渡辺綱 その2
*人物紹介、用語説明は後書きを参照
*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています
突然強制された殺し合いから1ヵ月ほど経ち、渡辺の55番、56番、57番は森の中で焚き火を囲んでいた。
「この3日間、あちこちを探し回ったけど、やっぱりもう、おいらたち以外で生きてる奴なんていないと思う」
最初に自分たちと一緒に中に入れられた200人、その全てが死んだことを3人は確認し合った。
この空間を囲む壁には入って来た門を含めて6つの門があったが、開始以来開かれた様子はない。今まで戦ってきた相手の顔も全て見知ったもので、他に追加された子供はいないということで良さそうだった。
時間が経つにつれ残った子供たちは、自分が生き残るために信じられない成長を遂げていった。激しい訓練を受け、基礎体力は里の外の子供たちとは比較にならなかったが、この殺し合いの中で子供たちは下手な大人たちとは十分に渡り合える力を身に着けていき、その相手をも倒すことでさらなる成長を遂げる。嵯峨源氏の狂った教育は十分な成果を上げたと言える。
「でも……それでも門が開かないのって……そういうこと、なのよね」
どす黒い狂気の闇にとらわれながらも、共に戦い抜いた戦友がいるからこそ、最後の光を失わずにいる56番がうつむきながら呟くと、言葉に詰まった55番の代わりに57番が答えた。
「ああ。ボクたちの間で殺し合え、ってことだろうね」
頭に浮かぶのは里で自分たちに訓練をつけていた武士たちの目。一切の希望の光を残さないあの目はつまり、この試練で勝ち残った証に他ならない。
「……それでも、明日になったら門のところまで行ってみない? これで終わりにしてもらえないかって頼んでみよう。おいらたち3人全員成長したって、絶対お役に立てるってお伝えしに」
「そうね…………それでもだめだった時はその時は――――……」
「誰が生き残っても恨みっこなし、正々堂々戦おう」
泣き笑いのような顔をする55番の言葉に、56番は両手で顔を覆うがどちらの目からも涙を流れない。そんなものはこの1ヶ月の間に流しつくした。
「……なら、万全の状態で戦うためにも今日はもう寝よう。せめて夢の中だけでは楽しく過ごせるよう祈ろう、兄弟」
「ああ、そうだな。兄弟」
複雑な思いを胸に秘めながら、3人は床に就いた。
それからしばらく、くすぶる火種の拙い光の中に数人の大人の影が浮かんだ。森に敷き詰められた落ち葉の上を歩いているというのに、誰1人として足音をたてない。
「ふふふ、やはり渡辺の子供たちが残ったか。訓練を受け持った者から55番は全ての子供たちの中で最も体術に優れ、技に関しては56番も負けてはいない。そう連絡を受けていたからね」
「そうですね。2人がいなければボクが生き残ることなんてできなかったと思います」
木に寄りかかりながら答える57番の姿を一瞥した優男はふッと軽く笑った。
「確かに、君のその細腕じゃ難しかったろうね。しっかり飯を食べないといけないよ?」
「申し訳ありません。肉は口に合わなかったので、木の皮を剥いで食べてましたから」
「やれやれ、育ち盛りというのに困ったものだ。それで、だ。私は君にとても興味があってね。正直に答えてもらいたいんだけど、いつからこの決着を思い描いていたんだい?」
優男の問いに57番は握りしめていた血で染まった岩を焚き火の近くに放ると、頭を割られて動かなくなった55番と56番をちらりと見て答えた。その目は優男の脇に控える大人たちよりもなお暗い黒に見える。
「あなたに狩りをしろと言われたその時に。組み手で大きく負け越してる2人が相手なら、寝込みを襲うのがいいかなと。でも、その前に他の連中を倒すのに使えるので利用しました。一緒に手を汚していけば信頼も得られて一石二鳥ですしね。明日になったら殺し合おうって言ってる相手に寝姿晒すなんて笑っちゃいますよね」
「ふむ。しかし報告では君たちは普段からまるで兄弟のようだったと聞いていたのだが。殺すことにためらいはなかったのかな?」
長い沈黙に答えを促そうとした近習の武士が57番に近づこうとするのを優男が制する。そして大きなため息を吐いた後、ぽつぽつと57番は返事を返した。
「ためらいは……ありました。でも、こうしないと生き残れなかったから。ボクは生きたい。生きるためならなんでもやる。あなたの周りの人たちの目を見れば、どういう人間が求められてるのか分かりますから、全ての感情を捨て去ってあの目になれれば捨てられることはなくなると思いましたので」
「ふふふ、ふふはは、はははははははははははは!!」
その答えを相当気に入ったのか優男は大声で笑った。
「お前、本当に6歳のガキか? 私の近習よりよっぽど狂った目をしているぞ。だが、お前の言う通り私は大いに気に入った」
そういって57番の近くまで歩み寄り、冷たい笑顔で彼を見下ろす。
「お前は近習ではなく、私の一族。嵯峨源氏の一員として迎え入れてやろう。しかし、そうなると名が必要だな57……いつ、な……飯綱――――いや、綱だな。飯もろくに食わずにやせこけたお前に飯の字は似合わんからな」
くっくと小馬鹿にした笑いを飛ばす優男に、名を与えられた綱は深々と首を垂れる。
「6歳ということは私の曾孫の宛が死んだ年に生まれたか。ならば丁度いい、奴めは妻をめとらずに死んだが、実は隠れて通っていた妻がおり、子もなしていてそれを私が探し当てて引き取ったことにしよう。お前は源宛の子、源綱を名乗るがいい。私にとっては玄孫ということだ」
その言葉に綱は下げていた頭を上げ、黒く染まった瞳に戸惑いの色を宿した。
「くくく、どうした? お前も他の者たちと同じように妖怪爺と呼んでみるか? この見た目でも私は100をとうに越えているよ。私の名は源融。始まりの源氏の1人にして、源氏の総帥である」
そう名乗ると融は袴が汚れるのも厭わずに地面に膝をつけ、跪く綱の土で汚れた手を取った。
「お前が私の期待にこたえ続ける限り、あらゆる施しを与えることを約束しよう。励めよ」
近くに寄せられた残酷なまでに美しい顔に向かって、綱は深々と頷いたのだった。
*
「――――と、まあ。この後も親父に負けたことで嵯峨から見限られて私のとこに来たときは、何の感情も読み取れないすんごい目をしてたわよ。私が引き取ってからは、無理にでもいいから感情を表に出しなさいって言い続けて、最近は感情も戻ってきたのかなって思ってたのに」
「やべえ、以前に蟲毒みてえなことやったって聞いた時はドン引きしたけど、今は共感しかねえ」
「他人ノ顔色窺ッテ自分ヲ変エテルトカ、マンマ相棒ダモンナ」
「あらあら……やっぱり怒ったりしないと、人として何かが欠けてると思われてしまうのかしら」
「いえいえ! 橋姫さまはすごく優しいじゃないですか! 綱をそういうものが全部なかったので、全然違います!」
ずっと光の壁を張り続けたせいで、すっかりへとへとになってる橋姫さまがへこみそうになってたから全力で否定する。
今の宇治川は川の水と海の水が合わさってえらいことになってるけど、橋の下に集まった魚たちはそこに残ってた川の水ごとミドモコの起こした風で上空に持ち上げられてる。うん、可愛いだけじゃなくて頼りになるわねー。
「つーか最近の綱は色々悩んでるように見えたが、本来軍師とかそっちの方に向いてるんじゃねえの? そっち方向で使ってやったらどうだ?」
「実際、親父との覇成死合での作戦立案から下準備まで全部やってたからね、向いてると思うわよ? ただ――――」
「頼光ニハヤラセネエニシロ、オレ達ハ、エゲツネエ作戦ヤラサレソウダナ」
「ねー。虎熊とか丑御前と比べて武士としての自信を失ってるって言うなら、得意分野で勝負させてあげたいとは思うんだけどねー。とはいえ、あの琵琶ネコ娘の相手は綱を頼るしかないし見守りましょ」
「そうは言っても、あいつがやられたら洒落にならねえからな。お前が本調子じゃねえなら、オレが加勢してくるか?」
「大丈夫大丈夫。うまいこと連携が取れるわけじゃないあんたが行っても、やりづらくなるだけよ。あの状態からやられるほど綱は甘くないわよ」
遠くでやり合う綱と琵琶ネコ娘を見て、加勢に向かおうとする酒呑を止める。膝丸か髭切かのどっちかを投げたせいで、残った1本じゃなかなか攻めきれないにしても、圧してるのは綱で相手は防戦一方。
「……油断し過ぎじゃねえか? あの琵琶にゃ戦局をひっくり返すだけの力があるぞ?」
確かに酒呑が心配するのは分かる。だけど右手で刀を握り、空いた左手で琵琶ネコ娘を掴みに行くでもなく完全に遊ばせてる闘い方に、私はただ信用して見守ることにした。
【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)
【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。
【渡辺綱】――摂津源氏。平安4強の1人。源氏の狂犬の異名を持つ。嵯峨源氏から外された時、源から渡辺と名乗るようになった。
【酒呑童子】――大江山首領。人の体と鬼の体が同居する半人半鬼。相手の表情から考えていることを読める。
*【外道丸】――酒呑童子に取り憑き、半身を持っていった鬼。
【虎熊童子】――大江山前首領にして最強の戦士。虎柄のコートを羽織った槍使い。
【橋姫】――橋の守り神。元は橋建設のため人柱になった女性。
【六合】――12天将の1柱。前3位。玉石琵琶精。2股の尾を持つネコ娘の幻体を操る琵琶の精霊。
【青竜】――12天将の1柱。前5位。スライム状の何か。
【大裳】――12天将の1柱。後4位。安倍晴明直属。陰ながら京の治安維持を務める。
【渡辺の55番】――嵯峨源氏の隠し谷に集められた少年。力自慢で渡辺出身のリーダー格。
【渡辺の56番】――嵯峨源氏の隠し谷に集められた少女。
【渡辺の57番】――綱。嵯峨源氏の隠し谷に集められた少年。渡辺出身の参謀。
【源融】――始まりの源氏の1人にして現・源氏総帥。嵯峨の妖怪爺などと呼ばれる。仙人の素質があると修行に誘われ姿を消したことで表では死んだとされている。夢小説をかかれるほどの美形で不老。
【ミドモコ】――緑のモコモコ。大陰。
【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)
*【嵯峨源氏】――源氏の系統の1つ。『謀略の嵯峨』と呼ばれ、覇成死合に勝つために手段を選ばない。
【近習】――主君の側仕え。側近。
*【始まりの源氏】――嵯峨天皇から臣籍降下された皇子17名、皇女15名。現在生き残っているのは源融のみで、今なお嵯峨源氏を名乗っているのはその直系。
*【覇成死合】――源氏間で行われる最も神聖な格闘イベント。以下公式ルール。
・試合形式は1VS1
・武器の使用制限なし
・それぞれが立会人をたて不正がないよう務める
・死ぬか負けを認めるかで決着
・敗者は勝者の要求を1つ飲まなければならない
【髭切・膝丸】――渡辺綱の愛刀。