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平安幻想譚~源頼光伝異聞~  作者: さいたま人
3章 集結、頼光四天王
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【源頼光】碓井貞光 その2

*人物紹介、用語説明は後書きを参照

*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています

「あなたには……手前の声が聞こえているんすかい?」


 当たり前のことをさぞ意外そうに目を丸くする赤毛の男。屋敷に控えてる武士の顔を全部覚えてるわけじゃないけど、なんか頭からうっすらと透ける蛇を被ってる? のはとにかく目立つし、初対面よね?


「こんな夜更けにあんな大きな声で叫んでたら、聞こえるに決まってるでしょ。親父まんじゅうにはいくら迷惑かけていいけど、他の人やご近所を巻き込むのは止めない? 正直私も眠れないし」


「おおお……」


 何この反応……。優しく叱った時の綱みたいな顔になってるのは一体どういうことやら……。


 さてどうしたもんかと悩んでると、入口の戸が開いて見張りの満頼が入って来た。


「ら、ら、頼光、な、な、何、何を、やってるの? お、お、お、大人しく、寝て?」


「私だって寝たいっての。でも、外であんなに大きな声で叫ばれたら寝るに寝れないじゃない」


「……お、大声?」


「そうよ。ほらそこの縁側に座って股下からこっちを覗いてる赤毛の人、あの人がさっきまで泣き叫んでたじゃない、うおおおおおおって」


 青生生魂アポイタカラの格子から腕を伸ばして外を指さすと、入口から室内に降りる階段から私の隣に飛びついた満頼もその先を見つめて――大きなため息を吐いた。


「ね、ね、寝ぼけて、い、い、いるんだね。い、い、いいから、お、お、おやすみ」


「え、どういうこと?」


 もしかして満頼の方を向いてる間にいなくなったのかと見返すと、喜びに震えるかのように顔をくしゃくしゃにしてまだ覗いてる。


「いや、そこにいるじゃん。なんか蛇を半透明の蛇を頭から被ってる変わった男の人。あれ、暗くて見えないとかないよね?」


 人によっては暗いとこだと目が見えないってこともあるみたいだけど、満頼に限ってはそんなことはなかったはず。なのにいくら説明しても寝ぼけてるって扱いなのひどくない?


「くくく……我、推参せり。姫君よ、この闇夜より御心をさいなまんとする憂慮より、今こそ解き放たん」


「ふあ~~ぁ。なんだよこんな時間に~閉じ込められる時間が長すぎて、ついにおかしくなった~?」


「いやいや、おかしくなってないって! あんたたちも屋敷の前の城壁に住み着いてるんだし、そこの人がさっきまで叫んでたの聞こえた――で……しょ?」


 養子縁組してるのに一緒に暮らすのは許されてないけど、何かあったらすぐに駆け付ける場所で住んでる綱に、夜になると合流する季武。


 てっきりさっきの叫び声を聞いて来たと思いきや……。窓に近寄ってくる2人が……赤毛の男をすり抜けて来た。あ~~~……あれか、時々ある霊魂ってやつだわ。


「ごめん、なんかあんたたちと姿が重なってるし、霊魂だったみたい。ふわふわしてるだけならともかく、叫ばれるときついわねこれ……」


 いっそ寝ぼけてたことにしようかと思ったけど、それはさすがにこの人が可愛そうね。今までも何度かあったけど、綱の奴一切信じないから言いたくないのよねー。


「あー、はいはい。人騒がせな霊感少女だねー。こっちも眠いんだから時間を考えて――――」


「お待ちくだせえ! 手前はここ京を拠点に自由武士をしておりやす碓井貞光と申す者! 先月碓氷峠の大蛇を退治いたしやしたところ、そいつに憑りつかれ周囲の方々から見えず、声も聞こえなくなってしまいやしたちんけな男でございやす! もし、手前の事を憐れと思うのであれば、どうぞ話を聞いてやってはくれやせんか!?」


「自由武士の碓井貞光?」


「んー? 昔から京で随一と呼ばれる自由武士だね。最近道を歩いてると良くその名を耳にするけど、そいつの霊魂がいるっていうのー? 死んだとは聞いてないけど」


 あれ、綱も知ってる相手なのね。本人の言う通りあの半透明の蛇が原因なら、吐き出してもらえれば見えるようになるとか? そうなると、綱たちに私が目に見えてないものも見えてるってことを分からせることもできそうね。


「えーと綱、今は信じないでいいから私の部屋まで来てくれない? 貞光殿はその2人について来てもらえれば」


「お心遣いありがたく……!」


 視界から消える綱たちを見送り、窓から飛び降りると満頼も続く。


 そして待つこと数分、入口が開いて綱たちが入って来た。


「はいはい、これでいいの? 次はせめてもう少し早い時間にやってよねー」


「くくく……無聊ぶりょうかこつ姫君を慰めるは我らが責務也」


 ぐぬぬ……言いたい放題ね。今に見てなさいっての。


 改めて一緒に入って来た貞光殿を見ると、相当背が大きい。それを頭だけで丸呑みにしてる大蛇は見る人が見たら卒倒ものなんだろうけど、陸奥の山野を駆け巡った私から見たら可愛いもの。何より富ちゃんが「姥様みたい」とちょっと変わった感想を言いながら喜んでくれたものだから、しょっちゅう捕まえて連れて行ってたという圧倒的な実績がある。


「えーと……、貴方が飲み込んでる人ペッてできる? そうすれば他の連中にも見えると思うんだけど?」


 鼻先を撫でると冷たい感触が手の平に伝わってきた。触られたのが意外だったのか、大蛇はクリッとした目をこっちに向けてチロチロと赤い舌を出す。……え、何これ。昔は富ちゃんが喜んでたから捕まえてたけど、思った以上に可愛いわね。


「貞光殿、この子、名前とかあるんですか?」


「いや、特にありやせんが……何だったら隙に読んでいただいて結構ですぜ」


「それじゃ蛇丸で。ね、蛇丸。貞光殿が困ってるし、ペッてできない? ペッて」


 体を撫でながら根気強くお願いすると、ずるずると体を引き大口を開けて貞光殿を外に出した。それと同時に周りで付き合いきれないって顔してた綱たちから呻き声が上がった。


「ほ、ほ、本当に、い、い、いたんだ……」


「えー……それじゃ今までやってた霊感少女ごっこも本当だった感じ……?」


「くくく……さすがの慧眼。我が身を焦がす漆黒の焔の本質を見抜き、艱難辛苦かんなんしんくから救った慈愛の眼差しが森羅万象を見通すを、疑念に抱いたことなし」


 なんか季武が調子いいこと言ってるけど、やっぱりどいつもこいつも信じてなかったわけね。ま、これで信じざるを得なくなったってことよねー、ふふん。


「……半ば諦めていたのでありやすが、まさか再びこうして他人様に存在を認識していただけるとは。改めやして手前は碓井貞光と言いやす。お見知りおきを」


 う……私としたら霊魂が見えるとかいう痛いヤツって見方を止めさせるのに利用させてもらったのに、こうして涙を流しながら跪かれると悪いことした気になるわね……。


 さすがにこのままじゃ気が引ける。膝をつく貞光殿の手を取り、少し強引に立ち上がってもらった。


「丁寧な挨拶ありがとうございます。私は源頼光と申します、それでこっちが手前から、源満頼、渡辺綱、卜部季武」


「どもーよろしくー」


 私の紹介に応える形でそれぞれが軽く挨拶をしてくと、貞光殿は驚きの声を上げた。


「まさか、平安4強に数えられる豪傑がお2人も。気安い様子でお話しされておりやすが、頼光様にお仕えしてるでありやすかい?」


「お仕えしてるとかそういう堅苦しい仲じゃないけど……なに? 綱たちそんなカッコイイ呼ばれ方してるの? 私は?」


「あははー! 筆頭が満仲おっさんで良ければ喜んで譲るけどー?」


「……それならいいわ。とりあえず、この綱は私の養子で、満頼は私をこの部屋に閉じ込める悪いヤツ。季武はちょっと変わった子」


「くくく……我は影。宵闇に潜み、影より姫君をあだなすダーサを射抜く魔眼の射手也」


「へえ……」


 なんとも困ったような声を上げた貞光殿は、せっかく立ち上がってもらったのにまた跪くと、深々と頭を下げる。


「手前は理想の主に仕えることを夢見て、自由武士として名を上げていた者。源頼光様、どうか手前を配下の末席においてやいただけやせんか。力を示せというのなら示しやす。どうか、どうか!」


「ええ……?」


 だからそういう堅苦しい関係とか嫌いなんだけどな……てより、私が貞光殿を見えてるってことで、理想の主とやらと錯覚してるだけじゃない? うまいこと蛇丸と仲良くなってけば、私がいなくても普通に他人からも見てもらえるだろうし、妥協するとこじゃないと思うんだけど……。


「へえ? 力を示すって、ボクらと闘うってこと?」


「必要とあらば」


 お? 余裕をもってる風で獰猛な顔をする綱だけど、踵に体重をかけて腕組んでる。1対1でも構わない場合は前のめりに構える綱が、まともに闘いたくない時にするくせのようなものだわ。


 私の直感も貞光殿がかなり強いと告げてるし……綱たちに譲るのはもったいないわよね。あまり広くない部屋だけど、距離を空けるため隅に歩く。


「それじゃ、私がやるわ。綱は合図をお願い」


「あははー、了解了解ッと、貞光もそれでいいよね? んじゃ行くよー、いざ尋常に―――」


「お待ち下せえ、平安4強のお2人を差し置いて頼光様が? それはいくらなんでも」


「勝負ッッッ!!」


 掛け声と同時に2mほどの距離まで1足で近づくとそこで大きく踏み切る。そのまま前に突き出した右足で、貞光殿の無防備な顎を討つ抜くと貞光殿は白目をむいて崩れ落ちた。


「はい、勝負ありっと。えげつなー……ボクもこんな感じだったのかー」 


「うーん、やっぱり女だと舐められるのかなー? 綱が旦那に入れ替わって命狙ってきたときと同じ蹴りの方が実力計れると思ったんだけど」


「主なき武士つわものどもが功を争いしは性の垣根なき魔境。そこに身を置きし者が性差で侮るなど、黄泉比良坂よもつひらさかを滑り降りる如き愚行也」


 臨戦態勢にあってなお直撃した綱と、闘う準備すらしなかった貞光殿。どっちが上か判断しろって言われたら難しいけど、別にそれはどっちでもいい。


 楽しみ優先で闘っちゃったけど、今の私は頼れる仲間を絶賛募集中。今ので心おれなかったらいいんだけど……。


 とにかく私たちは貞光殿が目を覚ますのをゆっくり待つことにした。

【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)

【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。

【渡辺綱】――摂津源氏。平安4強の1人。源氏の狂犬の異名を持つ。

【卜部季武】――摂津源氏。夜行性の弓使い。

【碓井貞光】――摂津源氏。源頼光の配下。平安4強の1人。影が薄い。

【源満仲】――源頼光、頼信、頼親の父。平安4強の1人にして最強。

【源満頼】――源満仲の弟・満季みつすえの長男。先天的に芯が通っていたため当主である祖父の経基つねもとの養子となり武芸を仕込まれる。平安4強の1人。

【富姫】――阿弖流為の長女。頼光の親友。


【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)

*【青生生魂アポイタカラ】――緋緋色金の色違い。綺麗な青色をしている。

*【自由武士】――主を持たない武士。穢物退治や物資輸送の護衛などで生計を立てる。俗に言う冒険者てきな方々

無聊ぶりょうかこつ】――退屈する。

【黄泉比良坂】――現世とあの世の間にあるとされる場所のこと。

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