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平安幻想譚~源頼光伝異聞~  作者: さいたま人
3章 集結、頼光四天王
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【源頼光】自由

*人物紹介、用語説明は後書きを参照

*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています

「頼光、入るけどいいかな」


「叔父上? 珍しいですね」


 宇治橋の再建を見守った次の日の夜のこと、満季みつすえ叔父上が部屋を訪れた。


 そういえばどこに住んでるのか気にしたこともなかったけど、普段はこの屋敷に住まずに親父まんじゅうに用事があるときだけいらっしゃる人だけに、わざわざ部屋を訪ねて来るのは珍しい。


「んー……実は兄上のところにみことのりが届いたらしく呼び出されてね。頼光にも関係があるから一緒に来てもらえるかな」


「はぁ……???」


 詔っていうのは確か主上からのお言葉だったはず。そういう政治ごとに私が呼ばれるなんて今までなかったし、そもそも綱が言うところの主流源氏は、朝廷とは距離を取った組織だと思うんだけど……?


 どうにも要領を得ないけど、叔父上の後ろに続いて親父の待つ部屋に向かう。


「うっわ、きっしょ」


 部屋に入ると広げられた文の端を握りしめた親父が目からは血の涙を流し、ギリギリと嚙み締めた唇からも赤い血が流してる。


 いくら血吸ちすいで斬りつけても傷1つつけたことないってのに、そのあまりにも気色悪い姿に思わず本音がポロリと口から洩れてた。


「何故だぁぁぁぁぁッッッ!! 何故ぇぇぇ主上がこのようなことをぉぉぉぉぉッッッ!!!」


 おっと、ドン引きしてる場合じゃないわね……ないんだけど……。


 どうすればいいのか叔父上の方に目をやると、叔父上は親父が握りしめてた文を受け取り内容を読み始めた。


「……ふうむ、どうやら右大臣の意向が多分に含まれているんだろうけどね。清和源氏は摂津源氏に対して行っている嫌がらせを止め、仲良くするようにということだね。要は頼光を屋敷に閉じ込めるような真似は止せということだけど、このようなことに主上を巻き込むとは何を考えているのやら」


「え? 何で右大臣さまが……っていうか、それってつまり私がほんとの意味で自由になれるってことですか!?」


 これはあれかしら。道満さまが手を回して右大臣さまを動かしたってこと? 道満さまと氷沙瑪ひさめは無能呼ばわりしてたけど、すごい良い人じゃないの!


 ―――ってあれ? 右大臣? 道満さまが使えてるのって左大臣だったような……? 右? 左? ああもう、特に面会させていただく機会とかなかったから良く分からないわ。


 というより、宇治橋での戦いの事はまだ道満さまに話してないし、今になって自由にって動くのもなんとも――――。


 その時ふと頭に浮かんだのが晴明さんの顔。そうよ。きっとこっちだわ。


 何かしてほしいことはないかと尋ねてきたり、晴明さんは埋め合わせとして何かしてくれるつもりだった。それであの時の話の流れからこうやって動いてくれたに違いない。親父だって主上からの詔とあらば逆らうなんてこと……。


「…………綱から聞いたんですけど、主流の源氏って主上の事を下に見てるっていうか……詔を無視したりしませんよね?」


「たしかに【始まりの源氏】は天皇を超える存在となることを目標に、現在の主流につながる色々な制度を作ったからね。その生き残りである嵯峨の妖怪爺の教育を受けた綱はそう言うだろうし、その制度の中で一世を風靡した醍醐源氏にいた致公むねきみもその傾向がある。とはいえだ――」


 叔父上は1度言葉を切って、血の涙を流す親父を指さす。


「兄上のように1度でも主流を外れ、朝廷に忠誠を誓った者からしたら主上の言葉は天からの声に等しい。そのお言葉を無視するなんてことはできることではないよ」


 マジか!? 無敵と思われた親父にまさかこんな弱点が!? 殺しても死ななそうな親父が、こんなにも権力に弱かったなんて!


「それじゃ今度こそ私は自由になったってことですよね!? あ、そういうことならもう屋敷に住む理由もないし、さっさと拠点に引っ越す準備を――――……」


「ならぬうううううううううううううぅぅぅッッッ!!!」


 本気殴ったもんだから床だけじゃなくその下の地面も抉れて、辺りが大きく揺れる。他の部屋に控えてた武士たちも集まって来るし近所迷惑ったらありゃしない。


「頼光はぁぁぁこの屋敷でぇぇぇ暮らすべきなのだぁぁぁ! 多少の外泊ならともかくぅぅぅ屋敷を出ることはぁぁぁ許さぬぅぅぅッッッ!!!」


「いやいや、それが嫌がらせであって、主上の命により止めろって言われたんでしょ? だいたい、上の弟くんは大和国を受領して大和源氏を名乗ってるし、下の弟くんも最近正式に河内守になってそこで河内源氏を作ったって話じゃないの。今の私は摂津源氏の長だもん、清和源氏の屋敷に住むのもおかしいでしょ」


「道理ではあるね」


 摂津源氏の名付け親である道満さまは播磨守になってるけど、今の摂津守は保昌殿。仮に摂津源氏は摂津国にいないのはおかしいってなっても、普通に受け入れてくれるはず。


 叔父上も理は私たちにあると納得してくれてるみたいだけど、納得できてない親父が吼えた。


「そういうことならばぁぁぁ!! 摂津源氏を滅ぼすしかないぃぃぃ!! そもそもぉぉぉ摂津源氏などいうものがぁぁぁ存在するのが間違いなのだぁぁぁ!!!」


「はあ!? 今さら何言ってんのよこのくそ親父! いいじゃない、やってやろ――――」


 ……いけないいけない、うっかり勢い任せに受けて立つところだったわ。


 そう、今の私は摂津源氏の長。親父がめちゃくちゃなことを言い出すのはいつものことなんだから、いちいちまともに受けて皆を私闘に巻き込むわけにはいかない。


 そりゃ私だって武士だし? 虎熊や丑御前たち大江山の力も借りれば、存在自体インチキな親父さえいなければ清和源氏とはやり合えるだろうけどさ。戦わなきゃいけない時じゃなきゃ受けるべきじゃないよね。


「……はいはい、分かったわよ。何日もかかる遠出をする時だけはちゃんと許可取って出かけるけど、基本は今まで通りここで暮らす。それでいいんでしょ?」


 そんな返事に満足そうに頷く親父と感心したような顔をする叔父上。無理はないけど、絶対反発してくると思われてたわね。


 今はまだ親父と真正面からぶつかるには時期尚早。色んな人に出会って自分をもっともっと鍛えぬいたその時に、本当の意味で自由にさせてもらうわ。


 とりあえずは今は降ってわいた機会をふいにしない様、折れるとこは折れるしかないわ。ムカつくけど。



「ご主人! 一通り屋敷の中を確認してきたが、これという被害はなさそうだったぜ」


「そうですか。ありがとう大裳たいも


 人のものとは思えぬ咆哮が響くと同時に起こった地震。屋敷への影響を調べに行った大裳の報告を聞き、晴明はこぼれた茶を拭きながら安堵のため息を漏らした。


 晴明の屋敷は満仲邸から大洞院大路を挟んだだけのすぐ近く、先ほどの満仲の激昂のあおりを大きく受けた形だった。


「先ほどの絶叫、すぐ西の方からでした。きっと右大臣様から手配していただいた詔のことで、満仲殿と頼光殿との間でひと悶着あったのでしょう」


「わりとよくあることとはいえ、いい加減にして欲しいもんだぜ」


 完全に天狗道に堕ちたわけではないとはいえ、怒りに身を任せた結果半分は天狗となった満仲の沸点はかなり低い。そしてことあるごとに地面を揺らすほどの激昂を繰り返す満仲に対して、大裳が文句を言うのも仕方がないことだと晴明は思う。


「満仲殿からすれば頼光殿への嫌がらせ、つまりは部屋に閉じ込めることを止めろと言われるのは、許し難いことなのでしょう。今回は私たちのせいということで我慢ですよ」


「なあご主人……たしかに青竜や六合のことで迷惑かけたとは、あっしだって思うぜ? でもよ、あんな目立つ異国の装束を着て、妖怪たちを引き連れ京の周辺を練り歩くヤツを自由にするのは、治安に良くねえんじゃねえかな?」


「保守的な考えですね。とはいえ、私とて頼光殿を完全に信用しているわけではありません。本人の性格は善性ですし、敵にしたくないと思ってはおりますが」


「信用してねえってんならなんで、わざわざ道長に頼んでまで自由にしようとしたんだ?」


 大裳の言葉に晴明が手元に寄せたのは占卜の道具。陰陽師の仕事の1つとして、日ごろから多くの人間の吉凶を占ってきた晴明は自分の占いには自信を持っており、大裳もそれにたいして何の疑いもない。


「なるほど、自由にするが吉って出たわけか。それなら――」


「いいえ。石よ、頼光殿を自由にさせることは吉か凶か、その理を告げよ」


 食い気味に否定された大裳は、神力を込められかたかたと揺れる小石を見つめる。朱色の鳥居の下に吉と凶の文字、さらにその下には【いろは】から始まるすべての仮名文字書かれている1枚の紙。告理こくりと名付けられた晴明独特の占い方法は、基本吉か凶に石が動くのを見届けるのだが、今回はコロコロと【ひ】の文字のところに転がった。


「……どういうことでえ? 下の文字なんかただの飾りみてえなもんだと思ってたのに……ええと、【ひ】【つ】【せ】【ん】。ひつせん? いや必然、か?」


「はい。吉か凶かは告げず、そうしなければならないという結果です。これを告げるのは善なるものか悪かは判断できませんが、私は私の占いの結果に従います」


 もともと罪滅ぼしとして頼光の望むことをしたいと思っていた晴明は、多少の不安を覚えつつも天命に従ったのだった。

【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)

【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。

【渡辺綱】――摂津源氏。平安4強の1人。源氏の狂犬の異名を持つ。

【源満仲】――源頼光、頼信、頼親の父。平安4強の1人にして最強。

【源満季】――清和源氏。源満仲の弟。

【芦屋道満】――播磨の遙任国司。左大臣・藤原顕光に仕える陰陽師。

*【雄谷氷沙瑪】――前世は羅刹の転生者。生前も死後も母禮に仕える忠義者。道満の播磨守就任を機に京に移った。

【源融】――始まりの源氏の1人にして現・源氏総帥。嵯峨の妖怪爺などと呼ばれる。仙人の素質があると修行に誘われ姿を消したことで表では死んだとされている。夢小説をかかれるほどの美形で不老。

【源致公】――源満季の養子。本当の父は源忠賢。

【虎熊童子】――虎柄のコートを羽織った槍使い。

【丑御前】――大江山に住む鬼。頼光を姐御と慕う。

【安倍晴明】――藤原道長配下の陰陽師。狐耳1尾の少女の姿。

【大裳】――12天将の1柱。後4位。安倍晴明直属。陰ながら京の治安維持を務める。

【藤原顕光】――左大臣。

【藤原道長】――右大臣。

【青竜】――12天将の1柱。前5位。余元。金霊聖母の1番弟子で怠惰のドラゴン。

【六合】――12天将の1柱。前3位。玉石琵琶精。2股の尾を持つネコ娘の幻体を操る琵琶の精霊。


【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)

【詔】――天皇の仰せ(を書いた文書)。

*【血吸】――頼光の愛刀。3明の剣の1振り顕明連。

*【始まりの源氏】――嵯峨天皇から臣籍降下された皇子17名、皇女15名。現在生き残っているのは源融のみで、今なお嵯峨源氏を名乗っているのはその直系。

*【天狗】――魔縁により第6天魔王の眷属となった人間の総称。ドラゴンと同義。

*【神力】――生物が持つ超常を起こすための力。魔力・道力・気力・妖力と所属勢力によって呼び方は異なるが、全部同じもの。

*【告理】――はい・いいえのところが、吉・凶になっているこっくりさん。

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