【源頼光】宇治橋再建
*人物紹介、用語説明は後書きを参照
*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています
青竜たちとの激闘から半月と少し、橋姫さまに綱、それと私はその戦場で工事の様子を眺めてる。あの日から続いた日課もいよいよ終わりを告げようとしてた。
「よし、これにて完成だ! 皆の者ご苦労であった!」
工事の監督をしてた玄武さんの声に、工事に携わった数千人の人たちが大歓声で応える。
まだ日が昇り切る前、護衛の武士たちに守られつつ京に戻ろうとする人たちを見送ってると、近づいて来た玄武さんが声をかけて来た。
「どうにか完成しましたな。我が姉弟子の不手際、誠に申し訳なく」
「いえいえ! 会うたびにそうやって頭を下げられますと、逆に困るというか……ね、橋姫さま」
「ええ。こうやって立派な橋が架けなおされたのですから、みんなで喜びましょう」
「お気遣いありがたく」
胸の高さで左手を右手で握るように組み、頭を下げる玄武さん。大陰さんから殷というかつての大国の軍事司令官だったって話を聞いてただけに、てっきり下々の者に下げる頭はないって感じかと思いきや、今までに会った12天将の中で1番礼儀正しい。むしろ堅すぎるくらい。
それに役人たちをうまく使って、テキパキと工事を進めるその姿から軍事だけじゃなく内政にも長けた人だってことが良く分かった。
「まさか本当にこのわずかな期間で架けなおしてしまうとは……信じられません」
そう感じてたのは私だけじゃなかったみたいで、工事に携わった方々と入れ替わるように京のほうから歩いて来た晴明さんが呆れたような声を上げる。
「なに、時間のかかる木材の切り出しから乾燥、橋脚の基礎となる岩や石の組み上げといった部分は専用の宝貝がありますので。あとは人手さえ確保できればそう時間のかかるものではありませんよ」
「へー、てっきり武器だとばかり思ってたけど、そういう使い道のもあるんだねー」
「ええ、鴻鈞道人のよこした宝貝は戦いの道具だが、生活を豊かにするための宝貝を研究・開発することにすべてを捧げる仙人がおりましてね」
「あー、もしかして菡芝仙さん? でしたっけ?」
「……驚いた。こちらの国では名が知られているのですか? 闡教の奴らはその存在を確認できず、その宝貝研究の能力も我が師の力と思い込んでいたのに」
あの時大陰さんが定海珠を確実に止められるって言ってた名前を上げると、どうやら当たってたみたいで玄武さんが目を丸くする。
穢物の脅威や有力者の無理強いに晒されるこのご時世。生きていくのにやっとの人も多く、それこそ来世にかけようって人もいる中で、職人さんといい菡芝仙さんのように生活を豊かに便利にしようと力を尽くす人がいるのってなんかいいなって思う。
もちろんそんな物を作るくらいなら、その日のご飯を分けて欲しいとか思う人も多いんだろうけど、多くの人が今の生活が楽しくて長生きしたいと思う国づくりってのも、陸奥守になってからの目標の1つにするのもありかな。
「なんにせよこうして無事に橋が完成して何よりです」
「ええ、ええ。わたくしも他の方が川に身を捧げることなく済んで何よりだと思っておりますとも」
「そういえば橋姫さまはこれからどうなさるのですか? 橋姫さまと宇治橋の繋がりが絶たれたようですけど、またこちらの方でお暮らしに? 私としては拠点で暮らしていただければと思うんですけど、その方が茨木ちゃんも喜ぶでしょうし」
始めこそぎくしゃくしてたけど、もともとお優しい橋姫さまに今ではすっかり心を許してる茨木ちゃん。雑に切り捨てた髪の毛も、もともと床屋をしてた茨木ちゃんが切りそろえたことで、一緒に台所に立つ同じおかっぱ頭の後ろ姿だけ見ると、本当の親子だと思うくらい。
「そうねえ、どうしましょうー」
新しい宇治橋を見て考え込む橋姫さま。色々思うところもあるだろうし、じっくり考えてもらおう。答えを待って沈黙が広がったところで晴明さんが声をかけて来る。
「では京の外壁の補修が済んでおりませんので、私はそちらに向かいます。大裳にはきつく灸をすえておきますので、できることならば、今後の良いお付き合いのほどをよろしくお願いいたしたい。何か此度の事で要求がおありなら、出来る限りお応えしたいと思いますが」
「あ、それならあれから天后さんから何か情報ないですか? 坂東と陸奥の境になんか結界が敷かれてるって話でしたけど」
「いえ、特には。何か気になることでもあるのですか?」
「ええ、実は――――」
生まれが陸奥ってことと武蔵国に祖父上がいることを伝え、戦になるのかどうか心配してるんで情報が欲しいと言うと、晴明さんは顎に手を当てて「ふむ」と考え込む。
あっさりと終わった橋の修復とは反対に、東国の問題は何1つ解消されてないのよね。
「やっぱり直接見に行きたいけど、親父の説得がなー」
「あははー、びっくりするほど成功する気しないよねー」
この半月、屋敷にいる時はずっと東国行きを認めろって言ってるのに、頑として首を縦に振らない親父。道満さまも貞光もまだ帰ってきてないし、占い師さんの姿もどこにもなし。ならせめて天后さんから何か新しい情報が来てないかと期待したんだけど、それも空振りか。
天后さんからの連絡がないことは何も問題が起きてない証拠だと前向きにとらえるしかないわね……。
「東国行きを満仲殿より止められているので?」
「というよりも毎日屋敷に帰るように言われてまして。日帰りできない場所に行くのはなかなか――って東国ってそもそも、ここからどれくらい離れてるんだっけ? 姫路と比べてどう?」
「2往復と少しってくらいかなー」
「あれ、そんなもん? それなら――」
「言うまでもないと思うけど、片道ね」
「そりゃ日帰りで往復は無理ね……」
割と自由に歩けるようになってから行った1番遠い姫路を基準にしてみると遠さが分かるわね。全力で走り続けられればいけると思うけど、さすがに体力が持たないわ。
綱は「そもそも片道でも1日で行こうとするな」って目で見て来るけど、晴明さんはまた何か考え込んでる。
「東国へということは、天后殿の元へ向かわれたい、ということですかな?」
「まあ、その結界とやらの場所も分からないので、そうなりますかね」
そう答えると玄武さんは深々と頭を下げて来た。え、何で?
「もし、そうなりましたら我が師とも会うことになると思います故、先に謝っておくべきと思い」
「え? え? ――ああ、青竜がそのお師匠さんのとこにいるからですか? それなら、別に向こうも師匠に怒られたくないからって暴れただけで、私を狙って何かするようには見えませんでしたけど?」
「いえ、姉弟子ではなく……師の方が。私も頼光殿と初めて会った時に驚いたのだが、貴方は姉弟子の弟子、師にとっての孫弟子にそっくりなのだ。その孫弟子の死が、西岐との戦に参戦するきっかけになったくらい溺愛していただけに、そっくりな貴方に会った時の行動が予測できない」
「あー……そういえば青竜が一緒に怒られてくれみたいなこと言ったのも、それがあったのかもねー。もしかしたら、怒りをそらすためにすでに頼光の情報渡ってるかもねー」
「その場合は恐らくすでに1目見に来てるだろうから伝わってはいないだろう。ただ、見た目だけでなく性格もよく似たそいつが、私によく師の絡みがしんどいと相談しに来たので、迷惑をかけることになるかもしれないことを先に詫びさせてほしい」
「なるほど……」
そもそも東国に行く算段がつかないなかで、朱雀さんへ会うことの期待と心配をしてる間も、晴明さんは1人考え込みつつ京の方角へ歩いて行った。
【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)
【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。
【渡辺綱】――摂津源氏。平安4強の1人。源氏の狂犬の異名を持つ。
【茨木童子】――摂津源氏。大商人を目指す少女。商才に芯が通っている。本名月子。
【橋姫】――橋の守り神。元は橋建設のため人柱になった女性。
【大陰】――12天将の1柱。後2位。女媧の配下。混沌のことをパイセンと呼ぶ。小動物の姿で頼光たちに協力中。
【大裳】――12天将の1柱。後4位。安倍晴明直属。陰ながら京の治安維持を務める。
【安倍晴明】――藤原道長配下の陰陽師。狐耳1尾の少女の姿。
【芦屋道満】――播磨の遙任国司。左大臣・藤原顕光に仕える陰陽師。
【鴻鈞道人】――宝貝を配って戦争を激化させた戦犯。混沌の創り出した観測者のこと。周の武王には感謝されている。
【菡芝仙】――截教究道派の仙人。朱雀の盟友。
【玄武】――12天将の1柱。後3位。聞仲。金霊聖母の2番弟子で元・殷軍最高司令官。
【朱雀】――12天将の1柱。前2位。金霊聖母。余元・聞仲の師匠。截教のNo.2にしての求道派と呼ばれる派閥の長。
【青竜】――12天将の1柱。前5位。余元。金霊聖母の1番弟子で怠惰のドラゴン。
【職人さん】――とんでもない技術力を持つ。キャスケット+オーバーオールという服装。
【天后】――12天将の1柱。後1位。天狐。狐耳1尾の麗人。貴人と違い大物感が漂う。
【源満仲】――源頼光、頼信、頼親の父。平安4強の1人にして最強。
【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)
【宝貝】――仙道が扱う不思議アイテム。
【闡教】――元始天尊を長とする仙人の教派。
*【穢物】――穢を浴びて変質した生物。俗に言うところのモンスター。
【坂東】――関東地方。
【東国】――関東方面。