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平安幻想譚~源頼光伝異聞~  作者: さいたま人
3章 集結、頼光四天王
120/175

碓井貞光 その1

*人物紹介、用語説明は後書きを参照

*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています


今さらではありますが、敬称に関しては以下の通りで使い分けてます

「~様」――尊敬・畏敬・忠誠

「~さま」――親愛・軽い侮蔑

「~サマ」――侮蔑・嫌悪

 碓井貞光――相模国の碓氷峠の近くに生まれる。地方豪族の娘である母からは、自身の父が坂東にて勢力を広げる平良文たいらのよしふみと聞いていたが、会ったことはなく実際の事は分からない。


 幼少のころ、地元の同年代の少年少女から父親がいないことをからかわれては喧嘩に明け暮れ、群れる同年代相手を打ち負かしていく中で、ただ数を揃えることの無意味を知り、徒党を組んで上に立つよりも自分を御せるほどの度量を持った主に仕えてみたいという思いが募っていった。


 やがて元服すると家に仕えるのを拒否。主を持たない京に上って自由武士に身をやつすと、その中でメキメキと頭角を現していった。すぐに貞光の元にはいくつもの仕官の誘いが来たが、どれも今1つ決め手に欠ける。すでに京に上って10年、25になった貞光はその日も詰所へと訪れた。


「これは丁度良うございました、貞光さま。実は最高の難度に指定される依頼が舞い込みまして、貞光さまがおいでになるのをお待ちしていたのです」


「ほお? どういう依頼ですかい?」


「相模国にある碓氷峠に大蛇が出るという話でして。京と坂東を続く道とあって、地元を仕切る豪族が討伐に兵を差し向けたとのことですが……こうして京の自由武士詰所にまで依頼が出るということは、討伐は失敗し、朝廷も地方の事と軽視しているのでしょう」


「相模国の碓氷峠、ですかい」


 すでに捨てたものと思っていた故郷での1大事と聞き、不意に芽生えた望郷の念にかられた貞光はその依頼を受け、見事それを果たした。


 この依頼が、その後の貞光の運命を大きく変えるとも知らずに――。


 激闘の傷を癒すため1ヶ月ほど湯治を行った後、京に戻るとすでに坂東からの人の流れから貞光の武名は轟いていた。しかし、みやこに戻って丸1日、朝廷に始まり右大臣邸、左大臣邸など有力者の屋敷を回った貞光は徒労から道の端に座り込んだ。すでに日は傾き空は赤く染まっている。


 耳を立てれば、家路を急ぐ民たちからも貞光の噂が聞こえるものの、誰1人として貞光の方を見ようとしない。道行く人を掴もうと肩に手を寄せても、まるでその間に薄い板でも差し入れたかのように人肌の感触は得られず。人の前に立って道を塞いでも、気づかずに歩く人とぶつかると、まるで自分が水にでもなったかのようにぐにゃりと歪んですり抜けた。


 大地を踏みしめて歩くことはできるし、熱いものに触れれば熱く、冷たいものに触れれば冷たく感じる。ただ、物を動かしたり、人に触れたり自分を認識してもらうようなことはできず、まるで霊魂が未練がましく現世にしがみついているような錯覚を貞光は覚えた。


 理由は分かっている。自分を飲み込むように纏わりつく、碓氷峠で退治した大蛇の霊魂。それに巻き込まれているのだ。その大蛇が口を開け、同じように飲み込んだものにだけは干渉できるものの、内側からその大蛇をどうにかすることは貞光には出来なかった。


 城壁に寄りかかり途方に暮れる。ただ自分の望む主に出会いたい。それを願って武名を上げ続けた結果が、このような事態になることは考えもしなかった。


 へまをすれば名が地に堕ち仕官先に見限られる覚悟も、死ぬ覚悟さえあった。それでも最高の名声を得たのに生き地獄を味わうことになる覚悟などはない。いっそ死のうかと半月ほど、大蛇の体内に入って来る食べられそうなものに手を付けないこともあったが、それでも死ぬには程遠い。飢えて死ぬにも、この場所では外と比べてはるかに長い間空腹の苦しみを味わわねければならないことを知った。


「おい聞いたか。主を持たぬ自由武士にとんでもない剛の者がいるらしいぞ。なんでも東国の豪族が1000の兵を差し向けても倒せなかった山のような大蛇を、たったの1人で討伐しちまったらしい」


「聞いたも何も、碓井貞光様だろ? 京周辺の穢物けがれもの退治なんかでも有名だっての。京に住んでて知らないヤツなんてただのもぐりさ。いやあしかし、貴族サマにへいこらして民を苦しめるでもない自由武士様ってのがいいよな~。きっと庶民の嘆く声に導かれて、東国に行ったに違いねえや。俺はもともと応援してる御方だから、京に戻られる際は盛大にお出迎えするつもりよ!」


 すぐ脇にとうの本人がいるのも気づかず、偶然出会った知り合いらしい男2人が足を止め、貞光の噂話に興じ始めた。かなり誇張して伝わる武勇伝を嬉しそうに話す様子に貞光の心は深く沈む。


「今言われる平安4強と言えば、源満仲・渡辺綱・源満頼・源頼親の4人だ。どいつもこいつも1癖も2癖もある頭源氏のヤツら。どうだい、いっそこの中の誰かと入れ替えちまうってのは」


「そりゃいいや。その中でだれかっていや源頼親だな」


 名前を上げた男はちょいちょいと手招きし、もう1人の耳に口を寄せる。ただその2人の体は貞光の体に重なっていて内容は丸聞こえだった。


「何でも源頼親は右大臣サマの命で邪魔ものを消しまくってるって話だ。とうの右大臣サマも『殺人上手』と呼んで重宝してるとか」


「なんだそりゃ。でもたしか大和国の国司になったって話だよな? そもそも京にいねえなら平安4強に数えるのも場違いだし決定だな」


「そんじゃ京中に広めてやろうぜ。今、京は貞光様の噂で持ち切りだ、文句言うヤツなんていねえさ」


 善は急げとその場から別々の方向へ去る2人を見送った貞光は今の会話を反芻する。名前が挙がったのは全て清和源氏の関係者であることは知っていた。


 源頼親とは違い、その父である源満仲率いる清和源氏が朝廷と距離を取り、朝廷もまたあえて関わろうとしないことから仕官先として考えていなかったが、あくまで自身の望みが理想の主にあり立身出世にないことを思えばそれは浅慮だったのではないか? そう考えた貞光は、最強と謳われる満仲ならば今の自分にも気付けるのではないかと満仲邸へ向かい、辿り着いた時にはすっかり夜の帳はおりていた。


 勝手に屋敷に上がり、大勢の武士たちとすれ違う。その誰もが貞光からしても相当な手練れと思うような者ばかり。貞光の生まれ育った家の郎党はもちろん、京で見た武士たちに比べても頭1つ抜きんでた強者たちだったが、それでも誰1人として貞光に気づかず通り過ぎてゆく。


「ふふ……ははははは、はーっははははははははは!!!」


 最早最後の拠り所としていた満仲と出会ったものの、やはり気づかれることはなく、失意の中縁側で座り続けた貞光だったが、ついに気持ちが切れてしまった。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 満仲邸を訪れて数時間、空に浮かぶ月を雲が隠し物音1つ立たない深夜、胸に浮かぶのは絶望だけ。それに飲み込まれそうになるのを否定するかのように貞光は叫んだ。


 涙を流すなどいつ以来だったか。子供のころでさえ喧嘩で他人を泣かすことはあっても泣かされた記憶はない。だがもはや泣き叫ばずにはいられなかった。群れることを否定しながらも、この広い世界で1人生き続ける苦悩を思えば仕方のないことだろう。


「うああああああああ! うああああああああああああああ!!!」


「……ぉーぃ」


「うおおおおおおお!! 何故だ!! 何故天はこのような仕打ちを……!!」


「……おーーーーい!」


 叫び疲れた貞光が肩を落として地面を見つめる。そこでようやく地面から聞こえるような女性の声が耳に入った。


「あ、やっと聞こえたかな? いや、もう叫ばないっていうならいいけどさ、こんな時間に泣き叫ぶとか止めてくれない? 何で誰も注意しないのかな……」


 声が聞こえるのは己が座る縁側の下から。身をかがめ注意深く縁の下を覗き込むと、発光する格子が4本浮かび上がり、その合間から女性が貞光の方を顔を出しているのに気がづいた。

【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)

【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。

【渡辺綱】――摂津源氏。平安4強の1人。源氏の狂犬の異名を持つ。

【碓井貞光】――摂津源氏。源頼光の配下。平安4強の1人。影が薄い。

【源満仲】――源頼光、頼信、頼親の父。平安4強の1人にして最強。

【源満頼】――源満仲の弟・満季みつすえの長男。先天的に芯が通っていたため当主である祖父の経基つねもとの養子となり武芸を仕込まれる。平安4強の1人。

【源頼親】――大和守。源満仲の長男で頼光の弟。道長からは殺人上手と重宝されている。


【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)

【坂東】――関東地方。

*【自由武士】――主を持たない武士。穢物退治や物資輸送の護衛などで生計を立てる。俗に言う冒険者てきな方々

*【穢物けがれもの】――穢を浴びて変質した生物。俗に言うところのモンスター。

*【頭源氏】――脳筋・戦闘狂など人によって意味が異なる。摂津源氏においてはそれぞれがイメージする頼光みたいな考え方のやつという意味。

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