のことをパイセンと呼ぶ。獣の姿が本来の姿で頼光に緑のモコモコでミドモコと呼ばれている。
【河太郎】――河童の横綱。えせ九州弁。
【金時山の鬼】――死んでるけど生きてるらしい。
【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)
【繁みらに】――1日中。