【源頼光】宇治橋の戦い その13
*人物紹介、用語説明は後書きを参照
*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています
「うおおおおおお!? な、ん、じゃ、こりゃああああああ!!」
「あっはははは! 使い物にならないって言ってたのに、大江山に帰ったら丑御前にお礼言いなさいよ!」
「全く、だな!! そうさせてもらうぜ!!」
まるで天地がひっくり返ったように、土が、木が、岩が、ボコボコと盛り上がって空に浮かぶ定海珠に向かって落ちてく。
そんな中、虎熊と、綱を抱えた酒呑と、橋姫さまを抱えた私が、飛び跳ねられそうな場所に、周囲の環境の影響を受けない気力で作った道を連続で跳ね回る。
丑御前から教わってなかったら多分何もできずに終わってたし、鼻で笑って覚えようともしなかった虎熊も必死に使ってる辺り、やっぱり命がかかった状況だと人でも鬼でもとんでもない力が出るものなのね。
「いやー、参った参った。どうやるのか聞いてなかったから、すっかりお荷物だねー。ほら酒呑、きりきり跳んでくれよー」
「ああ! ああ! 分かったからお前は楽してる分、頭使ってくれや! 何か策はねえのか!?」
「そうだねー……。頼光が虎熊倒したときの蹴りもこれの応用なんだよね? なら、あの余元ってのを直接叩き潰せるんじゃない?」
「連続で、跳び続けてないと、あっという間に吸い込まれかねないのに、蹴り何か叩き込んだら、そこで足が止まって、吸い込まれる、っての!」
「そだねー。でも忙しく動き回ってるから見えてないかもだけど、あの余元ってやつあんな近くにいるのに涼しい顔してるからね。打撃じゃなくて組み付けば吸い込まれないで済むんじゃない?」
綱の言葉に見上げてみると、確かにあんな近くにいるのに青竜はびくともしてない。それを確認した虎熊が青竜の背中を取れる方向に動いた。
「なるほど! ならその役目は両手の空いてる俺様だな。もともと奴とは闘うつもりだったし――な!」
そういうと虎熊は空高く跳び上がって青竜の背中に張り付くと、両足をお腹に、両腕を首に巻き付ける。
「遠慮なく行かせてもらうぞオラ――っぐ、コイツの首どうなって――硬ッてえ――!!!」
虎熊の両腕に遠目からでもよく分かるくらい青く太い血管が浮き、鉄の柱でも軽くへし折りそうなくらい力が入ってるのが見える。
それなのに青竜は顔色1つ変えず、ただ背中に張り付いた虎熊に対してうっとうしそうに尻尾を打ち付けた。
股下をくぐらせるように振りかぶり、鞭のようにしなった尻尾を何度も何度も背中から頭にかけて打ち付けられた虎熊の頭からは、どくどくと血が流れだし額から目の下まで真っ赤に染まる。虎熊の体も相当硬いのにとんでもない威力だわ。
「あははー……こりゃ笑えないねー。あれかな満仲みたいに傷つけられない的な?」
「……そうね、ドラゴンってやつはほんとに厄介だわ」
綱の言葉に同意しつつも、何かひっかかるわね。とはいえ、このまま手をこまねいちゃいられない。ダメならダメですぐに次の手を考えないと。
すると虎熊の近くにミドモコみたいに緑と黄色で目立つ髪の、羽衣をかけた女性が暴風に抗いながら近づくのが見えた。手には壊れた琵琶を抱き、近くに大裳が浮かんでる。
「首から上に何をしても無駄っすよ! なんか仙骨っていう仙人になるためには必須の骨があるらしいんすけど、余元の場合首から上の骨が全部そうらしいんす! 余元を捕らえた闡教の仙人たちも、どうやっても首を落とせず鉄の箱に詰め込んで海に沈めたとか!」
「仙骨か! 確かに、嵯峨の爺様もそれがあったから仙人の修行に誘われたって話だったよ。普通の骨より硬いんだね」
今の声と話し方、ミドモコと同じ。ということなら大陰さんで間違いなさそうね。いつの間に合流したのか分からないけど、ミドモコを通じて危機を察して手伝いに来てくれた感じかしら。
「はッ!! 仙骨が、何だってんだ!! 長年修業した人間でも砕けねえとしても! 長年修業した鬼なら! へし折ってやれるってこと見せたらあああああああああ!!!」
「あ、箱から脱出しようと如意乾坤袋に周りの水全部入れようとしたら、その水の入った宝貝のあまりの心地よさになまけ癖がついて異形になったっす。そん時、仙骨の強度も何倍にもなったとかなんとか。ついでにその時、如意乾坤袋に着いた別名が『仙人を駄目にする敷布団』」
「敵を討ちそびれたどころか、強化してんじゃねえよ! 闡教の『せん』は戦犯の『せん』か!!」
なるほど、違和感の正体が分かった。さっき私がふらついて足踏んだ時痛がってたんだ!
「虎熊ッ! 他の場所はともかく足の指だけは絶対効くわ! そこ狙って!!」
「簡単に言いやがるッ……!!」
定海珠のすぐ近く、暴風の中心にいる虎熊はそう簡単に体勢を変えられないみたい。何より体を反転させようにも、あの尻尾がある限り無理そうね。
「私が行くしかないか、酒呑! 悪いけど橋姫さまの事も……」
酒呑に何とかして橋姫さまを渡そうとしてると、北の方から……! とっさに空に向かってから地面に戻る道を作り、時を計って地面を踏み切る!!
「~~~~~~!! よっし、ギリギリ……!!」
飛んできた茨木ちゃんと季武を何とか掴んで戻るも、腕が攣る!! 重さはなんてことないけど、片腕で2人は無理!!
「デカイ方寄コセ頼光ッ!!」
季武を外道丸に渡すと、左腕から茨木ちゃんの震えが私の体にも伝わってくる。
「何なん……? 何なんコレ。世界の終わりやん、京もすぐ飲み込まれるで……」
2人を助けるため跳び上がった空から、1瞬だけだけど、遠くの京の城壁もバラバラと壊れるのが見え、2人がいたはずの指月の丘もすでに3分の1くらいまでその高さが失われてる。
ほんとすぐにでもどうにかしないといけないのに、私も酒呑も両手がふさがって虎熊の援護に行けない! これはもう上の2人に全部任せるしかないのかな……?
「頼光ちゃん――」
そんな焦れる気持ちに、冷や水をかぶせるように響いたのは、今まで押し黙ってた橋姫さまの声。それはさっきまでの聞く人の心を落ち着かせるようなのんびりしたものとはまるで違う。まるで黄泉比良坂から響くような血をも凍えさせるような響きを持ってる。
「どうしましょう頼光ちゃん。わたくし、どうしてもあの子の事、この手で懲らしめてあげたいという気持ちが収まりませんの」
多分生まれて初めての怒り。その戸惑ったような声に橋姫さまの顔に目を向けて、すぐに視線を戻す。
そこには、大江山でも見たことがないような『本物の鬼』の形相があった。
【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)
【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。
【渡辺綱】――摂津源氏。平安4強の1人。源氏の狂犬の異名を持つ。
【卜部季武】――摂津源氏。夜行性の弓使い。
【茨木童子】――摂津源氏。大商人を目指す少女。商才に芯が通っている。本名月子。
【酒呑童子】――大江山首領。人の体と鬼の体が同居する半人半鬼。相手の表情から考えていることを読める。
*【外道丸】――酒呑童子に取り憑き、半身を持っていった鬼。
【虎熊童子】――大江山前首領にして最強の戦士。虎柄のコートを羽織った槍使い。
【丑御前】――大江山に住む鬼。頼光を姐御と慕う。
【橋姫】――橋の守り神。元は橋建設のため人柱になった女性。
【六合】――12天将の1柱。前3位。玉石琵琶精。2股の尾を持つネコ娘の幻体を操る琵琶の精霊。
【青竜】――12天将の1柱。前5位。余元。金霊聖母の一番弟子で怠惰のドラゴン。
【大陰】――12天将の1柱。後2位。女媧の配下。混沌のことをパイセンと呼ぶ。小動物の姿で頼光たちに協力中。
【大裳】――12天将の1柱。後4位。安倍晴明直属。陰ながら京の治安維持を務める。
【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)
*【定海珠】――余元の宝貝。海に繋がっており、自在に海水を操れる。
*【ドラゴン】――『心を見透かす者』の名を冠する悪魔王(第6天魔王と同一存在)、またはその眷属(天狗と同一存在)を指す言葉。
【闡教】――元始天尊を長とする仙人の教派。
【指月の丘】――現在の桃山丘陵。
【黄泉比良坂】――現世とあの世の間にあるとされる場所のこと。