【源頼光】京周辺の妖怪
*人物紹介、用語説明は後書きを参照
*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています
2025/1/03 修正
・職人さんの台詞を減らしました
・段落の設定
路地を出て市に戻ると、交渉を終えた綱がこちらに気がついて手を振っていた。
「あはは、いたいた。おーい頼光――」
「綱、妖怪退治に行くわよ!」
「あははー、いきなり何の冗だ――――んで言ってるわけじゃなさそうだね。どこからそんな発想になったの」
真剣な顔になった綱に占い師さんに言われたことを伝えると、「なるほど」と言って考え込む。
「……多分それ、大江山の虎熊童子のことだね」
「知ってるの?」
「うん、ボクたちの間でも手柄を立てるっていう選択肢の1つとして上がってたしねー、妖怪退治。ただ他の有名どころで土蜘蛛ってのもそうだけど、数百人規模の集団で生活してるんだよねー。貞光と季武入れても4人じゃ厳しいんだよー」
「……それは確かに厳しそうね。妖怪って群れてるものなのね」
「あははー、単独の妖怪なんて1箇所に定住しないからねえ、探し出すだけでも難しいよー」
「集団で定住するからこそ居場所がわかるってわけね……」
そうなると朝廷が大規模な討伐軍を派遣するってなった時に参加して1番槍を取るしかない……? でもそれじゃいつになるかわかないし……。
「綱、さっきの緋緋色金だっけ? 壁の破片ってまだ残ってる?」
「ん、そりゃ色々使い道あるだろうし、それなりに残してあるよ」
綱から布袋を受け取ると、そこから1つ取り出して職人さんに差し出す。
「商売してる中で妖怪の噂とか聞いたりしない? 情報を売って欲しいんだけど」
「………………ふむ」
少し考えた後、「本当に噂程度の話」と前置きをして話し出す。
「………………京に5mくらいの鋼鉄の巨人。刀も槍も通さない」
「そんなに大きいなら屋根越しにも見えそうね。仮に戦闘になっても、親父よりは柔らかそうだしなんとかなるかも――――」
「いやいや、もろに満仲のことでしょーよ。人の噂だし実際より大きく、柔らかくもなってるんだろうねー」
「………………柔らかく?」
「あははー! びっくりすることにこれよか硬いくらいなんだよねー!」
手のひらに乗せた緋緋色金を転がしながら言うと「えぇ……」と困惑の声を上げる職人さん。
蹴った壁は削れるのに親父は蹴られてもピンピンしてたしなー。信じる方がおかしいくらいおかしなこと言ってるわよねー。
「………………それじゃ、嵯峨野の夜叉」
――以前、嵯峨野にて貴族が催し物を行った。その時、女房たちが集まる場所に巨大な鳥の「穢物」が現れたが、同時に現れた夜叉により生き血を吸われ干からびた躯をさらした、とのこと。
「穢物ってあれよね、溜まった穢れに飲み込まれてしまった動物で普通の動物じゃありえない力を持つってやつ。それを狙って捕食するってことは――――」
「頼光じゃん」
おいおい、いつ私がそんな事したよ? 職人さんがまた「えぇ……」って困惑してるし、濡れ衣もいいとこなんだけど?
「いやいや、経基の爺さんに命令されて、おっさんが渋々頼光を参加させた時のことでしょ? 血吸で鳥の穢物ぶった斬ったじゃん」
なるほど……そういえば血吸って対象の血を吸って自己修復するのよね。斬った相手は干からびるってことすっかり忘れてたわ。刀が通らない親父が全部悪い。
そういえば覇成死合のあと刃こぼれの確認とかしてなかったけど……思ったほどじゃないわね。弟くんが血吸に触れて怪我してたしその時か。
その後も色々噂を聞かされた私は1つの結論に達した。
「全部源氏の関係者じゃん!」
綱! 貞光! 季武! その他屋敷に駐在する武士の皆さん! もしかして源氏ってやばい集団なんじゃないの!? 雷を起こすとか川を逆流させるとか語ってくれてた職人さんもすっかり目が死んでるし!
「えーと、なんかごめんね? せっかく話してくれたのに微妙な感じになっちゃって。これはお礼ということで取っておいて」
「………………期待に応えられなかった。受け取れない」
呪道具とやらを作って売るのが本職で、情報なんて普段取り扱ってないだろうに律儀ねえ。無駄な時間を取らせて商売の邪魔をしちゃったわけだし、受け取ってくれていいのに。
そんな疲れ切った顔をしてた職人さんがなにかを思い出したように「待てよ」と呟いた。
「………………摂津国、1ヶ月ほど前から鬼が出る。茨木童子」
「へー? それは初耳。どういう奴?」
さっきまで飛び出し続けた源氏の話に笑い転げてた綱が食いつく。
「………………街道の床屋。客の喉を切って血をすする、とか」
「内容としてはしょぼいけど」と今までの話と乾いた笑いが浮かぶ職人さんとは裏腹に、綱の表情は少し真剣そのもの。
「あははー、もしかしたら当たりかもよー? 穢物が跋扈する中、街を壁で囲って集住するのが普通なのに街道沿いで暮らしてるなんてさー」
そう言われて周りを見渡せば、平安京を囲う城壁が見える。それくらい穢物を脅威に思ってる街作り。逆に言えばそこに住まないのは穢物を恐れてないってわけね。
「大体そんなところじゃ商売も成り立たないからねー。完全なでまかせでそんな店自体が無いって事も考えられるけど、行ってみてもいいかもねー」
「うん!」
綱に太鼓判を押されたので、残った緋緋色金を全部職人さんに渡す。
「ありがとね職人さん! 履物のことも合わせてとても助かったわ!」
「………………ん。……もし強い妖怪と戦うなら、覚えておいて―――」
職人さんが綱から見えない方の耳に口を近づけると、そっと囁きかけてくる。
「え!? いきなりそんな事言われても……いや、うん。すごく嬉しいわ」
全身が火照りやばいくらいに心臓が音立ててる。それに比べて綱の視線の冷たさよ。温度差で風邪ひきそう。
「……何言われたの?」
「な、何でもない! いいからさっさと茨木童子に会いに行くわよ!」
私にはぐらかされたのが気に入らないのか、職人さんに聞き出そうとする綱の背中を押し、私たちは東市を後にした。
目指すは摂津国。私たちの物語はここから始まるのよ!
【人物紹介】
【源頼光】――源満仲の長女。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。
【渡辺綱】――源頼光の配下。平安4強の1人。源氏の狂犬の異名を持つ。
【碓井貞光】――源頼光の配下。平安4強の1人。
【卜部季武】――源頼光の配下。
【虎熊童子】――妖怪。大江山に住む鬼の首領。100柱以上の鬼を率いる。
【職人さん】――とんでもない技術力を持つ。キャスケット+オーバーオールという服装。
【源経基】――源頼光の祖父。
【茨木童子】――街道にある床屋で人の生き血をすすると噂される。
【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)
*【穢物】――穢れに触れ、精神が崩壊し荒れ狂う生物。モンスターみたいなもの。
【大和国】――現在の奈良県全域あたり。
【陸奥国】――現在の青森県、岩手県、宮城県、福島県あたり。
【摂津国】――現在の兵庫県の南側と大阪府の北側あたり。
*【呪道具】――一品物である宝貝を再現しようとして作られた歴史を持つ。宝貝は仙人や道士といった修行を積んだ人にしか扱えないが、一般人でも扱えるように魔力を込めた呪符を差し込み動かすことを想定している。呪いの道具ではなく、呪い=魔法の道具。
*【緋緋色金】――西洋のオリハルコンと似た性質を持つ希少金属。硬い・軽い・熱に強いと武器や防具に最高の素材だが、それ故に加工が難しい。覇成死合の闘技場やそこにつながる通路に敷き詰められている。