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平安幻想譚~源頼光伝異聞~  作者: さいたま人
3章 集結、頼光四天王
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宇治橋の戦い その8

*人物紹介、用語説明は後書きを参照

*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています

 みやこと宇治のちょうど中間あたりにある指月の丘。そこから1人の男と童女が宇治を見下ろしていた。


「あかん、さっぱり効いてるように見えへんねんけど、外れたんか? それとも当たってあれなんか?」


 季武すえたけが矢を放ったのは見ていたものの、それでもなお巨大な影が衰えることなく暴れまわっていることに対する問いに季武は不敵な笑いを浮かべた。


「くくく、我が放ちし兵破ひょうはは万物を押し流せし巨星を打つためにあらず。しかし、巨星と共にありし人を狂わす伴星は地に堕ち、このまがぼしの消失を為しえた反撃の嚆矢こうしなり」


「お、おお……せやったか。ならええねん」


「くくく……」


 茨木童子は適当に返事はしたものの、自分が理解できるように言葉を反芻する。


「えーと、ウチには見えんかったけど、なんや取り巻きがおってそっちから先に倒したてことでええんか?」


しかり。そして今、雷光の姫君と狂犬シュヤーマより大元を穿うがてとの下知があり。されば照覧あれ、姫君より賜りし雷上動らいじょうどう、その真なる輝きを!!」


 そう叫んだ季武は、後ろにいる茨木童子に見せつけるかのように1度弓を高く上げたあと、矢をつがえずにキリキリと弓を引き絞った。すると弓柄ゆづかつるの間に季武の指から溢れた闘気が集まって光の矢を形作った。


「うわぁ、やっぱりさっきも矢を使うてなかったん見間違いちゃうかったか」


 どうやって2本の矢を同時に撃ったのか不思議に思っていた茨木童子だったが、何のことはないもとより矢などこの弓には必要がなかった。兵破と名付けた闘気の矢を放つための装置、それが雷上動。形なき闘気は使用者の意思によってさまざまに形を変える。



 ――宝弓・雷上動。綱の扱う膝丸・髭切と違い清和源氏の宝物ではなく、その入手経路はあまりにも特殊だったため呪われているのではという懸念はあったものの、明確に頼光が手に入れたものだ。


 それは数年前、季武が頼光の配下に加わってまだ日の浅い夜の事。頼光の私室の隣室に控えていた季武と綱は頼光の驚いた声に部屋を飛び出した。


 通路に出ると頼光の部屋の前を固める満頼の姿はなく、部屋の中に入ったと察した2人もすぐに飛び込むとそこには立派な弓――雷上動を抱えながら布団に体を起こす頼光と、それに戸惑う満頼がいた。


「えーーーーと……?? なんか叫んでたけど大丈夫? てか何その弓、満頼が渡したの?」


「ち、ち、違う。わ、わ、わざ、わざわざ、武器なんて、わ、わ、渡さない」


「だよねー?」


 綱は部屋を横切るように歩き、採光用の格子のかかった窓の下まで歩いて上を見上げた。時々迷い込んだ動物が顔を出すことはあるようだが、実際に外から見た場合、そこにあると知らなければまず見つけられない窓だけにここから投げ入れたとも考えづらい。


 皆が首をかしげる中、我に返った頼光が興奮して経緯を語る。


「あのね! なんか今夢の中で女の人に渡されて、目を覚ましたら実際に持ってたの!」


「え、寝ぼけてる? てかそれ事実なら怖くない? 捨てたら?」


 無表情な顔で最適と思われる行動を助言する綱に季武が言葉を挟んだ。


「くくく、神仏が英雄に己が作りたもう宝物ほうもつを授けんは伝説の序章。すなわち姫君の英雄譚を彩る華の1輪であると我は愚考するぞ狂犬シュヤーマ


「なるほど1理あるね。その女性とやらは名乗らなかったの?」


「えーと確か、ヨウユーキ? の娘とかなんとか?」


「なるほど、じゃあ捨てたら? ――――ああ、養由基ってのは唐国からくにが統一される前にあった楚って国の弓の名手ね。唐国の歴史とか興味あるなら今度史記でも持って来るから読んでみてー」


 名前を聞いてもピンと来ていない3人に説明する綱だったが、さらに言葉を続ける。


「神仏になったという話は聞かないし、悪霊とか天狗の類でしょ。娘だか何だか知んないけど、そんなのに渡されたもの使うとあっちゃ呪いとか気にしなきゃいけないだろうし」


「うーん、少しもったいない気がするけど、そもそも弓を使うことないからそうしよっかな。あ、最近になってだいぶ漢文を読めるようになってきたから、史記って言うのは読んでみたいかも」


 すっかり捨てる方向で話が進み始めたとき、季武が頼光の前に跪く。


「くくく、ならば姫君よ。その呪われし弓、我に託してみてはいかがか。呪いをその身に刻み、ともに歩みし我が一族の抗呪の力と悪霊の呪い、どちらが勝るか試してみるも一興」


「あははー、そういえば弓が得意とか言ってたっけ? ま、実際可能性の話で呪われてるのかは知らんけど、呪いに耐性がある弓使いって使い手としては最良だよねー」


「私が使うことはないだろうし別にいいんだけど、実際初めて会った時は呪いで死にかけてたわけだし、無理はしないでね」


「くくく、坂上家さかのうえけが背負いしカルマに比べれば、形なき霧を背負う如きもの。されど我が身が涅色くりいろの焔に焼き尽くされたその時は、この刀を我として姫君の永遠の供としていただければ」


 そう言って季武が差し出した刀を見て綱が目を丸くする。


「うわマジか。夜行性のくせに昼間に姿が見えなかったのはそれを取りに行ってたのか。嵯峨の爺様がめちゃくちゃ欲しがってたやつじゃん」


「え、何。すごい刀なの?」


「妖刀・血吸ちすい。元は我が一族が英雄・田村麻呂の妻にして第6天魔界の王女・鈴鹿御前の扱いし3明の剣の1振り顕明連けんみょうれん。魔界の鉄で鍛えられしその刀身は生き血をすすり永久に切れ味を失わざる1振りなれば、今は名を変えたもうた坂上家に伝わる宝刀なり」



「――我請い願わくは覆滅の閃光。光の濁流は一握りの慈悲も持たず、主に、友に、仇なさんとする者に等しき静寂を導くものなり」


 こうして主従は己の持つ武器を交換して今に至るが、季武と雷上動の相性はすこぶる良く、5分ほどの時間をかけてじっくりと生成された兵破は誰も直視できないほどの光を湛えていた。


「なんやえらいことなってんな。ぶつぶつ言うとるけどあれか? 以前道満さまが言うとった『自分の気分を高めるためなんか格好いいこと言う』ことで術式の威力上げるっちゅうやつ!」


 存分に力を込めたと見え、独り言が収まったというのになかなか発射いないことを不思議に思った茨木童子が遠くを見ると、煌々と照らされた光の中、豆粒のような人影が怪物から離れるのが見えた。


 その進む先、急ごしらえの土嚢の後ろから誰かは分からないが人影が頭上で丸を作る。


「くくく、以前より全て兵破と呼ぶは紛れがあると言われていたもの。ならば今こそ名付けよう! 水で満たされし怪物を穿つ牙! 轟け―――水破ッッッ!!!!」


 放たれた閃光は青竜に向かって一直線に飛んだが、当たる直前に軌道を空に向け、夜空を白く照らす。するとそこに雷鳴を数倍にした轟音と共に地上に光の柱が落ち、青竜を直撃した。


「―――――――――――――ッ!!」


 遠くから断末魔のような悲鳴が聞こえた気がするが、そこを中心に生じた爆風にかき消され、2人の耳に届くことはなかった。

【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)

【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。

【渡辺綱】――摂津源氏。平安4強の1人。源氏の狂犬の異名を持つ。

【卜部季武】――摂津源氏。夜行性の弓使い。

【茨木童子】――摂津源氏。大商人を目指す少女。商才に芯が通っている。本名月子。

【酒呑童子】――大江山首領。人の体と鬼の体が同居する半人半鬼。相手の表情から考えていることを読める。

*【外道丸】――酒呑童子に取り憑き、半身を持っていった鬼。

【虎熊童子】――大江山前首領にして最強の戦士。虎柄のコートを羽織った槍使い。

【橋姫】――橋の守り神。元は橋建設のため人柱になった女性。

【六合】――12天将の1柱。前3位。玉石琵琶精。2股の尾を持つネコ娘の幻体を操る琵琶の精霊。

【青竜】――12天将の1柱。前5位。スライム状の何か。

【大陰】――12天将の1柱。後2位。女媧の配下。混沌のことをパイセンと呼ぶ。小動物の姿で頼光たちに協力中。

【大裳】――12天将の1柱。後4位。安倍晴明直属。陰ながら京の治安維持を務める。

【鈴鹿御前】――坂上田村麻呂の妻。第6天魔王・波旬はじゅんの娘。

【養由基】――楚の武将。戦国策で百発百中の故事に語られる弓の名人。


【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)

【指月の丘】――現在の桃山丘陵。

【嚆矢】――鏑矢。転じて物事の始まりの合図。

【雷上動】――季武の愛弓。闘気を矢として飛ばす。

*【兵破】――雷上動の基本攻撃。物理的な矢と違いトリッキーな運用が可能。

*【水破】――雷上動の溜め攻撃。青竜に向かって撃ったことにより命名。

*【血吸】――頼光の愛刀。顕明連。

【髭切・膝丸】――渡辺綱の愛刀。

*【唐国からくに】――現在の中国にあたる国。

*【天狗】――魔縁により第6天魔王の眷属となった人間の総称。

カルマ】――行為や行為の結果として蓄積される宿命。

*【3明の剣】――大通連・小通連・顕明連の3振り。鈴鹿御前の愛刀で田村麻呂の死後、子孫のために顕明連だけ地上に残して第6天魔界に帰って行った。

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