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平安幻想譚~源頼光伝異聞~  作者: さいたま人
3章 集結、頼光四天王
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【雄谷氷沙瑪】蘇生の条件

*人物紹介、用語説明は後書きを参照

*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています

 ――主様だ。


 ずっとお側にお仕えしてたとはいえ、アタイの体だったり全く知らない体を使っておられただけに、いまいち気分が乗ってなかったのが今ははっきりと分かるっす。


 そこらの死体に入り込んでる時の完全な無表情とその話し方で、頼光なんかはクールな印象を持ってるかも知れねっすけど、そんなんで信者ぶかがあそこまで熱狂的になるわけがないんす。


 姫様のお酌で酒を呷り、好物のマグロを口に運んでは氷のようなキツイ視線がトロンと緩んで、顔全体が幸せいっぱいにふにゃふにゃ崩れる。普段の格好つけた言動とそれを後押しする圧倒的な能力を持つ女傑が、気の置けない仲間たちにはこうやって感情をさらけ出すことのギャップこそ本来の主様の魅力!


「も……」


「? どうした氷沙瑪ひさめ。結界に弾かれたことでどこか体調が――」


「「うおおおおおおおおおおおおおおお!! ーーーーーーーーーーーーやっさ!! 母ーーーーーー禮ーーーーーーやっさ!!」」


 我慢できなくなったのか隣で一緒に叫ぶコロ助とアタイのおでこに、つぶてサイズの氷がクリーンヒット。今現在か弱い人間の少女のアタイには割と洒落にならない攻撃だけど、白い肌を桃色に染め上げながらジト目で震える口をパクパクさせて恥ずかしがる主様のお姿を見ればその痛みも吹っ飛ぶってものっす! くーッ!! これこれ! この反応があって初めてイジリ甲斐があるというものっす!! 最近の無表情のなんてつまらないモノか!!!!


 アタイとしてはもうひと騒ぎしたいところではあったっすが、コロ助は怒られたことでわきまえたのか、コホンと咳払いをして跪いた。


「お待たせいたしました師匠。ご命令通り氷沙瑪を連れて参りました」


 それに続いて刃倶呂も跪くのを見て、さすがにこれ以上騒ぐのはいかんすね。


「ご心配をおかけしましたっす。それでそのお姿は……まさかコロ助が、蘇生まで出来るようになったって事っすか?」


「もともと理論上は可能だったし、師匠になら問題なく……ではあるんだけど、今はまだ昔の御体に憑りついていただいてるだけの状況だよ。あの忌々しい田村麻呂が送り届けて来たお体を、ずっと、ずっと大切に扱ってきたからね」


「まあよく分かんねえっすけど、その理論とやらを突き詰めてゆけば周りにも応用可能なんじゃねっすか? 仮にもう1度朝廷と闘うことになった時、大分有利になると思うんすけど」


 その疑問に対しての回答はコロ助の大きなため息だった。なんだこいつと思ってるアタイに、コロ助が指をさしてくる。


「亡霊衆500人に聞きました。『もしあなたが生前に体に戻れるなら、あなたは生き返りたいと思いますか?』さて、何人が生き返りたいといったと思う?」


「は? いや、そんなの……生きて主様のために働けるなら全員じゃねえんすか?」


「はぁ~~~~~……その真逆、ゼロだよゼ・ロ。そしてこれが理論上可能だけど不可能な理由」


 マジで? でも亡霊となってもお仕えしてんだから、そんなことある?


「師匠にお仕えするのが目的なら人間としてよりも亡霊としての方が色々都合がいいだろ? 水の中には永遠に潜ってられるし、飢えと痛みも感じない。なにより師匠なら言葉も通じるし霊体のケツを蹴ったりできるから信賞必罰も問題ない。キミが元の体に戻りたいと思ってるなら、それはキミの場合そっちの体の方が都合がいいからじゃないの?」


「たしかに……って、そういえばアタイの体ってどうなってるっすか?」


「それならそこに」


「雑ゥッ!?」


 指の刺された方向を見ると、行水でもするかのように棺桶にケツを突っ込んで両手両足を投げ出したアタイの体があった。


「まあ、京に戻るときはまた使うからな。それに貴様も京にいて仏教の教えにも触れているだろう。死ねば輪廻をくぐってまたこの世界に転生することからの解脱を目指す教えに傾倒しているように、現世は地獄のようなものと皆思っている。なぜ好き好んでこの世界に生き返る必要がある?」


「そう言われたら確かに……」


 なるほど。人間ってのは羅刹や妖怪と違って弱いうえぶっちぎりに寿命が短いから、ワンチャン転生して他の種族に生まれ変わりたいと思うかもしれないっすね。


「羅刹たちだって同じみてえだぞ氷沙瑪姉。全力で暴れて満足しちまうのも多いそうだ」


「そっちにも聞いた感じっすか?」


「うん。そもそもどんなに努力しても敵わない上位存在に殺された奴らが多いからね。心が折れちゃって痛みのない亡霊でいいです、って感じかな」


 要するに蘇生に必要なのは生き返りたいという意思って事っすか。なるほど確かに本人が乗り気じゃなければ魂が体に戻ろうともしねえっすよね。


 タン! という音が響きそっちに目を向けると、亀姫様が酒の入った徳利を膳に乱暴に置いて顔を真っ赤にしてた。


「情けない……! 倭人やまとびと風情にそこまで恐れを抱くなんて。それでも羅刹なの!!」


 怒りに震える亀姫様っすけど……主様も視線を向けてるようなのでコロ助と刃倶呂を交互に見ると、どちらも首を横に振った。どうも先の大戦について詳しいことは伝えてねえみたいっすね。まあ、詳しく話したところでまた出て来るかどうかは分からないから仕方ないって話っすけど。


「亀、私たちが倭人に負けたなどありえんと思わなかったか? 田村麻呂は確かに強かったが、阿弖流為あてるいと同等。他にまともだったのもせいぜい数10人の側近たちだけで、それもその辺の羅刹が1対1で十分対応できるだけの強さだった」


「そそ。倭人相手にゃ楽勝だったんすよね。たった1柱の援軍の存在で勝ちを拾ったくせに、イキり散らかした上に主様と王を罠にはめたから、なおさらムカつくってだけっす」


「どういうことですの!!?」


「申し訳ありません亀姫様。情けない話なんですが、オレたちは田村麻呂の妻を名乗る、たった1柱の女に負けたんです」


「まあ……うん。あれは無理。2度と戦いたくねっす」


 言葉が出ないのか、信じられないという顔で固まってる姫様に主様が優しい口調で言葉を続ける。


「鈴鹿御前。あの者が自分で言ったことには、父である第六天魔王・波旬はじゅんより日ノ本を足掛かりに異国を含めた現世のすべてを魔界へと変えるために派遣された第六天魔界の姫。ただ、その中で出会った田村麻呂にひと目惚れして押しかけ女房になったはた迷惑なヤツだ」


「…………とはいえ師匠。あの強さを考えれば田村麻呂に惚れなければ世界が魔界に変わっていた可能性もあるんですよね」


 なんとも微妙な空気に包まれる中、ふと浮かんだのは大枝山の拠点にいた男。頼光とどういう関係か知らねえけど、黒い肌に青い髪に金色の瞳、何より30㎝はあるだろう長い耳ってまんま鈴鹿御前なんだよなあ。恐らく第六天魔界の住人なんだと思うっすけど、どういう関係なんかね? 顔も見たくねえんでぞんざいに扱っちまったけど、帰ったら聞いてみるか。


「でも……そんな……たった1柱でそんなこと」


「ヤツはその頭の形状から『立烏帽子たてえぼし』と私たちが名付けた20m近い鉄巨人に乗り、さらに獅子の形をした鉄人形を操る」


「んで、立烏帽子は自分の体くらいある『大通連』、10m程度と短い『小通連』、『顕明連』という普通サイズの刀を何10本も1度に射出する呪砲で暴れて、中にいる鈴鹿御前は主様を上回る術の精度を持つと全く隙がなく……」


「さらに立烏帽子も鉄の獅子も、血を浴びると再生する謎の金属でできているのがまた、ね」


 かつての戦いを思い出し体を1度震わすと、主様が怒りを込めた目でコロ助を見た。


「――コロ、その戦いを覚えていながら、なぜこの地の結界は貴様が作った物しかない?」


 その詰問に耐えかねたコロ助は慌ててひれ伏し、額を畳に擦り付ける。主様は呆れたように大きなため息を吐くと、その場にいるモノたちに告げた。


「私がここに来た理由はまさにそれよ。氷沙瑪も来たことだ、すぐに主だったものたちを集めろ」


 食事を打ち切り下知を飛ばすと、コロ助と刃倶呂が部屋を飛び出したのを見送り、アタイは会議を行う際の定位置に座った。

【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)

【芦屋道満】――播磨の遙任国司。左大臣・藤原顕光に仕える陰陽師。

【母禮】――芦屋道満の中の人。阿弖流為とともに大和朝廷に反旗を翻した大逆罪人。

【亀姫】――阿弖流為の次女。猪苗代城城主。

*【雄谷(吉弥侯部)氷沙瑪】――前世は羅刹の転生者。生前も死後も母禮に仕える忠義者。道満の播磨守就任を機に京に移った。

【コロポックル】――母禮の弟子のネクロマンサー。コロだのコロ助だの呼ばれる。

*【邑良志部刃倶呂】――羅刹の男。氷沙瑪とは昔馴染み。

【坂上田村麻呂】――日ノ本の大英雄。蝦夷を平定した。

【阿弖流為】――羅刹の王。母禮とともに大和朝廷に反旗を翻した大逆罪人。

【波旬】――第六天魔王。

【鈴鹿御前】――第六天魔王波旬の娘。坂上田村麻呂の妻。


【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)

*【倭人やまとびと】――大和朝廷から続く、大体畿内に住む日ノ本の支配者層。蝦夷など各地域に土着してた人々から侵略者に近い意味合いで使われる。

*【羅刹】――鬼と同義。蝦夷に住む鬼をそう呼んでいるだけ。

*【亡霊衆】――母禮を大将、氷沙瑪を副将とする500人からなる人間の亡霊によって構成された水軍。1mの深さがあれば羅刹に勝てるほど水練達者で、呪動船も数多保有しておりわりと洒落にならない強さを誇る。

【輪廻転生】――人が何度も生死を繰り返し、新しい生命に生まれ変わること。

【解脱】――煩悩の縛りから解放され、迷いの世界、輪廻などの苦を脱して自由の境地に到達すること。

*【大枝山】――京の城壁を西に出た先にある標高480mの山。中腹に摂津源氏の京に置ける拠点がある。

*【立烏帽子】――鈴鹿御前が乗る巨大ロボット。ケンプファーの体にリックディアスの頭がついていると思っていただければ。

*【大通連】――3明の剣と呼ばれる立烏帽子の兵装の1つ。刀身20mほどの大剣。

*【小通連】――3明の剣と呼ばれる立烏帽子の兵装の1つ。刀身10mほどの剣。

*【顕明連】――3明の剣と呼ばれる立烏帽子の兵装の1つ。刀を散弾のように打ち出すショットガンタイプの兵装。その弾の1つが坂上家に残され、血吸と名付けて頼光が使っている。

*【呪砲】――砲身から送られた呪力を弾として打ち出す大砲。改良型では呪符の力で鉄の球を打ち出すという形でも運用可能で、誰にでも使えるようになっている。呪動船・日高見に8門、最上に1門配備されている。


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