【源頼光】宇治橋の戦い その10
*人物紹介、用語説明は後書きを参照
*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています
「12天将の式神ってことは、大裳たちの仲間なんでしょ? ってあれ? 12天将ってのがそもそも安倍晴明さんっていう陰陽師の式神って話だったような……。式神の式神?」
大裳の頭に上ってたミドモコを持ち上げ、目線を合わせて聞く。
「別におかしいことじゃないっすよ。ゆうて六合――さっき倒した玉石琵琶精も別に式神じゃねっすし。私~のご主人様含めて皆、仙人だったり妖精だったりするっす~」
「さっきのデカい奴も何かしらの妖精とかなのか?」
「青竜っすか~? あいつは宝貝っすね~。もともとは普通の道具に過ぎなかったのに、使用者が人間つーか仙人やめて力が増したのと、ついでにぐうたらになったことで意思を持って主人の代わりに働いてるらしいからマジウケるっすよね~。ぶっちゃけ~私も本体を初めて見たんすけど、聞いてた通り何でまちがいねっす~」
「宝貝?」
「そっすそっす~。如意乾坤袋とかいう、いくらでも物をぶち込めて、重さも形も自在に変えられて、おまけに穴が開いても自動でふさがるっていう、めちゃ便利な宝貝っす。使用者――あそこで浮きながら寝てる余元っていう仙人なんすけど、そいつの持つ定海珠との相性がパなくて、なんだかんだ強くて迷惑な存在になってるっていう」
質問すれば仲間である12天将のことを全部教えてくれるミドモコ。これは私たちと12天将の間を取り合ってくれようってつもりなのかしら? だったらやっぱりいい子ね!
と、まあ私はそういう風に受け取ったんだけど、綱にしたら真逆の印象を受けたらしい。
「で、その12天将の式神がなんだってボクらの中に潜り込んでたんだい? 間諜? そうやって仲間を売ることでこっちを油断させようってわけかもしれないけど、あいにくこっちには噓を見破るのが得意な奴がいるよ?」
「無茶言うな、動物の顔色なんか読めねえっつーの」
「あははー、使えねー!」
綱に信用できないと伝えられたミドモコはやれやれと言った感じで短い前脚を挙げて肩をすくめる。
「ほら大裳って晴明から京の治安維持を任されてるじゃねっすか~? 私も当然、別の任務を受けてて~、ほら播磨権守に憑りついてた蟲、アレっすよ。アレの調査を任されてんすけど~、これ頼光さんたちについてた方がよく調べられるんじゃね、的な? ま、今回は身内がアホみたいに暴れてたから、こっそりお灸すえたろって感じっすね~」
「いやいや、キミがうちらに入り込んだのって播磨に向かう途中じゃん。はいそうですかとはいかないって」
「うわ面倒くせ~。いちいち他人のこと疑うのってしんどくないっすか~?」
綱とミドモコがバチバチとやりあってると、さっきまで闘う気満々だった虎熊が何かを考えるように顎に手を当てながら独り言のようにミドモコに聞く。
「あ~~余元……余元なあ……宝貝を使うってことは仙人か道士だよな。なんかどっかで聞いたことがある名前なんだが……どうにも思い出せねえ」
「ああ、師匠の朱雀と弟弟子の玄武、金霊聖母と聞仲の方が有名らしいっすね~。余元と聞いてピンと来ねえのが多いとは聞いて――」
「金霊聖母――――! それだ、截教の究道派か!! ははははは! なるほど、なおさら引けねえやな!」
なかなかにキマッた目つきで笑いだす虎熊に、皆が静かに視線を向ける。
「えーと、せつきょう? きゅうどうは? なに、何か因縁がある感じ?」
「まあな。俺様が今の唐国出身ってのは前に言ったよな? 殷軍と西岐軍の戦争が激しくなって前族長が移住を決めたんだがよ、その原因が究道派の参戦よ。要は俺様たちが故郷捨てなきゃいけなくなった元凶、名前の通り仙道を究めんと修行に没頭する仙界最強の派閥と言っていい連中だ。相手にとって不足がなさ過ぎて釣りが来るくらいだぜ」
「なにそれ、修行してるから最強? 修行したくて山に籠るわけだし当たり前のことしてるだけじゃないの?」
「大半の仙人は修行の中で力を得た途端に人を見下して『よろしい、人を超えた我々が愚かな人間を教え導くことで新たな世界を作り出してやろう』ってなる俗物だぜ? むしろ病的に修行に打ち込み続けるなんて、頭イカれてないと無理だってんだ」
「イカれてるって、仙人じゃねえお前も2千年以上鍛錬続けてるだろ」
「……あははー、前者の仙人はまんま嵯峨の爺様だね~」
というよりも日ノ本の修験道にも当てはまるわね。前者に当てはまるのがまんま天狗の印象なんだけど……。
ちらりと上を見ると口からはよだれを垂らし、鼻からは鼻汁をぷくーと膨らませて眠る天狗。道を究める? ……道を究めようとしてるかなあ?
ま、前者の方は俗に言う高慢由来、こっちは怠惰って事なら別系統で同じとこに辿り着いた感じかな。張り切りすぎた人が1度気を抜いた途端、真っ逆さまに転がり落ちるってのも分からなくもないわ。
「ま、大体そんな感じらしいすね~。私から見ても究道派の仙道たちって、『修行に終わりはない、一心不乱に修行できる環境に身を置くぞ』って感じで狂わしいほど禁欲的なだけで、人間性そのものは失ってねっすよ~。青竜以外」
ふーむ、虎熊にしたらますます引けない相手みたいだし、ミドモコにしてもお灸を据えたいというなら闘わせても問題ないか。
「じゃあ虎熊、死んだりしたら許さないから。絶対に勝って――」
「うう……頼光……京の治安を脅かすなんてこと……あっしがぜってー許さねえ……」
快く送り出そうと虎熊の背中を叩こうとしたとき、ふと聞こえて来た大裳のうめき声。
ミドモコは私の手の中で声真似をしてるわけでもない、気を失ってる大裳からもれた言葉に背中を叩こうとして開いてた手のひらを、ぎゅっと握って手を下ろす。
「ごめん虎熊。やっぱりこれ以上闘うことは認められない」
「ああ!? 何でだコラ、俺様の言ってたこと聞いてなかったのか!?」
納得がいかない虎熊がグイッと顔を寄せて来る。お互いのおでこがくっついて、興奮した虎熊の息がもろにあたる。
「さっきまでの青竜と六合、でいいのかな? アレとは戦わなかったらこっちがやられてたし、ここらの被害も増えてただろうから仕方ない。でも、もはや戦う意思すらなさそうな相手にわざわざ喧嘩売って周りの被害を増やすのは、摂津源氏の方針としてこれかも絶対認めないことにするわ」
「勘違いすんなよ頼光? 俺様は摂津源氏、テメエの部下になったつもりはねえ。あくまで同盟みてえな協力相手、つまり対等だ。そんな方針聞いてやる理由はねえな」
「待て待て待て! 落ち着け虎熊」
酒呑が間に入って無理やり私たちを引き剥し、虎熊の肩に手をおいて言葉をかける。
「それなりに距離があるとはいえここは京のおひざ元だ。少なくともオレたちが暴れるには場所が悪い。京に行ったら面倒起こしそうだからって、丑御前が頼光についてくこと止めたのに、お前が暴れたら世話ねえわ。頭源氏な戦闘狂の頼光が止めるんだ、とにかくまずは言い分を聞けや」
「ぬぐ……!」
急に摂津源氏の方針を言い出したことに皆の視線が私に集まる。虎熊も聞いてくれることにはしてくれたみたいで助かるわ。
目を閉じて1度深呼吸すると、そのまぶたの裏には陸奥の山奥の屋敷で1人泣いてた富ちゃんの姿が映った。
【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)
【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。
【渡辺綱】――摂津源氏。平安4強の1人。源氏の狂犬の異名を持つ。
【卜部季武】――摂津源氏。夜行性の弓使い。
【茨木童子】――摂津源氏。大商人を目指す少女。商才に芯が通っている。本名月子。
【酒呑童子】――大江山首領。人の体と鬼の体が同居する半人半鬼。相手の表情から考えていることを読める。
*【外道丸】――酒呑童子に取り憑き、半身を持っていった鬼。
【虎熊童子】――大江山前首領にして最強の戦士。虎柄のコートを羽織った槍使い。
【丑御前】――大江山に住む鬼。頼光を姐御と慕う。
【橋姫】――橋の守り神。元は橋建設のため人柱になった女性。
【富姫】――阿弖流為の長女。頼光の親友。
【六合】――12天将の1柱。前3位。玉石琵琶精。2股の尾を持つネコ娘の幻体を操る琵琶の精霊。
【青竜】――12天将の1柱。前5位。余元。金霊聖母の一番弟子で怠惰のドラゴン。
【朱雀】――12天将の1柱。前2位。金霊聖母。余元・聞仲の師匠。截教のNo.2にしての求道派と呼ばれる派閥の長。
【玄武】――12天将の1柱。後3位。聞仲。金霊聖母の二番弟子で元・殷軍最高司令官。
【大陰】――12天将の1柱。後2位。女媧の配下。混沌のことをパイセンと呼ぶ。小動物の姿で頼光たちに協力中。
【大裳】――12天将の1柱。後4位。安倍晴明直属。陰ながら京の治安維持を務める。
【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)
【宝貝】――仙道が扱う不思議アイテム。
【如意乾坤袋】――余元の宝貝。元々は形を変えられたり、自己修復機能を持ってたりする4次元ポケットのようなもの。ドラゴンと化した余元の道力により自我を持ち、戦闘向けではないにもかかわらず、それなりの戦闘力を持つ。
【定海珠】――余元の宝貝。海に繋がっており、自在に海水を操れる。
*【仙人・道士】――霊山に入り道術の修行を行う人間。弟子を取るほど術を修めた道士が仙人と呼ばれる。
【間諜】――スパイのこと。
【截教】――通天教主を長とする仙人の教派。
*【究道派】――金霊聖母を長とする截教の派閥。ストイックに修行のみを追求するが、殷の聞仲を迎え入れたりと、修行に全力で臨みたいという俗世の人間を迎え入れるくらい懐が深く、門戸も広い。
*【唐国】――現在の中国にあたる国。
*【天狗】――魔縁により第6天魔王の眷属となった人間の総称。
*【Dragon】――『心を見透かす者』の名を冠する悪魔王(第6天魔王と同一存在)、またはその眷属(天狗と同一存在)を指す言葉。
*【頭源氏】――脳筋・戦闘狂など人によって意味が異なる。摂津源氏においてはそれぞれがイメージする頼光みたいな考え方のやつという意味。