宇治橋の戦い その12
*人物紹介、用語説明は後書きを参照
*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています
(これが万仙渦ッ!! 聞いた以上にやばい術じゃねえっすか!! てゆーか――――!!)
必死に青竜の近くから離れたというのに、あっという間に引き戻された大陰は、獣の姿のまま大裳と六合をかばい続けるのは不可能と判断して人型を取っていた。
獣の姿こそ本来の姿ではあるが、人型を取ることで貴人たちと合流する際、混沌が作ったという宝貝に対抗するものとして女媧から与えられた神具・風纏羽衣を扱うことができる。
もともと風の術を得意とする獣は、風の術の効果を高めるその神具のおかげでギリギリ万仙渦から仲間を守ることができていた。
「私が聞いた話じゃ、絶対にこういう使い方するなって意味で、朱雀が使い方を教えた術ってことなんすけどッッッ!!!」
『万仙渦』とは文字通り1万のというわけではないが、大勢の仙人によって生み出す渦というのがその名の由来であり、金霊聖母を屠るために敵対する教派の闡教の仙人たちが総がかりで放った術と聞いていた。
殷と西岐の戦争後に合流した大陰は、異形と化して術の威力と精度の上がった余元なら1人で使えかねないから、禁忌として伝えた術があるということを知識としては知ってたが、実際に見るのはこれが初めて。
そもそもさっき青竜を起こすときに、うかつにも言いはなってしまった「めちゃくちゃやってくれちゃって、1回師匠に怒られた方がいっすよ」という軽口の結果、師匠から口酸っぱく説かれた禁忌を、こうも簡単に置かす事態が予想外だった。
*
――約2000年前 朝歌城手前 西岐軍幕舎
「申し上げます! 竜吉公主様、洪錦様討ち死に!! 万仙陣より手勢を逃さんと奮闘しておられたところを金霊聖母の手にかかり……!!」
兵士の報告に幕舎の中の仙人たちに動揺の波が広がる。その中、燃燈道人は血の涙を流しながら地面を拳で叩いた。その加減を知らない1撃により燃燈道人の拳はずるりと皮がむけ、白い骨が顔を出している。
「おのれ公主様までもが!! もう許せん! 今すぐ我が打って出て、今度こそ奴の首を挙げてやる!!」
「落ち着け燃燈道人。そうは言うが貴様とて先ほど逃げて来たばかりではないか。いやはや、なんという素晴らしい陣だ。人の可能性ここに極まれりといったところかな」
「陸圧道人、貴様ァ―――!! なぜそのように嬉しそうに笑う!! まさか内通しているのではあるまいか!! いや、こうもたやすく公主が討たれたのだ、そうであるに違いない――!!」
胸ぐらをつかまれた陸圧道人はあしらうように鼻で笑う。
内通などというのは言いがかりに過ぎないが、遠い未来での破滅を防ぐことが目的の陸圧道人――アラクシュミにとっては人間の成長は歓迎すべきこと。
まさか仙人とはいえ、人の身でありながら己と混沌から力を分けられた観測者たる鴻鈞道人が、2柱で挑んでも『絶対に勝てない』と判断せざるを得ない人間が生まれるなど思いもしなかった。それはもちろん万仙陣の中ではという条件はつくが。
仙人が言うところの陣とはすなわち、複数の仙人が互いに力を合わせ、自らの状況を優位にするための結界である。
10柱の仙人が互いの陣を曼荼羅上に展開し強力な道力を生みだすことで、それぞれの陣で1対1の闘いを強制させる10天君の10絶陣。
封じ込められた宇宙の根源たるモノを使役するための宝貝――混元金斗を扱うために、兄の敵討ちに現れた3仙姑が、全ての道力を混元金斗に注ぐために敷いた九曲黄河陣。
通天教主の大号令の下、截教・説義派全員で敷かれた、截教の道義を理解できぬ者の生気を吸い続け、死に至らしめる誅仙陣。
ここまで進軍する道中に敷かれた陣の全てを西岐軍は打ち破って来たし、いくら截教最強の仙人とは言え、本来複数で作るべき陣を1人で作って何になると、西岐軍は完全に高を括っていたのだが、その想いは完全に打ち砕かれた。
万仙陣――その効果は陣内にある宝貝のそれぞれを媒介に、金霊聖母の能力を完全コピーした幻体が現れ、その宝貝を用いて戦う陣。その幻体を倒せば媒介にしていた宝貝は破壊され数は減るものの、逆に中で宝貝を持って戦っていた仙人が倒されると、その宝貝を媒介に幻体の数が増えるというもの。ならば本体を倒せば済むのかと言えば、幻体がいる限りその幻体と媒介にしていた宝貝を犠牲に、犠牲となった幻体のいた場所で復活するという徹底ぶり。
ゲーマーのアラクシュミが未来で少しだけ触れた三国時代を舞台とする無双ゲーでたとえるなら、『虎牢関に近づいたら違う武器を持った呂布が複数同時に出現して暴れまわり、味方武将が敗走するとその武将が持っていた武器を使う呂布が増えて暴れまわる』という、ゲーム機を壁に向かって投げつけたくなるレベルのクソゲーだ。
「丞相! 武王様がお越しです!!」
伝令の兵士を押しのけるように幕舎に入って来た西岐軍の総大将は、礼をとろうとする西岐の丞相・姜子牙を制止してすぐに本題に入る。
「今、朝歌城を偵察していた密偵が戻ったのだが、やはり城内に紂王と蘇妲己の姿が見えぬようだ」
「……なるほど、それでは万仙陣の中にその姿を見たという報は正しいということですか」
武王の言葉に姜子牙をはじめ、その場にいる仙道たちが呻る。
そう、ゲームという仮想の中でも時間の無駄だと諦める陣の攻略を、命の懸かった現実で続ける理由がこれだ。
敵の王を討たねばこの戦争は終わらない。ならばこの万仙陣の攻略は必須なのだ。神の視点からしても攻略不可能という結論なのだが、それでもアラクシュミは姜子牙に期待する。
アラクシュミからしたら、未来で読んだ小説に出て来た宝貝という道具の制作を、別の国の神に頼んだだけだったが、その中で小説の登場人物と同じ名前の仙人や道士が生まれ躍動している。
いわば架空の歴史にもかかわらず、それに沿って歴史の修正力が働いているのではという不思議な状況なのだが、事実小説内では『~が~を使って戦った』『~が~によって討たれた』程度の記述が、現実に起きているのも見て来た。
ここまでで小説との1番大きな違いは、通天教主を懲らしめる程度だったはずの誅仙陣の戦いが闡教と截教の1大決戦となり、参加した截教の仙道は全て封神されたこと。これは難易度Normalで進行していたのが急にHardに変わったようなもので、その余波により本来最終決戦である万仙陣の戦いが、唯一誅仙陣に参戦していなかった金霊聖母だけになり、難易度Easyと思いきやLunaticだったことだ。
とはいえ小説の中では、今報告のあった竜吉公主と洪錦だけが万仙陣の戦いでの犠牲者。ここでも修正力が働くならば、すぐにでも万仙陣は攻略されることになる、はずだ。
それがどうやってなされるのか、アラクシュミは小説の1登場人物の視点で今を楽しんでいた。
「……金霊聖母。宝貝博士と異名されるほど、闡教、截教の仙道が持つ宝貝の性能を熟知した仙人。それ故に初めて扱う宝貝でさえ、その幻体が本来の持ち主と同等以上に扱うことができる」
1人呟きながら策を練る姜子牙の姿を、皆が静かに見守っていると何かを思いついたのか、勢い良く立ち上がった。
「燃燈道人、あなたは確か趙公明より定海珠を奪ったな!?」
「ああ、ここに持っているが。陣の外より海水で押し流すつもりか? それは既に試したぞ」
「その通りだ姜子牙よ。ヤツめの宝貝に対する備えは盤石じゃ。万仙陣には外部から行われるだろう宝貝攻撃の全てを無効にするのはお主も見たじゃろう」
「それはあくまで金霊聖母が知る攻撃に対してのもの。ヤツが思いつかぬ方法での攻撃の備えは薄くなっているかもしれぬ」
そう言いながら燃燈道人から定海珠を受け取る姜子牙は、それを顔の位置まで持ち上げながら言葉をつづけた。
「この宝珠には大海の全ての水が詰まっている状態。ならばなぜこのように軽々と持てるのか? それはこの宝貝を作ったものが、重さを軽くする術がかけられているからだ」
アラクシュミが製作者である鴻鈞道人に目を向けると、姜子牙の言葉を肯定するように鴻鈞道人が首を縦に振る。
「それがどうしたというのじゃ……いや、待て。まさか、そういうことか」
1人合点のいった同僚の仙人の言葉に姜子牙は頷くと、まだ何をしようとしているのか理解していない他の仙道達に説明を続ける。
「その術を解いた後、定海珠をそのまま空から万仙陣へと投げ込む。特大質量による物理攻撃、たとえそれを想定していたとしても、海そのものをぶつけるとはさすがに考えてはおるまい」
藁にもすがる思いだった闡教の仙道は、その策に可能性を感じすぐにでも実行すべしとなり、宝貝を作るうえで複雑に設計された術を総出で解除した。
そして思惑とは異なる形で万仙陣は崩壊した。
*
「ぶはあぁッ!! 闡教の阿呆どもめ! なんという恐ろしい真似をしやがるのじゃ!!!」
「ひッ!!!?」
朝歌城の隠し部屋、万仙陣に誘い込むために絶対見つからぬよう用意された部屋で、紂王と共に蘇妲己こと千年狐狸精が息をひそめていると、部屋のはしで座り込んでいた金霊聖母の幻体が急に立ち上がった。
「ちょ、ちょっとッ! いきなり驚かせないでよね! びっくりするじゃないの!」
「うるさいわポンコツ狐。ん~~……よし。飛金剣も竜虎如意も三象塔も無事じゃな、こればっかりは不幸中の幸いと言う奴じゃ」
本体が死んで幻体と入れ替わる際、持っていた宝貝もそこへ飛ばされるのだが、死ぬより先に壊れていた場合はその限りではない。あの凶悪な術の前では先に壊れてしまっても仕方がなかったが、無事であったことに金霊聖母はホッとため息を吐いた。
「金霊聖母よ。まさかあなたが殺されたのか? たまたまここの幻体と入れ替わっただけで、まだ外の戦は続いているのか?」
紂王の問いに金霊聖母は意識を集中したのち、ゆっくりと首を横に振った。
「いや、万仙陣は完全に崩壊したようじゃ。全く、配置した誅仙陣で散った同胞の宝貝もことごとく破壊されたわ」
ここは万が一に備えて宝貝とともに幻体を配置しておいた、言わば保険とも言うべき万仙陣の飛び地。全滅した場合の復活場所である。
そこに敗れても破壊されない様、万仙陣に配置せず隠しておいた愛する孫弟子の遺品、化血神刀と戮魂幡を手にしながら金霊聖母は応えた。
「は? はああああ~~~~~~~~!? ちょっとあんたあんだけ大口叩いて負けたわけ!? どうすんのよ! このままじゃ殷は負けて混沌たちが望む、血で血を洗う戦国の世が始まるわよ!?」
もはや絶望的な状況にパニックになる千年狐狸精。もともと九尾の狐は帝王の誕生を祝うための女媧の使者たる神獣である。女媧が紂王を真なる王者と認め、向こう1000年の繁栄を願って千年狐狸精を派遣したのを、女媧のもとを去り姿をくらましていた混沌が闡教をけしかけたのが、この戦争の発端だった。
騒ぐ千年狐狸精を無視して金霊聖母は1人考え込む。
「まさか定海珠であのような術を起こせるとは……あれは危険すぎる。なんとしても奪い返し封印せねばなるまいて」
金霊聖母は急に定海珠に向かって吹き荒れた突風に引き寄せられ、頭を割られて死んだ。それがなぜ起きたのか理解できなかったが、あまりにも危険で2度と使わせないと決死の覚悟を持った。
――2つの物体の間には、物体の質量に比例し、2物体間の距離の2乗に反比例する引力が作用する。のちの世にニュートンが発見する万有引力の法則。
直系わずか60㎝の球体である定海珠が大海の重さを持ったことで、光さえ逃がさない引力を持つブラックホールと化す術。
定海珠を奪い返した金霊聖母はそれを闡教の仙人が大勢で作った渦、万仙渦と名付けて禁忌の外法と定め、最早やる気を失い自分から動くことはないだろう弟子にそれを持たせると、如意乾坤袋の中に弟子ごと封印したのだった。
この話を書くために封神演義を読み返しましたが、本当に闡教がカルトすぎて無理……。国も時代も宗教も違うので理解できないのは仕方ないのでしょうが、これが正義の側として書かれてるのは本気なのか、皮肉なのか。
趙公明の妹・碧霄の『天数(=運命)って言えば何しても許されると思うなよ!』と言うセリフが共感しかない。
【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)
【大陰】――12天将の1柱。後2位。女媧の配下。混沌のことをパイセンと呼ぶ。小動物の姿で頼光たちに協力中。
【青竜】――12天将の1柱。前5位。余元。金霊聖母の一番弟子で怠惰のドラゴン。
【大裳】――12天将の1柱。後4位。安倍晴明直属。陰ながら京の治安維持を務める。
【六合】――12天将の1柱。前3位。玉石琵琶精。2股の尾を持つネコ娘の幻体を操る琵琶の精霊。
【混沌】――4凶の1柱。人々の繁栄を目指すのが仕事。様々な術が使えるが、不幸な事故により未来をシミュレートする術は使えなくなった。現代知識が豊富。
【貴人】――12天将の1柱。天1位。千年狐狸精。殷では蘇妲己を名乗った安倍晴明の母。ポンコツ疑惑あり。
【朱雀】――12天将の1柱。前2位。金霊聖母。余元・聞仲の師匠。截教のNo.2にしての求道派と呼ばれる派閥の長。
【アラクシュミ】――4凶の1柱。ヒンドゥーの神。現在地点より昔のパラレルワールドの自分と融合することで、過去に飛ぶことが可能。幸福の神だが人類の滅亡に何度も立ち会っているため、不幸の神と自虐気味。混沌同様に現代知識が豊富。ゲームが大好きで創作活動を保護するため人類救済に動いている。殷と周の戦争では陸圧道人の名で周に加担した。
【鴻鈞道人】――宝貝を配って戦争を激化させた戦犯。混沌の創り出した観測者のこと。周の武王には感謝されている。
【女媧】――中国のおいて人間を生み出した最高神。
【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)
*【外法・万仙渦】――師匠から禁忌とされている青竜の奥義。小さな珠に圧倒的な質量を持たせることでブラックホールを作り出す術。
*【風纏羽衣】――女媧の作った神具。風の術の効果を高める効果がある。
【宝貝】――仙道が扱う不思議アイテム。
【闡教】――元始天尊を長とする仙人の教派。
【截教】――通天教主を長とする仙人の教派。
*【説義派】――截教の派閥。人に道義を説き、教え導くことを是とする。
*【万仙陣】――朱雀の固有結界。4凶も認めるチートと言っていいレベルの代物。
*【幻体】――実体を持つ幻覚。仙人や道士が好んで使う術の1つで、自分の分身を作るのに利用することが多い。
*【仙道】――仙人・道士。霊山に入り道術の修行を行う人間。弟子を取るほど術を修めた道士が仙人と呼ばれる。
*【定海珠】――青竜の宝貝。海に繋がっており、自在に海水を操れる。
*【飛金剣】――朱雀の宝貝。
*【竜虎如意】――朱雀の宝貝。
*【三象塔】――朱雀の宝貝。
*【化血神刀】――朱雀の宝貝。孫弟子の遺品。
*【戮魂幡】――朱雀の宝貝。孫弟子の遺品。
*【如意乾坤袋】――余元の宝貝。元々は形を変えられたり、自己修復機能を持ってたりする4次元ポケットのようなもの。ドラゴンと化した余元の道力により自我を持ち、戦闘向けではないにもかかわらず、それなりの戦闘力を持つ。