【雄谷氷沙瑪】復活
*人物紹介、用語説明は後書きを参照
*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています
「んだ、このガキ」
「刃倶呂さん、倭人のガキなんて連れてどうしたんでどうしたんです? 喰うんですか?」
門をくぐるといきなり羅刹たちに囲まれた。
今いる生きた羅刹たちを全員住めるくらいの広さがあるのは知ってたが、こうやってデカい奴らに囲まれるとじっくり見たいと思ってた内装が落ち着いて見れりゃしねえや。
「どけどけ。この方はかつて蝦夷水軍の副将、吉弥侯部氷沙瑪――の生まれ変わりだ。先ほどいらっしゃった母禮様のお付きだから無礼な真似はすんなよ」
「吉弥侯部――!」
刃倶呂が手で払うような仕草であしらうと、集まってきた連中は距離を取りつつも驚きと奇異と侮蔑が入り混じった目を向けてくる。……見世物みたいでムカつくけど、刃倶呂たち邑良志部家と並ぶ羅刹の名跡だったヤツが人間の小娘の姿をしてやってきたらしゃあねえか。
そういや一族のほとんどが先の大戦で戦死する中、何柱か親戚のガキは残ってたはずだけど今会っても分っかんねえだろうし、わざわざ会うこともねえか。まずは主様に無事に到着したと顔を見せねえと。
「主様は上か?」
「ああ、最上階は物見用の櫓でその1つ下の階にある、広間に姫様といらっしゃるはずだ」
「分かった。設計図通りなら階段は向こうだな」
「ん、どこに行くの?」
「いちいち相手にしてらんねえからなさっさと上に行くんだよ」
あたいが歩き出すと辺りに集まった羅刹たちは左右に広がって道ができる。顔見知りも混じってるけど笑いをこらえてるようなヤツと関わっても疲れるだけだから足早に歩を進める。後ろからコロ助の声が聞こえたけど立ち止まらず進むと、コロ助は入り口近くの部屋に入っていったのが見えた。
……あんなとこに部屋があったか? 設計図にはなかった気がするから後で増築したのかね。主様に会いに行くんだし、てっきりついてくると思ったけど、あたいをここに連れて来たことで仕事は終わった感じか。
刃倶呂を引き連れて進むとようやく上に上がる階段が見えて来た――……。
「……羅刹サイズだなこりゃ」
「大丈夫か氷沙瑪姉?」
段差高えなおい。ただこの幅の狭さは体が小さい方が上りやすい。階段の先は畳1枚分くらいの大きさの穴が開いてて敵に侵入された時は上で構える感じで、倒した相手を下に落とせるよう手摺はなし。
息を切らせながら上まで上がるとまた羅刹に囲まれ、それを追い払いながら遠くにある階段に向かって上の階へ……を繰り返す。最後の砦としての設計だけあって都度階に配置された防衛隊を蹴散らさないと、上の階を目指せない作り。防衛的な観点から見ればよくできてるけど、普段使いにはクッソだるいなコレ。
「いっそ跳び上がって天井ぶち抜きたくなってくるなこりゃ」
「そいつは無理だぜ氷沙瑪姉。兄貴の他にも力自慢を集めて、同時に床を殴ってもびくともしなかったからな」
「知ってる。術で補強してあるってんだろ?」
「ああ。ってか兄貴のことは気にならねえのか氷沙瑪姉、湖を渡った牧場で馬の世話をしてるはずだから後で会ってやってくれよ。きっと喜ぶぞ」
「ああ~……狩武呂な~。人間の姿であっても面倒そうだし別になー……。いや、いずれ倭人と戦り合うときは会うけどさー……」
あれこれと話をしながらようやく主様たちがいるという部屋の前まで着くと、その部屋の前にコロ助が立ってた。
「やれやれ。師匠と亀姫様の楽しそうな声が聞こえてくるからまあいいけど、まずは城の中を見て回るより挨拶を優先してよね」
「……え、コロ助お前。何でいんの」
「この城を建築したのが誰か忘れたわけ? 入り口近くから各階にすぐ上がれる昇降機って奴をつけてくれたんだよ。もちろん有事の際には動作を止められるヤツ」
「……たしかに急な仕様変更頼んでも『そんな要望もあろうかと』って対応してくれる爺さんだったすわ」
設計書にそって造ってる途中で上に行くだるさに気づいた感じかね。
土蜘蛛の爺さんも要人を最上階に匿ったうえでの最終防衛拠点と考えるなら、設計書通りでいいと思ったかもしれねっす。ただいきなりの仕様変更の回答で昇降機ってのが出てくるのはどうなんすかねー……。上下移動の箱を使う城だ屋敷だなんて日ノ本のどこにもねえってのに、どこからこんな発想が出るのやら……。
何代目かは忘れたけど、最高の技術者集団の中でさらに最高の職人と認められた者が、合議の上で世襲する組織の頭領としての『土蜘蛛』の名を、歴代で最も長い間名乗り続けた爺さんっすからね。ぜひもう1度会いたいっすけど、寿命の短い人間っすし確実に死んでんすよね……。
京にいる時も土蜘蛛の名はたびたび聞いてたっすし、今の『土蜘蛛』のことは知らねっすけど墓参りくらいは――――っと。
「土蜘蛛といえば火乃兎もこの城造るのに手伝ったりしたんか?」
「火乃兎……? ああ、たしか氷沙瑪が師匠に紹介して来た羅刹の娘だったね。船酔いがひどすぎて水軍では使い物にならなかったけど『最上』の船首についた呪砲に感動して『爆発こそ最高の芸術!』とか言ってたし、そっち方面の職人の道を進んでるんじゃない?」
「誰だそれ? そんなおもしれえ女、羅刹にいたか?」
「お前らのそういうところだよ」
もともと陸奥では人間だろうと妖怪だろうと羅刹だろうと種族間じゃうまいことやってたけど、羅刹どうしだと醜いマウントの取り合いになることがあるのがな。
今もそうなのかは分からねえけど、騎乗が下手な奴はマジで嘲笑われるのがなあ……。あたいの場合は家柄と刃倶呂たちのフォローもあってそこまで……って感じだったけど、アイツは違った。
馬下手どうしでシンパシー感じてたし、主様の側仕えを任された時誘ったのはいいけど、結局そっちの方もダメ。そんで商売相手だった爺さんに紹介して職人として弟子入りしたのはいいけど、その後の事がさっぱり分かんねえや。
そもそもが最初からバカにしてたヤツらは知らねえだろうけど、徒歩での闘いじゃアタイより上のは当然で、王とタメ張れるくらいだったのがもったいねえよなあ……。全部の馬が潰れて結局走って突っ込んでった先の大戦の最後の戦いにいたら……いや、変わんねえか。あの戦いで大分死んだし、友が勝ち目のねえ戦いに巻き込まれなくてよかったと考えよう。
「さて、それじゃぼちぼち行こうか。何か用事があって来たんでしょ」
「おっとそらそうだ。でもなー……この楽しそうな話声の中突っ込んだら、また姫様か軽蔑の目でみられそうなのがなー」
「……はいはい。ボクが声をかけるよ。――――失礼します、師匠、氷沙瑪を連れて参りました」
襖から漏れ出る笑い声に2の足を踏んでると、果敢にもコロ助が入室のお伺いを立て、中から主様の「入れ」の声が聞こえた。
その言葉に襖を開くと、床板が全く見えない畳を敷き詰めた大広間。奥に身分の高い方のために少し段差のついた場所があるけど、その手前に姫様のお酌で酒を嗜む女性の姿があった。
生え際は濃く、髪の先に向かうにつれて薄い色になる青い短めの髪、透き通る雪のような白い肌に黒い着物を肩掛けに羽織り、姫様との血縁を主張する人間らしからぬバカでかい乳が悲鳴をあげるくらいに締め上げたさらしを露にしてる。羅刹が好む楽立て膝の座り方なんすけど、人間でありながら羅刹以上に堂に入りすぎてるのは、さすが王とならぶ大逆罪人ってところっすねえ。
隣を見ればコロ助も喜びを隠しきれないのか、騒ぐのを我慢するかのように口をもごもごしてる。
「ご苦労だったな。遅いぞ、氷沙瑪よ」
あたいの体に入ってるときは一切表情の動くことがない主様。敬愛するその方が在りし日のお姿で、生気のこもった黒い瞳を輝かせながらニヤリと笑った。
【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)
【芦屋道満】――播磨の遙任国司。左大臣・藤原顕光に仕える陰陽師。
【母禮】――芦屋道満の中の人。阿弖流為とともに大和朝廷に反旗を翻した大逆罪人。
【亀姫】――阿弖流為の次女。猪苗代城城主。
*【雄谷(吉弥侯部)氷沙瑪】――前世は羅刹の転生者。生前も死後も母禮に仕える忠義者。道満の播磨守就任を機に京に移った。
【コロポックル】――母禮の弟子のネクロマンサー。コロだのコロ助だの呼ばれる。
*【邑良志部刃倶呂】――羅刹の男。氷沙瑪とは昔馴染み。
*【邑良志部狩武呂】――羅刹の男。刃倶呂の兄。
*【火乃兎】――羅刹の女。氷沙瑪と仲が良かったが、陸軍にも水軍にも居場所が作れず土蜘蛛に弟子入りした。
【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)
*【倭人】――大和朝廷から続く、大体畿内に住む日ノ本の支配者層。蝦夷など各地域に土着してた人々から侵略者に近い意味合いで使われる。
*【羅刹】――鬼と同義。蝦夷に住む鬼をそう呼んでいるだけ。
*【最上】――小型のキャラック船に近い形状の呪動船。日高見と比べて横幅が広いため、安定性が高く外海航行に向いているが船速は遅い。播磨国(道満所有)、摂津国(道満から保昌に贈呈)、津軽、若狭国の町に1隻ずつ、計4隻が現存。
*【呪砲】――砲身から送られた呪力を弾として打ち出す大砲。改良型では呪符の力で鉄の球を打ち出すという形でも運用可能で、誰にでも使えるようになっている。呪動船・日高見に8門、最上に1門配備されている。
*【土蜘蛛】――技術や芸術の発展を目指す技術者集団。自由を愛し、朝廷の支配を受け入れない。投票により認められた最高の職人が頭領として土蜘蛛の名を背負う文化がある。