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平安幻想譚~源頼光伝異聞~  作者: さいたま人
3章 集結、頼光四天王
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【雄谷氷沙瑪】海路を往く

*人物紹介、用語説明は後書きを参照

*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています

 大枝山にある摂津源氏の拠点を出立し、2頭のペルシュロン()を交互に相乗りして駆り続けること丸1日、あたいたちの目に西の外海を背に半円状に丸太の塀を3mほどの高さに積み上げた町が見えてみた。


「おーい、あたいっすー。開けて欲しいっすー」


「おう嬢ちゃんか。外海の魚目当てか? そんなら、ここんとこ海が荒れてて漁に出れねえもんだからろくのもんねえぞ」


「違う違う。ちょいと陸奥まで行く用事があるから船を使わせてほしいっす」


 櫓の上の男が手をあげると、重厚な音を響かせながら太い丸太で出来た門が開かれた。


 若狭国に属するこの町は住人が250人程度。穢物けがれものの脅威を防ぐため町や村を塀で囲むのは当たり前っすけど、その高さはせいぜい1m~2m程度の簡単なもの。この町を囲む他よりも明らかに高い壁は穢物ではなく人を防ぐことを目的としてる。


 ここの住民は俘囚ふしゅうとは名ばかりの、反朝廷の気骨を隠そうとしない蝦夷えみしたちであり、陸奥と連絡を取るときの起点となる町として主様が用意した町。摂津にいる時なら陸路でここまで来てから船で運ぶよりそのまま運んでしまう方が楽なもんで、ここを使うのは京から緊急の場合のみ。住民たちもただならぬ気配を感じたようで、少し空気がぴりついてるっす。


 そんな空気の中、呪動船メンテナンスの責任者を任せてる1人の男が走り寄って頭を下げて来た。あたい1人の時じゃ取らない行動っすけど、一緒にいる全身を布で覆われてる相手がやんごとない方ということをしっかり嗅ぎ取ったのは大したもんす。


「お待たせいたしました。何でも『最上もがみ』を動かしたいとのこと。すぐに船員を集めますのでしばしお待ちを」


「ほいほい、そんじゃよろしく頼むっす」


 日高見が作られるまでは日ノ本において最大にして、唯一の外洋航海を可能とする呪動船『最上』。先の大戦ではあたいたち水軍の旗艦としても活躍した馴染みある船なものの、建造は難しく同型艦は4隻のみ。いくら腐食を妨げる術など津軽の技術の粋が詰められたものとはいえ、150年もの長い間最新鋭の船として現役を張り続ける姿には感動すら覚えるっす。


 ただまあそれなりにデカい船だけあって準備が大変。ここまで走りづめだったし、準備ができるまで少し休むっす。


『最上ではない。江合えあいだ。すぐに出航るぞ』


「は? 馬鹿なの? 死ぬの?」


 スパーンという軽快な音とともに感じる尻の痛みに、今のふざけた発言が主様の物だったとようやく理解した。最上や別の呪動船が係留されてる中、沖の方に積み石をして抑えられてる入り海の波にすら耐えられないと判断されて陸揚げされてる江合を見る。


 んーと? ここの住人とあたいは同じ感覚を持ってるようで安心っす。そりゃ1番速度も出るから播磨とのいざこざの時に使ったすけど、あれは四国と日ノ本に挟まれた穏やかな内海だから使えただけで、本来湖や流れの穏やかな川での連絡用に設計されたものっすよね?


 そして防波堤の先に目をやれば、門番が言ってたように冬が近づいてきたせいか、北風ビュービューからの波ゴウゴウの地獄のワンダーランド。


「え? 馬鹿なんすか? 死ぬんすか?」


 主様の発言と分かったので今度は敬語でリピートした結果は尻の痛みの倍プッシュ。


 海の怖さを重々知ってるはずの主様とは思えないんすけど? もしかして他人の体を使ってることで知能までその人間に引っ張られてる感じっすか――ってあたいの体じゃねえか、誰が馬鹿だこの野郎。


「あの、どうされました?」


「あー……最上じゃなくて江合を使うそうっす。なんで乗るのはあたいら2人で十分す」


「沈みますぜ」


 アイ、シンク、ソー、トゥー。あたいらの漫才を見て心配そうに声をかけてくれた男の方を見ながら、主様が肩をすくめる。


『我らは猪苗代湖に向かうのだぞ。越後国の阿賀野川をさかのぼれば猪苗代湖に最も早く着くのに、わざわざ津軽を経由するつもりだったのか? そんな進路を取るなら陸路を進んだ方が早かろうに』


「いや、倭人やまとびとの目が付かないように一気に陸奥に入ってから進むもんだと思ったんすけど」


 てかそんな川があったんすね。色々物資を運ぶ際は津軽に送ってたんで直通ルートがあるなんて知らなかったっす。確かに川を遡るとなれば、最上じゃ入り込めないってのは分かるんすけど、そもそも江合でたどり着けるのかってのが問題なわけで。


『貴様が我が下についた時にはすでに最上が竣工していたからな。いい機会だ蝦夷水軍の長たる、この盤具公いわぐのきみ母禮もれの操船術、しかとその目に焼き付けろ』


 自信たっぷりに語る主様に根負けして、あたいたちは江合を海面に下し乗り込んだ。内海を走らせた時とは違い、船尾に着いた動力には主様が触れる。


 正直言ってまだ恐怖はあるんすけど、あたいよりも古くから主様に仕えてたコロ助でも主様の操船技術について話題に出したことがないっすから、主様が江合を動かすなんてかなりレアな体験を出来るんじゃないかと期待が勝るっす。


 肉体からあふれ出るオーラを感じ、母ー禮ーやっさと叫びたくなるのを何とか抑える。これは猪苗代湖について初めにすることはコロ助に自慢することのなりそうっすね!



「――――なんて期待したあたいが馬鹿だったっすーーーーッ! ぎゃー、沈む! 沈むーーーーッ!?」


『少し黙れ、集中できん。しかしこれは……ふふ、久しぶりに生というものを実感する走りになりそうだな』


「絶対に舵取りとか任せたらダメな人間ヤツじゃねえっすかーーッ!!」


 うねる白波に翻弄されながら、酔っぱらったカエルはこんな跳ね方をすんのかなって感じで船が波の上を跳ねる。必死に船にしがみつくあたいを嘲笑うかのように、主様は楽しむように船尾に立ってるっす。表情は変わらないはずなのに、布の下から覗く瞳には怪しげな光が宿ってる。


 荒れ狂う波の上を進むのに動力を全開にして一切速度を緩める気のない狂気の航行。何度も横転しそうになるのを海面を凍らせて強引に持ち直させ、それでもひっくり返った時は凍らせた海面を叩き、蹴り、受け身を取って元に戻す。誰すか操船術とか抜かしたのは、ただの力業じゃねえっすか!


『ふぅむ。頼光と闘った時も感じたが、この体では術の精度が著しく落ちるな。表面しか凍らんせいで体勢を立て直そうとするたびに割れて体が海に沈みそうになる』


「そら本来の主様と昔のあたいじゃ妖力の量は比べるのもおこがましいくらいでしたからね!? 分かったなら安全第一で進むっすよッ!!!!」


『魂がひりつくのを感じるな。今日こそ辿り着こうではないか、水平線の向こう側の世界へとな!!』


「仏教でいう彼岸ってヤツっすかね!? 確かにこの苦行を乗り越えれば至れるかもしれねえっすねえ!?」


 波を乗り越えるたびにあたいの叫び声が響く中、船はやがて能登半島を越え佐渡を目印に舵を東に切って阿賀野川に入った。


 ――耐えきった。その安堵からあたいの意識は暗い闇に沈んだ。

【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)

【芦屋道満】――播磨の遙任国司。左大臣・藤原顕光に仕える陰陽師。

*【雄谷氷沙瑪】――前世は羅刹の転生者。生前も死後も母禮に仕える忠義者。道満の播磨守就任を機に京に移った。

【コロポックル】――母禮の弟子のネクロマンサー。コロだのコロ助だの呼ばれる。


【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)

*【大枝山】――京の城壁を西に出た先にある標高480mの山。中腹に摂津源氏の京に置ける拠点がある。

【ペルシュロン】――フランス原産の馬。ばんえい競馬でも使われ、体重は1tを超えるものもいる。ポニー程度の大きさしかなかった平安時代の馬に比べると規格外の大きさ。

*【西の外海】――陸奥の民から見て西に広がる海。日本海のこと。

*【穢物けがれもの】――穢を浴びて変質した生物。俗に言うところのモンスター。

【俘囚】――朝廷に降った蝦夷のこと。

*【呪動船】――呪符・術を動力に動く船。呪道具の1種。

*【最上】――小型のキャラック船に近い形状の呪動船。日高見と比べて横幅が広いため、安定性が高く外海航行に向いているが船速は遅い。播磨国(道満所有)、摂津国(道満から保昌に贈呈)、津軽、若狭国の町に1隻ずつ、計4隻が現存。

*【日高見】――ガレオン船に近い形状の呪動船。大量の積荷を積めるのに加え、8門の呪砲を搭載する。最上と比べて2.5倍くらいのサイズ。

*【江合】――スピード特化の呪動船。モーターボートに近い。波に弱く外海に出るのは自殺行為。

*【倭人やまとびと】――大和朝廷から続く、大体畿内に住む日ノ本の支配者層。蝦夷など各地域に土着してた人々から侵略者に近い意味合いで使われる。

*【神力】――生物が持つ超常を起こすための力。魔力・道力・気力・妖力と所属勢力によって呼び方は異なるが、全部同じもの。

【彼岸】――悟りの境地に至るのを邪魔する煩悩などを川や海に例えた向こう岸。悟りの境地のこと。

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