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平安幻想譚~源頼光伝異聞~  作者: さいたま人
3章 集結、頼光四天王
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【源頼光】不本意な任務

*人物紹介、用語説明は後書きを参照

*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています

「それではどうしやしょう? 猪苗代湖についてから話しやすか?」


「うーん、そこが主題になりそうだし、まずは違和感を感じたっていう2つの場所からお願い」


「かしこまりやした」


 大きく頷いた貞光は鎌の柄でトントンと床に広げた大きな地図の上の方……道満さまの地図と照らし合わせると陸奥の奥深くを叩いた。


「まずは1つ目はこちらでありやす。以前に頼光様より遠野にあるという常春の屋敷に住むご親友のお話をお聞きしやしたので探してみたんでありやすが」


「富ちゃんに会ってきたの!?」


 陸奥守になるっていう約束を果たしてからじゃないと何となく恥ずかしくて会うつもりはないけど、まさか貞光が探しに行ってたなんて!


 びっくりした隙に腕からすり抜けようとした火車を掴みなおす。全くもって道満さまへの殺意が高すぎて困るわね。ちょっと話に集中できないから、遠出には興味あっても話そのものには興味がなさそうな虎熊に渡しとこ。


「いえ、残念ながらそのご親友にお会いすることはできやせんでした。全ての民家を巡ったんでありやすが、どこにもそのようなお方はおらず……ただ、その中で山中のこの部分。ここにどう考えてもおかしい空白ができてしまうんでありやす」


「へえ? それはキミの能力不足なんじゃないのー?」


「天の動きを見て、地面を量ってもどうしてもこの一帯だけ記録できないんでありやして。まるでこの地を通った記憶が抜け落ちてるのか、そもそも空間が歪んでその地を通っていないのか。とにかく異質な場所があるのは事実でありやすよ」


「なるほど……だから結界があるって思ったわけね。たしかに急に季節が変わるのは普通じゃないか」


I bet(そらそうデス)。常春、異常な世界、デス」


 思い起こされるのは初めて屋敷を訪れた時、帰り際に富ちゃんは家に帰ろうとする私にまた来れるようにとおまじないをかけてくれたんだっけ。


『……結界を通れるのは許可を受けたもののみ。だが、何かの拍子でその許可が取り消された時のために、巧妙に隠した裏口を用意するのは不思議ではない。貴様がその友人の屋敷に辿り着けたのは奇跡に近い偶然だ』


「奇跡……奇跡か~」


「何わろてんねん」


「いやいや、あの出会いが天の思し召しだったと考えたら、余計に特別な縁を感じちゃうなって」


 なんでか茨木ちゃんから呆れた顔を……って道満さまの声聞こえてないと、いきなり奇跡、奇跡言い出した感じに見えてるのね。いけないいけない。


「なにはともあれ、そういうことなら仮に陸奥と坂東で戦争になっても、富ちゃんの屋敷が巻き込まれる可能性は減るってわけね。富ちゃんが安全なら他はいいとは思わないけど、それでも一安心だわ。それにはっきりと場所が分かってるなら昔の記憶を辿る必要もないし、よく調べてくれたわね、ありがと」


「ありがたきお言葉。それではもう1つの方に移りやすが、こちらになりやす」


 すーっと鎌の柄を南に移す仕草に合わせるように道満さまから投げ渡された地図と照らし合わせると、だいたい駿河国と相模国の間くらいで止まった。うん、さすがに陸奥との境と言うのは難しい。


「こちらも似たように、どうしても地図を作る中で空白ができてしまいやす。場所は足柄坂より南に3㎞ほど進んだ金時山という山でありやすね」


「そこにはなんか噂話とかないの?」


「何でも山姥が住み着いており、人の子をさらってはその肉を食らうだの、神通力を持つ妖怪に育てているだのというのはありやすね。手前は例の嵯峨源氏の隠れ里かと思ったんでやすが、そこは別に見つけやしたんで」


「よく見つけたね……ボクでさえ場所知らないんだけど?」


「俺様は割と興味あるな。強え奴の匂いがするぜ」


 それは確かについでに寄ってみてもいいかなって程度には興味あるけど、何よりも天后さんたち12天将が警戒するくらい坂東と陸奥の緊張が高まってるって話なら、まずは陸奥の話が最優先。


「……となると、やっぱり本命は猪苗代湖、だっけ? そこかな~」


「それなんだけどさー、そっちの貞光ってヤツ。かなり正確に結界の位置を把握してるみたいじゃん? ならすんなり入れてる場所に行く必要あるか?」


「いやいや、でも怪しくない? 結界についてはもしかしたら貞光が調査した後にできたものかもしれないし、天后さんに詳しい場所聞けばいいでしょ。それとは別に行ってみたくはなるでしょ」


「あたいは反対だ。頼光も知っての通り――その掛け声は本来大逆罪人である謀反人・母禮もれを讃えるものだぞ? あたいは気楽カジュアルに使ってるけど、亡霊が使ってるとなりゃそれこそ先の大戦の関係者なんじゃねえの?」


『氷沙瑪の言う通りだな。戦争に発展させまいとするのに、わざわざ朝廷に恨みを持っているだろう亡霊に接触する必要がない』


 ん~~~~……確かに道満さまと氷沙瑪の言うことは分かる……分かるんだけど~……。


「でも、先の大戦の主戦場って胆沢いざわ周辺でしょ? 胆沢は――――……」


「こちらでありやす」


 私の言葉に応えるように貞光がトントンと地図の1点を叩く。うん、記憶の通り遠野からそう離れてないわね。


「逆に先の大戦の亡霊がここまで坂東に近いところまで降りてきてるのが気にならない? こっちとしては戦う気はないし、なんならこの前火車とやったみたいに法要を行って成仏させてあげるとか――」


『成仏? 貴様、陸奥に住む者たちは今、仏教に帰依させられているのか?』


「え? いやまあ、寺社仏閣は多いし仏教徒は多いと思うけど、神社もあるし全員とは……」


「そうじゃなくて土着の神様の話とか聞かねえの?」


「陸奥の土着の神様……?」


 かなり真剣な顔で聞いてくる氷沙瑪に頭を働かせるも、思い当たるものがない。子供のころのことだしあんまり信仰とか考えたことなかったけど、何のことを言ってるのかしら。


「くくく……荒脛巾アラハバキ。陸奥のまつろわぬ雄たちが崇めし――――」


「黙れ、その面だけでも脳みそが沸騰するくらいイラつくのに、テメエがその名を口にするな。つーか誰だテメエ、頼光さっさとコイツ追い出せや」


「えぇ~……」


 話し方が嫌って話は結構言う人いるけど見た目……? てゆうか倭人やまとびとに対してでもここまで言わないのに、こんな態度をとるなんて氷沙瑪の何に引っかかったのかな……?


「悪いけど季武には助けられてるし、追い出すことはできないわ。それで今の荒脛巾様? っていうのがその土着の神様ってことでいいの?」


 なんかすごく嫌ってるみたいだし、田村将軍の子孫ってことは黙っておいた方がよさそう。


 田村将軍はたしかに蝦夷を平定したけど、その後は蝦夷のために尽力したから許してやるって人と、絶対に許さんって人に分かれるのよね。ちなみに倭人という言葉を使う人はほぼ間違いなく後者。氷沙瑪ともそれなりに付き合いも長くなってるけど、あからさまに田村将軍を嫌ってる節があるのは分かる。


 氷沙瑪は大きく舌打ちした後、頭をガシガシ搔きむしると私の目を見てくる。


「そうだよ。つーかそれが分からってねえなら、なおさら亡霊に近寄るのは止めとけ。信仰する神様を無視して成仏とかありえないから。そっすよねネコ娘?」


Of course(当然、デス)inferno(地獄)に引きずり込まれても、文句言えない所行」


『そういうことだ。京の蓮台野での法要が自信になってるのかもしれんが、迂闊な真似はするな。ただし気になるのは確かだ。私と氷沙瑪で見て来る故、貴様はそうだな……金時山とやらにでも行っておけ。もしかしたら兵を隠していて背後から攻め立てるつもりかもしれんぞ?』


「ぐぬぬぬぬ……」


 まさか火車を味方につけるなんて。でも行きたいのは仕方ないじゃん。


 播磨源氏との外交みたいに後ろ見てるだけでもいいし、というより仮に土着信仰が関わってくるなら、陸奥守になった時に備えて知っておいた方が良いのでは?


「そういや水は1度沸騰させてから使うんだっけ? 主様の治める播磨国が危ないかもしれないから、最速の方法で伝えないとー。ほらダッシュ、ダッーーシュ」


『ついでに摂津国にも伝えてこい。保昌は倭人ながら話が通じる。恩を売っておいて損はない』


 うーわ、ここぞとばかりに断りづらい任務をやらせるわね……。摂津の芦屋なら茨木ちゃんの鳥を飛ばした方が早いけど、播磨は鳥での伝達を出来るようにしてないから私が走るのが1番早い。


 どうせ私がまたやらかすとか思われてるのか、露骨に猪苗代湖に近づけないようにするわね……。そりゃ結局、前播磨守の目の怪我も私のせいだったし、そういう風に思われても仕方ないっちゃ仕方ないんだけどさ~。


「……はいはい、分かりました! 至急播磨国と摂津国に水の扱いについて伝えて、その後は金時山の結界の調査に行ってきます! それでいいんですよね!?」


 道満さまたちは満足そうに頷くと、早速デカ馬に乗って拠点を発った。私が追いつけないようにって事かしら? ならいっそ貞光をこっそり――駄目だ、道満さまは見えてたみたいだし。


「……はあ~仕方ないわね。それじゃ私はひとっ走り行ってくるから、その間に酒呑たちは1度戻って丑御前にも声かけてあげて。出発は――――……そうね、5日後ってことでいいかしら?」


「了解。ま、その結界っての中に入れるか分かんねえし、無駄足になるかもしれねえけど丑御前のために行くとすっか」


 無事東国行きの約束もしたし、先に面倒ごとを済ませちゃうか。綱たちに準備をお願いした私は西に向かって走り出した。



 頼光が拠点を出て数分後、準備をする綱がふと疑問に思ったことを口にする。


「……確か摂津にも行くって言ってたけど、保昌って異国から帰って来たんだっけ?」


 貞光はすでに蛇丸に飲まれ、季武は眠りについた中、食事の後片付けをする茨木が答える。


「まだなんちゃう? 異国の物品仕入れたら連絡していただけるよう鳥を置かせてもろてるし、その辺はしっかり約束守ってくれる方や思うし」


「だよね? ちょっと行ってくるねー」


「え、ちょ。準備しとけ言われとるやろ!?」


 茨木の答えを聞いた綱は履物を履くと急いで頼光の後を追った。

【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)

【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。

【渡辺綱】――摂津源氏。平安4強の1人。源氏の狂犬の異名を持つ。

【卜部季武】――摂津源氏。夜行性の弓使い。

【碓井貞光】――摂津源氏。源頼光の配下。平安4強の1人。影が薄い。

【茨木童子】――摂津源氏。大商人を目指す少女。商才に芯が通っている。本名月子。

【火車】――摂津源氏。ブリターニャ出身の精霊術師ドルイダス。生者を救い、死者を燃やすことを使命とする。本名キャス=パリューグ。

【猫精霊】――火車に従う3柱の精霊たち。青白い炎に包まれた手押し車を押し死体を回収して回る。

【芦屋道満】――播磨の遙任国司。左大臣・藤原顕光に仕える陰陽師。

*【雄谷氷沙瑪】――前世は羅刹の転生者。生前も死後も母禮に仕える忠義者。道満の播磨守就任を機に京に移った。

【酒呑童子】――大江山首領。人の体と鬼の体が同居する半人半鬼。相手の表情から考えていることを読める。

*【外道丸】――酒呑童子に取り憑き、半身を持っていった鬼。

【虎熊童子】――虎柄のコートを羽織った槍使い。

【富姫】――阿弖流為の長女。頼光の親友。

【天后】――12天将の1柱。後1位。天狐。狐耳1尾の麗人。貴人と違い大物感が漂う。


【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)

*【荒脛巾】――蝦夷の間で信仰される神様。

*【倭人やまとびと】――大和朝廷から続く、大体畿内に住む日ノ本の支配者層。蝦夷など各地域に土着してた人々から侵略者に近い意味合いで使われる。

【蓮台野】――墓地のこと。

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