【源頼光】宇治橋の戦い その14
*人物紹介、用語説明は後書きを参照
*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています
「えーと? 橋姫、さま?」
恐怖を押しのけつつ橋姫さまに声をかけると、橋姫さまはにこりと破顔してこちらに顔を向けた。うう、笑顔になっても雰囲気が変わらないからめっちゃ怖い。
「頼光ちゃん。つきましては腰の物を少し貸していただけませんか?」
血吸を? それは私が動いて、攻撃を橋姫さまが受け持ってくれるってこと?
私が抜けない以上、理屈としては分かるけど、橋姫さまのポチャッとした腕を見れば刀なんて振ったことがないことが分かる。ずっと刀を振り続けて来た私でさえ、虎熊や綱からダメ出しを受けるくらい刀の扱いは難しいのに、それを橋姫さまがこなせるとは申し訳ないけど思えない。
ましてや今は青竜に虎熊がへばりついてる状況。下手に振れば虎熊にあたるかもしれないのを預けるのはちょっと……。
「えっと、お気持ちは分かるんですけど……」
「うふふ、大丈夫よ頼光ちゃん。何も私はあの子を斬りつけようなんて思っていませんから。そう、誰も傷つけようなんて思っておりませんとも」
やんわりお断りしようとすると、両手を合わせた橋姫さまは私を安心させるように優しい声で返してくる。ただ、にっこり笑っていた目は大きく見開かれ、本来の目尻が少し垂れた切れ長の目をは、ギョロッと焦点があってない。
うん、師匠に怒られるのがどれだけ怖いのか分からないけど、青竜、あんた絶対怒らせちゃいけない相手を怒らせたよ。
とはいえ橋姫さまがここまでお怒りなのも無理はない。この渦に耐え切れず宇治橋は影も形もなく崩壊して、橋姫さまが守ろうとしてた魚たちも宇治川を流れてた水ごと定海珠の中に吸い込まれてしまったのだから。
多分今の橋姫さまはお友達が言ってた、理不尽な暴力で奪われるということを、心の底から理解できてる状況だと思う。
とりあえず橋姫さまの言葉を信じて、血吸の貸し出しを承諾すると、よいしょよいしょと言った感じで私の右脇に抱えられながら橋姫さまが鞘から抜いた。仮にその言葉が嘘だったとしても、私が青竜のとこまで行かなきゃ間違って虎熊を攻撃することもないし大丈夫でしょ。
一体何をするんだろうと注意を向けてると、橋姫さまは自分の首筋から外に向けて、血吸で後ろ髪を引き裂いた。
「な、せっかくの長くて美しい髪なのに―――!!」
なんてもったいない。もしかして初めても感情に錯乱してらっしゃるのかな? だとしたら血吸を貸し出した私の失策。なんか申し訳ないことをしちゃったと自省してると、橋姫さまは器用にそれを縛り、藁人形ならぬ髪人形を作り上げた。ご丁寧にも角と尻尾の生えて誰が見ても青竜だと分かるそれは大量の髪の毛で作られたためか、藁人形より3周りくらい大きい。
そして自分の右の親指を音を立てて噛み、流れ出る血で人形の腹に余元と名前を書き終えると、右手に持ち替えて鷲掴みにする。
「あかん……あかんあかんあかんあかんあかんあかん。これはあかんて。年季やばいて。綱の奴よく来ない人に狙われて生きとったな……」
わずかな量の血で名前を書かれただけなのに、紙で出来た人形の全身に血肉がいきわたったように、人形は赤黒い血水でその質感を増し、ドクンドクンと脈打ち始めてる。髪は女の命、女の情念の全てが籠る場所とは聞くけど、この髪人形はまさにそれを表してるっていうか……とにかく直視できないくらい、体の芯から凍えさせるようなおぞましさが溢れてる。
この有り様を見て茨木ちゃんもこれが呪いで、この方が綱を呪ってたということを理解した。
でもね、ちゃうねん茨木ちゃん。貴船大明神さまがご覧になってたら、きっともの凄く興味津々だったに違いないくらいすごいことやってるけど、年季がこもってるどころか、この方呪いを覚えたの昨日やねん。
「貴船流秘呪・髪形代」
そう呟くと橋姫さまは、親指で人形の右腋下、人差し指で右肩、中指で左肩、薬指と小指で左腋下という形で掴んだ右手をぎゅうッと握りしめた。
「うおッ!?」
戸惑いと驚愕の入り混じった虎熊の悲鳴に空を見上げると、青竜の体が胸から肩にかけて髪人形と同じ形で潰れてた。
内腑までやられてゴポッと鮮血を吐いた青竜が、虎熊に絡みつかれたまま下へ下へと堕ちていく。あれ、これもしかして……死んだ?
とにかくこれで術者は倒したわけだし、風が収まったらすぐに生死の確認を――……。
「って! なんで? 全然収まんないじゃないこの風!!」
最低でも気を失ってるだろう青竜が真っ逆さまに落ちてるから吸い込みが収まったのかと思いきや、どうやら風を起こしてるのも身を守るのも術が原因じゃないらしい。じゃあ、定海珠に手をかざしてブツブツ言ってたのは何だったのよ!
「万仙渦って、宝貝の1部機能を止めることで暴走させる術らしいっす! だから止めるには術者を倒すんじゃなくて、宝貝自体を修復しねえとダメっす!」
「そういうことは先に言えや!!」
大陰さんに対してキレる酒呑だけど、どっちにしろ青竜があのままじゃ邪魔されてただろうし、確実に1歩ずつ進んでると考えるしかない。
「大陰さん! あなたには止められないんですか!?」
「いや~、私は殷と西岐の戦争が終わった後に合流したんで、宝貝とかよく知らねえんすよね~。戦後だとなかなか使う機会ないわけで~」
「じゃあ誰なら止められるの!? 心当たりは!?」
口調は軽いけど真剣な目をする大陰さんも何とかしたいという気持ちは一緒だと思う。私の問いに顎に手を当ててほんの数秒考えこむ。
「確実に止められそうな知り合いは、青竜の師匠の朱雀とその盟友で同じく究道派の仙人・菡芝仙っすね。なんとか行けるかもってくらいでいいなら玄武と白虎も。ただ朱雀は東国に、菡芝仙は偽名を使ってないことで察して欲しいんすけど、日ノ本に来ずに唐国で研究しつつ後方支援って感じで~」
「道具の修理なら職人さんや! あの人ならいけるはずやって! すぐ連れてこんと!!」
確かにあの職人さんなら何とかしてくれるか持って期待はあるけど、京に来るのは不定期だし、そもそも日が暮れる前に店をたたんで羅城門から出ていくから今の時間には絶対いない。
なら可能性にかける形になるけど玄武さんと白虎さんとやらを連れてきてもらうのが――。
空の定海珠を見上げた先、星空の中からまるでその夜空を体に巻き付けたかのような、キラキラと輝く大きな手が2本、みょーんといった感じで降りて来る。その手が暴走する定海珠を包み込むように優しく握ると、辺りに吹き荒れる風の流れが止まった。
「ちょ―――――」
何が起きたのか分からないけど助かった、そう思ったつかの間。定海珠によって空に持ち上げられた岩やら土やらが、まるで雨のように降り注いでくる!
それを何とか潜り抜けると、地面が揺れたことで目を覚ましたのか、青竜が虎熊を担いだままがばっと身を起こした。良かった生きてた。でも相当怖かったのか誰の目でも分かるくらい体をブルブルと震わせてる。
「……今の戮魂幡。やばい……師に……バレた」
「あ、何言ってやがんだ? それよりテメエ、よくも散々暴れてくれやがってからに」
青竜が小声で何か言ったみたいだけどよく聞こえなかったわね。風が収まったことで虎熊は青竜の背中から離れ、上から押さえつけるように背中に膝を当てる態勢に変える。
「――! 虎熊! 上ッ!!」
「あ?」
再び伸びて来た両手の内の片方が虎熊の襟を掴むと、ぺいっという感じにこっちに向かって投げた。もう片方の手は青竜を掴んでる。
橋姫さまの呪いで体がボロボロなのか、それとも単純にめんどくさいだけなのか、青竜は暴れることなくその手に掴まれたものの、とても悲しそうな目でキョロキョロ辺りを見渡し、私とばっちり目が合った。
「化、師に怒られるの……ヤダ。……一緒に」
「いや、なんでやねん」
1瞬ものすごく驚いた顔をした青竜だったけど、私に一緒に来てと手を伸ばすも、代わりに茨木ちゃんからツッコまれながら夜空に消えていった。
「ええと? 何だろこれ天罰ってやつ? でも師に怒られるって言ってたみたいだし、東国から戻って来てたってこと?」
「どうなんすかね~。会議から半月ちょい経ってるっすから、戻って来ててもおかしくないっすけど~」
「いや、あ奴は今なお妾の手伝いで東国におるぞえ。妾の転移門をくぐれるのは妾と眷属のみゆえ、な」
急にかけられた声に振り向くと、十二単衣を身に着けた狐耳の女性が、万仙渦によってぽっかりと開いた穴に川の水が流れ込み、池となった水の上に立っていた。
4柱のこれまた狐耳をした童女がその裾を濡らさないように持ち上げ、その両脇に15柱ずつ楽器を持った狐耳の男女が立つ。
つい数時間前、お目通りをさせていただいた貴船大明神に似た空気を纏う女性に、私は思わず膝をついて頭を下げてた。
【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)
【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。
【渡辺綱】――摂津源氏。平安4強の1人。源氏の狂犬の異名を持つ。
【卜部季武】――摂津源氏。夜行性の弓使い。
【茨木童子】――摂津源氏。大商人を目指す少女。商才に芯が通っている。本名月子。
【酒呑童子】――大江山首領。人の体と鬼の体が同居する半人半鬼。相手の表情から考えていることを読める。
*【外道丸】――酒呑童子に取り憑き、半身を持っていった鬼。
【虎熊童子】――大江山前首領にして最強の戦士。虎柄のコートを羽織った槍使い。
【丑御前】――大江山に住む鬼。頼光を姐御と慕う。
【橋姫】――橋の守り神。元は橋建設のため人柱になった女性。
【六合】――12天将の1柱。前3位。玉石琵琶精。2股の尾を持つネコ娘の幻体を操る琵琶の精霊。
【青竜】――12天将の1柱。前5位。余元。金霊聖母の一番弟子で怠惰のドラゴン。
【大陰】――12天将の1柱。後2位。女媧の配下。混沌のことをパイセンと呼ぶ。小動物の姿で頼光たちに協力中。
【大裳】――12天将の1柱。後4位。安倍晴明直属。陰ながら京の治安維持を務める。
【朱雀】――12天将の1柱。前2位。金霊聖母。余元・聞仲の師匠。截教のNo.2にしての求道派と呼ばれる派閥の長。
【菡芝仙】――截教究道派の仙人。朱雀の盟友。
【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)
*【血吸】――頼光の愛刀。3明の剣の1振り顕明連。
*【定海珠】――余元の宝貝。海に繋がっており、自在に海水を操れる。
*【髪形代】――呪術の天才橋姫が、怒りや怨念を込めた自分の髪で作った人形を使う奥義。防御力・属性耐性・状態異常耐性など全て無視できる。イメージとしてはキン肉マンの王位争奪戦に出て来る超人預言書のページを作り出す感じ。単体相手なら作中最強技だが体がない幽霊などには無効。
【東国】――関東方面。
*【究道派】――金霊聖母を長とする截教の派閥。ストイックに修行のみを追求するが、殷の聞仲を迎え入れたりと、修行に全力で臨みたいという俗世の人間を迎え入れるくらい懐が深く、門戸も広い。
*【戮魂幡】――朱雀の宝貝。孫弟子の遺品。幡に繋げたい場所の地図を描くとそこに実際空間が繋がり、手を伸ばすことで相手を魂ごと捕らえることができる捕縛用宝貝。捕らえられたものはろくに力が入らなくなり強い抵抗が出来なくなる。また稼働する道具を掴んだ時は、強制的にその機能を失わせる。
*【外法・万仙渦】――師匠から禁忌とされている青竜の奥義。小さな珠に圧倒的な質量を持たせることでブラックホールを作り出す術。