【雄谷氷沙瑪】姫巫女の下へ
*人物紹介、用語説明は後書きを参照
*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています
「なんじゃこりゃああああああああああ!?」
思わず大声を上げちまったけど、それもそのはず。右を見ても左を見てもペルシュロン、ペルシュロン、ペルシュロン!!
日高見の処女航海の時、連れて来たのは9頭。うち2頭はアタイたちが使うように京に置いてあるから、7頭しかいないはずなのに何だこの数?
しかもアタイがあげちまった不意の大声にも全く動揺しないあたり、軍馬としての訓練は済んでると見ていい。
「どうした? 初めて見る奴はその大きさに驚くが、お前なら見慣れているだろう?」
「数! 大きさじゃなくて数!! それと頭撫でんな!!」
さりげなく乗せられた手を振り払い睨みつけるも、狩武呂はニコッと毒気のない笑顔で応じる。ただまあ毒気がないっつってもこいつの場合全く信用できないんだよな。イジリ倒そうとしてるような気しかしねえ。
「アタイが主様の指示で、お前から頼まれたっていうコイツを運んで来てからまだ半年だろ? なんでこんなに増えてんだよ。あれか、ネズミなみに増えるのが早いのか?」
「そんなわけがないだろう。私は阿弖流為様からもし阿弖流為様の身に何かがあった場合、奥方様を支えて欲しいと言われていた。その奥方様より羅刹が乗り続けられる馬を探すよう言われ、唐国に渡ってから各地を陸路で周り辿り着いたのがこの馬だ」
え、こいつ唐国からローマン神聖国まで陸路で行ったのか。怖。執念怖。
「とにかく何10頭か砂漠を越え、山脈を越え連れて帰って、繁殖を始めたのがおよそ120年前。だが、交配ごとに血が濃くなるのに、面倒を見るのに忙しく、何度も陸路を往復する暇もない。だから種馬を仕入れてきてもらったわけだよ。下手な水夫と足の遅い船では、長い航海の間に皆死なせてしまうからな」
「てっきり幹部連中分だけ集めたのかと思ったらそういうことか……」
「かなりギリギリではあったが、繁殖時期に間に合った牝とは交配させることができたからな。来年には30頭ほど新たに生まれてくる予定だ」
「そいつは頼もしいことで。ね、主様――――って、まぁださっきの事気にしてんすか?」
さっきの若い衆たちへの無双っぷりはどこへやら、脇ではすっかり気落ちした姪バカの背中をコロ助がさすってる。
「まあ気持ちは分かるっすけどね。ぶっちゃけここの分断が1番きちいっすわ。アタイたちからしたら荒脛巾様とその代弁者たる姫巫女様は必要な蝦夷の守護神っすけど」
「……亀姫様から見たら父君と伯母君のことを守ってくれなかった、守護神と名乗るのもおこがましい役立たずってところだからね。そしてそれは大戦の中で大切な家族を失ったモノたちが持つ共通認識でもある」
「実際戦ったオレたちとは温度差があるよな。あんな化け物集団と戦って全滅しなかっただけで守護神様様なんだけどよ」
「今はそういうもんだって割り切るしかねっすよ。大体色々京周辺で暗躍して、陸奥に戻るにしても津軽近辺にしか行かないで亀姫様ほったらかしにしてたって話じゃねっすか。とりあえず、姫巫女様がまだご健在だってことだけで良しとしましょ?」
まあそれはそれとして、予想すらしてなかったレベルでヤバいのは亀姫様なんすよね。播磨の件で久しぶりにお会いした時もうっすら感じてたんすけど、余裕がある風に見せておいて実は全く余裕がない。
姫巫女様から荒脛巾様の話題になった時に、目に涙をためながら真っ向から否定の言葉を上げられるくらいとなると心配っす。もっと深い話聞かねえことには何とも言えねえけど、周りがちゃんと支えられてんすかね?
もともと王にべったりだったのが、やたら主様に構ってもらおうとした様子なのはどこかしらに限界を感じていらっしゃったのかもしれないっす。これが富姫様なら母君の姉である主様に甘えてくるのは分かるんすけど。
「さて、馬の準備が整いましたが行けますか?」
「ほらほら立ってくださいっす。ったく、たまにあった時だけ甘やかして、普段はずっと放置して来たツケっすよ。姫巫女様のことは好きにしてくれっておっしゃられたんすから、こっちはこっちでやることやんねえと」
「しかし――明らかに納得いってない寂しい顔をしていた」
「んなもん王の捜索を諦めて、頼光を陸奥守にして再び種族を超えた国を作って、あわよくば倭人と1戦交えるって話をした時も同じっすよ」
「刃倶呂から聞いているが、その件は後で私にも詳しく聞かせてもらいたいのだがね」
グチグチめんどくさいことになってる主様を鞍の上に乗せ、鐙に足をかけて馬にまたがると主様の背中越しに手綱を握る。
つーか準備ができたってわりには馬具のついてるのはこの1頭だけで、他の2頭は裸馬じゃね? はいはいでたっすわ羅刹式マウント。どうせアタイは騎乗が下手っすよ。
「ふ、なるほど氷沙瑪だ。馬の扱いへの劣等感のこじらせ具合と、それをすぐ顔に出すのは変わらんな」
「はいはい、アタイは京では標準以上だから。下手じゃねえから」
「それじゃ、いってらっしゃい。ボクは師匠からの頼まれごとをこなしておきますので、どうかお気をつけて」
「ああ、任せたぞコロ」
「頼まれごと? ああ、今結界を張ってんのはコロ助だから、なんとか持たせろとかそんなとこっすかね」
なんか的外れなことを言っちまったのか、主様とコロ助が呆れた感じのため息を吐く。
「にぶいな氷沙瑪姉。母禮様の死体を整えて万全な状態に仕上げたのはコロ坊だ。人間の力しかだせねえ氷沙瑪姉のために、羅刹の体の方の調整をしろって話をされてたんだよ」
「マジで!? いけんのかそれ」
この体に愛着もあるけど、主様が万全の状態で動くときはアタイがお荷物になるってのは話にならねえ。魂だけ入れ替えてどっちの体も使えるとなったら凄っげえ便利だよな。
「姫巫女様のところまで行って帰ってとなるとどれくらい? 5日? それならお帰りまでにはなんとか仕上げておきますよ」
「火急の件だけに、私と刃倶呂なら今夜にでもお連れして帰ってこれるが、氷沙瑪が同行するならそれでも3日で戻って来るつもりだ。もちろんついて来れればの話だが」
「出た出た。これだから陸の羅刹はよー」
「氷沙瑪姉の当たり判定がデカすぎるんだよなあ? てかオレと兄貴の馬に分かれて乗った方が速えだろ」
「確かに急ぎではあるが、そうなると帰りが大変だろう。阿陀多羅も乗せるとなるとさすがに狭い」
「そうですね。私たちが強化できるのは騎乗している馬のみ。1頭別に引くにしてもそいつが遅れるのは間違いありませんからね。姫巫女様が住まわれる村に母禮様か氷沙瑪を置いて帰るという手もありますが」
狩武呂の提案に、少し考えこんだ主様だったすが、軽く頷いて答える。
「いや、コロの結界が持つと信じてこのまま行こう。せっかくだ、景気づけに騎馬隊のアレをやれ」
その言葉に困ったように、それでいてどこか嬉しそうに狩武呂が頬をかく。
「……本来であれば阿弖流為様の音頭でやるものですが、母禮様がそうおっしゃるのであれば」
そう前振りをした後、狩武呂は目を瞑り、刃倶呂は満面の笑顔で大きく息を吸い込んだ。
「「アッララララララーーーーーーーーイッッッ!!!」」
凄まじい咆哮を上げて、2柱の羅刹が神に祈りをささげると、2柱を乗せた馬は瞬く間に森の中へと消えて行った。
――――って、呆気に取られてる場合じゃねえや!!
「ついて行けるわけねえだろうが、殺すぞッ!!」
「あー……なんだよせっかく気分上げたのに」
消えて行った方角に馬を走らせながら怒鳴ると、遠くから露骨に不満顔をしながら刃倶呂が戻って来た。これだから! これだから陸の奴らは!!
「見てみろウチの馬の顔を!! 馬と一体になるとか言って限界を超えさせられる仲間の姿を見てドン引きだっての!!」
「そうか? 訓練で経験してるこったし、むしろ何でコイツはオレたちを強化してくれねえんだろって困惑してるように見えるけど?」
「は? 馬肉にすんぞコラ」
「いいから行け」
幼馴染の2柱と久しぶりに轡を並べて走らせる。蝦夷がなかなかヤベエ状況ってのに、なつかしくて思わず笑ってる自分がいた。
【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)
【母禮】――芦屋道満の中の人。阿弖流為とともに大和朝廷に反旗を翻した大逆罪人。
【亀姫】――阿弖流為の次女。猪苗代城城主。
*【雄谷(吉弥侯部)氷沙瑪】――前世は羅刹の転生者。生前も死後も母禮に仕える忠義者。道満の播磨守就任を機に京に移った。
【コロポックル】――母禮の弟子のネクロマンサー。コロだのコロ助だの呼ばれる。
*【邑良志部狩武呂】――羅刹の男。刃倶呂の兄。
*【邑良志部刃倶呂】――羅刹の男。氷沙瑪とは昔馴染み。
*【阿陀多羅】――荒脛巾に仕える神官。姫巫女様とも。
【阿弖流為】――羅刹の王。母禮とともに大和朝廷に反旗を翻した大逆罪人。
【富姫】――阿弖流為の長女。頼光の親友。
【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)
【ペルシュロン】――フランス原産の馬。ばんえい競馬でも使われ、体重は1tを超えるものもいる。ポニー程度の大きさしかなかった平安時代の馬に比べると規格外の大きさ。
*【日高見】――ガレオン船に近い形状の呪動船。大量の積荷を積めるのに加え、8門の呪砲を搭載する。最上と比べて2.5倍くらいのサイズ。
*【唐国】――現在の中国にあたる国。
*【ローマン神聖国】――イベリア半島~黒海沿岸にまたがるヨーロッパの大国。
*【荒脛巾】――蝦夷の間で信仰される神様。
【蝦夷】――陸奥や出羽にあたる地域に土着してた先住民。
*【羅刹】――鬼と同義。蝦夷に住む鬼をそう呼んでいるだけ。
*【倭人】――大和朝廷から続く、大体畿内に住む日ノ本の支配者層。蝦夷など各地域に土着してた人々から侵略者に近い意味合いで使われる。