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平安幻想譚~源頼光伝異聞~  作者: さいたま人
3章 集結、頼光四天王
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【源頼光】天后

*人物紹介、用語説明は後書きを参照

*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています

こうべを上げよ人の子よ。妾は友に頼まれこの地の後始末をつけに来たのみ。畏まられる所以ゆえんもなし」


 口元を隠しながら静かに語りかけてるだけなのに、不思議と頭に響くその声も貴船大明神を思い起こさせる。


 もしかして貴船大明神さまが私たちのその後をご覧になっておられて、この結末に他の神仏に話を通していただいたとかなのかな?


「後始末、ですか。失礼ですがあなたはその……神仏か何かで?」


「否。妾はただ数多の霊狐を統べる存在にすぎぬ。最もこやつらにとっては信仰の対象でもあるのかもしれぬが」


 その言葉に左右に分かれた狐耳の人? たちが一斉に頭を下げた。神仏というよりは天皇とかそういう感じなのかしら。


「妾の転移門は眷属でなければ通ることはかなわぬ。故に朱雀がこちらにこれぬ故出向いたのみよ」


「朱雀……つまり、テメエも12天将か?」


「然り。12天将後1位、天后」


 噓でしょ? 正直、これまでに会った大裳、六合、青竜、大陰さんとは格が明らかに違う存在。割と甘く見てた相手だし、名前の通りなら12柱しかいないはずなのに、ここまで差があるの? てゆーか、同格扱いされて不満とかないのかな?


 名乗りに警戒して私たちが構えたのを、天后さんは扇を閉じてゆっくりと首を横に振った。


「そう構えるでない。先ほども伝えたが、妾がここに来た理由は後始末にすぎぬ。後1位とあくまで妾の役割は後方支援、闘う力などありゃせんよ」


「……あははー。噓くせー」


 綱の言う通り、肌感覚的にも相当強い。しかも天后さんだけじゃなく、脇に控える狐耳の内、男の姿をしている方々も、今持ってるのは楽器だけど普通に大江山の鬼と比べても上位に入ると思う。


「はッ! 後始末とかこの状況をどうするってんだよ? 俺様にゃあ、俺様たちを始末して罪を擦り付けるつもりに思えたりするんだが?」


 虎熊の言う通り、さっきまで空に浮かんでた定海珠を中心として、地面が相当な広さで抉られてる。そのため本来は茅渟ちぬの海に向かう宇治川の水はそこへ流れ込んで大きな池となり、本来の川の下流は水が流れてない。


 北の指月の丘は消え、東の山々もその姿を変え、もはやどう始末をつければいいのかなんて分からないし、完全にお手上げの状態なのよね……。


「そうよな、確かに取り返しのつかぬ所もあるのは認めよう。然れども妾の力で正せるは、全て正そう」


 その星明りに照らされた大きな池の水面で、なかなかに喧嘩腰の虎熊の物言いをくつくつと軽く笑い飛ばした天后さんが答えると、右手に持つ扇を片手で広げ、左手を空に向かって伸ばす。


 それに合わせて左右に広がっていたお連れさん方は後ろに下がり、各々が持つ楽器を構える。


 すると空からの星の輝きが一層増し、水面に反射されることでさながら光の舞台を作り上げると、荘厳な演奏に乗って天后さんがゆったりと、時に激しく舞い始めた。


 ―――凄い。


 この世のものとは思えない美しさの光と音の饗宴。そしてそれすらもただのつまらないものにする圧倒的な演舞。


 その浮世離れした光景に少しの間目を奪われて、時間が経つのも忘れていると、しゃん、という一層大きな鈴の音が響くとともに、天后さんの踊りも終わりを告げた。


「まあまあ! なんという素晴らしい、お見事な舞でございましょうか!」


 橋姫さまが称賛の声を上げて手を叩くと、私も気づかないうちに拍手を続けてた。周りを見ると茨木ちゃんや綱、態度の悪かった虎熊でさえその舞の素晴らしさを讃えてる。――酒呑だけは体の構造上拍手が出来ないながらも言葉で賛美を送ってるけど、全員の心を打つ名演だったのは間違いないわね。


「よいよい。では役目を果たした故、妾は東国へ戻るとしよう。大陰、人の手の加わりし、みやこの城壁と宇治橋、倒壊した家屋の修理は晴明に任せると伝言を頼んだぞえ」


「は? いやいや役目って……そりゃ素晴らしい舞だったのは認めるっすけど、それを見せれば万事許されるとか、まさか思っ……て……」


 拍手の嵐の中、扇を口に当てて声をかける天后さんに、大陰さんが反論するんだけど、途中から様子がおかしくなる。


 なんで急に周りをきょろきょろしだしたりなん……か……!?


「はあ!?」


 大陰さんが絶句するのも無理がない。あれほど降り注いでた星の光が収まって辺りは暗くなったけど、遠くに見える影は間違いなく指月の丘。


 すっかりぬかるんでたはずの地面は硬く乾いた土になり、横からは川の流れの音が聞こえる。それに気づいた橋姫さまも宇治川の様子を確かめるように川に向かっていかれた。


 夢とか幻なのかと疑ってる頬に、涼しくなった秋の夜風が頬を伝う。その風に揺らされた穂先を垂らした収穫直前の様子の稲がさぁっと音を鳴らした。


「な、んだこりゃ……マジで狐に化かされてるんじゃねえだろうな?」


「大地の記憶を辿ったにすぎぬ。然れども人を化かすなど野狐やこのすること、この場にいる空狐や気狐に対しては侮蔑よな」


「ほんとすいません! こいつは他人の顔色をやたら気にするわりには、思ったことをすぐ口にしちゃうもので……悪気はないんです!」


 火車の神様を馬鹿にする発言もそうだけど、なんでこうなっちゃうかな!?


 綱と私で両側から酒呑の頭を掴んで無理やり下げさせながら、私も一緒に頭を下げて謝ると、天后さんは扇の裏で愉快そうにくつくつと笑う。


「よい、許そう。では今度こそ妾は戻る故、晴明への連絡、しかと頼んだぞ」


「いや~せっかく来たんすし、顔出してきたらいいじゃねっすか」


「先の会議の時、ぬしはおらなんだから知らぬだろうが、妾は今坂東と陸奥の境にある結界の解析に忙しいのよ。下手をすれば再びやまと蝦夷えみしが衝突する可能性もあるならば、少しでも東国を留守には出来ぬ」


「え、ちょっと待ってください! え? 陸奥と坂東で戦が起こるってことですか!?」


 まさに寝耳に水、聞き捨てならない言葉が聞こえてたから、何か黒い渦――多分さっき言ってた転移門とやらをくぐろうとする天后さんを慌てて引き留める。


「それを確かめるため、朱雀と共に調査をしておるところよ。ふむ、もしや東国に知り合いがおるのか?」


「はい、祖父が武蔵守むさしのかみで。――いや、それもそうなんですけど、私が陸奥の生まれで、陸奥守になって皆が笑顔で暮らせる国にしたいって思いもあって、そっちも心配というか」


「ふむ」


 天后さんは1言呟くと開いてた扇をぱちんと閉じる。


「現段階では何とも言えぬが、陸奥の生まれならば知っておろうが、間もなく陸奥は雪に閉ざされる。戦になるにしても来春以降となろう。今から心配しておっては体が持たぬぞえ」


 そう言い残して転移門の中に消えていく天后さんと眷属たち。


 確かに昔住んでた身としては、あの雪の中兵を動かすなんて簡単じゃないってわかるけど、それでも陸奥との間で戦が起こるなんて聞かされたら、落ち着いてなんていられない。


「いや~匂うっすね~、乱の匂いっす。そんなに心配なら首を突っ込めばいいじゃないっすか~」


 そんな私の焦燥感を煽るかのように、大陰さんが声をかけて来た。

【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)

【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。

【渡辺綱】――摂津源氏。平安4強の1人。源氏の狂犬の異名を持つ。

【卜部季武】――摂津源氏。夜行性の弓使い。

【茨木童子】――摂津源氏。大商人を目指す少女。商才に芯が通っている。本名月子。

【酒呑童子】――大江山首領。人の体と鬼の体が同居する半人半鬼。相手の表情から考えていることを読める。

*【外道丸】――酒呑童子に取り憑き、半身を持っていった鬼。

【虎熊童子】――大江山前首領にして最強の戦士。虎柄のコートを羽織った槍使い。

【丑御前】――大江山に住む鬼。頼光を姐御と慕う。

【橋姫】――橋の守り神。元は橋建設のため人柱になった女性。

【六合】――12天将の1柱。前3位。玉石琵琶精。2股の尾を持つネコ娘の幻体を操る琵琶の精霊。

【青竜】――12天将の1柱。前5位。余元。金霊聖母の一番弟子で怠惰のドラゴン。

【大陰】――12天将の1柱。後2位。女媧の配下。混沌のことをパイセンと呼ぶ。小動物の姿で頼光たちに協力中。

【大裳】――12天将の1柱。後4位。安倍晴明直属。陰ながら京の治安維持を務める。

【朱雀】――12天将の1柱。前2位。金霊聖母。余元・聞仲の師匠。截教のNo.2にしての求道派と呼ばれる派閥の長。

【天后】――12天将の1柱。後1位。天狐。狐耳1尾の麗人。貴人と違い大物感が漂う。


【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)

*【定海珠】――余元の宝貝。海に繋がっており、自在に海水を操れる。

【茅渟の海】――大阪湾。

【野狐】――天后の配下の狐の妖怪。

【気孤】――天后の配下の狐の妖怪。野狐の上位種。

【空孤】――天后の配下の狐の妖怪。気狐の上位種。

【東国】――関東方面。

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