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平安幻想譚~源頼光伝異聞~  作者: さいたま人
1章 摂津源氏結成
12/176

【源頼光】路地裏の出会い

*人物紹介、用語説明は後書きを参照

*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています


2025/1/02 修正

 ・序章の変更に伴う台詞の同期

 ・混沌のキャラクター性変更

 路地に入った途端、あれほど騒がしかった人々の行き交う声が消える。不思議に思って路地を出ると再び伝わる喧騒感。なんだろうこの感じ、何処かで―――


「あ、富ちゃんのお屋敷」


 いつ訪ねても春の陽気に包まれたあそこと比べるとすごく寂しい感じだけど、こんな不思議な場所って意外とそこらにあるものなのかな?


 見るとさっきの黒い人が5m程先に立っていた。呼ばれた気がしたけど何を話せばいいのやら……。


「えーと、こんにちは? さっき私のこと見てた気がするんだけどなにか――」


 用でもあるの? そう続けようとしたら周囲が黄色く染まり、ビービーとやかましい音が鳴り響く。


『Emergency! Emergency! 結界内に許可されていない生命体の侵入を確認。対策プログラムの確認――――Error。結界内に他者が侵入するケースへの対策が設定されていません』


「なになになに!? ここから出ていった方が良いの!?」


 これだけ騒がしいのに誰も様子を見に来ないってことは、この音は外までは届いてない。やはりこの不思議空間に勝手に入ったのはまずかったのかな。


 慌てて路地から出ようとしたところ、腕にぬらりとした感触が。ちょっと何よ――って肩から腕が伸びて私を掴んでる。そういえば私を呼んだのこっちだったわね。


「観測者の権限では対応不可能と判断。管理者に対応を求む」


 黒い影が両手を広げると、その後ろに真っ暗な渦を巻く穴が開く。そこに腕を伸ばし思いっきり何かを引き抜いた。


「へぶぅ――!!」


 穴から引っ張り出されたのは布を一枚だけ羽織った女の子。


 思い切り地面に叩きつけられそうになったけど、黒い人の肩から伸びた第3の腕が頭の下に入り込む。ぬるっとしてる分衝撃も少なそう。見た感じ怪我もないかな?


 ……ただなんていうか、この投げはすごく格好いいわね!


「えーと? 大丈夫……?」


 とりあえず落ち着いてきたみたいなので声を掛けると、ようやく私と目が合った。


「ああ……。正直まだ頭は痛むけど、とりあえずは大丈夫そうだ。…………大丈夫じゃないとしたらそうだね――どうにも見苦しいものをお見せしてしまってるようだ。すまないがショーツの1枚でも買ってきていただけないだろうか?」


 1度自分のむき出しになった下半身を確認したと思ったら無表情でこっちに向き直る。なんとも言えない状況に恥じらってるのは見ればわかるんだけど、それよりも――


「しょーつ……?」


 ……って何? うーん、なんとか力になってあげたいけど何が欲しいのかわからない。色々考え込んでるの私の姿に何か疑問を持たれたみたいで、黒い人の拘束を解いた女の子が声をかけてくる。


「ふぅん……。おかしなことを聞くようで申し訳ないけど、ここは一体どこだい? ついでに今が西暦何年かも教えてもらえるのだが」


 場所はともかく今何年だっけっていうか西暦? 暦なんて鴻鈞こうきん暦しかしらないしそれでいいよね? あれ、でも私って何年屋敷に閉じ込められてたんだっけ? 自分の年齢すら出てこないって、結構やばくない? つなは知ってたというか私の年齢から陸奥守の任期を逆算してたから……19? 23ってことはないよね……?


「平安京の東市の外れよ。西暦……っていうのは分からないけど、何年かと言われると……私の生まれが鴻鈞1990年で今19歳だから――ひい、ふう、み……鴻鈞2009年かな? 多分」


 うん。19歳。2択なら若い方を取るのは仕方ない。


「ふむ、鴻鈞暦……? それはいつを元年としているか分かるかい?」


 やっば……何だろこの常識として教えられてたものをがっつり説明させられる感じ。間違えたらどうしようと、手のひらが汗で湿ってくるのが分かるわ。


「えーと……たしか今の唐国が【殷】って呼ばれてた時、それを滅ぼした【周】って国の王様がつけたとか? なんでも力を貸してもらった鴻鈞道人っていう偉い仙人様を称えて建国1年目を鴻鈞元年って定めた……って話だった気がするけど?」


 そう伝えると目の前の女の子は、何やらブツブツ言いながらうつむいて考え込む。


 それが突然ピタリと止まったかと思ったら、ガバっと私の方を信じられないものを見るような眼で見つめてきた。


 おや、これは2択を間違えたかな? さすがにいくら自他ともに認める世間知らずの私でも、常識と思ってることを間違えてしまったとなると恥ずかしいが過ぎる。


「?」


 にっこりと。綱ばりの笑顔で私は何も間違えてませんよと主張する。なのに目の前の女の子は落ち着くどころか、かたかたと小刻みに震えだした。


 くそ、やはり綱の笑顔をお手本にしたのは間違いだったか……! 私から見ても胡散臭すぎるし!


「私がここで何をしていたかとのことでしたが、それにつきましてはこちらの上司から説明させていただきます」


 そんな気まずい雰囲気を打開してくれたのは他でもない黒い人だった。さっきまでビービー音を立て、わけの分からないことを言ってた人とは思えないしっかりした口調。


 そう言えば対応を管理者に委ねるって言ってたっけ。なにを管理してるのかはしらないけど。


「さあて、と。とりあえず状況がよく分かってないのだけれど……何かこいつが迷惑をかけてしまったのだろうか?」


「いや、なんか全身真っ黒な人がいるなーって見に来ただけなんだけど……」


「なるほど……。いや、そうだね。それなら良かったよ……ははは」


 なによこのよく分からないやりとりは! って、後からここに来たこの子より、私のほうが状況わかってるわけだし、こっちから積極的に話しかけてあげないと。


「それで結局あなた達はこんな市場の外れで何してるの?」


 あ、この子はいなかったのに「達」とか言われてもわけ分かんないか。私を邪魔者と見てたような黒い人と、私をここに留めようとした肩の腕の人の2人に言ったんだけど、管理者と言われたくせっ毛の女の子が汗を流しながら答える。


「ふむ、市場、市場ねえ~……。――ッ! そうそう! 私は占いをやっていてね! 運命に導かれたものだけに少しばかりの助言をしているのさ! 実を言うとこの影法師は選ばれたものにしか見えない――つまりキミは選ばれしものということさ!」


 あれから5分間、じっくりと話を聞いたわけだけど――この占い師さん凄い! 頼りになる。絶対何でも解決してくれる! そっか~私、運命に選ばれちゃったか~。陸奥守になることは運命か~当然と言えば当然よね! 富ちゃんと約束したときから、陸奥守になるのは決まってるのだから。


「よろしければお名前をうかがっても? 占いの材料になるからねえ」


「私? 頼光らいこよ。源頼光みなもとのらいこ


「【みなもとのらいこ】……。ふぅん、キミは女性ということでいいのかい? それとも佩刀はいとうしてるから男性かな?」


「結構間違えられる時あるけど、れっきとした女よ。でも女で佩刀してるのってそんなに珍しい? つなは女の武士なんて珍しいものじゃないって言ってたけど」


 と、言ってみたけど実際どうなんだろ? ウチの屋敷じゃ見たことないのよね。言ってるのが綱ってのも信頼ができない一因だし。まぁ今はどうでもいいか。


「それでどう? 私、陸奥守むつのかみになりたいんだけど、どうすればなれる?」


「そうだねえ。女性の武士が珍しくないのであれば、地道に手柄を立てていけばいずれ――」


「それじゃ遅いのよ!!」


 当然私が陸奥守になる最短の道を教えてもらえると思ったのに、返ってきたのは綱と同じ答えだったから思わず怒鳴ってしまった……。占い師さんなら『次の』陸奥守になりたいと理解してくれてると勝手に思ってたとはいえ反省、反省。ここはちゃんと状況を説明しないといけないわね。


「今年現任の国司の任期が切れるの。次に選ばれなかったら最低でも4年待たなきゃダメ。私はこれ以上富ちゃんを待たせる訳にはいかない」


 改めて時間制限ありの思いであることを告げる。


 他の人からしたら意味のない時間制限だけど、私にとっては絶対譲りたくない一線。ここを守り抜けるならどんな無茶でも辞さない覚悟はある!


 目を閉じて、大きく息を吸って吐く。


「私は陸奥守になりたい……いや、ならなきゃいけない。これは子供の時にずっと一緒に遊んでた、今も陸奥で1人で過ごしてる私の友達との大切な約束だから。今の私は仲間も少ないし、何をしたら望む未来にたどり着けるのか、全く分からず手探りで進んでるの。もし、あなたとの出会いが本当に運命だというのなら、どんなに難しいことでもいいから助言がほしい」


 とにかく親父まんじゅう覇成死合はなしあいで勝つことだけに必死だった今の私には知恵がない。それが甘えと言われたら反論できない。


 それでもどんな不可能な道でもやりとげてみせるという意志はある! その心意気が通じたのか占い師さんは何かを思いついたように声を上げた。


「あ―――妖怪退治か?」


「え?」


「そうとも! たった今運命の扉は開かれた! 妖怪退治さ! 人の身にあっては通常届かぬ物の怪を倒せばそれは圧倒的な功績! 今すぐ行動に移すべきだとも! 具体的に言えば何とか山に住む何とか童子をね!」


「具体的っていうわりには、かなり曖昧なんだけど……」


 しばらく考え込んだ占い師さんの結果が、なぜか口にした本人さえ疑問に思う感じだったのがなんか不安……。


「それは仕方ないだろう? 占いとは所詮道を示すもので答えを与えるものではないのだよ。でもねえ、この程度の運命を切り開けもしない者が真に陸奥守にふさわしいと、キミはそう思うのかい?」


 なるほど……! 言われてみればそうね。多くの人を飛び越して次の陸奥守になるためには、相当な困難な道をたどるしかない! 曖昧な情報であっても、それを探す中で様々な人と出会って人脈を増やすのも、陸奥守になるために重要だってことを暗に言ってるのね!


「なにもキミ1人で抱える必要はないんじゃないかな。綱さん、だったかな? 女性の武士は珍しくないって言っていたキミの仲間とも相談してみたらいいじゃないか」


「……なるほど。うん、それもそうね!」


 せっかくもらった助言を早速生かしたい! すぐに綱と合流して―――おっと、いけないいけない。


「そうだ! 何かお礼をしたいんだけど……荷物は綱に預けてるし何も持ってないのよね……そうなると―――……」


「いやいや、私は運命の導きに従っただけさ。お礼とかいいからさっさと行ってくれたまえ」


「うーんそれじゃ私の気持ちが――……うん、分かったわ。今度会えたときには改めてお礼をさせてもらうってことでいい?」


 私なりの感謝の気持ちを伝えたかったんだけど、ここまで固辞されたら仕方ない。占い師さんのこういうとこも信用できる。弟くんとかにも宣伝しといてあげよ。


「もちろんだとも。そういうことで結構ですから気をつけて―――」


 背中にかけられた優しい言葉を胸に、私は路地を後にした。

【人物紹介】

【源頼光】――源満仲の長女。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。

【渡辺綱】――源頼光の配下。平安4強の1人。源氏の狂犬の異名を持つ。

【占い師さん】――混沌。歪んだ平安時代を創り出した。

【黒い人】――混沌が未来観測のために用意した分身体。【観測者】と言われる。

【第3の腕の人】――アラクシュミ。結界の存在に気づいた頼光を招き入れ、混沌と接触するため利用。


【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)

*【鴻鈞暦】――周の武王が殷を滅ぼした年に制定した暦。鴻鈞元年=紀元前1046年。

【陸奥国】――現在の青森県、岩手県、宮城県、福島県あたり。



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