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平安幻想譚~源頼光伝異聞~  作者: さいたま人
3章 集結、頼光四天王
132/175

【雄谷氷沙瑪】母禮 その2

*人物紹介、用語説明は後書きを参照

*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています

「ウソ……まさか、これが伯母様の御力……?」


 言葉を失いながらも頬を紅潮させて口角を上げる亀姫様の脇を抜け、主様が氷漬けになった赤髪の下に近づく。


 凍ってるのは赤髪の列にいた6柱と刃倶呂の列の末席2柱の計8柱。騒いでなかったとはいえ、氷漬けの若者たち同様にやる気になってた姫様がお咎めなしなのに、姫様から嫌われたくないから一切叱らず甘やかすだけ甘やかしたいという、厄介親戚ムーブを感じるっす。


 ブルブルと小刻みに震え、自分の力で氷の折から抜け出した赤髪が動き出すや否や、その首を鷲掴みにして主様が片手で持ち上げる。


「なかなかに早い復帰。ある程度の実力はありそうで何よりっす」


加磨武勢かまぶせはあれでも隊長だからね。師匠のアレは目に見えずとも宙に浮かんでる水を凍らせるだけで芯から凍らせるものじゃないし、これくらいやってもらわないと困る」


「ごもっとも。あまりの若さにアタイが舐めすぎてただけか」


「姫様と生まれが近いから160歳くらいなんだけどね。それよりあっちの方が驚きなんだけどどうなってるの?」


 まじかよ転生後の20年足してもアタイより年上じゃねえか……。それはいいとして、指差してんのは主様か? 別におかしなことないと思うけど。


「列の先頭に座っていたということは貴様が隊長なのだろう? なのにこの程度とは、後ろの者たちもたかが知れている」


「ぐが……ぁ……この……」


 ギリギリと音が聞こえて来るくらい、思いっきり首を絞め上げる主様の右手を両手で引き剥そうとしても、必死に足をばたつかせて何度も蹴りを入れ続けても、微動だにせず力を緩めさせることすらできない。


 遅れて氷を跳ねのけた部下たちも、ただ茫然とするだけで助けに動く様子もない。


「……確かに、ここまで味方に純粋な殺意をぶつける主様も珍しいかもな。ただ初陣もしてねえ連中にはいい薬になるんじゃねえの? 主様なりの優しさだろ」


「そうだな。実際の戦場に立って初めて向けられると、恐怖で動けなくなったりするからな」


 話に入って来た刃倶呂はぐろにうんうんと相槌を打つ。殺気っていっても、頼光に田んぼに植えられた時と比べたらはるかにヌルいし、そんな殺意マシマシでぶつけられたにもかかわらず、恐怖じゃなくそんな相手すら殺してしまったとかで動揺してた頼光アレと比べたらメンタルで負けてる。もちろん頼光も上積みだけど、加磨武勢ってのも羅刹の上積みなら負けていいもんじゃない。


「そんなの分かってるよ。ボクが言いたいのは何で師匠があんな化け物じみた膂力を持ってるのかってこと」


「ん? そりゃアタイの肉体使ってんだから当りまえ――――……」


 いや使ってないじゃん!? 普通に昔の体使ってるじゃん!?


「コロ助が主様の体に何か仕込んだ……って話じゃないんだよな?」


 そんな問いにコロ助は肩をすくめた。


「そうだったらキミ相手に全力でドヤってたところだよ、ボクはこんなにも主様に貢献したけどキミは? ってね」


「そらそうだ。同じだったらアタイもそうする」


 となるとどういうことなんすかね? さっぱり訳が分からんところに外から大きな足音がついづいて来たと思ったら、勢いよく襖があいた。


「会議中の折申し訳ございません! 湖が――――……!!」


「気にするな。すぐに戻す」


 慌てた様子で飛び込んできた羅刹だったが、室内の様子と主様からのお言葉にその場に平伏した。


 格子窓から外の様子を眺めるとなるほど、猪苗代湖全体が凍り付いてるのが見て取れる。これを見たらそりゃ報告にもくるっすよね。


 壁沿いに避けてた古参の間からその光景を目の当たりにした若い連中が「バカな」だの「信じられない」だの主様の力に恐れをなして驚嘆の声を上げる。


「くくく……ーやっさ。母ー禮ーやっさ。」


「やめろぶん殴るぞ」


 目を閉じながら腕を組み、したり顔で静かに喝采する母禮衆アタイたちに顔を真っ赤にして文句を言った主様は、加磨武勢を掴んでいた手を放して指を鳴らす。するとたちまち部屋の氷は消えてなくなり、眼下に広がる湖も何事もなかったように風に吹かれて波紋を広げてる。


 激しくせき込む加磨武勢を背に、自分の席に戻る主様。それを見届けるや部屋にいる皆も慌てて自分の席に戻る。


 部屋全体が得も言われぬ緊張感に包まれる中、狩武呂かむろが膝をついたまま半歩前に出た。


「さすがは母禮様。その昔と変わらぬ術の冴え、我々としても頼もしい限りです」


 深々と頭を下げる狩武呂に合わせてさっきまで主様を侮ってた連中も続いて頭を下げる。羅刹は実力主義。ここまで実力の差を見せつけられたら、さすがに認めざるを得ないっすよねえ。


 邑良志部おらしべ吉弥侯部きみこべといった有力な羅刹を排し続けた名門を抑えて、王が王であったのも結局はその実力を誰もが認めたからに他ならない。


「(てか、150年以上何してたんすか。こんな生意気な連中放置してたとからしくないっすね)」


「(いろいろ事情があるんだよ)」


 コロ助と小声でやり取りをしてる中、主様は白魚のような細く長い指をなめらかに動かすと、狩武呂に答える。


「ああ、やはり術を使うも己の体でこそだな。術の精度がまるで違う」


 …………あ、昔と変わらぬってそういうことっすか? 確かに昔の主様ならこの程度の事当たり前だった気がするっす。


 だけど、アタイの体に入ってる時は目で見たものしか凍らせられないし、凍らせたものを溶かすには何台もの呪道具で熱風を出して溶かす必要があった。それだけアタイの体は主様にご不便をおかけしてたっすか。そのせいで若い連中をわからせるのも出来なかったって事っすか。


 なんとも言えない無力感から肩を落とすと、壇上の主様の顔が狩武呂からアタイの方へと向く。


「――ただ、氷沙瑪の体を長いこと使えたおかげで羅刹の肉体への理解が深まった。術によって己の肉体を強化することは誰でもやれることだが、強化が足らずに無茶をすれば体は壊れるし、体の均衡を無視した強化をすれば解除したときの反動が大きくなる。羅刹の動きを再現できるようになったのは氷沙瑪のおかげと言えよう」


「え、やだ、ツンデレ――――って、冷てえなもおぉぉーーーーーーーーー!!」


 いきなり首筋に氷を当てられたことに驚いて、思いっきり声が出たっす。てか、主様からしたら軽いお仕置きのつもりなんだろうけどこれ、変に氷の雨降らしたり、でっかい氷塊ぶつけたりするより、はるかに実戦向けじゃねえっすかね? いきなりこれやられたら攻撃も防御もできる気がしないんすけど。


「つまり今の師匠は、蝦夷最強と呼ばれた術はそのままに、氷沙瑪と同等の肉体強度をお持ちということですか。控えめに言って」


「……そしてその伯母様が警戒するほどの相手が、今この地の結界を破壊しようとしている。そういうことなのですね?」


 亀姫様の指摘にようやく危機感を覚えたのか、今度は騒がずに真面目に聞こうと身を乗り出してる若手ども。


「その通りだ。そして今までのやり取りの中で、どうも蝦夷わたしたちが一枚岩でないことが分かった。ここは何としても時を稼ぐ必要があるわけだが……阿陀多羅あだたらはどうした?」


 そう言って主様は壇上の中央の王の御座を挟んだ反対側、本来姫巫女様が座られてる席に視線を移したあと、厳しい目つきを広間にいる皆に向けた。

【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)

【芦屋道満】――播磨の遙任国司。左大臣・藤原顕光に仕える陰陽師。

【母禮】――芦屋道満の中の人。阿弖流為とともに大和朝廷に反旗を翻した大逆罪人。

【亀姫】――阿弖流為の次女。猪苗代城城主。

*【雄谷(吉弥侯部)氷沙瑪】――前世は羅刹の転生者。生前も死後も母禮に仕える忠義者。道満の播磨守就任を機に京に移った。

【コロポックル】――母禮の弟子のネクロマンサー。コロだのコロ助だの呼ばれる。

*【邑良志部狩武呂】――羅刹の男。刃倶呂の兄。

*【邑良志部刃倶呂】――羅刹の男。氷沙瑪とは昔馴染み。

*【阿陀多羅】――荒脛巾に仕える神官。姫巫女様とも。

*【加磨武勢】――羅刹の1幹部。先の大戦は未経験。

【阿弖流為】――羅刹の王。母禮とともに大和朝廷に反旗を翻した大逆罪人。


【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)

【蝦夷】――陸奥や出羽にあたる地域に土着してた先住民。

*【羅刹】――鬼と同義。蝦夷に住む鬼をそう呼んでいるだけ。

*【母禮衆】――母禮を大将、氷沙瑪を副将とする500人からなる人間によって構成された水軍。1mの深さがあれば羅刹に勝てるほど水練達者で、呪動船も数多保有しておりわりと洒落にならない強さを誇る。

*【呪道具】――一品物である宝貝を再現しようとして作られた歴史を持つ。宝貝は仙道士にしか扱えないが、一般人でも扱えるように魔力を込めた呪符を差し込み動かすことを想定している。のろいの道具ではなく、まじない=魔法の道具。


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