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平安幻想譚~源頼光伝異聞~  作者: さいたま人
3章 集結、頼光四天王
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【雄谷氷沙瑪】猪苗代城

*人物紹介、用語説明は後書きを参照

*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています

 シャンシャンと遠くから聞こえる小さな鈴の音に引き寄せられるように意識が覚醒に向かう。


 重たいまぶたを開けると、鼻の奥に飛び込んできたのはむわっとした土と木の匂い。さっきまで必死に縋りついてた冷たい海水に濡れた気の感触とは違う、ゴツゴツしながらも温かいものに体を預けてるようだな。


「ん、目を覚ましたね」


 下の方から聞こえた声にまだぼんやりとしてる目を向けると、そこには大きなふきの葉が並行するように移動してて、傾いた葉の下から若葉のような緑色の瞳があたいの顔を見上げた。


「コロ助じゃねえか。あれ、あたい何で――――……」


「何でも何も、山ん中にぶっ飛ばされてたのを探し当てて運んでるところだよ氷沙瑪姉」


「刃倶呂!? おま――なに勝手に触ってやがんだ!!」


 背負われてることに頭がカッとなり、背中に拳を叩きこんだのに全く手応えがない。これ、主様とのリンクが切れてる!?


 おかしい……無事に川に入った記憶はあるはずなのに。もしかして気が抜けて眠った後に、刺激が減ってつまらなくなった主様が暴走して――……。


「……辿り着いちまったわけっすか。水平線の向こう側ってやつに」


「あー……まあキミなら江合えあいで外海進もうとか思いもしないよね。てか良く師匠の操船する江合に乗り気になったもんだと感心するよ」


 ちょっと待てや全肯定ボーイ。お前が主様のやることを褒めないとか初めて見るんだけど? そんなヤバいもんなら事前に言っといて欲しいんだけど?


「江合で外海を渡って来たのを知ってるってことは主様は猪苗代湖に着いたんだな。じゃああたいは何でこんなことになってる?」


 まさか船から落ちてそのまま走り去られた? いやいや、主様は尻を蹴ったり頭に拳骨を落としたりはするけどそんなことしない。しないよね?


「単純に結界に弾かれただけだからそんな不安な顔すんなよ氷沙瑪姉。母禮もれ様もすぐに気づいたみてえだけど、もう城も近かったし入城後にすぐに捜索の手配をしたってもんよ」


「結界?」


 とりあえず主様の無事が分かってひと安心ではあるんだが……なんかおかしな単語が出たな。あの貞光ってのもコロ助に似て頼光のことを全肯定するヤツだと思うだけに、ここに結界がないって言ったのは本当だと思うんだけど?


「生者を弾く結界が張られてるんだよ。文字通り死者だけが通れるわけだけど、例外として死者に触れられてる生者も通れるようにしてある。亡霊衆は師匠の呼び出しにすぐに応えられるよう、基本湖に待機させてるけど、陸奥には先の大戦で死んだ霊がたくさんいるからね。結界の外に出る時は羅刹の霊を呼び出して付き添わせてるんだよ」


「あ~……」


 これはあれだな。動物霊でもOKなヤツ。偶然にも蛇の霊に飲み込まれてる貞光だからこそ、気づかずにするッと通れちまったわけだ。それはそれで背後霊とか、何か恨み持たれてて怨霊に憑かれてるやつでも簡単に通れちまうんじゃねえの?


 とはいえ、12天将が調べてる結界ってのが場所的にここで間違いなさそうだな。突破できてないにしろ位置が特定されてるのはなんていうからしくない。遠野のマヨヒガだって頼光からそこにあると聞いてなければ貞光も違和感すら感じなかったはずだ。


「死者だけがとか、なんかお前が張ったみたいな結界だな」


「みたいも何もボクが張ったんだよ。今の蝦夷で1番結界に精通してるのはボクだからね」


「は? バカ言うな姫巫女様に比べたらお前の結界なんざ――」


 姫巫女様の話題を出した瞬間、キンと空気が張り付くの感じた。おいおいおいおい、ちょっと待てや。


「……まさか、お亡くなりになられたのか!? そんな重要なこと主様もあたいも知らねえとかおかしいだろッ!」


 蝦夷の守護神・荒脛巾アラハバキ様の代弁者たる姫巫女様は、蝦夷の2大首領である主様と羅刹の王に並ぶ存在。あたいが生まれ変わる前に亡くなられたのであれば絶対に主様から教えられてる。


 ドクン! と心臓が大きく弾んだ。


 頼光が荒脛巾様を知らなかったのは、子供の時の話で信仰なんて難しい物を気にも留めなかったんじゃなく姫巫女様が亡くなって、そのまま信仰まで廃れちまったってことか?


 くそ! なんだこれ。あたいたち水軍は主様の狂信者みたいなもんだから荒脛巾様への信仰は、おかの上のヤツらより薄いはずだってのにどんどん涙があふれて来やがる! 体がどんどん震えて来やがるし呼吸も苦しくなって……意味が分からねえよ。


「……もうすぐ城に着く。気をしっかり持って」


「なんだ? 氷沙瑪姉、体調が悪いのか? なら少し休むか?」


「……るせえ、ほっとけ。こっち見たらぶん殴るぞ」


 落ち葉を踏みしめる足音の中、なぜか漏れるあたいの嗚咽だけを響かせて進むこと数分。辺りがぼんやりとしたもやに覆われ始めた。そこからなお数分歩くと中央に大きな建物の影を浮かばせる湖に辿り着く。


「着いたよ。もう大丈夫」


 低い位置から手を伸ばして、落ち着かせるようにずっとあたいの太ももを撫でてくれてたコロ助がパーンと軽快な音響かせる。


 叩かれた拍子に体が軽くなり、空にぼんやりと涙を流しながら遠ざかる透明な影のようなモノが見えた気がした。


「…………………………???」


「危なかったね。キミに憑りつかせてた霊が阿陀多羅アダタラ様の熱狂的な信者ファンだったみたいだ。危うく霊界に引っ込みそうになるついでにキミも連れて行かれそうだったね」


「いや、全部アイツの感情だったんかい! もう少しで死んでたかもしんねえのかよ!!」


「うかつに姫巫女様の話を出すのもどうかと思うぜ氷沙瑪姉」


 嘘みたいにさっきまでの悲しみが消えた体にほっとしたあたいは、刃俱呂の背中から飛び降りて湖岸に停泊してる江合に駆け寄る。


「とにかく姫巫女様のことは主様も詳細が知りたいだろうし城に着いてからじっくり聞かせてもらうぜ? んじゃあたいが動かすから乗ってくれ」


 刃倶呂とコロ助を乗せて船を飛ばすと、やがて靄に隠れて影しか見えなかった城の全容が見えて来た。今姫路に建築してる城はここの設計図を基にしたもの。蝦夷同様に倭朝廷に仕えるのを良しとしない、まつろわぬ技術者集団・土蜘蛛たちの助力を受け建設したとは聞くけど……実際目にするとすげえな。


 多分ババアが組み上げただろう天守台という石垣に、白い壁と瓦屋根の建物が何層にも積み重なってる。町全体を壁で囲んで1つの城とするんじゃなく、1つの建物に防衛機能を持たせた天守と呼ぶ建築らしい。


 しっかし前世では時々商売をしたことがあるヤツらだけど、相変わらず土蜘蛛アイツらの発想はぶっ飛んでんな。時代を数百年先取りしてんじゃねえかと疑いたくなるくらい、技術の独創性が強い。


 四角い形の天守台に沿って進むとやがてその1か所に門と船着き場があるのを見つけそこにつける。2人を先に降ろし船を杭に固定した後、門に向かうとその前に立っていたコロ助がしゃんと蕗の葉に付けられた鈴を鳴らした。


「ここに来るのは初めてだね。ようこそ亀姫様が治める蝦夷の新しい拠点、猪苗代城へ」


 コロ助が少しかっこつけた風にお辞儀をすると、その後ろで門が音を立てて開いた。

【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)

【芦屋道満】――播磨の遙任国司。左大臣・藤原顕光に仕える陰陽師。

【母禮】――芦屋道満の中の人。阿弖流為とともに大和朝廷に反旗を翻した大逆罪人。

*【雄谷氷沙瑪】――前世は羅刹の転生者。生前も死後も母禮に仕える忠義者。道満の播磨守就任を機に京に移った。

【コロポックル】――母禮の弟子のネクロマンサー。コロだのコロ助だの呼ばれる。

*【刃倶呂】――羅刹の男。氷沙瑪とは昔馴染み。

*【阿陀多羅】――荒脛巾に仕える神官。姫巫女様とも。

【亀姫】――阿弖流為の次女。猪苗代城城主。

【舌長姥】――亀姫の乳母にして側近。猪苗代湖のヌシとして崇められる蛇神。


【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)

*【江合えあい】――スピード特化の呪動船。モーターボートに近い。波に弱く外海に出るのは自殺行為。

*【亡霊衆】――母禮を大将、氷沙瑪を副将とする500人からなる人間の亡霊によって構成された水軍。1mの深さがあれば羅刹に勝てるほど水練達者で、呪動船も数多保有しておりわりと洒落にならない強さを誇る。

*【羅刹】――鬼と同義。蝦夷に住む鬼をそう呼んでいるだけ。

*【マヨヒガ】――富姫のために造られた常春の異空間。

【蝦夷】――陸奥や出羽にあたる地域に土着してた先住民。

*【荒脛巾】――蝦夷の間で信仰される神様。

*【猪苗代城】――蝦夷の拠点。最高の技術者集団である土蜘蛛監修の天守建築。

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