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平安幻想譚~源頼光伝異聞~  作者: さいたま人
3章 集結、頼光四天王
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【雄谷氷沙瑪】母禮 その1

*人物紹介、用語説明は後書きを参照

*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています

 襖を挟んで1段高くなった部屋、その向かって右側に主様が座り、段差の下の最前列に亀姫様が両ひざをついて座る。


 姫様から3mほど離れた真後ろに、青い髪を真ん中で分け、その間から1本のだんだら角を生やした頬に傷のある羅刹、刃倶呂の兄である狩武呂かむろが座る。同じ列の右側、すぐ隣に刃倶呂はぐろ。その隣にアタイ。


 反対側、狩武呂の左側には初めて顔を見る赤い髪の角を2本生やした若い羅刹が座り、その左隣アタイの真反対は本来ババアの席だけど、デカすぎて部屋に入れないのか空席になってる。


 そしてその5人の後ろにもアタイのすぐ後ろにコロ助が座るように、それぞれの部隊の序列順に6名ずつ、姫様を入れて計31名の幹部が主様の命によって集められた。


「伯母様、主要な者たちは皆集まりましたわ。どうぞお話を始めてくださいな」


 姫様の凛とした声にそっけなく「ああ」と答えた主様。楽立て膝で座り、立てた膝の上に置いた右腕に寄りかかりながら指でこめかみをトントンと叩いてる。これはあれっすね……鈴鹿御前が前に出てきて戦況が悪くなってきた時によくしてた仕草……。つまり本気で苛立ってる時のそれっす。


 昔を知ってる古参連中が生唾を飲んで居住まいを正す中、あろうことか大きな舌打ちが響いた。皆の視線が一斉にその発生場所に向くと、例の赤髪の羅刹が大きな音を立てて立ち上がり、主様に向かって指を突きつける。


「おい人間。昔のテメエがどれほどのもんだったのかは知らねえが、現在の我らが長は亀姫様だ。それを理解せずにその無礼な態度、亀姫様が許そうとこのオレが縊り殺してくれようか」


「………………コロ助、アタイの事、元の体に戻せるか?」


「んー、正直危険だけど止める気も起きないのは確かだね。殺さない程度に分からせてやって欲しいものだよ」


 言い分は分かる。けど主様に対して舐めた口を利かれて黙ってられるヤツらは母禮衆アタイたちの中には1人もいない。


 アタイに合わせるわけでもなく、コロ助とその後ろにいるドーマンいんの描かれた布を顔にかぶせた見覚えのある肉体ガタイの亡霊4体も一斉に立ち上がっていた。


「わきまえなさい。わたくし自身、伯母様の上に立とうなど1度たりとも思ったことがないのに、わたくしの想いを勝手に解釈してあなたの意見に利用するのは不愉快ですわ。以降その様なふるまいをするようであれば、わたくしがこの手で裁きます」


「……はっ、出過ぎた真似をいたしました」


 姫様にたしなめられて渋々といった様子で赤髪の羅刹は席に着くも、その仕草の端々からは不満が漏れ出るのを隠そうともしねえし、主様への謝罪もねえ。こんなのが幹部なのかと若干うんざりしてると、後ろからコロ助が指で突いて来た。


「(……姫様も含めてになるけど、先の大戦をろくに経験してない連中は思考が些か極端でね。王を騙し討ちされたのに一緒に復讐を果たさんとしない人間どもは根性なしって下に考えてるヤツも多いんだよ。そんなだから阿弖流為様と同格のはずの師匠のことも、人間として軽んじてくれるわけでさ)」


「(なるほど、さっき城の中を歩く時も刃倶呂がついて来たのは人間嫌いの連中がアタイに襲い掛からないか心配だったからか)」


 羅刹の名門・邑良志部おらしべ家のモノが付いてたらそうそう手も出せねえってことっすか。つーか今は亡霊とはいえ、元人間の亡霊衆、うまく行ってる感じしねえっすねえ。コロ助の言葉の端々からもとげが見え隠れしてるし。


 ふと壇上を見ると主様が座れと合図してたので秒で正座する。


「まあいい。確かにいきなり現れて大きな顔をされては不快に思う者も多かろうよ。ならばさっさと本題に入るが、最近京の陰陽師・安倍晴明がここの結界に気づき、12天将なる式神に探らせている」


 ざわっとさざ波のように驚きが伝わる――――。


「ははは! なるほど、こちらが大人しくしてたのを隠れていると勘違いでもしたのか? 王の帰還を待てと言われていたがあちらから来るとあらば話は別。徹底的に我らの恐ろしさを叩き込んでやろうではないか」


「その通りよ。昔を基準に物事を考えておるようだが、雌伏の時を経て羅刹われらは力を増している! ならばその力を見せつけ積年の恨みを晴らす時!!」


 やいのやいのと騒ぐ新参ども。うーんこれが若さかー。古参連中は誰1人騒ぐことをしない中、狩武呂が手を挙げて発言の許可を求める。


「どうした狩武呂、何か聞きたいことでもあるか?」


「はい。仮に結界を破られたと仮定して、戦になる可能性と敵の軍勢の規模は?」


「こちらがこそこそと戦の準備をしていたと知れば放置はありえんだろうよ。12天将のみを相手にする場合でも、騰虵とうしゃという式神1柱だけで田村麻呂率いる10万より手強いというのが私の見立てだ。そもそも私が見たことがあるのは12柱のうち、5柱のみ。できることは総合力で鈴鹿御前より弱いと願うばかりだな」


「え、噓っすよね? なんかイキってる新参が増えたにしろ、王は不在。それに――」


 なんか青竜ってのと六合りくごうってのに頼光たちが全滅させられそうになったとは聞いたけど、急に知らねえヤツの名前を出してくるの反則っすよね? そんなヤツが相手なら、それこそ姫巫女様が必須なんすけど?


「はッ! なんて様だ弱腰な。そんなんだからアンタらは戦に負けたんだろうが」


「1度の敗北ですっかり牙を抜かれたようだ。そんなに恐ろしいなら人間どもと一緒に陸奥の奥地にでも籠っていればいいものを」


 ……なんだろね、初陣もまだの奴らの生きり具合が半端ねえなあ。どこぞの権守ごんのかみを見てるようで頭が痛くなるっすわ。


「(まだ宣戦布告もされてないのに、戦だ戦だ馬鹿なんじゃねえのかね? 脆弱な軍勢相手でもいいから1度戦場体験させといた方が良かったんじゃねえの?)」


 頼光に関しちゃもっと見定めたいってのが主様の見解なので連れて来なかったけど、失敗だったんじゃないすか主様? 1度人間にぶん殴られた方が良いと思うっすよ。


「(いやいや、ボクの記憶の中のキミもだいたいこんな感じだったけどね。師匠について回って随分仕込まれたみたいで何より)」


「(えー……うっそだー。というか、狩武呂たちがいながらなんでこんなボンクラたちに――っと)」


 なおもぎゃいぎゃい騒ぎ続けて収拾がつかなくなったところで、いよいよ主様のこめかみトントンがすさまじい勢いになったのを見て、察した古参たちが壁際によける。 


つっめたああああああああああああ!? てか痛い痛い痛い痛い!!」


 何を考えてたのか、いや、何も考えてなかったのか。体を預けたせいで凍り付いた壁に体が引っ付いた朱の盤を引き剥そうと妖怪たちが頑張る必要が生じたくらい、一気に気温の下がった室内。


 そこにさっきまで大声で意見を叫んでた8体の若い羅刹の氷像が作り出され、室内は離れた誰かの息を呑む音がはっきり聞こえるくらいの静寂に包まれた。

【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)

【芦屋道満】――播磨の遙任国司。左大臣・藤原顕光に仕える陰陽師。

【母禮】――芦屋道満の中の人。阿弖流為とともに大和朝廷に反旗を翻した大逆罪人。

【亀姫】――阿弖流為の次女。猪苗代城城主。

*【雄谷(吉弥侯部)氷沙瑪】――前世は羅刹の転生者。生前も死後も母禮に仕える忠義者。道満の播磨守就任を機に京に移った。

【コロポックル】――母禮の弟子のネクロマンサー。コロだのコロ助だの呼ばれる。

*【邑良志部狩武呂】――羅刹の男。刃倶呂の兄。

*【邑良志部刃倶呂】――羅刹の男。氷沙瑪とは昔馴染み。

*【阿陀多羅】――荒脛巾に仕える神官。姫巫女様とも。

【阿弖流為】――羅刹の王。母禮とともに大和朝廷に反旗を翻した大逆罪人。

【坂上田村麻呂】――日ノ本の大英雄。蝦夷を平定した。

【鈴鹿御前】――第六天魔王波旬の娘。坂上田村麻呂の妻。

【安倍晴明】――藤原道長配下の陰陽師。狐耳1尾の少女の姿。

【騰虵】――12天将の1柱。前1位。角が生えたマッチョウーマン。

【六合】――12天将の1柱。前3位。玉石琵琶精。2股の尾を持つネコ娘の幻体を操る琵琶の精霊。

【青竜】――12天将の1柱。前5位。余元。金霊聖母の1番弟子で怠惰のドラゴン。


【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)

【ドーマン印】――横線5本、縦線4本の格子状の印。

*【倭人やまとびと】――大和朝廷から続く、大体畿内に住む日ノ本の支配者層。蝦夷など各地域に土着してた人々から侵略者に近い意味合いで使われる。

*【羅刹】――鬼と同義。蝦夷に住む鬼をそう呼んでいるだけ。

*【亡霊衆】――母禮を大将、氷沙瑪を副将とする500人からなる人間の亡霊によって構成された水軍。1mの深さがあれば羅刹に勝てるほど水練達者で、呪動船も数多保有しておりわりと洒落にならない強さを誇る。

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