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平安幻想譚~源頼光伝異聞~  作者: さいたま人
3章 集結、頼光四天王
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【源頼光】金時山 その1

*人物紹介、用語説明は後書きを参照

*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています

「うぎゅ~~~~……」


大丈夫(ふぁいふぉーふ)? きついなら(ふぃふひふぁふぁ)外で(ふぉふぉふぇ)待ってて(ふぁっふぇふぇ)


 私もきついけど、ミドモコの鼻はずっといいみたいで必死に短い前脚で鼻を抑えてる。可哀そうなんだけどその仕草がすごくかわいい。


 山を登るにつれてどんどん増してく匂いに、さすがに気づいた綱たちもいつのまにか顔をしかめてた。


「本当に何の匂いなんでしょうかね。結界を越えたならば手前が先行して様子を見て来やしょうか?」


「あははー、それはいいね。鼻を抑えながらじゃまともに闘えないし、何があるのか確認するだけなら貞光1人に任せた方がむしろ安全だよ」


確かに(ふぁふぃふぁふぃ)


「I think so too。さっきの空気が変わったとこ、待つ。提案します、デス――えふッ! えふッ!」


 むせ返る火車の様子だと、上に危ない奴がいたら先に気づかれかねないわね。 


「では手前が偵察にむかいやすんで皆様方は――――」


 そこまで貞光が言ったところで、山の上から何か大きなものが転がり落ちるような勢いで突っ込んで来るのに気づいてそれぞれが得物に手を伸ばした。……んー、鼻をつままないと本当に匂いがきっつい!


 目を凝らすと時々見かけた熊と比べて倍以上ありそうな熊がこっちに向かって走って来てる。


「でっか。穢物?」


「El oso plateado、デショウか? マヤーのルチャドール、よく技の練習台してる、デス」


「あははー、なかなかにヤバげな人たちだよねー。どっちにしろ襲ってくるなら排除するか」


 膝丸と髭切を抜いて構える綱が左の斜面を下り、貞光は正面。私は火車と一緒に右の斜面を登る。大きな体に驚かされたけど、野生動物とか穢物特有の殺気みたいなものを感じなくて微妙に緊張感が沸かないのよねー。


「うお~~~~ん!! もう、相撲は嫌クマーー!! 今日こそ渡島に帰らせてもらうクマーーーー!!」


「え、喋った?」


 こっちも驚かされたけど、向こうもまさか人に出くわすとは思ってなかったのか、驚いた顔でギュギュっと足を踏ん張り止まろうとしたみたい。ほんの少しの間が開いた後、意を決した目つきでこっちに向かって突っ込んできた!


「まさか……壁が無くなったクマか!? うおーそこを退くクマーーーー! クマは自由になるんだクマーーーー!」


「ぬぅんッ!!」


「クマ!?」


 300㎏くらいはありそうな巨体、その勢いのついた体当たりを真正面から貞光が受け止めたことに人語を話す熊は驚きの声を上げた。


 貞光が足を踏ん張り押し返して見せると、熊は1度息を呑んだ後――――


「オロロロロロロロ……」


「うーわ、汚ったね」


 盛大に吐いた。


「えーと……大丈夫?」


「すまんクマ……もう許して欲しいクマ……相撲だけは……相撲だけは……」


 なんかすっごい憐れね……。怪我とかそういうのじゃないみたいだけど精神的な傷も医術の範囲なのかしら?


「火車、ちょっと見てあげてくれない? 見てらんないわ」


「Sorry。Traumaだと思いますが、What is 相撲?」


「あー……名前は聞いたことはあるんだけど……なんだっけ?」


「素手での力比べでありやす。宮中の警護に当たる者や健児こんでいを選抜するため行われるものでありやすので、頼光様のお屋敷でも時々武士たちがとっておりますよ」


 なるほど、私が鍛錬する時は基本得物ありだから馴染みがないわけね。


「I see。ルチャみたいなもの、デスね。それから逃げる、カス、デスね」


 ブルブルと震える熊を冷たい目で見つめながら吐き捨てる火車。マヤー文化国に長く住み、その国技とされるルチャが大好きな火車からしたら、それを嫌がって逃げ出して来たことはどうにも軽蔑の対象らしいわね。


「ま、怪我がないならいっか。というより力比べってことは相手もいるんだろうけど、貞光と互角の力があるのにそんなに怖がるものなの?」


「お、お前たちはアイツらのことを知らないからそんなこと言えるクマ! クマはもう嫌クマー渡島に帰せクマー!」


 駄々をこねるように手足を動かして土煙をあげる熊。なんで人の言葉を話せるのかとか色々聞きたいことはあるけど、正直これが怖がる相撲の相手とやらの方が気になる。


「分かった分かった。私についてくれば多分外に出れると思うけど……。さすがに渡島までは送れないわね。自分で帰る手段はあるわけ?」


「ほんとクマか!? この山さえ下りれれば何とでもなるクマ! 出して欲しいクマ!」


 この結界を張ってるのが誰かは分からないし、どういう理由でこの熊を閉じ込めてるのかも知らないけど、さすがにここまで懇願されたら情も湧いちゃうわね。


 仕方ない、ここは外に出れるように私が案内を――……。


「ちょっと待った頼光。貞光だから止められたけど、こんなのが人里に降りたらヤバくない? 外にほっぽりだすにしても、監視なりは必要じゃないの?」


「I think so too。ルチャから逃げ出す、カス、デス。性根腐ってる、デス」


「えー……でもこんな気の小さそうな子がそんな無茶する?」


「はぁ……。頼光が大好きなネコだって人を引っ掻いたりするんだよ? こんなデカブツが人を襲ったらマズいでしょ」


「え、クマは渡島じもとじゃ山の神(キムンカムイ)と呼ばれる存在クマ。現人神ならぬ現熊神クマ。小さきものを襲って食料を奪いながら渡島目指すのが問題クマ?」


 あ、無責任に野にはなったらダメな奴だわこれ。とはいえ可哀そうなのは事実だしどうしたものかしら。


「ま、コイツにその相手のとこまで案内させればいいでしょ。道中で話をさせれば貞光を偵察に出す必要なくない?」


「そうでありやすね。すいやせん、こちらの頼光様はこの結界の中を調査にいらしたんでありやす。もしあなた様が協力してくださるんであれば、用事が済み次第手前が渡島まで送っていきやすが……案内してくれやすか?」


「な、嫌クマ! クマを今すぐここから出すクマ! 人間は黙って言うこと聞けばいいクマ!」


「あらら~、ならしょうがないねー。適当に撒いて帰ろっか。一生山ん中、彷徨さまよってればいいさ」


「はん! お前たちが入って来れてる時点で出入りが自由になってるはずクマ! クマは自由クマー!」


「あ」


 私たちの間を抜けてものすごい速さで熊は山を下って行って、やがて陽炎みたいに揺れる場所に入って見えなくなった。それを見送った綱が頭を掻きながら呟く。


「あらら、本当に無事に下りちゃったかな? しゃあない初めの予定通り貞光を偵察に出す方向で――」


「いや、直感でしかないけど、なんかモヤモヤしてるとこに入ったら絶対だめだと思う」


「モヤモヤ、デス?」


「うん、モヤモヤ。山に入った時からずっと揺れてるでしょ? 山道で見た目がはっきりしてないとこ通るのってなんか怖くない?」


 おや? まるで私が言ってる意味が分からないって顔されてるわね。もしかしたら皆にはそういう風に見えてない?


「なるほど、さすがは頼光様。そういう細かいことにお気づきになるからこそ、結界を苦にせず突破できるというわけでありやすか。この貞光、感服いたしました」


「うーん、そうなのかも?」


 まあ? 褒められるのはうれしいからね。ここは素直にドヤっとくか!


 なーんて、考えてたら上の方から何か大きなものが転がり落ちるような勢いで突っ込んで来るのに気づいてそれぞれが得物に手を伸ばした――――……なんだろうこの既視感。


 見るとさっき勢いよく下に走っていった熊が、毛の上からでも分かるくらい血の気のない顔で呆然としてた。そのクマの両側を綱と貞光が挟み込むとがっちりと肩を組んだ。


「あははー、お早いお帰りでー。それじゃ、行こっかー」


「ここから出たいんでありやしたら、素直に手前たちに協力するのが1番の近道ですぜ?」


 すっかり意気消沈した熊は、今度は逃げることなく案内を引き受けると山を登り始め、私たちはその後に続いた。

【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)

【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。

【渡辺綱】――摂津源氏。平安4強の1人。源氏の狂犬の異名を持つ。

【火車】――摂津源氏。ブリターニャ出身の精霊術師ドルイダス。生者を救い、死者を燃やすことを使命とする。本名キャス=パリューグ。

【碓井貞光】――摂津源氏。源頼光の配下。平安4強の1人。



【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)

*【穢物けがれもの】――穢を浴びて変質した生物。俗に言うところのモンスター。

【El oso plateado】――メキシコハイイログマ。メキシコからアメリカ南西部に生息したヒグマ。すでに絶滅。

*【マヤー文化国】――火と文化ルチャの神・ケツァルコアトルによって生み出された国。現在のメキシコ一帯に広がる大国。ルチャによる怪我の治療を重ねた結果、医術が異常に発展している。

【ルチャ】――プロレス。

【ルチャドール】――ルチャの競技者。女性はルチャドーラ。

【髭切・膝丸】――渡辺綱の愛刀。

【渡島】――現在の北海道。

【健児】――諸国に配置された職業軍人。税の1部が免除された。

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