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平安幻想譚~源頼光伝異聞~  作者: さいたま人
3章 集結、頼光四天王
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【源頼光】募る東国への想い

*人物紹介、用語説明は後書きを参照

*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています

「乱の匂い……」


 陸奥守になれるかどうかだけを考えて来たけど、まさかまた蝦夷えみしと朝廷が戦になる可能性なんてこれっぽっちも考えてなかった。


 ううん。かつての大戦の経緯を知ってれば、朝廷に悪感情を持ってる人は絶対いるし、それに目を瞑って来ただけと言われたらそれまでなんだけど、それでも陸奥で暮らしてた中じゃ大半の人たちは朝廷に恭順してる。そうじゃなきゃ氷沙瑪ひさめやそのお父上みたいな俘囚ふしゅうなんてこんなに増えてない。


 今から150年くらい前、やまと朝廷が蝦夷征伐に乗り出した。それまではあっても小競り合い程度で、しかも朝廷側の内部抗争やらでぐだぐだだったらしいけど、いよいよ大軍を持って仕掛けた紀古佐美きのこさみ将軍が大惨敗。代わりに白羽の矢が立ったのが季武のご先祖様でもあり、日ノ本の大英雄田村将軍こと坂上田村麻呂。


 激しい戦いを何年も続けた果て、ついに田村将軍は蝦夷の英雄たちを降伏させるも、京へ送ったその2人の英雄は、その力を畏れた京の貴族たちによって謀殺されちゃったとか。


 当然蝦夷の人たちは怒り狂い、復讐の軍を起こそうとしたらしいけど、それを治めたのも田村将軍。軍を動かすんじゃなく、1人蝦夷に入り頭を下げ、京からの召還に応じることもなくその後の生涯の全てを蝦夷の復興と繁栄に捧げた。


 気の遠くなるような長い時間をかけて、道を歩けば石とか悪口が飛び交うのも全て受け止めて陸奥に尽くす姿に徐々に心を開いて、今は朝廷に、というよりも田村将軍の義に報いるために服従といった形を取ってる、それは住んでたから分かるのに。


「やっぱりこの目で見ないことには信じられないわね。大陰さんの言う通り、すぐにでも現地にいかないと……」


「あははー、待った待った。気持ちはまあ分からないでもないんだけどさ、あくまで何か怪しげな結界が張られてるってだけでしょー? それこそ妖怪がいるだけかもしれないし、戦だーって首突っ込むのは時期尚早だって。あんたもさ、うちの姫さん煽らないでくれる?」


 綱がいつもの嘘くさい笑顔を張り付けて大陰さんに抗議するも、不安を煽った本人は悪びれる様子もなく答える。


「いや~こうゆうのって、さっさと処理しないと心身に影響出るもんすよ~? これから寒くなってく中で病の原因にもなるっす。――――そういえば、ウチの連中に聞いたんすけど、頼光さんってなんか良い占い師の知り合いがいるらしいじゃねっすか~? その人に占ってもらうとかでもいいんじゃねっすか~?」


「占い師? 職人さんじゃなくて?」


 保昌やすまさ殿は摂津の芦屋に移ったし、京で親しくしてる相手なんて職人さんくらいなんだけど……って、あれか。親父まんじゅう覇成死合はなしあいした後の東市近くで会った。


「いやー……偶然1回だけ占ってもらっただけで知ってるってわけじゃ。今どこにいるかもわからないし」


「本当っすか~? なんかこっそり会えるような合図を知ってたりしないっすか~?」


 ……なんだろ。言葉は軽いし、綱と違ってすごく親しみやすい笑顔なんだけど、胸の奥底まで探るような妙な気持ち悪さを感じる。とはいっても知らないものは知らないし仕方がないわよね?


「あははー、そういえばその占い師に言われて妖怪退治ってなったんだっけ? 退治こそしてないとはいえ、それがなければあの日茨木にも行かなかったし、占いのおかげで良い結果に転んだのかもね」


「はあ? 占いなんて為政者が失策の言い訳に使うものじゃねえの?」


 頭に布を巻いて応急手当を済ませた虎熊が話に入って来る。この言い方だとこっちは全く売らないってものを信じてなさそうだけど、実際綱の言う通り、藁にも縋る気持ちで従った占い師さんの言葉が今に繋がってる。


「ん~……あの占い師さんはどこにいるか分からないし道満さまか、いっそのことこの機会に12天将を率いてるって噂の陰陽師・安倍晴明さんに占ってもらおうか」


「いやいや、絶対同じ人に占ってもらった方がいいっす。そうじゃないと意味ないっす」


「そりゃ出来るならするけどさ……」


「とりあえず、や。東国行きたいゆうても、頼光の場合親父さんの許可得んことにはしゃあないやろ? それに何日もかけるなら道満さまに1声かけて行かんとまずいやん。ひとまず道満さまが播磨から戻るまでに親父さんの説得と、それに合わせて占い師さんとやらを探すんでええんやない?」


「確かに……」


 ほんとなら今すぐでも飛び出したいとこだけど、やらなきゃいけないことが多いのも確かね。陸奥に絡むことなら道満さまと氷沙瑪も関心ありそうだし、むしろ一緒に来い命令だとかならないかな。


「くくく……凍てつく季節の風に乗り、時を待たずして影が光の姫君の下に再び現れん。その影は東国の報を告げんが必定」


「なんて?」


「あー、そういえば貞光は冬までに戻るって言ってたっけ。あははー、確かにアイツなら東国の情報持ち帰って来るかもね」


「もう1人の頼光のとこしか仕官先のねえ社会の廃棄物か。会ったら驚くって話だがどんな奴だ?」


「自称頼光の第1の配下。平安4強に数えられてるくらい武名は轟いてるけど、実際姿を見たことあるのが何人いるかな~? 常にどっかほっつき歩いてるしねー」


「1番ノ部下ト言イナガラ側ニ控エテネエノカ」


「綱の言い方に語弊があるけどほら、私ってずっと部屋に閉じ込められてたでしょ? そんな私のために日ノ本中を巡って色んな話を仕入れて来てくれるのよ。貞光って基本どこにでも入れるから」


「くくく……いるけどいない。誰が呼んだか『存在感が碓井うすい貞光』也」


「……ようやく意味分かること言うたと思たら、ド直球の悪口やんけ」


「ま、方針が決まったんなら良かったっす。もし占い師が見つかったら私にもこっそり教えてくれたら嬉しいな~なんて」


 そう残して大裳たちを連れ帰った大陰さんを見送り、私たちも帰ろうとしたところで、あれからずっと橋姫さまが宇治川の様子を眺めてることに気づいた。


 天后さんの言った通り、元通りになったのは川や山といった自然の部分だけで橋はかかってない。それに川が元通りの流れでも、吸い込まれてった魚たちは元通りにはなってないと思う。


「……橋姫さま。良かったらウチの拠点に来ませんか? ここに1人残っても気が滅入るだけでしょうし」


「あらあら、頼光ちゃんは優しいのね。でも大丈夫ですとも、わたくしは今までずっと1人で暮らして来たのですから」


 私より10㎝は背の高い橋姫さまだけに、常に見下ろされる形なんだけど、どうも目線が私の後ろの方に向いてるように見える。その視線の先には――……ああ、なるほど。


「大丈夫よ茨木ちゃん。初めに見たのが怖いとこだったから仕方ないけど、ほんとは橋姫さますごく優しいお方だから。橋姫さまも遠慮なさらず、せめて宇治橋が立て直されるまではうちにいてください」


 茨木ちゃんを怖がらせまいと遠慮する橋姫さまを、少し強引に誘うとやがて首を縦に振った。これと決めたことにはとことん頑固な方なんだろうけど、素の状態だと押しに弱いのは見て分かるし、この方がいいと思った。


 酒呑たちに橋姫さまを拠点にお連れすることを任せて、私は綱に連れられ屋敷に帰るべく夜道を進んだ。

【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)

【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。

【渡辺綱】――摂津源氏。平安4強の1人。源氏の狂犬の異名を持つ。

【卜部季武】――摂津源氏。夜行性の弓使い。

【茨木童子】――摂津源氏。大商人を目指す少女。商才に芯が通っている。本名月子。

【酒呑童子】――大江山首領。人の体と鬼の体が同居する半人半鬼。相手の表情から考えていることを読める。

*【外道丸】――酒呑童子に取り憑き、半身を持っていった鬼。

【虎熊童子】――大江山前首領にして最強の戦士。虎柄のコートを羽織った槍使い。

【丑御前】――大江山に住む鬼。頼光を姐御と慕う。

【橋姫】――橋の守り神。元は橋建設のため人柱になった女性。

【大陰】――12天将の1柱。後2位。女媧の配下。混沌のことをパイセンと呼ぶ。小動物の姿で頼光たちに協力中。

【大裳】――12天将の1柱。後4位。安倍晴明直属。陰ながら京の治安維持を務める。

【坂上田村麻呂】――日ノ本の大英雄。蝦夷を平定した。

【安倍晴明】――藤原道長配下の陰陽師。狐耳1尾の少女の姿。

【芦屋道満】――播磨の遙任国司。左大臣・藤原顕光に仕える陰陽師。

*【雄谷氷沙瑪】――前世は羅刹の転生者。生前も死後も母禮に仕える忠義者。道満の播磨守就任を機に京に移った。


【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)

【東国】――関東方面。

【蝦夷】――陸奥や出羽にあたる地域に土着してた先住民。

【俘囚】――朝廷に降った蝦夷のこと。

*【覇成死合】――源氏間で行われる最も神聖な格闘イベント。

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