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平安幻想譚~源頼光伝異聞~  作者: さいたま人
3章 集結、頼光四天王
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【源頼光】ガチ勢

*人物紹介、用語説明は後書きを参照

*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています

「……左様でございますか。分かりました、摂津守は異国へ貿易へ向かってから未だ戻っておりませぬが、戻り次第伝えておきます。わざわざご足労頂きありがとうございました」


「うん、お願い。その虫にが人の目を食い破って外に出る瞬間目の前で見てたし、結構えぐいからちゃんと対策さえしてもらえればそれでいいから」


 色々と役人をたらいまわしにされて無駄に時間がかかったけど、ようやく説明も終わってホッとひと安心ってところね。確かに朝廷からの正式な使者ってわけでもない小娘の言うことなんて初めから疑ってくるんだから……ほんとにもう。よくよく聞けば道満さまの時は周りを俘囚ふしゅうで固めてたらしく、摂津守が保昌殿に変わった際に国衙こくがの役人が総とっかえになってるのは納得しかないけどさー。


 驚いたのは町の人間もそっくり変わってるらしいこと。確かに布を外して鬼の姿のまま出歩いたりしてたし、道満さまの正体を知ってる人をそのまま残すなんてことないとは思うけど、わざわざ他の町や村から芦屋に人を連れて来たと考えると大変だなと思う。


「ま、とにかくこれで摂津は終了。次は播磨ね」


「失礼いたします源頼光様。奥方様が摂津守の不在のお詫びをしたいとのことで、ぜひお屋敷の方までお立ち寄りくださいとのことです」


「あー……大丈夫よ。次もあるし、こっちが勝手に来ただけだし」


 走り出そうとしたところに役人から声をかけられたものの、逆にこっちの不手際を謝りたいくらいの急な来訪だったし詫びられる謂れもない。固辞していざ出発というときに国衙の門の外から綺麗な女性がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。


「いえ、そうおっしゃらずにおくつろぎになっていって下さいませ。頼光様に何のおもてなしもせず、お返ししたとあっては私が主人から叱られてしまいますから」


 なるほど。これは保昌殿が自慢をするわけね。


 ふっくらとした輪郭に切れ長の目。艶のある黒髪は地面に届かんばかりに長く真っすぐに伸び、よそおいは夫である保昌殿の趣味に合わせてるのか、着物でなくどこだかは分からないけど異国の物を自然に着こなしてる。


「さあ頼光様、どうぞこちらへ。主人が異国より仕入れました珍しい茶の1杯でもぜひ飲んでいって下さいまし」


 白魚のように美しい指を差し出され、少し考える。


 保昌殿には先の件で散々お世話になったし、せっかくの奥さんのご好意を無視したらやっぱり不機嫌になられるかな。そもそも酒呑たちと約束した日は5日後だし、今日中に播磨に行って京に戻っても、東国への出発が早まるわけでもない、か。


「それじゃ、1杯だけ……」


 そう答えるや否や、奥さんは私の右手に両腕を絡ませて来た。着物と違って体の線がはっきりと浮かぶ装束なだけに、押し付けられた胸の柔らかさが鮮明に腕に伝わって来る。


「うれしい。では早速屋敷までご案内いたします」


「ッ!?」


 なんだろ……下から見上げられた瞳に宿る怪しげな瞳に背筋が寒くなる。ぷっくらとした唇を桃色の下がゆっくりと1周舐める仕草は、周りで見てる男性から「ほぉ……」と言葉が漏れるくらい妖艶な美しさを醸し出してるんだけど、まるで蛇に睨まれた蛙になった気分で落ち着かない。


「ええと? 人の目もありますしその……動きづらいんですけどー……?」


「あら、いやだ私ったら。私は和泉式部と申します。この名も先夫が和泉守であったことと、父の役職をつけたものに過ぎませんので、どうぞ頼光様のお好きな呼び方でお呼びになってくださいまし」


「いや自己紹介じゃなくて、少し離れて――――ひゃん!?」


 いくらなんでも近すぎる距離感に戸惑ってると、旗袍ちーぱおの裂け目から手が差し込まれ、スパッツの上からお尻を撫でられて変な声が出た。


 とっさに腕を引き抜き距離を取ったのに、和泉式部さんは1瞬で間合いを詰めてくる。嘘でしょ!? 正直戦闘の心得なんて持たない普通の女性に見えるのに、間の詰め方が尋常じゃないんだけど!?


 背中が国衙の塀にぶつかったのを感じて横に逃れようとするのを防ぐように、伸びた和泉式部さんの腕が私の進路を塞いだかと思ったら、後ろにももう片方の腕が伸びて塀と和泉式部さんに挟まれるように逃げ場を封じられた。


「ふふ、びっくりさせてしまいましたね。でも大丈夫。これは異国では当たり前の挨拶ですから。そのうち慣れますわ」


「いや~……私は日ノ本式の方が良いかな~? あは、あははー……」


 やばい、本当にやばい。本能的な恐怖を感じる。門番の役人も見てみぬふりをしてるあたり、普段から保昌殿とこんな感じで挨拶してるのかもしれない……。だけど怖いものは怖いって!


 普通だったら力づくで逃げ出すところだけど、見た感じか弱き女性で保昌殿の愛する奥さん。力加減を間違えて大怪我でもさせたら面目が立たない!


 !? あれこれ考えてると目の前の和泉式部さんの顔がどんどん近づいてくる!? どうしよどうしよどうしよどうしよ!!!!


「頼もー! ここ……げほッ! ここに……! 源頼光は……う”ぉえ……来てないか!?」


「綱!?」


 門の外から聞こえた綱の声に和泉式部さんの腕が緩んだのを見てその下をくぐり門から顔を出すと、そこには膝に手をついて地面を見ながら肩で息をする綱の姿があった。


 なんかこういう姿、茨木まで走った時も見たわね……あれ以降一緒に走るときは速度を落としてるから疲れ切ってる綱を見るのは久しぶりだわ。


「ぐほ……げぇほ……頼光、やっと見つけた……うぼぉええ!」


「いや、まずは息を整えてからしゃべろ?」


 相当無理して走って来たのね。綱の疲れ果てた姿を見て興が冷めたのか和泉式部さんは少し離れたところから私たちのやり取りを見てる。


「げほ……頼光、すぐに戻って……京で……1大事……」


「! 落ち着いて、一体何があったの!?」


「いけずなこと。どんな大事であろうと主の手を煩わせない様、知れずに処理することが臣下の勤めでなくて?」


「ごほっごほっ! ま、言いたいことは、分かるんだけどねー……洒落にならなすぎることだけに、主の裁定が必要なんだよ」


 ようやく息が整ってきた綱が和泉式部さんの物言いを笑い飛ばす。保昌殿のことも知ってたわけだし、その奥さんも知ってるのね、とても初対面には見えない。軽いやり取りを終えた綱がこっちに向き直る。


「落ち着いて聞いて。火車がとうとう()()()()()()


ったか!? すいません和泉式部さん、今すぐ戻らなきゃいけなくなっちゃったんでお茶はまた今度ごちそうしてください! 綱、休んでる暇はないわよ!」


 いつかやるとは思ってたけど、洒落にならないにも限度があるっての! 頭を下げてお暇を願うとそのまま国衙の門を抜けて走り、勢いに任せて町の門もくぐりぬける。


 その時後ろを見るも、疲れのせいからか綱がついて来てない。とりあえず少しでも状況を知りたいから綱を待ってると、だるそうな気配を漂わせながらのんびりと外に歩み出て来た。


「ちょっと! 疲れてるのは分かるけど……ほら、おぶってあげるから乗って!」


「ん? 何でそんなに急いでるの? てか播磨はもう行ったの?」


 おいおい、門を出るまでに頭でも打ったのか? ほんの数分前にあんたが京に戻れって言ってきたんでしょうが。


「だから、火車がとうとう道満さまの事焼いたんでしょ!? 氷沙瑪ひさめは一体何してたのよ!?」


「え、道満たちが馬で出かけたの見てたよね? 頼光じゃあるまいしどうやって追いついたって言うのよ?」


 ……あんれ~? 言われてみればその通りなんだけど訳が分かんないんだけど? 私が混乱してるのを見てた綱がぷっと噴き出す。


「あははー、ごめんねー。でも具体的なこと言わずに、ああ何かやらかしたんだなって思えるのって頼光か火車じゃん? あの浮かれ女相手に迂闊なこと言って後で整合性取れなくなるとめんどくさそうだからねー。ふわっとしたこと言っただけだよー」


「……確かにやりやがったって言葉だけで、炎に包まれる道満さまの姿がありありと思い浮かんだけど――――もしかして、今私が持ってる火車の印象を、道満さまってかあんたも私に対して持ってるってこと?」


「え、うん」


 今さら何言ってんだと言わんばかりに真顔で言い返してくる綱。そりゃ緊張感が高まってる陸奥の入り口には近づけたくないはずだわ……。


 でもそれなら何で播磨の時は――――まあ、あの時も黙って座ってろってきつく言われてたし……それに最悪何かやらかして戦争になってもそれはそれでよしって感じだったからか……。


 微妙に私への評価に納得しかねてると、綱が私の肩に手を置いて表情を緩める。


「ま、なんにせよ無事で何よりー。保昌と関係が出来た以上、今後あの浮かれ女とも会うことがあるかもしれないけど、なるべく2人きりでは会わないようにねー。パクッといかれちゃうよー?」


「たしかになんか危機感を感じる人だったけど……あんた知り合いなのよね? どんな人なの?」


「ずーっと言ってた頼光ガチ勢の協力者だよ。頼光が爺さんに言われて参加した茶会、ほら鳥の穢物けがれもの倒しったって時、命を救われて惚れちゃったんだってさ。割とボクと同じ匂いのする奴だから気をつけてねー」


「どういうこと?」


「目的達成のためなら手段を選ばないってこと。保昌の嫁やってるのだって、覇成死合はなしあいの仕込みのために保昌を利用するためだし。ほら満仲おっさんがパパって呼ばれたいって言ってたの、あれあの浮かれ女が保昌を使って吹き込んだからだよ。京からわざわざ摂津に移ったのも、摂津源氏の長の頼光と深い関係にあるという妄想に浸って1人悦に入ってるとかなんとか」


「うわぁ……」


 正直……優しく叱られたいっていう綱がまともに思えるくらい、なかなかに理解しづらい考え方をしてる方みたいね……。あれだけ嫁自慢してた保昌殿が気の毒すぎるんだけど……。


「まぁ……うん。考え方は人それぞれよねー……。じゃあ京での1大事ってのは嘘なのね?」


「あははー、そだよ-」


 そういうことなら予定通りに行こうかな……。なんとも言えない気持ちになりながら私は播磨国・姫路に向かって走り出す。なんでもいいから少しでも早くこの場所から離れたかった。 

【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)

【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。

【渡辺綱】――摂津源氏。平安4強の1人。源氏の狂犬の異名を持つ。

【藤原保昌】――藤原道長配下。摂津守。異国かぶれの異名を持つ。

【和泉式部】――藤原保昌の妻。とある茶会で頼光に救われて以来、頼光に近づくために全力のガチ勢。綱曰く恋愛狂いの「浮かれ女」。


【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)

【俘囚】――朝廷に降った蝦夷のこと。

【国衙】――国府にある役所。

旗袍ちーぱお】――チャイナドレス。本来は満州人の衣装で、中国に入るのは清の時代以降。

*【穢物けがれもの】――穢を浴びて変質した生物。俗に言うところのモンスター。

*【覇成死合】――源氏間で行われる最も神聖な格闘イベント。

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